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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十五話:石妖(せきよう)
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陸・不吉


 当然といえば当然なのだが、施設内で事件が起きた以上、入り口の前には警官が不審な人物がいないか警戒しながら見張りをしている。

 弥生はこの中に阿弥陀警部がいれば、事情(亡くなった被害者の霊がいないこと)を説明し、あわよくば入れてもらえると思ったのだが、入り口に停まっているパトカーを見渡しても、阿弥陀警部の姿はない。

 それどころか佐々木刑事の姿もなく、中にいるのだろうかと思ったが――


「遊火、あんたどこから入ってたの?」

 そう訊かれ、遊火はキョトンとする。

「あんた、たしか入れる場所がないと、建物とかには入れなかったわよね? 今までどこから入ってたの?」

「えっと、露天風呂の方からですけど?」

 それを聞くや、弥生は頭を抱えた。

「え? っと…… 何かまずいことでも云いました?」

 遊火が慌てた表情で聞き返す。

「そりゃ、露天風呂に屋根なんてないわよね? 屋根それがないから露天なんだし……」

 弥生は自分が露天風呂から入れないことに苛立ちを覚える。

「どうします? 知り合いがいない以上、入れてもらえるとは思えませんし」

「警察の知り合いなんて、そうそういないし」

 弥生がうーんと、考え込んだときである。


「あらぁ? あんた確か拓蔵んとこの孫じゃないかい?」

 そう言われ、弥生は声がしたほうに振り返る。

「あ、咲川のおじいちゃん」

 弥生はそう言うや、目の前にいる老人は笑みを浮かべた。

 この老人、名を『咲川源蔵』といい、先の事件で皐月がお世話になっている。

 拓蔵の知り合いということもあり、よく神社にも来るので、弥生もこの老人とは顔なじみだ。


「おじいちゃんは、これから銭湯ですか?」

「おや、どうしてそう思ったんかね?」

 そう尋ねられ、弥生は入り口を指差した。

 そこには壁があり、車が入れる幅がある以外は、外から中が見えなくなっている。

 つまり、この施設に用がない以上、駐車場にいる弥生には気付かない。

 そもそも、弥生は外からでは見えない位置にいる。

 ――そう説明すると、咲川は納得するように頷いた。


「ところで、何か事件がったようじゃが、弥生ちゃんは阿弥陀警部に呼ばれてきとるんか?」

 そう訊かれたが、弥生は首を横に振った。

「いや、ちょっとこの前、神社の掃除をしてたら腰を痛めちゃって、その治療に」

「ああ、ここの按摩さんじゃろ? 彼女の腕はいいからな」

「それじゃ、おじいちゃんも?」

「まぁな、しかし何かあったんじゃろ…… 遊火ちゃんや」

 咲川は遊火がいるほうを見上げた。

 子安神社の神職をしている咲川にとって、遊火を見ることは造作ぞうさもない。


 遊火はスーと、地上に降りる。

「施設にある露天風呂で、男性が水死体で発見されてます」

「ほう…… で、死因は?」

「警察の人たちが話していた内容によれば、死因は頭を強打しての大量出血だと思われています。ですが、凶器というか」

「なんか引っかかることでもあるの?」

 弥生がそう尋ねると、

「人を殴り殺すほどの殺傷力があるものとしたら、思い浮かぶのは硬いものですよね? 露天風呂は湯船が岩で出来てますから、逆に酔っ払ってこけてしまい頭を打った……なんてことも考えられるんです。現に徳利とっくりとお猪口ちょこが湯船の中に沈んでいたようですし、その二つを乗せていたと思われる小さなたらいが湯船に浮かんでいたそうです」

「確かに引っかかるわね。へべれけになるほど酒を飲んだとは思えないし」

 弥生が考え込むと、咲川が口を開いた。


「温泉やお風呂で酒を飲んだ場合、温まった体にアルコールを摂取すると、酔いが早まるんじゃよ。ドラマとかで温泉に浸かりながらお酒を飲むなんてシーンがあるがな、あれははっきり云って危険な行為なんよ。昔はそういうシーンがあったが、今はあまり見ないじゃろ?」

「被害者がそのことを知っていたか。もしくは、誰かが酒を飲むことををすすめたか」

「まぁ、その二つのうちのどれかじゃろうな。または別の方法があったか」

 咲川は遊火を見る。

「遊火ちゃんや、岩に血痕はあったかえ?」

 そう訊かれ、遊火は思い出すや、首を横に振った。

「つまり、凶器があるってこと?」

「でも、凶器になったものは見つかっていないようです」

 遊火が慌てるように云う。

「消えた凶器か…… さて、どうするかね?」

「入ろうにも、阿弥陀警部や佐々木刑事がいない以上、中に入ることは出来ないんじゃ?」

 咲川はジッと遊火を見やる。それに気付いた遊火は首を傾げた。


「あんたはさっきまで中を見てきたんじゃろ? その中にいなかったんか?」

 咲川がそう尋ねると、

「いや、阿弥陀警部だったら、私の姿が見えますから、中に入れたはずですよ?」

 遊火が答える。確かにそうだ――と、弥生は溜め息を吐いた。

「電話で連絡はせんのか?」

 咲川がそう言うが、弥生は首を横に振った。

 そもそも三姉妹は頼まれてから、執行の仕事をしているわけだから、警察からみれば協力という形になる。

 もっぱら探偵家業というわけでもない。

 いや、探偵家業も、現場を自由に調べる権限はないが――


「物は試しじゃ。ちょっと連絡してみんか? 一応携帯の番号は知っとるんじゃろ?」

 咲川にそう言われながら、弥生は表情を歪めながら、携帯の液晶を睨んだ。

 番号登録には、確かに阿弥陀警部の携帯番号が登録されている。

 しかし、これが厄介なもので、弥生の携帯に登録しているのは、私用プライペートのものであるため、仕事用ではない。

 しかも、仕事中は私用の携帯は電源を切っているため、繋がるかどうかもわからないのだ。

「弥生さま。かけてみては?」

 遊火がそう催促すると、弥生はどうせ繋がらないだろうと思いながら、電話をかけてみた。


 呼び出し音が聞こえだし、それが三回ほど続く。

 そして、電話を取る音がしたが、弥生はあまり期待はしていなかった。

『おかげになった電話は電源が~』というアナウンスが聞こえると思ったが……

『はい。阿弥陀ですが? どうしたんですかな、弥生さん』

「あ、阿弥陀警部? いま仕事中じゃないんですか?」

 意外にも携帯に本人が出たので、弥生は驚きを隠せないでいる。

『え? ええ。まだ仕事中ですけど…… ああ、確か弥生さんや皐月さんに伝えたのって、私用に使ってる携帯の番号でしたね。実は、現場に呼び出された時、ご飯を食べてたんですよ。それでちょっと仕事用の携帯とこっちを間違って持ってきちゃったというわけです。取りに戻ってもよかったんですけど、そういう余裕も出来なくなって、この携帯を使ってるというわけですよ』

 それを聞くや、弥生は深く溜め息を吐いた。

 事情がわからない阿弥陀警部は、どうしたのかと尋ねる。

「弥生ちゃん。ちょっと変わってくれんかな?」

 咲川にそう言われ、弥生は携帯を渡す。


「あ、あ、もしもし、阿弥陀警部ですかな?」

『おや? その声は咲川さんですか? また奇妙な組み合わせだ』

 阿弥陀警部が驚いた声を挙げる。

「ちょっと、橡温泉のところで、弥生ちゃんと会ってな。そこで事件が起きとるんじゃよ」

『事件? ちょっと待ってください。今訊いてみますから』

 そう言うと、阿弥陀警部は近くにいた警官に尋ねる。


『ああ。確かに橡温泉のところで事件が起きたという連絡があったようです。ただ殺人事件ではなく、事故として処理されるらしいですし、そろそろ撤退するそうですよ』

「それはないじゃろ! 現に遊火ちゃんが現場を見てきて、頭を打ちそうな場所を見たが、血痕のひとつもなかったそうなんじゃよ」

 咲川がそう言うと、『それは確かですか?』

 話の内容がわかったのか、遊火はハッキリと頷いた。

 そして、先の事情や状況を、弥生から聞き、咲川は電話越しにいる阿弥陀警部に説明した。

『わかりました。ちょっと入り口で待機してる警官がいると思うので、その人に携帯を渡してください』

 そう言われ、弥生と咲川は入り口へと足を向けた。


 入り口では二人の警官が警戒しており、そのうちの一人に咲川は声をかけた。

「なんですか、あなたたちは…… ここは今立ち入り禁止になって」

 警官の一人が止めにはいる。

「ちょっと、わしらの知り合いがあんたに用があるっていうんでな」

 そう言うや、咲川は警官に携帯を渡す。

「知り合い? いったい誰が……」

 首を傾げながら、警官はダルそうな顔を浮かべながら、携帯に耳を傾けると

『ああ、ああ、警視庁刑事一課の阿弥陀政信(まさのぶ)警部というものですが……』

「あ、ああああ、阿弥陀|警部どのでございますか?」

 先ほどのダルさはなんなのかといいたくなるほどに、警官は背筋をビシッと伸ばす。

『ちょっとそこにいる三人……いや、二人を現場に案内してやってくれませんかね?』

「で、ですが、いくら警部どのの頼みとはいえ、一般人を現場に入れるというのは」

 警備をしている彼は巡査であるため、警部である阿弥陀警部は階級が上だ。命令を聞くのは当然といえば当然。

 しかし、それだけで弥生や咲川を現場に通すというのは、どうにも職権乱用である。

『実はな、さっき電話で事故のことを話してたんじゃよ。あんたたちは事件を事故で処理するみたいじゃな?』

「え? ええ…… 被害者はお風呂に入りながら酒を飲み、酔っ払った拍子に倒れ、湯船となっている岩に頭を打った。現場にはお酒を飲んだと思われる形跡がありましたし、岩の表面にルミノール反応が出たので、事故によるものだと判断されたんです」

 それを聞くや、弥生は遊火を見る。

「それじゃ、岩についた血は、被害者が湯船に倒れた時に水飛沫が上がって、洗い流されたってことですか?」

「おそらくそうでしょうね。ですから私たちは事故で処理しようと」

 警官がそう言うと、

『最後に被害者を見たのは誰じゃ? 少なくとも施設の中にいる人間じゃろ?』

「えっと、確かこの温泉で働いている、杉山という使用人です」

 その人物に対して、弥生が尋ねる。


「確か、白髪交じりの虎刈りなんですけど、話を聞いていると優しそうな雰囲気が」

「あのおじいさんだ」

「弥生ちゃん、何か知っとるんか?」

「え、あ、はい。事件が起きるちょっと前に、男風呂のほうでサウナに入っていた男性が救急車に運び込まれてたんです。その時、男風呂の入り口にその人がいて」

 弥生がそう説明すると、

「ああ。そのことも聞いてます。運び込まれた人は病院で点滴を受けているそうです」

「それでそれも事件と関係あるんかな?」

 咲川にそう訊かれた弥生は、

「いや、遊火の話だと、脱衣所にアルコールの臭いがしてたらしいから、倒れた人はサウナの熱に当てられて、酔いが回ったんじゃないかって」

「なるほどな。しかし、この事件とは関係なさそうじゃな」

 云われてみれば、共通するのは酔っ払ったということだけで、事件とは関係ない。

 そもそも先に運ばれた男性と、被害者である緒形の間には、全くつながりがなかった。


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