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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十五話:石妖(せきよう)
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捌・微温湯


 弥生と咲川のもとに戻った遊火が、瞳美が口の中を怪我したことを一部始終説明する。

 ちょうどロビーから外に出ようとした時である。

「さっきの嬢ちゃんが食べていたカキ氷の中にまだ硬い氷が入っていたということか?」

「それはないんじゃないですか? カキ氷は氷を削ったものなんですよ?」

 カキ氷を漢字で書くと『欠き氷』とあらわす。

 氷を刃物で削ったものをそういうのだが、弥生の言う通り、固まった氷がそのまま入っていることはまずない。

 小豆が十分に煮えておらず、硬いものが入っていたという考えもあるが、食堂であるため、作るのが大変であるあんこは作り置きされている。


「それとあの按摩師…… 食堂の冷凍庫に買ってきたカキ氷を入れていたそうで、それは従業員全員が知っていたようです」

「それじゃ、もしかして休憩時間だから、コンビニに買いに行こうとしてたってことじゃ」

 弥生と遊火は横断歩道を渡ろうとしていた瞳美を思い出す。


「それにしても、やっぱり気になるわね」

 弥生がうーんと唸る。それに関して遊火が尋ねた。

「あのマッサージ師から妖気を感じたのは置いといて、露天風呂で遊火が見つけたカキ氷の袋の破片よ。証拠隠滅にす……」

 弥生は言葉を止め、自動ドアに映った自分を見やる。

 そして、徐に舌を出した。

「な、何をやってるんですか?」

 その奇妙な行動に遊火は途惑いながら尋ねた。


「遊火、この前、葉月が皐月のカキ氷を間違えて食べたのを注意されてたの覚えてる?」

 そう言われ、遊火は思い出すような仕草をする。

「あ、はい。葉月さまがすぐに謝ったので、皐月さまはあまり怒りませんでしたけど―― でも、あの時葉月さまは自分の部屋で食べてて、ばれないように袋を皐月さまの部屋に捨てたはずですけど」

 それを聞くや、弥生は呆れた表情を浮かべる。

 葉月の隠し方がなんとも拙かったからである。自分だったら、家の中には捨てず、外に捨てるだろうと考えてのことだ。


「なんで皐月がすぐに葉月が食べたってわかったかわかる?」

「えっと、どうしてですか?」

「着色料よ。カキ氷のシロップには色を出すために着色料を入れてるの。メロンや抹茶だったら緑、ブルーハワイだと青。イチゴは赤といったふうにね。葉月がすぐにばれたのは舌にその着色料が付着していたから、舌の色が変わったというわけ」

 そう説明すると、遊火は納得する。

「しかし、それがどうかしたのか?」

 咲川がそう尋ねると、

「もし、凶器が氷だとしたらどうしますか?」

 なんとも突拍子もない考えである。

「面白い考えじゃが、人を殺傷するほどの力はないじゃろ? それに温泉の熱でぶつける前に溶けてしまうわ」

 咲川は笑いながら言うが、弥生は遊火に何かをお願いすると、遊火はスーと姿を消した。


 弥生は再び携帯で、阿弥陀警部に連絡を入れる。

 そして、何かをお願いすると、電話を切った。


 数分後、男風呂には、石坂瞳美・野沢麻衣子・使用人である杉山・ほか従業員数名。

 そして渡辺警視が集まっていた。

「な、なんなんでしょうか」

 杉山が渡辺警視に尋ねる。

「いや、私も同僚からもう少し現場にいてくれんかといわれまして、何があるのか」

 渡辺警視がそう言うと、男風呂のドアが開いた。


「皆さん集まりましたね」

 そこにいたのは阿弥陀警部と弥生であり、弥生は雨合羽を羽織っている。

「あ、阿弥陀警部どの? どうしてこんなところに」

 渡辺警視が途惑った表情で尋ねる。

「いや、あっちの事件がすぐに終わったんで、駆けつけたんですよ」

 阿弥陀警部はそう言うや、隣にいる弥生を見やった。


「渡辺警視…… あなた、この事件を殺人を装った事故ということにしたようですな?」

「え? ええ。そうですよ。被害者は酔っ払い、湯船の中でつまずいて岩に頭をぶつけた。そう考えられなくもないじゃないですか」

「じゃったら、どうして発見された時はうつ伏せだったんじゃ? それじゃったら仰向けの方があっとるし、仮に事故を装った殺人じゃったら、仰向けにするはずじゃろ?」

 云われてみればそうだと、周りがどよめく。

「ですが、もし殺人だとしたら、凶器はどうするんですか? 供述によれば、ハンマーなどの工具は倉庫の中。打撲によるものですから、包丁は使われていません」

 渡辺警視がそう説明すると、弥生はポケットから破片を取り出した。


「これは事件現場で見つけたカキ氷の袋が燃やされてた破片です」

「そ、それがいったいなんだと……」

「杉山さんでしたっけ? あなた本来刺青をしている人間を入れてはいけないのに、やーさんである被害者を露天風呂にいれたそうですな?」

 阿弥陀警部にそう聞かれた杉山は頷いた。

「こちらも客商売ですし、いざこざがあってはいけないので、予約がなかった露天風呂に入ってもらったんですよ」

「被害者にお酒を勧めたのもあなただと」

 そう訊ねられ、杉山は頷いた。


「しかし、被害者はすでに亡くなっており、警察に通報した」

「それじゃ、杉山さんが露天風呂を出て行った時、あのヤクザは殺されたってこと?」

 女性従業員の一人がそう尋ねると、

「おそらく、被害者は何者かに後頭部を殴られた。そして犯人はその凶器をある方法で存在そのものをなかったことにした」

 阿弥陀警部がそう言うと、渡辺警視が訝しげな表情で、

「ある方法? それはいったい」

 そう言われ、阿弥陀警部は弥生を見やった。


「犯人が使った凶器は…… これです」

 弥生はビニール袋に入った氷を見せる。

「氷? そんなもので人は殺せるんですか?」

 麻衣子が尋ねると、

「氷の破壊強度は色々な条件によって変わりますが、たとえばこの袋に入った氷の温度が0以下だった場合、-10℃では強度は2倍になります。ですが、被害者が殺された場所が露天風呂ですから、氷は溶けてしまう」

「そりゃそうでしょ? 氷は温度で溶けるんですから」

「もしかして、氷を溶かさない仕掛けをした?」

 瞳美がそう言うと、弥生は頷いた。


「溶けた氷は0℃(れいど)ですが、この中に塩を入れると、温度が急激に下がって溶けやすくなるんです」

「ちょっと待って、それじゃ氷はなくなるんじゃない?」

「そうだ! それにどうやって犯人は被害者をそれで殴るんだ?」

 渡辺警視がそう言うと、

「氷は中に入ってたカキ氷をカチカチに凍らせた状態にするためだった…… そうですよね? 杉山さん」

 弥生がそう言うと、杉山はギョッとする。


「ど、どうして私が?」

「女性従業員から聞きましたよ? あなた食堂から氷を拝借していたそうじゃないですか?」

「え、ええ。ですがあれは風呂の中で捻挫した人がいまして」

 杉山はそう言うと、食堂で働いている女性従業員を見やる。

「あ、はい。杉山さんはそういって氷を持っていきました」

「可笑しいですね。温泉で事故にあったのはアルコールにやられてサウナで倒れた人くらいだと聞きましたが?」

 阿弥陀警部がそう言うと、うぐぅと杉山は呻く。


「瞳美さん。確かあなたは自分で買ってきたカキ氷を厨房の冷蔵庫に入れていたそうですね」

 弥生がそう訊ねると、瞳美は声がしたほうに頻りに首を動かす。

「え、あ、はい。温泉に入ったお客さまのマッサージをしてますから、次第にその熱気に当てられて体が火照るんです。それを沈めようと、自分で買ってきたカキ氷を食べてます」

「でも、先ほど食堂であなたを見た時、食堂で注文してましたよね?」

「冷蔵庫に入れていたはずのカキ氷がなくなっていたので、コンビニに行って買おうとしたんですけど、入り口で野沢さんに声をかけられて」

 瞳美はそう言うと、手をつないでいる野沢がいる方向に顔を動かす。

「それは私も見てましたし、野沢さんは瞳美さんを探していた。そのことは客や他の従業員も見ているので、犯人ではない」

「しかし、犯人はこの時、誤った行動をとってしまった」

 弥生はそう言うと、袋に入ったカキ氷の袋を取り出し、中身を湯船に入れる。そして、ビニール袋の氷もすべて湯船に沈めた。


「氷に塩を入れることで温度は急激に下がる。でも氷自体はその温度の急激な変化によって、普通に溶けるよりも早く、溶けてしまう。犯人はそのことを知らなかった」

 正確に説明すると、真水で作る氷は0℃以下で凍り始める。

 そこに塩を入れると、本来凍り始めるはずの温度である0℃では凍らず、それよりも氷点下にならないと凍らなくなる。

 つまり、氷が溶けた時の温度を塩が吸収し、温度が下がるという原理である。


「そして、ビニール袋は外に捨てることで証拠隠滅には出来るが、カキ氷の袋はどうしても中途半端にしなければいけなかった」

「まさか、犯人は瞳美ちゃんがやったことにしようと?」

「でも、彼女は目が見えないし、被害者が殺されたと思われる時間は食堂に行っていた。それが犯人の誤算だったんです」

「ちょっと待って? 杉山さんは瞳美ちゃんが重度の視覚障害者だってことを知ってるのよ?」

 麻衣子がそう言うと、

「それがもし、そう思えなかったとしたら?」

 弥生がそう言うと、麻衣子は首を傾げた。


「瞳美さんはマッサージの仕事をした後、自分の部屋に行く前に、食堂の冷凍庫に入れていたカキ氷をとってから自分の部屋で食べていた。でも今日に限って入れていたはずのカキ氷がなくなっていて、仕方なく買いに行った」

「それでどうして犯人はこの女性が見えてるって思ったんだい?」

 渡辺警視が瞳美を指さしそう尋ねる。

「犯人は犯行に使おうと、出来るだけ氷を掻き集めた。その時、カキ氷も一緒に入れた。これは犯人を瞳美さんにしようとしたから。でも瞳美さんはカキ氷の袋についているギザギザで判断していた。それで瞳美さんはカキ氷が中に入っているかいないかを判断していたそうですし、近くにあるコンビニの店員から話を聞くと、彼女はよくカキ氷を好んで買っていたそうですから、買いに来た時、尋ねるそうですよ。お菓子類の袋は殆どが開けやすいようにギザギザになってますからね」

「それと、食堂で働いている従業員からも聞きましたが、氷は製氷機で作ったものを使用していて、冷凍庫はカキ氷に使う大きい氷を入れるために使ってる。瞳美さんはそれを知っていて、そこにカキ氷を入れていた。そうですよね?」

 阿弥陀警部がそう尋ねると、瞳美は声がしたほうに振り向き、頷いた。


「でも、ひとつ気になるんですよね? どうして被害者の肩に石で引っかいたような傷痕があったのか」

「それはあれでしょ? こけた時に頭をぶつけ、体が沈んだ時に引っかいた」

 渡辺警視はそう言うや、ハッとし、杉山を見やった。

「まさか、犯人は被害者を殺した後、事故に見せかけて体を岩に向けた」

 杉山はガクンとその場に跪いた。


「どうして、こんなことを?」

「私はやつから借金していたんだ。借りたときは百万だったんだが、やつは一月ひとつき15%の利子にしてくれるといってくれたが、それはやつの口八丁くちはっちょうだった。実際は三日に3%……一月ひとつきにしておよそ90%だったんだ」

 つまり、百万の3%であるため、利子は一日1万円となり、返済金額は一月に百九十万の計算である。

「相手を信じ込ませる。そんなのあちらさんがよく使ってることじゃないですか」

「私はすぐにお金が必要だったんだ。すぐに百万が必要だったんだ」

 杉山はそう言うと、瞳美を見た。


「すまないな、実は君を障害者ではないと疑問視し始めたのは、君が食堂で料理の練習をしていたからなんだ。目が見えないから料理なんて出来ないと思ってたからね」

 そう言われ、瞳美は物悲しい表情を浮かべた。

「目が見えないから包丁は持たないし、料理なんて危なくて、するとは思っていなかった。そう固執していたから私は君を……」

「馬鹿にしないで――」

 突然、麻衣子が怒りをあらわにする。


「瞳美ちゃんは目が見えなくても、一人で生きていけるように、みんな協力して教えてるのよ。この施設の中だって、何回も歩いて覚えた。それにあそこには元々横断歩道はなかったのよ。それをこの温泉を作る時に、不便だからって役所にお願いして信号を作ってもらった」

 麻衣子はジッと杉山を睨みつけたが、杉山は俯きながら立ち上がり、渡辺警視と一緒に連れて行かれた。


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