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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十七話:髪鬼(かみおに)
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壱・婆娑羅髪

婆娑羅髪ばさらがみ:ばさばさに乱れた髪。


 リズム感のあるシザーの音や、ドライヤーのモーター音。髪を洗うシャンプーの香りが、見るからに古惚ふるぼけた店内をいろどっていた。

 七、八畳分ほどしかない店内には電動式の美容椅子が3台あり、その前には洗面台と鏡が設置されている。

 カウンター近くには待合用のソファがあり、その横にはマガジンラックが置かれているが、入れられているのは数年前の雑誌くらいなものだ。

 ソファには男性客の姿があった。


「はい。こんな感じでよろしいでしょうか?」

 美容師の狩野唯かりのゆいが女性客に尋ねる。

「ええ、大丈夫よ」と満足そうに客は答えたので、狩野はホッとした表情を浮かべた。

 狩野は前掛けにしていたシーツを取り外し、座高を上げていた電動椅子を下げていく。

 そして、ゆっくりと客を降ろし、狩野は頭を下げた。

 先ほどの女性客がカウンターで会計を済ませ、ドアを開けると、カランコロンと鈴の音が聞こえた。


「狩野さん。掃除したら、次のお客さんお願いね」

 店主の衣川に命じられ、狩野は棚から箒と塵取りを持って、床に散らばった髪の毛の掃除にかかった。

 慣れた手つきでしているので、ものの一分もかからなかった。

「次のお客さん、どうぞ」

 カウンターを任されている豊永がソファに座っていた男性に声をかける。

「あの、どのようなカットをご希望で」

 豊永がそう尋ねると、男性は店内を見渡した。

「いや、ちょっと……」

 なんとも不可解な物言いに豊永は首を傾げる。


「少し待っててくれませんかね? 自分は彼女と待ち合わせをしてるんですよ」

 男性の言葉に豊永は「はぁ」と抜けたような声を発する。

「豊永さん、どうしたんですか?」

 会話を聞いていた衣川が二人に近付き尋ねた。

「あ、店長。このお客さん、どうやら人を待っているみたいなんです」

「そうなんですか? それでそのお連れさんはいつ来られるんです?」

 衣川がそう尋ねると、男性は腕時計を見る。

「確か3時くらいにくると連絡があったんですよ。それとこちらに予約しているとも云っていました」

「豊永さん、ちょっと調べてくれませんか?」

 衣川にそう言われ、豊永はレジカウンターの横に置いてあるメモ帳を手に取り、パラパラッとめくっていく。

「えっと……『国条小百合こくじょうさゆりさん 午後3時に予約』 確かに予約が入っていますが、この人で間違いないんですか?」

 豊永が確認するように男性に尋ねると

「ええ、その人です」

 男性が答えている間、衣川は時計を見やる。針は午後三時を疾うに過ぎていた。


「あの、連絡は出来ないんでしょうか?」

「ああ、そうですね。ちょっとかけてみます」

 そう言うや、男性は携帯を弄り始めた。

 そして、プップッと電子音が聞こえ、電話をとる音が聞こえた。

「もしもし、お前、今どこにいるんだよ?」

 男性が電話越しにいる人物に尋ねたが、まったく反応がない。

「おい、どうした?」

 再び尋ねたがやはり反応がない。


「どうかしたんですか?」

「いや、どうも電波が悪いところにいるみたいで、こっちの声が聞こえ……」

 男性がその先を言おうとした時だった。

 電話の奥から車が急ブレーキをかけたような甲高く、耳を劈くような音が聞こえてきた。

 そして、ドシャッという、何かが突き落とされた音も聞こえた。


「お、おい! どうした?」

 男性が慌てた表情で電話越しの人間に訊ねる。

 だが反応はなく、聞こえてきたのは事故を目撃し、現場に群がる野次馬の騒々(そうぞう)しい音であった。


 近くのガードレールにトラックが突っ込んだ衝撃音で、現場となったスクランブル交差点の周りは慌しくなっている。

 トラックはエンジンから煙を噴出しており、フロントガラスが大破している。

 横断歩道のちょうど真ん中には女性が倒れており、首がありえない方向に向いている。

 それを見ている野次馬の何人かがその光景を固唾を呑んで見ていた。


まことさま、どう思われます?」

 肌色に茶色のリボンを巻いたブレードという帽子を被り、薄い白のワンピースを着た少女が、白に黒のリボンを巻いているパナマハットを被った、黒い服の男に尋ねる。

 この二人、男のほうは大威徳明王で、少女はその従者であり、十二神将のひとつに数えられる摩虎羅(まこら)であった。

「信号を無視するくらいなら、ブレーキはかけんな」

 大威徳明王……もとい、高山信たかやままことは道路に出来上がったブレーキ痕を指差した。

 自殺テロをよそおった通り魔とするならば、ブレーキをかけるとは考え難いものだ。

 そして轢殺れきさつされた女性は、まるで「殺してください」と云わんばかりに、タイミングよく十字路を斜めに行きかう横断歩道の真ん中で立ち止まっている。


「あの女性、誰かから電話がかかってきていましたね」

「つまり、電話に出たその一瞬に立ち止まってしまった」

 信がそう言うと、摩虎羅は深刻な表情を浮かべ、

「偶然にしては、行き過ぎてませんか?」

「信号が赤になるにはまだ時間はあった。それにあのトラック、白線に停まっていたが、女性が立ち止まるや急に動き出していたな」

「あの女性を殺そうとしたんでしょうか?」

 摩虎羅がそう尋ねると、信は首を横に振った。


「いや、それこそタイミングがよすぎる。ここは昼間から夕方にかけて車通りが多いからな。ずっと停まっていたりなんかしてたら交通の邪魔だろ?」

 確かに……と、摩虎羅は頷く。

「さてと、まずは被害者の特定だな」

 云うや否や、信は摩虎羅の肩に手をかけた。


 摩虎羅の姿は蛇へと変わり、スーと流れるように大破したトラックに近付くや、割れた窓から運転席へと入っていった。

 摩虎羅を含んだ十二神将はうしとらといった、所謂十二支を当て嵌めている。

 基本的に摩虎羅は卯神としているが、資料によっては十二支の順番が逆になる場合もあり、また摩虎羅の別称である摩睺羅伽(マコラカ)のサンスクリット語名である「|マホーラガ」は「偉大なる蛇」を意味している。


 摩虎羅は運転席で頭から血を流している男性に目をやった。

 見た目からしてさほど老けてもいないが、若くもない。

 軽く見積もって二十代後半から四十代くらいであろう。

 ハンドルからはエアパックが出ており、それに埋もれるように男は顔を沈めていた。

 助手席には缶チューハイが3本置かれており、飲酒運転によるものかと思い、摩虎羅は男性の口元まで近付いたが、アルコールのような臭いはしなかった。

 確認のために缶チューハイのアルコール度を見てみると、8度と表記されている。

 しかし、缶はすべてなくなっており、アルコールの臭いがしないとすれば、少なくとも運転する二、三時間前から飲んでいないことになる。


 そして男性が運転していたのは運搬会社の車であるため、飲酒運転には十分気をつけているはずだ。

『飲酒運転……ではないとすれば、まるで誰かに操られたかのように轢き殺している?』

 摩虎羅は他に何かないか探したが、パトカーのサイレンが近付く音が聞こえ、逃げるように運転席から出て行った。


「収穫は?」

 現場からさほど離れていない近くの公園で、ペンチに座った信がそう尋ねると、人の姿に戻った摩虎羅は運転席で見たものを説明した。

「アルコールの臭いがしないとすれば、やはり飲酒運転という考えはないな」

「もしかしたら、真犯人は飲酒運転に見せかけようとしたんじゃないでしょうか?」

「身元の確認は出来たか?」

「トラックを運転していた男は『衣川太一』。フロントガラスに貼られていた身分証明書から察するに、OA運搬会社社員のようです」

 摩虎羅が説明すると、信は辺りを見渡した。

 その仕草に摩虎羅は首を傾げる。


「おや、こんなところに珍しい人が」

 公園入り口から麦藁帽子をかぶった男性が信と摩虎羅に近付いてきた。

「――阿弥陀如来か?」

 信がそう言うと、男性――阿弥陀警部は帽子を脱ぐや、軽く会釈する。

 それにつられてか、摩虎羅は深々と頭を下げた。

「お前のとこの管轄だったか?」

「いえ、今日は非番なんですよ。それに事故だったら交通課の仕事ですしね。ただあの事故、交通事故として処理されそうですが?」

 阿弥陀警部が物言いな言葉を発する。

「現場周辺にいた野次馬に聞きましたけど、車が急に走り出して、女性を轢いたみたいなんですよね」

「それだったら、私たちも見ています。それに運転席に缶チューハイの空き缶がありましたから、飲酒運転という可能性も考えられたんですが――」

「摩虎羅の話だと、被害者からはアルコールの臭いがしなかったようだからな。飲酒運転ともなれば、アルコールが能を刺激している状態だ。少なくとも、臭いがするはずだろ?」

「それはまだ調べないとわかりませんけどね」

 阿弥陀警部はそう答えると、帽子を被りなおし、頭を下げ、その場から去っていった。


 ふと摩虎羅は背中に違和感を覚え、背中に手を回した。

 そして何かに触れ、それを引っ張り出して見るや、掌の上には数本の髪が乗せられていた。

 摩虎羅は最初自分の髪と思ったが、ちぢれたその髪からはかすかに妖気のようなものが感じられた。

はい。第十七話です。飽きっぽい性格の作者ですが、結構長くやってますね。今回はちょっとしたアクションを起こしていますので、そちらのほうもお楽しみください。

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