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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十七話:髪鬼(かみおに)
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肆・擬態


 稲妻神社の本堂で皐月の鬼気(きき)こもった声が響き渡る。

 両手には長短の竹刀が握り締められており、足を踏みしめる音と、竹刀を振り下ろした時に発する風の音がなんともこの状況を説明していた。


「ふりゃ皐月ぃ! 手元がお留守になっとるぞぉ! ただの人間ではそれくらいの力量か?」

 紫色した絹麻(きぬあさ)の着物を着た、十二、三歳ほどの少女が皐月を嘲笑している。

 この少女……名を『黒塚(くろづか)美音(みね)』という。

 竹刀を持っている皐月に対して、彼女が持っているのは扇子であった。

 しかも鉄扇ではなく、ただの竹細工で出来た扇子である。


「二刀……焔鼠轍えんそのわだちっ!」

 皐月は長刀を先に構え、その線に沿うように短刀を弓矢みたいに構えると、美音に突っ込んだ。

 長刀で相手の間合いを詰め、相手が刀を避ける一瞬に長刀を引き、その勢いで逆の短刀を相手に突き刺すのがこの技なのだが、

「……あまい――」

 美音は避ける仕草をせず、長刀の竹刀が自分を突き刺す寸手のところを扇子で弾き、その起動を外した。

 だが、焔鼠轍は二段攻撃である。次の短刀で相手を攻撃するのが目撃である。

 しかし、美音は皐月が左利きであることを知っている。

 扇子を緩やかな軌道で、皐月の鳩尾(みぞおち)を扇子で突いた。


「あ、がぁっ……」

 皐月はその場に倒れ、悶え苦しむ。

「その技は一度発すると自らの力では動きを止めることは出来んからな。それを利用すれば微力なものでも主に勝てるわ」

 美音は扇子を突き刺してはいない。むしろ皐月自らが突き刺されたと云ってもいい。

「これで主は殺された」

 扇子を広げ、口元を覆いながら美音は微笑しながら告げた。


「いたた……」

 皐月は呻き声を挙げながら壁に寄りかかった。

「だ、大丈夫ですか?」

 可細い声で心配しているのは美音である。

 先ほどとは打って変わっておどおどとした表情を浮かべている。

「あ、あんたのそれ、めんどくさくない?」

 皐月がそう訊くと、美音は小さく苦笑いした。


 美音は吉祥天(きっしょうてん)という福神ふくじんの権化である。そして黒闇天(こくあんてん)という禍神まがつかみでもあった。

 もともと吉祥天と黒闇天は姉妹とされており、常に二人で行動する天部の一尊である。

 本来ならば黒闇天のみが現世で皐月の相手を任されていたのだが、前記にも記した通り、黒闇天は禍神である。

 (わざわい)(もたら)す彼女が目的以外のことをしないよう、閻魔王である瑠璃が吉祥天とともに同一とした権化を送り込んでいた。

「瑠璃ったら酷いんじゃよ。わらわはしっかりとひとりで任務を随行しようとしておるのに、よりによって姉者の力と一緒に権化にしたんじゃからな」

 美音が口調を変える。先ほどの穏やかな声と違い、喧々とした口調である。

「あなたを信頼しているからこそ、私と一緒にいさせているんですから、あまり(ひが)まないでください」

 今度は穏やかな口調である。


「あんたたち、そういうのは頭の中でやってくれない? 聞いてるほうは頭痛くなるから」

 皐月は頭を抱えながら美音ふたりに言い放った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「終わったデス」

 みつあみにした髪を揺らしながら、衣川早百合は呟いた。

 彼女が持っているお盆の上にはきれいに手入れされたシサーと剃刀、そして櫛などが並べられている。

「早百合、おつかれさま」

「こんなのいつものことデス。礼を云われる筋合いがないデス」

 早百合はそう云いながら、お盆をカウンターの上に置いた。

 そしてみつあみをほどくと、ウェーブのかかった髪が風で揺れた。


「もったいない」と母親である衣川早苗にいわれた早百合は首を傾げた。

「どうしてデス、邪魔になるから結んでいただけデスよ?」

「いやいや、早百合ちゃんはもう少しお洒落しないと…… 髪の毛だって私じゃなくて、狩野さんに切ってもらってるじゃない?」

 早苗は笑いながら云う。

「でしたら、早くその先端恐怖症を治してほしいデス」

 早百合は呆れた表情で云うものだから、早苗はムッとした表情を浮かべた。


「そんなのがよく理髪店の店主なんて出来マスね?」

「早百合は云っていいことと悪いことの区別つけないわけ?」

「事実に善悪ぜんあくはないデス。それにそれを感情的に感じるのは、それが事実と思っているからデス」

 早百合の言葉に我慢出来ず、早苗は鋏を握ろうとしたが、

「――出来ないデスか?」

 早百合はまるで蔑むような目で早苗を見やると、何事もなかったかのように店を出て行った。


 早苗は早百合の去っていく姿を見て一瞬――

「あああああああああああああああああああああああっ!!」

 まるで狂ったかのように、早苗はお盆の上に置かれた鋏と剃刀を床にぶちまけた。

 鋏の先端が床に突き刺さり、ビィーンとした音を発している。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 早苗は肩で息し、散らばった道具を睨み付ける。

「あの子…… 殺してやろうかしら? あの人の遺産相続――権利は私にあるんだから…… ガキになんてくれてやるもんですか」

 早苗は不気味な笑みを浮かべながら、片付けもせず、ゆったりとした歩みで店を後にした。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 警視庁交通部の一角に阿弥陀警部と佐々木刑事の姿があった。

 二人が見ているのは先日起きた事件においての資料である。


「死亡推定時刻は……午後2時前後?」

 阿弥陀警部がトラックの運転手である衣川太一の死亡推定時刻を見て首を傾げていた。

 佐々木刑事も納得いかないといった表情で眉を顰めている。

「事故があったのは?」

「轢殺された国条小百合の死亡推定時刻は事故があった午後3時頃。これは即死でしたし、目撃した人もいる」

 阿弥陀警部はそこが納得いかなかった。

 事故が起きた時、トラックはガードレールにぶつかり大破している。

 つまり、車を運転している人間がいなければ、ぶつかるどころか走ることすら出来ない。

 だからこそ、両者の死亡推定時刻が明らかに食い違っているのが可笑しいのだ。


「DNA型も血液型も一致している。これは二人とも同一人物と考えていいんじゃろうな」

「まぁ、そうなりますね。納得いきませんけど」

 たとえに衣川太一の死亡推定時刻が本物だとして、それまで誰が運転していたのだろうか?

「葉月さんの様子からして、誰かがいたってことになるんですけど……」

「運転席から遺体を出そうとした時、ドアは壊れていたそうだからな。逃げることは出来んな」

 佐々木刑事は葉月が行った霊視の報告を受けている。

「遺体の首が絞められた形跡もない。あったらあったでパニックじゃろうがな?」

「妖怪の仕業と考えて間違いないでしょうね」

 阿弥陀警部がそういうと、佐々木刑事は納得がいかないかのように唸った。

 それを阿弥陀警部は指摘する。


「いや…… その衣川太一と国条小百合…… まったく接点がないじゃろ? 妖怪の仕業だったとしたら、誰かの憎悪が絡んでると思うんじゃがな」

「ええ。何度調べても衣川太一やその家族に周りの人間と…… 国条小百合に対する繋がりがまったくといっていいほどない」

 この事故が自殺紛いの殺人とするならば、通り魔事件として処理されるが

「轢き殺したのが国条小百合……ただ一人」

 佐々木刑事の言葉通り、トラックが轢殺したのは無差別にではなく国条ただ一人を狙っている。

 これを通り魔でないとすれば、なんというべきか……


「もう一度葉月さんにお願いしますかね?」

 そういうと阿弥陀警部は立ち上がった時だった。

「あまりいい期待は出来そうにないと思うがな?」

 佐々木刑事の言葉に阿弥陀警部は振り向きざま、真意を尋ねた。

「葉月ちゃんに見てもらうのは、この死亡推定時刻を調べてからのほうがいいかも知れんぞ? 衣川太一がこの前後に生きていたかの確認をな……」


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