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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十五話:石妖(せきよう)
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漆・氷塊

氷塊ひょうかい:氷のかたまり


「渡辺警視。警視庁刑事一課の阿弥陀警部から連絡です」

 橡温泉の二階にある食堂で、コーヒーを飲んでいた渡辺に、制服を着た警官が声をかけてきた。

「……警視庁から?」

 不思議そうに首を傾げながら、渡辺は携帯を受け取る。

「もしもし……」

『ああ、これはこれは渡辺警視どの。警視庁の阿弥陀ですが』

「ああ、阿弥陀警部どのですか。これはまたどういったご用件で」

 渡辺はコーヒーを一口飲む。

『いやぁ、折り入ってお願いがあるんですけど、私が担当したりしている事件解決を手伝ってくれてる人がそちらの入り口にいましてね。今回の事件、殺人ではないかと云ってるんですよ』

 それを聞くや、渡辺は噴出す。

「それはないでしょ。まず被害者は露天風呂でお酒を飲んでいた。これは湯船に徳利やお猪口が発見されていますし、お湯にアルコール反応が出ています。次に被害者にもアルコール反応がありましたよ。それから岩にルミノール反応があり、鑑識の結果、被害者のもので間違いないですね」

『よって事件は事故に処理するというわけですな』

「ええ。それに凶器は発見されていませんし、事件発覚後、施設から出て行ったのは受付嬢である野沢麻衣子ただ一人。その彼女も按摩師をしている石坂瞳美を探していたそうですからね」

 渡辺は手帳を広げ、知らせる。


『その二人にアリバイは?』

「野沢麻衣子は事件が起きた頃、受付の仕事を中断。二階にいるはずだった石坂瞳美に軽くマッサージをしてもらおうと二階に上がった。しかし、石坂瞳美の姿はなく、1時間ほど探していたそうです。そのことは他の従業員や、客からの証言で確認を取っています」

『もう一人の石坂瞳美という人は?』

「彼女は完全に白ですね。そもそも彼女に人を殺すことは出来ない」

『おや、また随分自信たっぷりに云いましたな』

 阿弥陀警部にそう言われ、渡辺は踏ん反り返る。

「石坂瞳美は生まれながらの全盲で、殆ど見えていない。そんな彼女が被害者にばれないで近付くことは無理じゃないですかね?」

 確かに周りが見えない瞳美が人を殺すことは不可能である。


『でもねぇ、一応現場だけでも見せてやってくれませんかね? あちらさんは納得してくれれば勝手に帰るでしょうから』

「まぁ、見せるだけならいいですけど、でももう遺体は警察庁に運ばれてますよ」

『いやいや、被害者がどうやって亡くなったのかを知るのも、ひとつの勉強でしょうよ?』

「わかりました。おい、入り口で阿弥陀警部の知り合いがいるそうだ。ご丁寧に現場まで案内しろ」

 そう言われ、近くにいた警官が敬礼し、食堂から出て行った。


 渡辺は携帯の電話を切るや、笑みを浮かべた。


 現場に案内された弥生と咲川は、露天風呂を見渡した。

「被害者は温泉でお酒を飲み、誤って岩に頭をぶつけたんじゃな?」

 咲川がそう尋ねると、警官の一人が頷いた。

「ええ、岩に血液反応がありましたし、足を滑らせたものと考えられます」

(遊火、何か感じる?)

 弥生は遊火を見やり、小声で尋ねた。遊火は辺りをキョロキョロと見渡している。

「妖気は何も感じませんし、霊気も感じません。完全にいなくなってます」

「被害者はどのような状態で発見されたんですか?」

「被害者は湯船にうつ伏せになって浮かんでいるのを、予約していた客が露天風呂に入ってきた時発見したようです。後頭部が強打されていた」

 うつ伏せ?と弥生は首を傾げる。


「どうかしたんかな? 弥生ちゃん」

 咲川がそう尋ねると、弥生は少しばかり考え込む。

(うつ伏せかぁ…… 遊火、あんた湯船に入って、被害者と同じことやってみせてよ?)

 そう言われ、遊火はゾワッと身の毛を弥立(よだ)せた。

「い、いやですよ! そんな痛いこと!」

 遊火は涙目で訴える。というか、実体のない鬼火の一種なのに、物理的痛覚があるのかと、弥生は心の中で突っ込んだ。

(別に本気で倒れろなんて云ってないわよ。ゆっくりでいいからうしろに倒れろって言ってるの)

 弥生は冷静に言う。

「でも、どうしたんですか?」

(可笑しいでしょ? 酔っ払って倒れた拍子に後頭部を強打した。それだったら、ずり落ちて、仰向けになって発見されるはずよ?)

 弥生がそう言うと、咲川が、

「確かにそのほうが自然じゃな。それに後頭部ではなく、側面にした場合はどうじゃ?」

「それだったら、やっぱりうつ伏せになるんじゃないですか?」

 弥生と咲川が話をしている中、警官が

「あの、そろそろいいですかね? これ以上現場を荒らされるのは」

 そう言われ、弥生は渡辺を見やった。


「すみませんね。いくら阿弥陀警部の頼みとはいえ、これ以上は」

「いえ、ありがとう……」

 弥生が礼を言おうとした時、遊火がスーとどこかへと消えた。

 それを見て、弥生は首を傾げるが、渡辺に言われた以上、露天風呂から出て行くしかなかった。


 二階にある食堂と称した大広間で、弥生は咲川と向かい合わせに座っている。

 弥生の目の前にはカキ氷が置いてあり、イチゴシロップがかけられている。

 それをシャリシャリとスプーンで音を立てながら、弥生は食していた。

「やっぱり、殺人か?」

「だと思います。でもその凶器が発見されていない。もしかしたら誰かが殺人と思わせようと、仰向けだった被害者の体をうつ伏せにした……という考えもあるんですけど」

 弥生は腑に落ちない表情で答える。

「どうしてそんなことをしたのか、それがわからんのじゃろ?」

「警察が事故として処理をしている。でもうつ伏せで発見されたとしたら、やっぱり殺人も視野に入るし……」

 弥生はカキ氷をスプーンで削りながら、食している。

 そのため下のほうはゆっくりと氷が解け始めていた。


「それにしても、遊火どこに行ったのかしら」

 弥生がそう呟くと、隣でボォッと淡い光が照った。

「遊火ちゃん? どこに行っとったんじゃ?」

 咲川にそう訊かれ、遊火は弥生と咲川に頭を下げる。

「あの、お二人にひとつ訊きたいことがあるんですけど」

 そう言われ、弥生と咲川は首を捻った。

「訊きたいことって?」

 そう尋ねると、遊火は人差し指を虚空に指した。

 指先に無数の火の玉が集まり、ゆっくりと形を成していく。

 その形は暖簾のようなものに、何か文字が描かれている。


「『氷』?」

 弥生がそう呟くと、

「暖簾に氷の文字…… 普通に考えると、コンビニとかで売ってるアイスのカキ氷のパッケージじゃな」

「遊火、それどこにあったの?」

「露天風呂の仕切りになってる壁の隙間に挟まってました。ただ周りが焼けて、イラストのところしかわかりませんでしたけど」

「どうしてそんな場所に? 警察だって馬鹿じゃないんだから、すぐに見つかるんじゃ」

 確かにそうだと、咲川は頷く。


「おばちゃん、カキ氷ちょうだい。氏金時(うじきんとき)のあんこ大盛りね」

 調理場が見えるカウンターで、瞳美がそう言う。

「おや、今日の仕事は終わりかい?」

「うん。なんか事件が起きたみたいで、後30分で温泉の入り口閉めるって」

 瞳美がそう言うと、

「それじゃ、開いてる席に座っときな。そうだね……」

 食堂の女性従業員が食堂の中を見渡す。そして近くに誰も座っていないテーブルを見つけ、

「瞳美ちゃんがいる場所から、西の方角の二つ先にでも座っといておくれ」

 そう言われ、瞳美は頷き、体を左……西の方向へと向ける。

 そして、手短にあったテーブルに手を置いた。

 そこは違うとわかるや、歩き始め、二つ目のテーブルに手をかけた。

 誰もいないことを確認すると、椅子を探し出し、背凭せもたれに手をかけ、椅子を動かし、そこに座った。

 それは奇しくも、弥生たちが座っているテーブルの右斜め(うしろ)だった。


 数分後、従業員が瞳美が座っているテーブルにカキ氷を運び込む。

「カキ氷は十二時の方角。スプーンは二時の方角だよ」

 そう言われ、瞳美は右手でスプーンを持とうと、二時の方角(東北東)に手を差し伸べ、手探りする。

 スプーンが手に当たり、今度はそれを持とうと手を頻りに動かした。

 左手でカキ氷の器を探す。触れるものがカキ氷ということもあり、スプーンを探している時よりかはゆっくりである。

 器が手に当たり、左手で器を持ち上げる。

 右手に持ったスプーンをゆっくりと口に近付ける。

 そしてゆっくりとカキ氷の器を探すように、スプーンを動かし、スプーンがカキ氷に当たった感触が伝わり、漸く食べ始めた。

 カキ氷は殆ど顔に密着するかのように近付けているため、氷の冷気が顔にあたっている。

 その仕草はつたなく、また氷が溶け始め、形が崩れだしたこともあってか、結構な量が零れ落ちている。


「瞳美ちゃん、今日も零れとるよ」

 そう言われ、瞳美は口を止めた。

「ほんと? ごめんおばちゃん。タオルある?」

「ああ、持ってきとるよ。しっかし瞳美ちゃんはほんとカキ氷食べるの好きだね?」

「そりゃそうだよ。温泉に入った人の体をマッサージするんだよ。私だって体が熱くなるよ」

 そう言うや、瞳美はふたたびカキ氷を食べ始めた。

「でも、お昼の仕事が終わって、休憩に食べようと思って、食堂の冷蔵庫の中を探したんだけど、おばちゃん知らない?」

 女性従業員が首を傾げる。瞳美が冷凍庫にカキ氷を入れていることを従業員全員は知っており、そこから動かすことは絶対にしないようにしている。

「いや、知らないねぇ。従業員室にある冷蔵庫にはなかったのかい?」

「あそこにあるのって、冷蔵庫だけだよ? カキ氷を入れたら溶けるじゃない?」

 瞳美がそう言うと、女性従業員は確かにそうだと云った。


「ご馳走様でした」

 弥生が両手を合わせて言った。

「お粗末さまでした」

 咲川はそう言うと、椅子から立ち上がる。

「結局、お風呂に入れんかったな」

 咲川が残念そうに愚痴を零した。それを見て、咲川のおじいちゃん、温泉に入りにきてたんだっけ……と、弥生は思い出す。

「これ以上ここにいるのも無理そうだし、今回は私たちは何も出来なかったわね」

 弥生が遊火を見上げるように見た。

 さきほどから真剣な表情で辺りを見渡している。

「どうかしたんかな?」

 咲川がそう尋ねると、

「弥生さま…… 千里眼使えますか?」

 そう訊かれ、弥生は首を傾げる。


「近くに一瞬でしたけど、妖怪の気配がしたんです」

「妖怪が?」

 咲川がそう言うと、弥生は目を瞑り、ゆっくりと深呼吸する。


の方角……」

 弥生がそう言うと、遊火と咲川は自分たちの座っているテーブルから右斜め後を見た。

 古方位での巳は南南東を刺す。

 そこには瞳美が座っており、ゆっくりとカキ氷を食べている。

「彼女が妖怪……ですか?」

 遊火が首を傾げる。同じ妖怪なのだから感知出来るはずであったが、弥生ほどのものではない。

「わからないけど、あんた以外に妖気を感じたのは彼女がいる方角だけよ?」

「しかし、彼女は目が見えんからな、被害者を襲うことは出来んのじゃないか?」

「それじゃ、今回は妖怪の仕業じゃないって事ですか?」

「遊火、彼女に近付いてみて。ばれないようにゆっくりとね」

 そう言われ、遊火は姿を消し、ゆっくりと瞳美に近付いた。


「本当に妖怪だったら、すぐに遊火に気付くはず」

 弥生は息を殺し、瞳美を見やった。

 遊火が瞳美に近付いたが、瞳美は反応を示さない。

 「あれ?」と弥生は首を傾げた。

「見当違いじゃったかな?」

 咲川がそう言う。遊火が姿を現しても、瞳美は首を動かすことはなかった。


「あいったー」

 突然瞳美が呻き声を挙げた。

 それを聞いて、遊火が体をピクッとさせる。

「ほら、ゆっくり食べないから、カキ氷が歯に当たったんじゃないかい?」

「ほ、ほうかもふぃれふぁい。ふぃたぁい」

 瞳美は涙目になりながら、頬に手を差し出す。

 何か違和感を感じたのか、瞳美は口の中で舌を頻りに動かした。何がグラグラと動いている。

「おばちゃん、ティッシュある? 何か硬いの噛んだみたい」

 そう言われ、女性従業員は自分のポケットからティッシュを取り出し、瞳美に渡した。

 瞳美はティッシュを口元に近づけ、口の中から異物を吐き出す。


「おばちゃん、何かわかる?」

 目が見えない瞳美は、口から吐き出したものがなにかわからず、女性従業員に尋ねた。

「ひ、瞳美ちゃん。歯が欠けてるよ」

「ほんと? ちょっと口(すす)いていいかな?」

「あ、ああ。ちょっと待ってて、コップとボール持ってくるから」

 そう言うや、女性従業員は厨房に入り、水の入ったコップとボールをテーブルに持ってきた。


 瞳美は女性従業員からコップを受け取り、水を口に含み、口をそそいだ。

 そして、ボールに水を吐き出すと、水の中にジワッと血が混じっていた。

「こりゃ、歯医者行った方がいいかもしれないね。口の中を切ってるかもしれないよ」

 それを聞くや、瞳美は露骨に嫌そうな顔をする。

「歯医者いや」

「いやじゃないでしょ? 悪くなってたらどうするんだい?」

 女性従業員にそう言われ、瞳美は頬を膨らまそうとしたが、痛みが走り、膨らませることが出来なかった。


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