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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十五話:石妖(せきよう)
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伍・引っ掻き傷


「瞳美ちゃん! 瞳美ちゃん?」

 受付嬢である野沢麻衣子が、按摩マッサージ師である石坂瞳美を探していた。

 二階に上がると云っていたので、そちらを探しているのだが、まったく見つかる気配がしない。

 麻衣子は立ち止まり、少しばかり考えた。――あの子が遠くにいけるとは思えない。

 瞳美は全盲である。そのため自由に行動出来るとは、麻衣子は思えなかった。

 人に尋ねても、見かけなかったというし、入り口は受付前の自動ドアと従業員が出入りする勝手口くらいだ。

 まず自動ドアは、麻衣子がずっといたので、出て行った形跡はない。

 そして勝手口のほうは、近くに従業員が何人かはいたが、見かけてはいないという。

 もうひとつ、露天風呂の壁を攀じ登って、外に出ることが出来なくもないが、瞳美は目が見えていない以上、そのような危険なことをするとは考えにくい。

 そもそも、更衣室にあるロッカーに、瞳美の服があったし、玄関口には靴もあった。

 靴は履き替えるようになっているため、従業員はそこで靴を上履き用の靴に履き替えるようになっている。

 つまり、瞳美は外に出ていないことになるのだが、麻衣子は瞳美を彼是かれこれ30分ほど探し歩いていた。

 そろそろ夕方の仕事をして欲しいのだが、客を待たせるわけにもいかず、麻衣子の表情には焦りが見え始めていた。


 橡温泉を出るや、弥生は背伸びをした。

 結局、瞳美にマッサージをしてはもらえなかったが、温泉に入った効能によるおかげか、腰の痛みは殆どなくなっていた。

「さてと、少し買い物して帰ろうかしらね」

 弥生はバッグの中に入れていた携帯を取り出し、皐月に電話をかける。

 ――が、電源が入っていないか……という、オペレーターの音声が聞こえ、弥生はやや乱暴に通話終了ボタンを押し、電話を中断した。

 皐月は今病院にいると考えてのことだ。

 病院内では携帯の電源を切るのは常識であり、皐月は素直に電源を切っていることになる。

「そういえば、弥生さまが昼食をとられていた時は、メールできましたよね?」

 遊火がそう言うと、

「多分、まだ病院に行ってなかったんじゃない?」

 弥生にそう言われ、遊火は納得する。

 大宮巡査が入院している警察病院の面会時間は、平日だと午後三時からになっている。

 弥生が昼食をとっていたのは、午後一時を少し回った頃だったので、皐月がまだ神社か、どこか、携帯の電源が入れられる場所にいても可笑しくはなかった。

 メール自体は電源が入っていなくても、サーバー上に保存されるため、あとからでも見ることが出来る。

 すぐに返答が来ていたので、電源が入っていたことになる。

 弥生は携帯をバッグの中に仕舞い、歩き出そうとした時、うしろから気配を感じ、弥生は振り返った。

 そこには誰もおらず、弥生は首を捻りながらも、気のせいかと自己解決し、再び歩き出す。


「あれ? パトカー……?」

 遊火が橡温泉の駐車場に一台のパトカーが入っていくのを目にした。

「なんか事件でもあったんですかね?」

「遊火、ちょっと見てきてくれない?」

 そう言われ、遊火は風に乗るように、スーと、橡温泉へと消えた。


 数分後、弥生のもとに遊火が戻ってきた。

「現場を見ましたところ、露天風呂で男性の水死体が発見されたようです」

「水死体? 溺れたとか」

「いえ、頭を強打されての事のようです。ただ、その時間、露天風呂に被害者が入っていたことを、大浴場にいる人間、および従業員も知らなかったそうなんです」

「それじゃ、壁を攀じ登って無断で入った」

「仕切りは竹で出来ていまして、その天辺てっぺんには防犯用に先が尖っているんです。(のぼ)れたとしても、重みで壁が壊れると思いますよ。大の大人だと」

 遊火の報告を聞きながら、弥生は橡温泉を見やった。


「阿弥陀警部はいなかった?」

 そう訊くと、遊火は首を横に振った。

 いくら警視庁刑事一課とはいえ、そんな頻繁に会えるとは思えない。

 弥生は遊火にもう一度見てきて欲しいとお願いし、遊火はそれに従う。

 一分ほどで遊火は戻ってきた。


「私や弥生さまたちが知ってる方はいませんでした」

 そうなると、西戸崎刑事や佐々木刑事もいないということになる。

「まぁ、妖怪の仕業じゃないだろうし、私たちはあくまで妖怪を罰する側だからね。人間は警察に任せて……」

 弥生が橡温泉を見た時だった。


 瞳美が信号の前で、白杖をもって立っている。

 信号が青に変わると瞳美は弥生がいる向こう側まで歩き始めるが、十字路になっていたため、対向車線を走っている車が、急に曲がり始めた。

「危ないっ!!」

 弥生がそう叫ぶよりも先に、瞳美は車に轢かれた――はずだった。


 何かがぶつかった音が聞こえることなく、車は何こともなかったかのように、弥生の目の前を走り去っていった。

「ふぅ、大丈夫だったかい?」

 むこう側の信号で、男性が瞳美を抱えて跪いている。

 見た目からして、弥生と同じくらいだが、髪は肩まで伸びた白い長髪で、赤のメッシュが入っている。

 瞳美は何が起きているのかわからない表情で、首を動かしている。

 今わかっていることといえば、自分の前で車が走っている気配がしなくなかったので、信号が青に変わったと思い、歩き始めた。

 そして、背後から突然引っ張られ、今に至る。

 瞳美は目が見えないため、どうして引っ張られたのかがわかっていない。


「よかった。怪我はないようだね」

 そう言うと、男性は立ち上がり、転がっていた白杖を手に取り、瞳美に渡した。

「ほら、私が手を繋いでいてあげるから、信号を渡ろう」

 男性は瞳美の手を掴み、ゆっくりと歩き始めた。

 瞳美は最初途惑ったが、信号を渡りたかったこともあり、何もいわず、信号を渡りきった。

「あ、ありがとうございます」

 瞳美は男性がいる方向に頭を下げる。手を繋いでいたので、その方向に男性がいると思ってのことだ。

 しかし、男性の姿はすでになかった。


「あ、遊火? ちょっと私の頬、捻ってくれない?」

 弥生は遊火を見上げながらお願いする。

「私、ものに触れられませんけど?」

「それじゃ、さっきの人はなに?」

 そう訊ねられても、遊火が答えられるはずがない。そのことは弥生自身もわかっている。


「瞳美ちゃん!」

 橡温泉のほうから女性が走ってくる。信号に引っかかり、一度立ち止まったが、青に変わると瞳美の方へと走ってきた。――受付嬢の野沢麻衣子である。

「野沢さん…… どうかしたの?」

 瞳美は声がした方向に振り返り、麻衣子に尋ねた。

「どうしたのじゃないわよ! 勝手にいなくなって。それに今警察の人が来てて、従業員全員に事情聴取してて、あなたのことも話してたのよ」

 捲し立てるように麻衣子がことの説明をする。

 それを見てか、弥生は遊火を三度橡温泉へと向かわせる。


「どうかしたんですか?」

 弥生は『なにごともなかったかのように』、瞳美と麻衣子に話しかけた。

「いえ、ちょっとありまして…… さ、瞳美ちゃん」

 そう言うと、麻衣子は瞳美の手を引っ張っぱり、橡温泉へと戻っていった。


 弥生は二人の背中を見ながら、壁に寄りかかった。

 そして、目をつむり、気配を探し始める。


 弥生は自分を中心にして、半径五百(メートル)範囲なら、幽霊や妖怪が隠れていても、見つけることが出来るが、それは力を消していないものに限る。

 遊火が戻ってきたが、それに気付かず、弥生は気配を探ることに集中する。


 ゆっくりと両目を開き、遊火を見やった。

「死体見てきた?」

 そう言われ、遊火は一度首を捻った。

「死体がどうかしたんですか?」

「予期せぬ事故や殺人で亡くなった人間の霊は、その場に地縛霊となってとどまってるはずよ?」

「確かに、人以外は見かけていませんね。それに、被害者の背中に肩に刺青が入ってました」

 それを聞くや、弥生は思い出す。

「刺青って、さっきの人がロビーのところで追い払ってた?」

 遊火はその時いなかったため、そうなのかは答えられなかった。


 男風呂側の露天風呂の床に引き上げた死体が横たわっている。

 一人の警官が被害者のものと思われる鞄から、財布を取り出し、中身を取り出す。

『被害者は緒形国光。52歳。自営業者……』

 財布から取り出した免許証を見ながら、警官は頭の中で整理する。

「おい、君! このガイシャの身元と、ガイシャがどうやってここに入ってきたのかを聞き込みに行ってきたんだろ?」

 そう言われ、警官が「はい。ですが、渡辺警視どの。被害者が露天風呂に入っていったところを目撃した人は一人もいないようです」と答える。

「それは可笑しくないか? ここは大浴場からと、従業員側からの入り口がある。被害者が入ってきたのを見ていないのは可笑しいんじゃないか?」

「確かにそうですね。もう一度聞き込みに行ってきます」

 そう言うや、警官は従業員側の扉から出て行った。


 警官は再び緒形の死体を見るや、躯をうつ伏せにした。

 そして、ある場所を見るや、笑みを浮かべる。

『なるほど、こいつは意外な掘り出し物だ――』

 警官はゆっくりとその場から離れた。


 緒形の背中には、まるで何かで引っかいたような傷痕があった――


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