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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十九話:轆轤首(ろくろくび)
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参・共通


 拓蔵がまだ高三、秋の頃であった。

 彼はまだ大学に行くか、それとも就職するかの進路に悩んでいた。

 当然、すでに周りはそれらに向けて勉強などの準備をしてはいたが、拓蔵はあまり勉強などは出来ていなかった。

 拓蔵の父親である黒川晃は、自身が勤めている稲妻神社の神職を拓蔵に継いで欲しいと考えており、鹽竈(しおがま)神社神職養成所というところに行って欲しいと思っていた。


 そんなある日の夕刻。拓蔵は学校の図書館で、ある本を読んでいた。

 題名は『漢字のなりたち』という、漢字がどのように作られたのかという内容の本である。

 拓蔵はこう云った伝記ものを、好んで読んでおり、妖怪に詳しいのも、これが理由である。

「黒川くん、何読んでるの?」

 うしろから女性の静かな声が聞こえ、拓蔵はそちらに振り返った。

「なんだ、夏樹か……」

「ふーん、漢字の成立ちかぁ。それって象形文字から来てるんでしょ?」

 夏樹はそう言いながら、拓蔵の隣に座った。

 フワッと香ってきた香水の匂いが、拓蔵の鼻を(くすぐ)る。

「漢字は象形しょうけい指事しじ会意かいい形声けいせいの4つから成り立ってるみたいだけどな」

 拓蔵はそう言いながら、漢字の成立ちについて説明を始めた。


 象形は、形を(かたど)るという意味があり、モノの形から漢字を作っていくものをいう。

 指事は、形で表し難い事柄を、点や線をつかったり、象形文字に印をつけたりして表したもの。

 会意は、異なる漢字をあわせた物で、口と鳥で『鳴』。山と石で『岩』など、ふたつ以上の漢字を組み合わせて漢字を作り、別の新しい意味を表したもの。

 形声は、(へん)つくり之繞(しんにょう)(かんむり)などで作られる。


「例えば、『島』って漢字があるけど、これは山に鳥が止まった表現から来ている会意文字で、『身』っていうのは妊娠した女性を描いた象形文字らしいぞ」

 拓蔵はそう言いながら夏樹のお腹を見遣った。彼女の華奢な身体から見ると、明らかに目立った膨らみがある。


「大丈夫なのか?」

「うん。まだ4ヶ月くらいだから、無理は出来ないけど」

 夏樹はそう言いながら、お腹を優しく摩った。

 夏樹の胎内には、拓蔵の子が宿っているが、二人が特別恋人関係という訳ではない。

 切欠は二人が友人と一緒に行った小旅行である。

 どういうわけか、拓蔵と夏樹の部屋が同室であった。

 内容は割愛するが、まぁ、若気の到りである。

 妊娠がわかったのも、つい先日のことだ。

 拓蔵は夏樹が妊娠したことに驚きを隠せなかったが、自分の子供だということがわかり、父親や夏樹の両親に話をした。

 最初子をおろすという話になったが、晃の説得により、子を生む事に決着が付いた。

 拓蔵は高校を卒業し、夏樹と結婚する気ではいたが、養うために就職しようかを悩んでいた。

 父親である晃から家を継いで欲しいと云われてはいるが、あまり気が進んではいなかった。

「さてと、そろそろ帰らないとな、家まで送ってくよ」

 そう云うや、拓蔵は席を立ち、本を元の場所に戻しに行った。


 その帰り道、拓蔵と夏樹の目の前に人集(ひとだか)りが出来ていた。丁度、丁字路のところだ。

 この辺の道路は、車一台半分の幅しかない。

 そのため、朝と夕方は今で言うスクールゾーンとなっている。

「何かあったのか?」

 同じ高校の制服を着た男子生徒がいたので、拓蔵は状況説明を促した。

「ああ。轢き逃げだとさ…… 子供が二人亡くなってる」

「――二人も?」

 夏樹はそう云うや口を押さえる。

「夏樹、お前はここにいろ」

 そう云うや、拓蔵は人集りを掻き分けるように最前列まで出た。

 そして、その死体を見るや、胃からこみあげるような吐き気を感じた。


 道路に転がっている二つの小さな死体は、まるでロードローラーにひき潰されたかのように、砕けた骨が皮を突き刺し露になっている。

 手足も骨が粉々に砕け、頭にいたっては、見るに耐えない状態であった。

『なんだよこれ? トラックでも通ったのか?』

 拓蔵はそう考えたが、この丁字路は、トラックが通れるほどの幅は無い。

 軽トラックですら曲がれないという理由で、大通りに出たところにある駐車場にわざわざ停めるほどで、周辺に住む車所有者も、同様の理由で駐車場を利用している。そんなところをトラックが通れるはずがない。

「警察は? 救急車は来ないのか?」

 拓蔵が誰彼構わず、尋ねるように叫ぶと、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。しかし、近付いてくる気配がない。

 数分くらいして、漸く警官二人が現場に駆けつけた。


「ひどいな……」

 警官の一人が死体を見るや否や、開口一番がこれである。

「うぇえ…… 何だよ? これよぉ」

 もう一人は口を手で押さえて、見ようとすらしない。

「……っ」

 拓蔵が一度舌打ちをする。それが聞こえた警官の一人が拓蔵を睨んだ。

 中腰になっていた警官がスッと立ち上がり、拓蔵に詰め寄る。

「なんだ君は? 我々を馬鹿にしてるのか?」

「そうじゃねぇよ。ただ、あんたらは警官よりも、まず人としてなってねぇなと思っただけだ」

 拓蔵がそう言うと、詰め寄っていた警官が、少し苛立った表情を浮かべる。

「その子たちは数時間前、いや、警察に通報する数分前まで生きていたかもしれないんだ。それをなんだよ! まるで汚物を見るような目で見やがってよ!」

 拓蔵が憤怒を露にしていると、

「あいや、済まない。確かに彼らの態度は悪かったな」

 人込みから声が聞こえ、拓蔵はそちらを見遣った。

 そこには『鑑識』の腕章をつけた一人の男性がおり、死体へと近付いていく。

 そして、中腰になり、手を合わせた。


「我々は日常茶飯事に死体を見たりする。それはもう数えるのが馬鹿々しくなるくらいにな……」

 鑑識官がスッと立ち上がり、

「ほれ、おまえたち! 周辺の聞き込みをやらんか!」

 そう云われ、警官二人はすぐに別々に分かれるや、人込みにいる人たちから事情を尋ねに行った。

『直接的な死因は轢殺。しかし、この子達の体系から見て、ここまで潰されるなんて事はないはず』

 鑑識官はそう考えながら、道路に残っている(わだち)を見遣った。

 スッと一本にひかれた赤く細い線はひとつしかない。

『死体は二つ。仮に二人が並んで歩いていたところを引き摺っていたとすれば、こんなに血が細くはならない。それどころか、運転手が気付かないわけがないしな』

 鑑識官はもう一度小さな遺体に目をやる。

『それに、この異常な状況じゃな。歩いていたところを轢かれたというより、倒れていたのに気付かないで、そのまま轢き潰されたといった感じだ』

 死体の頭は無残に潰されている。

 仮に歩いて轢かれたのならば、吹き飛ばされ、頭に打撲痕が出来るし、身体にはぶつけた後が出来る。

 しかし死体はそれ以上の苦痛を与えられている。


「見た目からして、殺された子供は4、5歳ってところか」

 拓蔵がそう言うと、「ねぇ? 拓蔵くん。どうかしたの?」

 夏樹がそう声をかけるが、拓蔵は集中しており話を聞いていない。

「こんなところにダンプカーなんて通らねぇし、普通に轢かれたんじゃ身体が潰されることなんて……」

 拓蔵がそう呟いたのが、鑑識官の耳に入った。

「君は…… この死因をどう見るんだい?」

 そう尋ねられ、拓蔵は鑑識官を見遣った。


「そうだな。まず、この道に大きい車は入れない。現にパトカーだって、大きい道路に駐車させてるんだろ?」

 拓蔵にそう尋ねられ、鑑識官は頷く。

「それに、ここは車が一台半の幅しかなくて、曲がるにも相当技術がいる場所なんだよ。だから初心者は近くの大通りにある駐車場に車を停めてる」

 拓蔵はゆっくりと死体に近付く。

「例えばさ、猫が車の下に隠れたりするだろ? それと同じで、もしボールが車の下に入り込んで、取れなくなったらどうする?」

「何か長い棒か何かで取らないかね?」

「普通はな…… でも、それを小さい子供が考え付くか?」

 拓蔵がそう言うと、鑑識官はハッとする。

「それじゃ、まさか車の下に入り込んで?」

「これくらいの背丈なら無理とは云えねぇだろ? 車の下に入り込んでいたのを、運転手が気付かないまま発進してたら」

 拓蔵の説明を聞き、鑑識官は身震いをする。


「でも、それだったら一人がって事になるんだよ。わざわざ二人で取るとは思えないし」

「確かに…… 君の推測通りだったとして、ボールを取るのに二人は必要ないな。まぁ、車の下に入り込んでいたことを知らずに発進することも考え難いが」

 鑑識官が拓蔵と話している中、二つの小さな死体は担架に運ばれている最中だった。


 ふと拓蔵がそちらに目をやるや、「あれ?」と首を傾げる。

「ちょっと待ってくれ! その子……引き摺った痕がないんじゃないか?」

 そう云うや、運んでいた警官を呼び止める。

 担架に運び込まれようとしていた時、ぶらんと左腕が垂れたのだ。

 その腕は骨が剥き出しになり見るに耐えられないほどに赤く染まっていたが、引き摺った痕……擦り傷がどこにもなかった。

「……っ! 確かに、右手の方にも擦り傷がない。それも二人ともだ!」

 鑑識官が確認するように、二つの死体の両腕を見る。

「そうなると、引き摺られたんじゃなくて、ここで殺されたって事か?」

 拓蔵はそう呟くが、納得出来なかった。

 それはあの細く伸びた赤い線のことである。

 これがあるから今まで引き摺ったと思っていたのだ。

 しかし、死体には擦り傷がない。

「まさか…… あの線って、死体を潰した後から出来たんじゃ?」

 拓蔵はそう考えるや、轍の後を追った。

 それは進むにすれ掠れていき、二、三十(メートル)ほどで完全に途切れていた。

 そこは奇しくも曲がり角であり、車が停まるような場所ではなかった。

 拓蔵はその辺を見遣ったが、ボールの影や、その破片すら見つからない……

 隈なく調べてみるが、血の跡はまるでインクがかすれたようになっていた。


『まさか……』

 拓蔵はふと違和感を覚え、元の場所に戻るや、先ほどまで話していた鑑識官に話しかけた。

「事故が起きた場所から引き摺ったとしたら、車は子供を轢いた事に気付いていなかった?」

 鑑識官は何を根拠にといった感じに目を見開く。

「もし、子供が目の前にいたら、気付かないわけがないだろ? そうなると、子供が見えなかったってことになる」

「しかしなぁ、車の下に隠れていたとして、運転手は何かに引っかかったのに気付かないわけがないだろ? ほら、もう探偵ごっこはやめて、家に帰りなさい」

 鑑識官はそう言いながら、拓蔵を人込みの中に戻していく。

「例えば、宅配業者のトラックが、子供に気付かなかったらどうする?」

 拓蔵がそう言うと鑑識官はピタリと止まった。


「どういうことだ?」

「宅配業者の車って、運転席が普通の車より高くなってるんだよ。それに幅も普通の車と大差ないから、こういう場所でも小回りが利く」

「仮に君の云う通りだったとして、運転手が子供に気付かないはずがない」

「ああ。車にぶつかったら気付かないわけがないが、もし故意にぶつけたとしたら?」

 拓蔵がそう言いながら、

「ちょっと調べて欲しいんだよ。もしこれが轢殺だったら、必ずあるはずなんだ。車に何かをぶつけた時に出来る(へこ)んだ痕が……」

 拓蔵が云わなくても、警察はそれを調べようとしていた。

 しかし拓蔵は、どうしてもバンバーに凹みがあるとは思えなかった。


 その予感を裏切ることなく、その時間、近くを走った宅配業者の車輌は――ひとつもなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「指紋検出はまだか?」

 京本がそう鑑識課の警官らに促す。

「まだ特定は出来ていません」

 鑑識官の云う通り、指紋検出には時間がかかっていた。

 今と違って、コンピューターによる自動検出ではないし、指紋が個人を特定させるものだったとしても、一枚一枚、細かなところまで人の目で確認を取っている。そんなすぐにわかるわけもない。


「――首のない死体ですか?」

 拓蔵は戻ってきた菅原や野本から、現場の状況を聞いていた。

「ああ。もう見るに耐えられなかったよ。それに、暴行を受け、殺された可能性もあるようだ」

「ただ、作業場は荒らされていなかったから、ガイシャが外に出たところを襲ったと考えている」

「それを見たというのは?」

「一応、奥さんと弟子がいてな。両方とも家の中にいたそうだ」

「顔見知りの証言は信用出来ませんよ?」

 瑠璃がそう言うと、拓蔵は少しばかり顔を歪めた。

「人は何かの(ゆが)みで人を殺してしまう場合がありますからね」

 拓蔵の視線を無視するように、瑠璃は給湯室へと消えていった。


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