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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十八話:獏(ばく)
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陸・転

うたて:自分の心情とは関係なく、事態がどんどん進んでいくさま。


 セピア調の景色の中、一人の少女を『秋桜コスモス』柄の首輪をはめたダックスフンドが追いかけている。

「ほら、ユズっ! こっち」

 少女がそう言うとユズは小さな尻尾を振りながら、少女の後を追いかける。

 ユズが少女の足元に辿り着き、そこをグルグルと駆け回る。

「ユズ、落ち着いて」

 少女は膝を曲げ、ユズを抱えあげる。

 ユズは舌を出し少女の頬を舐める。

「ちょ、ちょっとユズ、くすぐったいよ」

 少女は微笑を挙げ、首輪に紐をつけようとした時だった。


 グワンと景色が歪み、赫々とした景色が広がっていく。

 そして少女の手が濡れ始め、少女はそちらを見やると、

「いやぁあああああああああああああっ!!」

 悲鳴を挙げ、手に持っていたユズを地面に落とした。

 ユズの身体は爛れ、骨を露にしている。

 少女の手は赤く染まっており、それがユズの血であることに少女は理解出来た。

「い、いやぁ…… ユズゥ ユズゥ」

 少女は震えた声で反応するはずもない死体に声をかける。


「もし…… もし自分があの時紐を外さなかったら、ユズはこんな目に遭わなかったんじゃないか」

 うしろから声が聞こえ、少女――信乃はそちらを見やった。

 そこには体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎といった奇妙な姿をした動物が信乃を見つめていた。

「あんた…… なんなの?」

 信乃がそう尋ねると、

「人は過去を変えることは出来ない。いや、出来るはずがない。束縛された過去ほど人を狂わせる」

「何わかったようなこといってんのよ? まさか…… ユズを殺したのって」

 そう言うや、信乃は近くにあった棒切れを手に持ち、構えた。


「ユズの仇ぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 信乃が咆哮を挙げ、得体の知れない化け物に一刀を加える。

「うしっ」

 手応えありといわんばかりに信乃は笑みを零したが、目の前の化け物が雲が途切れるかのようにスーと消えた。

「どうした? おまえの実力はその程度か?」

 化け物はゆっくりと信乃に問いかける。

「っざけるなぁあああああああっ!」

 信乃はもう一度一刀を放とうとしたが、ボロボロと棒切れは腐食する。

 それどころか、その腐敗が信乃の腕にまで侵食していく。

「っ!?」

 その場に跪いた信乃は腐り落ちる自分の右腕に恐怖し絶叫する。


「さぁ、おまえもあの犬畜生と一緒に喰らってやろうか?」

 化け物は大きく口を開ける。信乃の身体など悠々と喰らいつけられるほどに大きい。

 信乃の目の前は真っ暗になり、辺りには何もない。

 そして――骨が砕ける音が信乃の耳元で響き渡った。


「……っ!」

 信乃が目を覚ますと、再び景色はセピア色に染まっている。

 信乃は起き上がり、辺りを見渡すと、どこからともなく犬の鳴き声が聞こえてきた。

「ユズ?」

 信乃がそう言うと、ユズは信乃の近くで尻尾を振りながら、信乃を見上げた。

 信乃は戸惑いながらも膝を曲げ、ユズを抱える。

「ユズ。もう帰ろう」

 信乃がそう言うと、ユズの口が大きく裂け、信乃の首元を喰らいつく。

 突然のことで気が動転した信乃は仰向けになって倒れると、ユズは容赦なく音を立てるように信乃の首を喰らい千切った。


「……っ?」

 再び信乃が目を覚ます。大きく見開いた目は焦点があっておらず、恐怖に震えあがっている。

 そして、どこからか犬の鳴き声が聞こえてきた。――ユズである。

「いぃやぁ…… いやぁ…… もう―― もうやめて」

 腰を抜かした信乃は自分に近寄ってくるユズを拒んだ。

 ユズは何も変わらず、小さな尻尾を振っている。

 信乃は逃げるように後退りすると、背中に何かが当たった。

 信乃がゆっくりとそちらを一瞥すると――

 そこには人でもなく、動物でもない。はっきりいってどう説明すればいいのかわからない無数の肉塊にっかいが信乃をおどろおどろしい視線で見下ろしている。


「あああああああああああああああああっ!!」

 信乃は悲鳴を挙げ、死に物狂いでその場から逃げようとしたが肉塊に身体を覆われ、骨が軋み、肉が引き裂かれる音が彼女の耳元で響きわたっていく。


「っ……」

 三度みたび、信乃は目を覚まし、辺りを警戒する。

 そして再びユズの鳴き声が聞こえ、信乃は悲鳴を挙げていく。

 彼女の周りには狂うほどに歪んだ口と目があることに彼女は気付けずにいた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「仮に伐折羅が思ったことが本当だったとしたら、近藤武蔵が自殺したことが妖怪による仕業となるな」

 十王の一人である平等王びょうどうおうが頬杖をつきながら、目の前で跪いている因達羅を見やる。

「薬師如来が行った検死結果では被害者が薬物を遣ったという形跡はなく、阿弥陀如来が調べたことには自殺をするような雰囲気はなかった」

「学校では優秀だったようで、友人関係は良好。いじめという可能性は低かったようです」

「つまり、それを苦に自殺をするというのはなかった」

 閻魔王である瑠璃がそう言うと、平等王――観音菩薩は少しばかり唸り声を挙げた。


「それと母親に不審な行動はなかったのかという問いに対して、特に何もなかったようです」

「そうなると、阿弥陀如来や伐折羅が考えていることが、いよいよ視野に入れられていくな」

 観音菩薩がそう言うと、瑠璃は少しばかり戸惑った表情を浮かべる。それに対して観音菩薩が尋ねると――

「獏は元々中国から伝えられた妖怪で、現地での言い伝えによれば、獏の毛皮を座布団や布団に用いると厄病や悪気を追い払い、獏の絵を守りにすると邪気を祓ってくれるという伝えがありましたが、悪夢を食らうというのは日本に伝来してからとされています」

 瑠璃がそう説明すると観音菩薩は少しばかり笑みを浮かべる。

 それに対して瑠璃は不満そうな表情を浮かべた。

「それはあの身分知らずから教えてもらった雑学か?」

「確かに身分違いですが、拓蔵をそのような風に云うと、たとえあなたでも許しませんよ」

 そう言うと観音菩薩はクククと笑みを零した。

「いやいや、旦那のことを馬鹿にされて腹を立てない妻は既に終わっている」

 そう云うや、観音菩薩は部屋の周りを見渡した。


「して、因達羅? 一緒にいるはずである脱衣婆の姿がありませんが?」

 観音菩薩がそう尋ねると、因達羅は戸惑った表情を浮かべた。

「彼女には反省してもらっています。一時的な感情とはいえ、鴉天狗を見過ごしていますからね」

 瑠璃がそう言うと観音菩薩は首を傾げた。

「彼女のことを考えたら、見過ごしても仕方のないことではないのか?」

「公私混同はご法度ではありませんか?」

 そう聞き返され、観音菩薩は溜息を吐いた。


「鴉天狗が犯した罪と海雪が犯した罪は確かに同等です。しかしだからといって、見過ごしていいという理由にはならない」

 瑠璃は二の腕を掴み視線を落とす。

「違いがあるとすれば、死を悔やんでくれた人がいること……じゃな?」

 そう尋ねると瑠璃は小さく頷いた。

「もし彼女にもそのような人がいたとしたら、このようなことはしなかったのではないかとも思っておろう」

「私は子を思わない親が嫌いなだけです。身が引き裂かれるほどの苦痛に耐えて生んだはずの子供なのに、なぜそのような事が出来るのか―― 彼女がしたことは同感さえしますし、仕方のないことだとも理解出来ます」

 瑠璃の声は徐々にトーンを低くしていく。

「彼女の死体は今思い出しても吐き気がします。もし私が神ではなく人だったら、ぶん殴ってますよ。あの母親を!」

 瑠璃はそういい捨てると、部屋を出て行った。


 因達羅は立ち上がり、部屋のドアと観音菩薩を交互に見渡す。

「瑠璃が荒れるのは納得がいくな。それにどうして海雪を皐月と信乃の監視にしたのかは…… いや、今となっては彼女が命じた事ではない」

 観音菩薩はゆっくりと席を外し、因達羅の肩に手を置いた。

「引き続き、海雪とともに行動してやってくれ。鴉天狗の件は大威徳やその従者である摩虎羅、それに他の十二神将たちも調べておるから心配するな」

 観音菩薩はそう言うと、部屋を出て行った。


 地獄裁判を行う裁判所へと向かう際、観音菩薩は小さな人魂に声をかける。

「虚空蔵菩薩の件、どうなっている?」

「今のところ妙な動きはなく、法界王(ほうかいおう)として三十三回忌の裁判を執り行っております。従者である珊底羅(さんちら)も同様に目立った動きはありません」

「彼が何を考えているのかは知りませんが、こちらに被害がなければいいのですけどね」

 観音菩薩は虚空蔵菩薩の監視を従者であり、十二神将の一人である安底羅(あんちら)に引き続き監視をするよう命じた。


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