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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十七話:髪鬼(かみおに)
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伍・久方

久方ひさかた:天・空・月などのこと。


 駅前の書店で皐月はガールズファッション誌を読んでいる。

 そして溜め息を吐くや、それを元の場所に戻した。

「決まらないんですか?」

 上空から見下ろしていた遊火がそう尋ねると、

「なにが似合うのかって、正直自分じゃわからないものよね?」

 皐月は呆れた表情で言う。


 今の今まで髪を伸ばした状態を維持していたため、皐月はそれ以外の自分の姿が優位に想像出来ないでいた。

 遊火は首を傾げながら「現状維持じゃ駄目なんですか?」と聞き返す。

「それでいいなら、雑誌なんて読まないでしょ」

 そう云いながら、皐月は自然とお菓子が掲載されている雑誌が置かれた棚に足を向けていた。

「皐月さまの場合は、花より団子ですね」

 遊火が溜め息混じりに呟いた。

「遊火っ! 9月にコンビニで秋の新作カップスィーツ出るって。それから新作チョコとか……」

 なんとも楽しそうに話す皐月を見ながら、覗き込むように遊火も雑誌を読んでいた。


 その帰りである。

 どこからか小さな犬の鳴き声がし、皐月と遊火はそちらを見た。

 そしてその正体を見るや、皐月は首を傾げる。

「あれって…… トーマ?」

 目の前で小さなボールに(じゃ)れている子犬は、以前事件があったコテージにいた「トイ・マンチェスター・テリア」という品種の子犬であった。

 そのトーマがどうしてこんなところにいるのかと皐月は遊火を見たが、姿が見えない。

「遊火?」と辺りを見渡すと、「あぅ~っ」と泣き言を発しながら、遊火は怯えた表情で皐月のうしろに非難していた。

 遊火は以前トーマに舐められそうになったことがある。

 それ以前に犬自体が駄目というのもあるが。


「あれ? 皐月さん」

 声をかけられた皐月はそちらに振り返る。

「あ、希空のあさん」

 皐月はやっぱりと云った表情でそう言うと、目の前の少女――希空は笑顔で会釈した。


 皐月は近くの公園で希空と一緒にベンチに座った。

「それじゃ、お父さんの墓参りに?」

「はい。お父さんから貰った遺産のこととか、私自身の心の整理とかで来るのが遅くなっちゃったんですけど」

 希空はそう言いながら、膝に乗せているトーマの背中を撫でている。

「結局ほとんどの遺産はなくなってましたけど。でも……私はお父さんやお母さんに大事にしてもらってたんだって、実感出来たんです」

 希空の言葉に皐月は首を傾げる。

「私が持っていた株券、電子化にしていなかったのと、名義がお父さんのままだったので紙切れ同然だったんです。その他通帳とかも本人の確認が取れない以上引き落とすことも出来ない。それがたとえ遺族でも」

 まるで最初から遺産を与える気などなかった感じに聞こえてくる。

 希空の父親である瀧原俊平はまさか自分が殺されるとは思っておらず、相続人を記してはいなかった。

 しかし希空の表情はどこか晴れやかだ。


「私は別に遺産がほしいわけじゃない。あった方が先々助かるだろうけど…… でも、それだけで残された人は幸せですかね?」

 そう訊かれ、皐月は返答に戸惑う。

「お金が目的で人を殺すのって、一番最低なことじゃないかなって」

 残されたものとしての言葉だった。

「それじゃ、私は失礼します」

 そう言うと、希空はスッと立ち上がり、頭を下げた。

 つられて皐月も頭を下げる。


 去っていく希空を見ながら、

「そういえば――爺様って、どうやって弥生姉さんの受験料とか出したのかしら?」

「神社で貯めたお金からじゃないですか?」

 遊火がそう訊くと、皐月は少しばかり唸る。

「いや、確か姉さんが通ってる高校って、結構お金かかってるはずよ? 確か初年だけでも百二十万はするって聞いたことあるし……」

 それだけでなく、皐月と葉月の学費もあれば、家族の生活費もある。

 それに加えて、神社の経営費や本堂など設備の修復費。

 職員の給料などが含まれるため、どう考えても家計は火の車どころではない。


「もしかして、拓蔵さま、すごい金持ちだったりして」

 遊火がそう言うと、

「まさか、それはないでしょ?」

 皐月は呆れた表情で笑みを浮かべた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 警視庁近くの喫茶店に阿弥陀警部と佐々木刑事、そして拓蔵の姿があった。

「死亡推定時刻が合わない?」

 拓蔵がそう尋ねると、阿弥陀警部と佐々木刑事が頷いた。

「日本の警察もそこまで零落(おちぶ)れたか?」

「いえ――検死の結果、トラックの運転手だった衣川太一の死亡推定時刻が午後2時。ですが事故があったのが午後3時前後。この時点で食い違ってるんですよ」

 佐々木刑事がそう説明するが、拓蔵は納得いかない表情で聞いている。

「で、確認のためにその時間、被害者が何をしていたのかを調べたらですね、『午後3時前に会社に連絡をしてる』そうなんですよ。本人の携帯から」

 阿弥陀警部がそう云うと、拓蔵はさらに不快な表情を浮かべた。


「どういうことじゃ? 死亡推定時刻は午後2時になっとるんじゃろ? まさか死んだ人間が電話をした――わけがないじゃろうよ?」

「確認のために携帯が使われたと思われる基地局を調べたら、ちょうど事故があった場所なんですよ」

 携帯の電波は使用した場所から近い基地局(アンテナ)を通じて通信されている。

 たとえば東京都の場合、『SHIBUYA109』がある渋谷区道玄坂二丁目での基地局は渋束シネタワーに設置されているもの。

 そこから近い場所で円山町から使用すると、ホテルニューウェイに設置されている基地局からとなる。

 同じ区域でも、使う場所によって発進される基地局は区々(まちまち)である。

 そして、携帯は車の中で発見されており、本人の指紋以外は検出されていない。


「先輩、どう思いますか?」

「鑑識が間違っとるとは思えんが――」

 云うや、拓蔵は少しばかり考えると、阿弥陀警部と佐々木刑事を見遣った。

「今回の事件。殺人と事故処理どっちになったんじゃ?」

「それが――先ほど云った通り、死亡推定時刻が食い違ってますからね。どちらともいえないんですよ」

「中には死んだ人間が運転していたなんて根も葉もない噂が立つ始末で」

 阿弥陀警部がそう云うと、拓蔵は唐突に笑い出した。


「死んだ人間がそんなことできるわけがないじゃろ?」

 そうはいうが、拓蔵の眼は笑っていなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 福祠駅の前に笠を深々と被った托鉢僧(たくはつそう)が立っている。

 手にはお椀があり、中には雀の涙ほどの小銭が入っていた。

 その僧の前に腰の曲がったしわくちゃのおきなが手を合わせると、僧は小さく頭を下げる。

 そして翁が蝦蟇口がまぐち財布から小銭を取り出し、それをお椀の中に入れた。

 僧はお礼とばかりに、シャン、シャンと一、二度ほど金剛鈴(こんごうれい)を鳴らした。


 去っていく翁を見送りながら、僧はひとこと呟いた。

彼者(かのもの)の腰。若人(わこうど)が如く、(かろ)やか(なり)


 すると、先ほどの翁は体をピクッと痙攣させるや、驚いた表情で飛び上がった。

 その動きは軽やかで、年齢など最初からなかったかのようである。

「なんじゃ? 何が起きたんじゃ? 軽い! 軽いぞ! 体が軽い! 腰の痛みがまるでないわい!」

 翁の腰はしっかりと立っており、そこらで腰曲がりに歩いている若者よりもピシッと胸が張られている。

 翁は喜色満面(きしょくまんめん)の笑みを浮かべ、軽やかな足取りで人込みの中に消えていった。


「また人助け?」

 スーツ姿の女が僧に話しかける。その眼は僧を蔑んでいた。

「手を合わせてくれただけになく、銭を貰えたのだ。これくらいのこと、せんといかんだろ?」

 僧がそう答えると、

「ありもしないことをありとする。――それがアナタの力だっけ?」

「貴様のような妖怪を存在していないことにしてやったんだ。これ以上私に関わるな」

 僧がそう云うと、女性――鴉天狗は小さく笑みを浮かべた。

「あなたに断る権利はないわ。それに……」

 云うや鴉天狗は視線を駅の屋根に送った。

 僧はそちらを見るや、息を飲み込んだ。


 屋根には埋め尽くすかのように、夥しいほどのカラスが止まっていた。

 その黒い身形に隠れた眼球は地上にいる人間を見下ろしている。

「私が一言命ずれば、そこらにいる塵虫どもを啄むことなんて容易いことなのよ?」

「卑怯だな……」

「なんとでも…… 元より妖怪は人を脅かすものだからね」

 鴉天狗はそう云うと、僧は顔を顰めた。


「用件はなんだ?」

「衣川早苗という、理髪店を経営している女がいるの。その女、山のように積み重なった借金で首が回らなくなったから、自分の夫を事故と見せかけて殺し、遺産相続に名をあげるはずだった」

 その言葉に僧は眉を顰める。

「だけど、その男は遺産を後妻にではなく、娘に渡すよう遺言書を残していたのよ」

「用意周到だな。まるで殺されようとしていたのを知っていたかのようだ」

「妻が借金をしている。それくらいのことすぐにわかるし、金のためなら何をするかわからない」

「それで―― 私に何をしろと?」

 そう尋ねると、鴉天狗はクスリと笑みを浮かべた。


「あの二人を親子っていう、つまらない繋がりをなかったことにしてほしいのよ」

「断る――と云ったら?」

 僧は視線を屋根上にいるカラスにやりながら尋ねた。

「さっきも云ったけど、あなたに断る権利はない。もちろん断れば、ここら一帯が血の海になるでしょうね?」

 僧は顔を顰めながら、

「わかった…… 近いうちにしよう」

 その言葉を聞くや、鴉天狗は笑みを浮かべる。


 その笑みは不気味に歪んでいた。


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