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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十七話:髪鬼(かみおに)
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漆・天牛

天牛てんぎゅう:カミキリムシの別称。妖怪髪切りの正体とも言われている昆虫。髪切虫と書かれるが、丈夫な歯や発展した顎によって植物の丈夫な繊維や木部組織を齧るほどである。そのことから名前は『噛み切り虫』からきているともされている。


「さてと……」

 皐月は財布に入った三千円を見やる。さきほど銀行で預金通帳からおろしてきたものだ。

「これで足りるかしらね?」

 そう云いながら、遊火を見た。

「足りるんじゃないですかね?」と遊火は首を傾げながら云った。


 皐月は財布を上着のポケットに仕舞うと、携帯を少し弄り、キョロキョロと辺りを見渡した。

 携帯の液晶には地図が表示されており、赤いマークが点滅している。

「えっと、理髪店はっと」

 目的地の理髪店が住宅街のところにあり、入り組んで解り難い。

「あ、ここだ」

 店に着いたのも予定より遅かった。


 カランコロンとドアに付いた鈴の音が店内に響き渡った。

「いらっしゃいませ」

 衣川早苗がそう云うと、皐月は店内を見渡した。

 客は一人もおらず、店員も早苗だけである。

「今日はどのようなご用件で?」

「あ、ちょっと髪を揃えてもらおうと思って」

 そう云うと、「どのくらいまで?」と早苗は聞き返す。

「えっと……」

 皐月は考えながらも、店内の違和感に薄々感付いていた。


『遊火、ちょっとこの店の中を調べてくれない?』

 皐月は頭の中でそう云いながら遊火を一瞥する。

 遊火は頷くや、無数の火の玉となって飛び散った。

「どうかしましたか?」

 早苗がそう尋ねると、皐月は苦笑いを浮かべる。

「それでどれくらいに?」

「えっと、髪を揃えるくらいでお願いします」

 そう言うと、早苗は椅子に座るよう、皐月に促した。


「結構伸びてますね。それに髪の長さにバラつきもあるようですし」

 早苗は櫛で皐月の髪を梳かしながら尋ねる。

 皐月は鏡に映った店内を見渡す。――至って普通だった。

「そういえば、この店ってお一人でやってるんですか?」

 皐月がそう尋ねると、早苗は一瞬手を止めたが、再び髪を梳かし始めた。

「どうしてそう思うんですか?」

「いや、椅子が三つあるから、もし満席だと一人じゃ無理だろうし」

 皐月は慌てて正面を向きなおした。

 一瞬振り返った時、早苗の目が()わっていたのだ。


 ――その頃遊火は店の奥に入っていた。

 辺りにはどんよりとした空気が漂っている。

 人の気配がしないのも気になるが、それだけならどれだけいいだろうかと、妖怪なのに臆病な性格の遊火は思っていた。


 ガタッという音が聞こえ、驚いた遊火は身を窄める。

 そして音が聞こえたほうにゆっくりと目をやると、そこだけドアが開いていた。

 息を飲み込み、遊火は音を立てず(そもそも浮いているので足音も何もないが)ドアに近付くと、少しだけ開いたドアが突然全開になり、何かが倒れこんできた。


「……っ!!」

 それを見るや、遊火は悲鳴を挙げた。


 倒れ込んできたのは女性の遺体であった。

 髪は切り刻まれ、顔面は傷だらけになっている。

 首の動脈を切っているのか、衣服が真っ赤に染まっていた。


 遊火は息を整えながら、部屋の中を調べると、言葉を失った。

 そこにも遺体が転がっており、先ほどの遺体と同じ形状であった。

 よく見ると胸ポケットに社員証が着けられており、『豊永美奈』と書かれている。

 確認のため、もうひとつのほうを見ると、同様に胸ポケットには社員証がある。

 名前は『狩野唯』と書かれていた。

 そして共通して、この店の店員であることに遊火は違和感を感じた。


「どうしてこんなところに?」

 部屋は薄暗く最初は気付かなかったが、発光している自分の体で部屋はぼんやりと明るくなっていることに遊火は気付いた。

 そして見えなかった床の全面がわかるや、涙を浮かべた。

 床には細かく切り刻まれた髪の毛が無数に散らばっており、真っ赤に染まっていた。


「どれくらいの長さで切ります?」

 早苗がそう尋ねると、皐月は平常心を保ちながら、

「そうですね。それじゃ胸のところまでバサリと切ってください」

 そういわれ、早苗は櫛で頭の上からゆっくりと下ろしていく。

 そして胸のところまでやると、「これくらいでしょうか?」と尋ねた。

「あ、はい。それくらいで……」

 皐月の了解を得るや、鋏をゆっくりと入れ、髪を切った。


 ジョリという寒気が弥立つような音が耳鳴りのように皐月の耳に響いた。

 いくら皐月の耳が悪いからといって、耳元で聞こえればすぐに気付く。

 そしてまるで髪を引っ張られる痛みを同時に感じとった。

「ちょ、ちょっと待って」

「どうしました?」

 早苗は何事もないかのような顔をしている。

「そ、その鋏…… 大丈夫なんですか?」

 そう云われ、早苗は手に持った鋏を見やった。

 鋏の刃はボロボロに錆び付いている。


「すみません。お客様……」

 そう云うと、早苗は鋏を床に捨てた。

 そして、皐月の髪の毛を乱暴に引っ張る。

「あがああああああああああああああっ!!」

 椅子から落とされた皐月は全身に痛みを走らせた。


「は、はなして」

「お静かにお客様…… 髪の毛が切れないじゃないですか?」

 そう云いながら、早苗は皐月の髪を口の中に含んだ。

「な、何を?」

「見てわかりませんか? 切ってるんですよ」

 その言葉に皐月は戸惑う。

 逃げようとすると、髪を引っ張られ、動けずにいた。

「お客様落ち着いてください」

 言うや、早苗の髪が伸び、縄となって皐月の体を縛り上げる。

 その拘束は力強く、皐月は解こうとするがまるで歯が立たない。


わが神殿に祭られし大黒のごうよ! 今ばかり我に剛の許しを!」

 そう念じ叫ぶと、皐月の全身が光り、縛り上げていた髪が溶けた。

 しかし、早苗が皐月の髪を口に(くわ)えている以上、解放されているとは言い難い。

「お客様…… ジッとしてくれないと髪が切れないじゃないですか?」

「それのどこが髪を切ってるっていうのよ?」

 どちらかというと噛み千切られている。


「皐月さまぁ!!」

 戻ってきた遊火はこの現状に驚き、戸惑いながら

「あ、あの人なんで皐月さまの髪の毛食べてるんですか? そういう嗜好なんですかね?」

「そんなわけないでしょ」

 皐月は叫びながらツッコミを入れる。

 早苗を蹴りながら、口から髪の毛を取ろうとするが、髪の毛が足に絡まり動けないでいた。

「竹刀がないから、刀にすることも出来ないし」

 そう考えていると、突然カランコロンという音が聞こえ、そちらを見ると……


「お母サン……」

 店に入ってきた早百合が息を飲み込んだ。

「衣川さん?」

 皐月がそう云うと、

「ク、黒川サン? どうしてココに……?」

 早百合は驚きながら母親を見ると、悲鳴を挙げた。


 その身形は禍々しく、伸びた髪が全身を覆っている。

 皐月の足に髪を巻き込ませ、締め上げると、皐月は悲鳴を挙げた。

「お、お母サン! どうしたデスか?」

「お母さんって……」

 皐月がそう言うと、早苗は視線を皐月から早百合に向けた。

 早百合は恐怖に満ちた表情を浮かべ、その場から動けずにいる。

「衣川さん! 逃げてっ!!」

 皐月は早苗の髪の毛から逃げても、自分の髪をどうしようかと悩んでいた。

 ふと先ほど早苗が落とした鋏が目に入り、それを取ろうとすると、気付いた早苗は髪を伸ばし、腕を縛り上げた。


「お母サン! 何してるデスか?」

 早百合がそう叫ぶと、早苗は髪の毛を伸ばし、早百合を縛った。

 首に絡んだ髪で絞め、喋れないようにする。

 一瞬だけ緩んだ腕の締め上げに気付くと、皐月は一瞬のうちに鋏を手に取った。

 そして一気に腕をすり抜けさせる。

 気付いた早苗は再び皐月の腕を絞めようとしたが、鋏の刃は早苗の髪にではなく、皐月の髪を切ろうとしていた。


 そしてバサリと髪が切られると、今まで引っ張っていた反動で二人は体を弾き飛ばされた。

「お母サン?」

「皐月さま?」

 遊火と早百合がそう言うと、皐月はゆっくりと立ち上がり、


 ――オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ――


 地蔵菩薩の真言を叫ぶと、突然遊火の体が光りだし、無数の火の玉となるや皐月の周りに飛び交う。

 そして皐月や早百合の体を拘束していた早苗の髪の毛を燃やした。


 地蔵菩薩の真言における功徳は多数あり、これは『神鬼助持じんきじょじ』という功徳である。

 意味は『神霊が助けてくれる』というものであった。

 それが遊火であったのだが、人の姿に戻った遊火は呆然としている。


「げぇほ……」

 早百合がゆっくりと立ち上がろうとすると、早苗は髪を伸ばし、再び縛り上げた。

「衣川さん!」

 皐月は持っていた鋏を掴み取り、早苗の髪の毛を切った。

 しかし、髪が伸び続けている以上、埒が明かない。

「お母サン…… やめて……」

 早百合は大粒の涙を浮かべながら、抵抗するが、締め上げている力は弱まることがなかった。


「遊火? さっきみたいなこと出来ないの?」

 皐月は先ほど見せた遊火を自分が呟いた真言によるものだと気付かず、そう尋ねた。

「で、出来ませんよ」

 遊火は涙目で訴える。

「お、お母サン…… どうしてこんなことするデスか?」

 早百合は必死に足掻きながらも、目の前にいる母親に問い掛ける。


「無駄よ? その女はあなたを殺したいって言ってるんだから」

 突然声が聞こえ、皐月はそちらを見るや、憤怒の表情を浮かべた。

「鴉天狗っ……!?」

「あら怖い怖い。でも事実よ。その女は娘を殺したいって願ってるわ。っていっても、実際血が繋がってるわけじゃないから、娘っていうのは可笑しな話よね?」

 鴉天狗はクスクスと嘲笑しながら、早百合を見た。


「どう? 殺される気分は――怖いでしょ?」

「あなたガ…… あなたがお母さんをこんな風にしたデスか?」

 早百合が鴉天狗にそう尋ねると、

「ええそうよ。本当なら妻である自分に遺産が転がるはずだったのに、娘のあんたに取られたんだもの。怨まないほうが可笑しいでしょ?」

 そう言うが、鴉天狗は哀れむどころからケラケラと高笑いする。

「何が可笑しいデスか?」

「だって、ねぇ? 遺産っていうのは遺言書に記されていない以上、本妻が貰えるもんでしょ? その次は血が繋がった自分の子供や親兄弟。後妻である自分がもらえるなんて思っていたこいつが哀れで、哀れで」

 鴉天狗はそう云いながら、早苗を見た。

 一瞬だけ早苗の動きが鈍くなる。


「さぁて、さっさと殺しなさい!」

「お母サン……」

 早百合がそう叫ぶと、早苗は髪の毛を締め上げる。


「っ!?」

 皐月は早苗の表情が一瞬強張っているのが見え、その瞳にうっすらと涙が零れていたのに気付く。

「閻獄第五条十八項において、『大叫喚地獄・十一炎処(じゅういちえんしょ)』へと連行する!!」

 そう叫ぶと、お札が現れ、早苗の額に付着した。


「ぎゃぁあああああああああああああっ!!」

 断末魔とも思える早苗の悲鳴が店内に響き渡った。

「お母サン?」

 早百合がそう叫ぶと、蔓延っていた髪が燃えちり、早苗の髪は元の長さに戻っていく。


「きゃはははっ! どうしたの? 妖怪と化した人間は罰せなければいけないのがあんたの仕事でしょ?」

 哂いながらそう云うと、鴉天狗は皐月を見やる。

 その皐月は早苗に駆け寄り、声をかける早百合を見ていた。

「お母サン? 大丈夫デスか? お母サン?」

「んっ…… あっ……」

 息を吹き返した早苗がゆっくりと目を広げる。

「さ、早百合……ちゃん?」

 そう声を挙げると、早百合は顔を歪ませ、大粒の涙を零した。

「よかたデス…… よかた」

 早百合は早苗の体をギュッと抱き締める。

 早苗は何ことかわからず、戸惑ったが、ゆっくりと早百合を抱き締めていた。


「な、なによ、これ? どうしてこうなるのよ? 怨みあってるんでしょ? だったら殺しなさいよ! 殺し合いなさいよ!」

 状況が把握出来ていない鴉天狗は狼狽する。

「だってそいつを殺せばあんたに金が入るのよ? そのために殺したいって思ったんでしょ?」

「…………っ」

 皐月が小さく呟く。

「なによ? 何が云いたいのよ?」

 何を云ったのかわからず、戸惑う鴉天狗が聞き返すと――――


「黙れって云ったのよ。この鳥畜生ぉっ!!」


 皐月は禍々しいほどに低い声を挙げながら、鴉天狗を睨みつけた。

 その相貌に光はなく、一目では何処を見ているのかわからない。

 しかし、鴉天狗は直感したのだ。

 皐月が睨んでいるのは自分なのだと――


 鴉天狗は逃げるようにその場から飛び去った。


「皐月さま……」

 遊火がそう声をかける。その声はどこか細々としていたので、皐月はどうしたのかと聞き返した。

「家の中を調べていたら、中に遺体が二つありました。おそらくこの店で働いている従業員だと思います」

 遊火は部屋で見た現状を説明する。それは奇しくも現在の店内と同じ状況であった。

「殺したのは多分、あの人でしょうね」

 皐月はゆっくりと早苗と早百合を見た。

「今は云わないほうがいいかもしれない――残酷すぎるもの」

 皐月がそう呟くと、遊火も同じ考えだと頷いてみせる。


 早苗を抱き締めている早百合の表情は安堵に満ちていた。


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