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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十九話:轆轤首(ろくろくび)
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弐・組織


 京本班が現場に現れたのは、丁度夕方五時になる頃だった。

 (かまど)で焼物を作っていたのか、(くすぶ)った煙が天井へと昇っている。

 竈の周りには素焼きされた焼物と、それに絵を描く筆が置かれている以外、辺りは荒らされた形跡がなかった。


「被害者の判明はまだか?」

「被害者は坂本隆平(りゅうへい)。この窯元(かまもと)の所有者のようです」

 京本の問い掛けに、部下である野本が答える。

「第一発見者は弟子である水本さんですかね?」

 もう一人の部下である菅原が、入口のドアで様子を見ていた、水本という男性を見やった。

「え、ええ。お昼になったので先生を呼ぼうとしたら、反応がなかったので」

「お昼ですか? でも、もう夕方ですよ?」

「先生は集中していると、それに没頭してしまいますし、邪魔すると怒鳴ってうるさいんですよ」

「なるほど。それで先生が自分で出てくるのを待っていたと―― それであまりにも遅いから、様子を見に部屋に入ったら、遺体となって発見されたわけですか?」

 京本はそう言いながら、水本に疑いの目をやった。


「な、なんですか?」

「いえ、あなたのアリバイがあるかなと思いまして」

「わ、私を疑っているんですか?」

「あ、いや、そういう意味ではなくてですね。あなたが被害者を呼びに行ったのを証明してくれる人がいるかなんですよ」

 野本が水本を宥める。


「アリバイですか? アリバイでしたら、その後に母屋の方で先生の友人が来てましたよ。それに私はその時、電話で取引先と連絡を取っていました」

「――電話ですか? すみませんが確認のために、その連絡先を教えてくれませんかね」

 京本にそう云われ、水本は紙に取引先の電話番号を書き、京本に渡した。

 京本はそれを菅原に渡し、母屋にある電話を借りるように命じた。

 数分後、菅原が戻ってくると、水本が取引先と連絡をしたのは午後一時頃と判明した。


 鑑識の腕章をつけた警官が窯元に入ってくるや、釜の近くを調べる。

「どうした? 何か調べ忘れか?」

 野本にそう声を掛けられ、警官は顔を上げた。

「あんたたち、まだ仏さんを見ておらんかったな」

 警官にそう云われ、京本たちは頷いた。

「まぁこんな場所だったら、ツボか何かで頭を殴ったんだろ?」

 野本がそう言うと、警官は呆れた表情で頭を振るった。

「あんた、仏さん見た後でもそんなことが言えるなら、さっさと見に行った方がいいぞ」

 そう云われ、野本はムッとした表情を浮かべながらも、遺体の確認をしに部屋を出て行った。

 京本と菅原もその後を追った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 厨房にいた瑠璃がお盆に小皿を乗せて居間に戻ってきた。

 小皿には何かを包んだアルミホイルが乗せられており、それを広げると湯気に交じって甘い匂いが漂ってきた。

「タマネギと白身魚のホイル焼きを作ってみましたが、口に合いますかね?」

 瑠璃がそう尋ねると、拓蔵と佐々木刑事は箸で掴み、口に運んだ。

「うん、うまい。タマネギとマヨネーズの甘みが白身魚に合いますね」

 佐々木刑事がそう言うと、拓蔵も同意するように頷いた。


「そういえば、食器棚に珍しい陶器がありましたけど?」

「ああ、あれは町内会に出た時、景品でもらったんじゃよ」

 拓蔵がそう答えると、瑠璃は拓蔵の隣りにゆっくり座った。

「瑠璃さんも一口どうですかね?」

 そう言うと、佐々木刑事は瑠璃の前にあったお猪口に酒を注ぐ。

「そうですね。一口もらいましょうか」

 言うや、瑠璃はその小さな口にお猪口を運び、静かに飲み干した。

「いやぁ、まったく昔と変わらん飲みっぷりじゃな。ほれどうじゃ? もう一杯」

 笑いながらそう言うと、拓蔵は瑠璃のお猪口に酒を注ぐ。

 瑠璃は自分のお猪口を見詰め、ふと拓蔵の胸元に目がいった。

 懐に五百(ミリ)麦酒(ビール)の缶が二つほど忍ばせている。

 瑠璃は顔を下に向けると、上目遣いで拓蔵を睨むや、

「酒は百薬の長とは言いますが、何事も限度というのが――」

 心配になって説教を始めようとした時であった。


【今日未明。**市**山で、女性の変死体が発見されました。警察の発表によりますと、遺体は首が切断されたものとされ、地元警察が捜索に当たっていますが、未だに発見されていません】

 点けっ放しになっていたTVからアナウンサーの声が聞こえ、拓蔵と瑠璃、佐々木刑事の表情が険しくなった。

 それと同時に佐々木刑事の電話が鳴った。

「はい、もしもし」

『佐々木刑事ですか? 吉塚です。至急、刑事部に戻ってきてください』

 電話の相手は吉塚(まな)巡査長である。

「わかった。ちょっと遅くなると皆に云っておいてくれ」

 そう伝言を伝え、佐々木刑事は携帯を切った。

「呼び出しがあったので本庁に戻ります」

 佐々木刑事はそう言うと、拓蔵と瑠璃に頭を下げ、稲妻神社を後にした。


「頭がない死体か……」

 拓蔵が呟くように云う。

「確か、あなたが始めて本庁の刑事部に来た時も、そんな事件がありましたね」

 瑠璃がそう言うと、拓蔵はお猪口に注がれていた酒を一口で飲み干した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「うぅげぇ……」

 野本は自分の口に手を当て、それを直視しようとはしなかった。

「酷い殺され方だな」

 京本は中腰になり、遺体を見た。

「これが、殺された坂本隆平か……」

 そう尋ねるが、京本はそれが納得出来なかった。

 その人物をよく知っている人間の通報で、坂本隆平がその中にいない事がわかった。

 40年前、当時はまだDNA鑑定そのものがなかったため、最終的な判断は人に(ゆだ)ねられている。

 窯元や家に関係するもの全員を集めた結果、一人だけ行方がわからなかった。

 いや、家族だからこそすぐにわかったのだ。この遺体が坂本隆平であると……

 しかし、もし身形を知らない第三者が遺体を発見したとすれば、この遺体は身元不明の変死体となっていただろう。

 ――遺体は全身傷だらけで、特定出来るはずの頭がないのだから……


「福祠町交番に勤務していた頃、管轄内をパトロールしていた時、目の前で女性がスリに遭った」

 警視庁刑事部内。待機中の拓蔵が椅子にダランと腰をかけている。

 手には湯飲みが持たれており、湯気が立ち上っている。

 それに口をつけると、熱くもなければ、(ぬる)くもない。拓蔵が丁度飲みやすい適度な温度である。あまりの飲み易さに拓蔵はこれで五杯目だった。

「そのスリを追いかけていたあなたは、管轄外であるにも拘らず、そのスリを捕まえた。スリは捕まり、女性は盗まれた財布が手元に戻り、事は収まりましたが…… 翌日、署に呼び出されたあなたは、厳重注意を喰らい、一週間の謹慎を言い渡された」

 瑠璃はそう言うと自分の机に座った。丁度拓蔵から見て右斜め前になる。

「――理不尽と思ってるでしょうけど、管轄外の人間に手柄を取られるのは気分がよくないって事ですね」

 拓蔵は瑠璃を睨むが、瑠璃は眉ひとつ変えずに拓蔵を見遣った。

「でも、あなたには所轄内でも検挙率があったから、その署長が推薦でウチに回したっていう噂ですよ」

「そ、そんなに凄くないですよ」

 拓蔵は顔を背ける。


「あなたの成績から見て、巡査部長になっても可笑しくないですし、それに刑事になるのが目標だったみたいですしね」

「色んなことを知ってるんですね。福本さんって」

 拓蔵がそう尋ねると、瑠璃は小さく笑みを浮かべた。

「ええ。こういう仕事をしている以上、入ってくる人間のことを調べないといけませんからね」

 拓蔵はキッと険しい表情を浮かべた。

 一瞬見せた瑠璃の表情が、まるで曇天に隠されたかのようにわからなくなっていたからだ。


「福祠町にある稲妻神社の神職黒川(あきら)の一人息子。十八歳の時に仲違いし、家の後をつかず、警察学校に入学。その後巡査となって交番勤務――で、現在に至る」

「別に、それくらいすぐに調べられるんじゃないんですか?」

 拓蔵が不貞腐れた表情で愚痴を零す。

「ええ。これくらい誰だって調べようと思えば調べられます」

 瑠璃はそう言うと、まるで何かを失ったような悲しい表情を浮かべた。

 拓蔵はそんな瑠璃を見ながら、コロコロと顔が変わる人だと思った。


「十八歳になる前、あなたは妻を娶っていた」

 瑠璃がそう言うと、拓蔵は背筋がゾクッとする感覚に陥る。

「な、なにを云ってるんですか? 俺はまだ結婚してませんよ」

 拓蔵はそう言いながら、左手を瑠璃に見せた。

「ほら、薬指。結婚指輪なんて()けてないでしょ?」

 拓蔵の言う通り、彼の左手薬指に指輪は嵌められていない。

「それだけじゃない。その女性(ひと)との間に子供が一人……」

 拓蔵は瑠璃の言葉に恐怖を覚えていた。

 自分以外……いや、黒川家以外が知りようのないことを、瑠璃はまるで全てを知っているかのように拓蔵に話していた。


 しかし、拓蔵は瑠璃の話を聞きながら、こうも考えていた。

 責めているわけでも、脅迫しているわけでもない。

 まるでその大罪から頭を上げ、前を見ろと…… そう云われている気もしていた。


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