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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十八話:獏(ばく)
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捌・多聞天


 薄暗い部屋の中でぼんやりとした光がともっている。

 その灯りは部屋に飾られた『七匹の狼が群れをなし、それを一匹の狼が遠くで見ている』といった構図の掛け軸を照らしており、それをジッと一人の少女が見つめていた。

「鳴狗家の血筋がよもや妖怪に取り憑かれるとはな」

 うしろから声が聞こえ、少女――黒塚美音はそちらに振り向き、眉を顰めた。

「何じゃその目は?」と女性が尋ねる。

「別に何も…… そもそも貴女さまは地獄裁判で忙しいのではないんですか? 普賢菩薩さま」

 掛け軸を照らしていた灯りがふっと消えると、次に美音と普賢菩薩の姿を照らし始めた。

 普賢菩薩の姿は五十代後半の淑女のような風貌で、冷たくキリッとした細い目をしているが、その奥には菩薩特有の優しい雰囲気がある。


「少し鳴狗家の話をしましょうか?」

 普賢菩薩はそう云いながら、掛け軸のほうへと歩み寄る。

「昔、この福祠町がまだいくつかに分かれた村だったころ、中央に程近い場所に立てられた稲妻神社・そこから南の山奥に立てられた子安神社。そして町の北側にある場所に立てられたのが鳴狗神社」

「神社って、それじゃどうして今はお寺になってんの?」

 美音がそう尋ねると、

「関東大震災が起きてな、当然ながらこの町も被害に遭った。その中でも鳴狗神社の周りは被害が大きく、もはや鳴狗神社以外は壊滅していた。そこで当時の宮司であった鳴狗八房(やつふさ)が供養として鳴狗神社の本堂の下に祭るように埋めた」

「ちょ、ちょっと待って…… そんなことしたら死体遺棄法で訴えられ……」

 美音は言葉を止め、「まさか、習俗上それが出来たってこと?」

 そう尋ねると、普賢菩薩は答えるように頷いた。


 習俗とはその地域やある社会において、昔から伝わっている風俗や習慣、風習のことをいう。

 現在も習俗上のことでなら、死体を埋めることを黙認されているがそれに適さなければ法によって裁かれる。

 ただし水葬は一般人が行う場合訴えられるが、船員法15条において船内で死者が出た場合、船長の権限で死体を海に投げ埋葬することが出来る。

 その場合もいくつか条件はあるが説明を割愛させていただく。


「それに死んだのは天皇所縁のものではなく、ただの一般人。神社に祭ることは出来ない。そこで八房は祭神であった大黒天を稲妻神社に、弁才天を子安神社それぞれに配神させることとした」

「そうか、そもそも大黒天(マハーカーラ)弁才天(サラスヴァティー)はヒンドゥー教における北伝仏教。それに多聞天(ヴァイシュラヴァナ)はクベーラの前身といわれ、そのクベーラは地下に埋蔵されている財宝の守護神と云われている」

「その宝が何なのかは云わなくてもわかりますね」

 そう云われ、美音は頷いた。宝は云わずもかな埋葬された人々の魂である。

「それにどうして鳴狗神社に七福神の神を三つも祭神に出来たのか、それはシヴァ神の化身であるマハーカーラ、ブラフマー神の神妃であるサラスヴァティー、クベーラもヒンドゥー教であったからこそ仲違いしなかった」

「そして神ではなく、人間の仏を供養するために神社を寺院にしたというわけ?」

「歴史上は…… ただ事実は違うんだがな」

 普賢菩薩がそう言うと、美音は首を傾げた。

「鳴狗家の一族が持つ異常なほどの嗅覚。これは八犬伝に出てくる八房が犬であった事に通じるの。そして鳴狗家が神棚に祭っていたのがその妻である伏姫」

「伏姫――『人にして犬に従う』という意味だったわね」

「その呪詛かどうかはわからんが、犬のように嗅覚が優れているのはその(まじな)いが代々受けつかれている。」

 普賢菩薩は掛け軸を一瞥すると、下の方から何かがぶつかった音が響き渡ってきた。


「なに? 今の音……」

 美音が慌てた表情で窓から身を乗り出し下を見た。

 そしてうしろで何かが倒れる音が聞こえ、そちらに振り返ると普賢菩薩が跪いていた。

「どうやら皐月を止めていた真達羅が皐月の逆鱗に触れたみたいですね」

 普賢菩薩は苦しそうな表情を浮かべながら、そう告げる。

「で、でも…… 真達羅はあなたの化身で十二神将の一人よ? それに皐月は大黒の力も毘羯羅の力だって」

「友達を助けたいと思う気持ちは人も神も変わらんのではないか?」

 普賢菩薩がそう言うと美音は唖然とした表情を浮かべた。


「もし、信乃が目を覚まさなかったら、皐月はまた昔みたいに臆病者になるんでしょうね?」

「弥勒菩薩が見た未来に偽りはありません」

 普賢菩薩はそう言うとスーと姿を消した。

 それを見送ると、美音は一度深呼吸をし、

『真達羅も口には気をつけなさいよ。冷静な態度をとっていても、皐月が真っ直ぐなのは地蔵菩薩(おばあちゃん)譲りなんだから、あの時と同じようにね』

 それは皐月が稲妻神社の境内で鴉天狗に襲われたことを聞いた瑠璃が怒りを露にしていた時のことである。


『まだ十二神将としての力は戻っていない。それに今大きく出ると、せっかく虚空蔵菩薩さまや珊底羅が調べていることに支障が出てしまう。出来る限り地蔵菩薩さまや他の十王、十三王に気付かれないようにしないと』

 美音は掛け軸を見つめると、突然うしろで錆びた鈴の音が聞こえてきた。

「――ユズ?」

 美音がそう叫ぶや、青白い光が突然現れたと思うと一瞬のうちに消えた。


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