捌・僥倖
数日後、阿弥陀から連絡が入った。
最初に任意同行していた吉田美和子は、たしかに間宮雄太を殺した事には素直に供述したが、間宮理恵に関しては全く以て接点すらなかったのだ。
逆にもう一人、姑獲鳥と化し皐月によって罰せられた女性……西条祐子には、間宮雄太と間宮理恵それぞれともに接点があり、間宮理恵が妊娠していた事も知っていた。
そして――それが間宮雄太の子である事も……。
「――だけど奇妙な話ですよね?」
弥生がそう云うと大宮は首を傾げた。
「だって、もし間宮理恵の胎児が死んでいた事を知っていたら、彼女は殺されなかったってことにはなるんじゃないんですか?」
「それに関してはまだ事情聴取中ですが、いやはや精神が壊れたのか、全然こちらの話を聞いてくれないんですよね」
阿弥陀は団扇で体を扇ぎながら言った。
「しかしビックリしましたよ。てっきり妖怪と化した人は地獄に送られるとばかり」
大宮がそう皐月に尋ねる。
「彼女自身は死んでませんからすぐに送られませんよ。でも当然死ねば地獄に堕ちます。人を殺してるんですから。そもそも生き物が地獄に堕ちないなんて事はないんです」
「――どうしてだい?」
皐月の説明に大宮が首を傾げる。
「例えば夏場に蚊がいるとしますよね? 誰だって刺されたら嫌だから叩き殺してしまう。だけど蚊だって生きてるんですから殺した事になるんです」
「一寸の虫にも五分の魂。生きている以上それぞれに必ず生きている理由があるんですよ。それに血を吸う蚊は雌だけで子供に栄養を与えるためなんです」
そう話されても、やっぱり刺されるのはつらいと大宮は言った。
それに関しては、弥生と皐月、そして阿弥陀も同意であった。
「それで、逮捕された二人は」
「ああ、姑獲鳥と化していた西条祐子は死刑。もう一人の夫である間宮雄太を殺害した吉田美和子は懲役二十年くらいでしょうね」
それを聴くや、皐月はゆっくりと立ち上がった。
「罪を犯した生き物は必ず地獄に落ちる。すぐに天国にいけるなんて無理なのよ。それが何千年、何万年、いや何兆年もの間死んでは生まれ変わり死んでは生まれ変わりの繰り返し。それに天国で誰かと再会するなんて無理な話。現世での記憶なんてないんだから――」
皐月は既に違和感がなくなったお腹をまるで愛おしく摩っていた。
確かに間宮雄太には女性を騙したという罪状があるため地獄に落ちる。
そして間宮理恵とその子供には二度と会う事はない。
皐月はあの晩、自分の目の前に現れた女性は間宮理恵が姑獲鳥へと成り果てた姿で、爛れた赤ん坊はその胎児だったのではないだろうか……。
そして水の音だと思ったのは彼女の涙だったのではないだろうか……。
皐月はやはりあの姑獲鳥(間宮理恵)が自分と同じに思えて仕方がなかった。
後日談だが、この事件解決以降、皐月の腹部の違和感は日に日に柔らいていった。
ただ、本元の原因は便秘であり、生理は予定通りの周期で来ていた。
第二話終了です。