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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十八話:獏(ばく)
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拾壱・貉

ムジナ:主にアナグマのことを指す。

『同じ穴のムジナ』

 一見違っているように見えるが、実は同類である」と言うことのたとえ。主に悪い意味で用いられることが多い。迷信では、ムジナが「(人間を化かすとされる)タヌキと同じ穴で生活する習性をもつこと」に由来している


「そうですか、近藤武蔵の件は自殺という判断になったんですね」

 瑠璃がそう言うと湖西主任は小さく頷いた。

 その表情は納得いっていない。

「仕方ないでしょ。上に反枕という妖怪の仕業によるものだって、そんな浮世離れな報告が出来ますか?」

 阿弥陀警部がそう言うと、瑠璃は確かに……と付け加える。

「人に出来ない以上、夢遊病による転落事故……つまりは自殺になる」

「母親にはなんと?」

 瑠璃は阿弥陀警部のほうを見ながら尋ねる。

「目の前で本人が転落しましたからね。まぁ、私と佐々木刑事に対する嫌悪感は否めませんが」

 阿弥陀警部はそう言うと頭をかいた。

 あの時助けられたはずの二人が武蔵を助けられなかったのだ。――怨まないほうが可笑しい。


「しかし、気になるのはあの時なんですよね」

「転落していた近藤武蔵を受け止めようとした迷企羅に対して笑みを浮かべていた」

「ええ。私や湖西主任は人に権化していますが、あなたや海雪さん、十二神将は本人が見せようと思わない以上、人間が見ることは出来ない」

「それは前にも話しておったな」

 湖西主任がそう言うと、

「でも、もし夢の中で反枕が近藤武蔵を殺した後、本人が転落死したとすれば、それはいったい誰が近藤武蔵をそうさせたんでしょうかね?」

 阿弥陀警部の言葉に瑠璃と湖西主任は戸惑う。

「そりゃ、近藤武蔵本……人」

 湖西主任は額にツーッと汗が垂れたのを感じる。


「反枕が近藤武蔵を殺したとすれば夢の中。つまり、現実世界で追い討ちを掛けるように転落させなくてもよかったんじゃないんですかね?」

「それじゃ、いったい誰が?」

「わかりませんが、少なくとも…… 本人の意思ではないことだけは確かでしょうね。」

 阿弥陀警部がそう言うと、湖西主任と瑠璃はゴクリと生唾を飲んだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 信乃が目を覚ました翌日のことである。

 鳴狗寺の境内で飼われている大小様々な犬が集まっており、その中心には信乃の姿があった。

「きゃん」と一匹の犬が吠え、信乃はその犬が見ているほうを見やった。

「あっ……」と小さく声を挙げる。

 視線の先には三姉妹の姿があったからだ。


「もう大丈夫なの?」

 皐月がそう尋ねると信乃は答えるように頷く。

「ええ。一晩寝たらスッキリしたわ、何か憑き物が取れたって感じかな」

「憑き物って云っていいのかな? 犬神は元々代々受け付いてきたものでしょ?」

「みたいだけどね。別に私はそう思ってなかったし……」

 そう言うと信乃は徐に口笛を吹いた。

 すると先ほどまで集まっていただけの犬が綺麗に横一文字に並び始めた。

 もう一度口笛を吹くと、ピタッと座り、三度(みたび)吹くと一斉に伏せた。

 そして四度吹くと全ての犬がパッと立ち上がった。

 それを見るや、三姉妹は「おーっ!」と感心した表情で拍手する。

 信乃は一匹、一匹の頬に手を差し伸べ、「うん。みんないい子」と告げた。


「わんわんサーカスなんてやったら儲かるんじゃない?」

 弥生がそう言うと、

「いや、そういう事が出来るのは先祖代々、信乃だけなんじゃよ」

 うしろから声が聞こえ、三姉妹はそちらを見やった。

「信乃のおじいさん」

 皐月がそう言うと、実義は小さく頭を下げた。

「信乃さんしか出来ないって?」

「信乃の口笛は一見誰にでも出来る簡単なものかもしれんがな、微妙な唇音で区別しておるんじゃよ」

 実義がそう説明すると、葉月は少しばかり考える。


「どうかしたの?」

「いや、前になんか似たようなのを、知ってる人から聞いたことが……」

 葉月はうーんと唸るように思い出そうとする。

「あ、こよみさんが駅の近くで小学生にからかわれてた時だ」

 葉月は驚いたように大声を挙げる。

「ああ、あの大きなマスクしてた女性かぁ……」

 信乃も思い出したようにそう呟く。

「確か、その時どこかから大きな犬が二匹やってきて小学生を追い払ったって」

「まぁ、あの時はあのガキどもにちょっとお灸を加えた方がいいかなって思っただけで、直接その女性を助けようなんて思ってなかったけどね」

 信乃がそう言うと、葉月は少し残念そうな表情を浮かべる。

「そうか、この子達は飼い犬だから、信乃のいう事を聞かないということはあまりない。全然知らない犬でも操ることが出来るのは信乃だけの力って事ですか?」

 皐月がそう実義に尋ねる。

「まぁな。試しにわしや浜路もやってみたんじゃが、ちっともいう事をきかんかったよ」

 実義は笑いながらそう言った。


「あ、そうだ…… 皐月、あんた昨日私の部屋に来たでしょ?」

「え? うん……」

「そん時さぁ、竹刀忘れてったでしょ?」

 信乃にそう言われ、皐月はそれを思い出すや声を挙げた。

「ちょっと待っててね」と信乃はそう言うと、母屋のほうへと走っていった。


 一、二分ほどで信乃が境内に戻ってきた。その手には竹刀が二本抱えられている。

「はい。今度は少し考えて行動しなさいよ」

 そう云うや、信乃は竹刀を皐月に渡した。

「あ、ありがとう…… あれ?」

 皐月は竹刀を見るや、首を傾げた。(つか)の部分が新品同然のように綺麗になっている。

「ああ、ボロボロになってたから直しといた。たまには手入れしないといざ使おうと思った時に手が滑ったりして困るわよ」

 信乃がそう忠告する。

「ごめんね。こんな事までしてくれて……」

 皐月が頭を下げると信乃は照れ臭そうに鼻を指で擦った。


「――仲いいよね?」

 葉月がそう言うと、

「元々仲がよかったじゃろ? なんら変わっとらんだけじゃよ」

 実義がそう言うと、葉月と弥生は皐月と信乃を見やった。


「あ、そういえば信乃さん」

 何かを思い出すや弥生は信乃に声を掛ける。

「はい。なんですか?」

「実はさぁ、知り合いから聞いたんだけど、あなたこの前駅前の本屋で店員に文句言ってたでしょ?」

「ええ。ただ文句は言ってませんけど」

 信乃がそう言うと、弥生は手提げバックからその時の本を取り出した。

「あ、それ……」

 信乃がその本を指差す。

「これでしょ? 目的の本って」

 弥生がそう尋ねると、

「えっと…… アニメ雑誌」

 皐月がそう言うと、信乃はカーッと顔を赤くする。


「まさか、こんな身近に同類がいたなんてねぇ」

 弥生は小さく笑みを浮かべる。その表情はどことなく怖い。

 信乃もそれに感付き、少しばかり後退りしている。

「や、弥生さん? わ、私は別にそういう趣味があるというわけではなくてですね?」

「この雑誌、付録で付いてたポスターのクオリティーが高くて、ネットじゃ手に入れられなかった人が高額を出してでも実物がほしいってくらいなのよねぇ」

 弥生がそう言うと信乃は外方(そっぽ)を向き、

「べ、別に私は付録なんかで……」

 そうは言うが、頻りに横目でその雑誌を見ている。


「これ、自分で手に入れようと思ったら、実際オークションだと五千はいくけど?」

「な、なんでそんなに高くなるのよ? 高々付録が付いてるだけで」

 皐月がそう言うと、

「皐月、あんた! 付録や特集記事のないアニメ雑誌なんて、ビーフカレーに牛肉が入ってないのと同じよ? いや、むしろカレーライスのルー抜き。ましてや今回の付録は作画監督と原作者の合同リバーシブルポスター。しかも印刷とはいえ、原作者のサインつきという……」

 人が変わったかのように信乃がそう云うや、ハッと我に返り、ゆっくりと弥生のほうを見る。

 その弥生は笑みを浮かべていた。

「それでどうする? 今なら定価で譲ってやらないわけじゃないけど、今から10数える以内に答えないと他の人に……」

「――ください」

 弥生の言葉が言い切られる前に信乃はその場で土下座した。

「うんうん。ほしいものは直ぐに買った方が後で後悔しなくていいのよねぇ」

 弥生は信乃から雑誌の料金を受け取り、雑誌を信乃に渡した。


「それで、実際はどうなの?」

「なにが?」

「何がって、あの雑誌の価値よ。本当に付録付いてるだけで5千円もするの?」

 皐月はムッとした表情で弥生に詰め寄る。

「まぁ、皐月みたいな一般人パンピーにとっては価値がないかもしれないけど、好きな人にとってはそれくらいの価値があるってことよ」

 弥生はそう言うが、実際は付録付きでもオークションでは千円くらいしかしない。

 元々福祠町自体が田舎町ということもあり、取り扱っている書店が少なかっただけなのである。


「あれ? 私なんかはめられたような気が」

 信乃はそう云うや首を傾げる。

「あはは…… 気のせい、気のせい……」

 弥生はそう言いながら誤魔化した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――昨夜のことである。

 皐月の部屋で狼の掛け軸を見ていた美音が何かに気付く。

 戯れている七匹の狼を遠くから見ている八匹目の狼が消えていたのだ。

「――あれ? 消えてる」

 そう呟くや掛け軸に描かれている七匹の狼を見やった。

 そして徐に笑みを浮かべた。


 そこには八匹の狼が戯れるように群れを作っている。翌々見てみると、その中心には消えた狼が描かれていた。

「狼は本来群れで行動するもの。あの狼は元ある群れに戻っただけ」

 そう言うと、美音はスーと部屋から姿を消した。

 掛け軸に描かれた八匹の狼は、楽しそうに戯れている。


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