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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十五話:石妖(せきよう)
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肆・血の池


「お待たせしました」

 十二神将の一人である因達羅が、稲妻神社の上空を寝転がっていた海雪に声をかける。

「おつかれさま。それで、信乃はどうだったの?」

 海雪は瞑っていた両目の片方だけを薄く開き、因達羅を見やる。

「信乃さんには真達羅を一緒にいさせていますが―― 事情を説明した上で、信乃さんはこちらに協力的ではないようです」

 因達羅が重い表情を浮かべる。

「信乃も馬鹿だからね。戦った本人が一番わかってるのに、ずっと探してるんでしょ? ユズのこと……」

 そう尋ねると、因達羅は頷いた。

「先日見つかった犬神ですが、十王による会議では、あの妖怪はユズの意志を持っていたという結論に達したそうです」

 それを聞くや、海雪は斎藤千和さいとうちよりに取り憑いていた犬神のことを思い出す。


 あの晩、皐月は犬神の正体がユズであると、確証はなかったが、そう感じ取っていた。

 だからこそ、信乃に攻撃を止めさせようとした。

「四年前か…… あの事件が起きた後の二人って、一緒にいる割には、ギクシャクしてたからなぁ」

 海雪は感慨深く言った。


『だからこそ、瑠璃さんは私を二人の監視役に抜擢ばってきしたんだろうけど――』

 海雪は首にかけている首輪と肌の間に指を入れる。

 その時に触れた肌には、絞首痕のようなでこぼこがあった。

 海雪は生前の記憶がある。いや、忘れたいといったほうがいい。

 彼女にとって、それは最善の選択だっただろう。

 しかし、その結果、彼女は死んだことを後悔することになってしまった。


「二人がそれぞれの真言を使いこなせるのが先か、今まで以上に凶悪な妖怪に殺されるのが先か、そうならないためにも、まずは皐月の力が戻るように毘羯羅びからの行方を捜さないとね」

 海雪がそう言うと、因達羅は答えるように頷いた。

「私も、信乃も、皐月と一緒にいるほうが楽しかったからね」

 海雪はそっと目を瞑った。

 因達羅は声をかけようとしたが、海雪はすぐに眠り込んでしまっていた。


 ふと、因達羅は下のほうから視線を感じ、地上を見下ろした。

 そこには二人の男女が佇んでおり、一人は白に黒のリボンを巻いているパナマハットを被っており、黒い服を着ている。

 もう一人は肌色に茶色のリボンを巻いたブレードという帽子を被り、薄い白のワンピースを着ている。

 前者が男性で、後者が因達羅と同じような少女に見えたのは、二人が顔を上げたからである。


「――摩虎羅?」

 因達羅がそう言うと、聞こえたのか、少女は小さく笑った。

 そして、因達羅を呼び寄せるように手招きをする。

 因達羅は少し疑問に持ちながら、少女――摩虎羅のもとに降りた。


「最近ヤマちゃんから連絡なくてさぁ、若しかして、真面目に仕事してるとか?」

 摩虎羅の隣にいる男性が、因達羅にそう尋ねる。

 男の服装は先ほど説明したが、見た目は3,40代といったところか、顔はスラッとしているが、無精髭を生やしている。

 その飄々《ひょうひょう》とした態度に、因達羅は少しばかりではなく、はっきりと呆れた表情を浮かべ、溜め息を吐いた。

「いくら自身の力を少し使って現世にいるとはいえ、本人の目の前でそのようなことを申したら、どうなるかわかりませんよ? 大威徳明王だいいとくみょうおうさま」

 因達羅は男性を見やる。

「まったく、ヤマちゃんの近くにいると感化されるのか、それとも元からの性格なのかねぇ? そんなんじゃ異性にはもてないよ? 帝釈天」

 男性がそう言うと、因達羅は男性を睨みつける。

「おっと怖い怖い」

 男性は笑いながら、両手を上に挙げた。


まことさま、因達羅は重要な事件があってこちらに来ているんです。茶化すのはやめたほうがよろしいかと」

 摩虎羅がそう言うと、大威徳明王は摩虎羅を見下ろしながら、苦笑いを浮かべる

「それで因達羅…… 私たちに調べてほしいことは、毘羯羅の行方ですか?」

 摩虎羅が尋ねると、因達羅は少し考えたが、首を横に振った。

「いえ、二人には皐月を襲った鴉天狗を探してほしいんです。出来れば、鴉天狗が無間地獄から脱獄した経緯、ならびにそれを手伝ったものも含んで」

「また随分と複雑な調査だな」

 大威徳明王がそう言うと、摩虎羅は首を傾げる。


「出来ればひとつの仕事にさせてくれないか?」

 そう言われ、因達羅は聞き返す。

「鴉天狗の行方は、お前たち十二神将の眷属である七千もの夜叉をつかっても、見つかっていない。となると、こちらにいるかいないかのどちらかになる」

 それは拓蔵が云っていたことと同じである。

「なら、鴉天狗のことは、この際おいといてだ―― そいつが脱獄した経緯、そして少なくともそれを手伝っていたやつがいる。そちらを調べたほうが得策だろ」

 大威徳明王がそう言うと、因達羅はハッとする。

 あの時、瑠璃は皐月が襲われたことによる怒りで、妙策が思い浮かんでいなかった。


「ヤマちゃんは真面目すぎるからね、どうせ頭に血が上って、いい考えが思い浮かばなかったんだろ」

 あまりにも当たっていることなので、因達羅は何も言い返せなかった。

「お願い出来ますか?」

 因達羅がそう尋ねると、大威徳明王は二つ返事で了解した。


「それじゃ、因達羅は海雪さんと一緒に、毘羯羅の行方を捜すことに専念して。私たちはすぐに調べるから」

 摩虎羅がそう言うと、スーと姿を消そうとしたが、因達羅がそれを呼び止める。

「さっき、気になったことがあったんだけど、大威徳明王さまはこちらではなんという名前で?」

「うーん、高山信たかやままことという名前でいるけど、まぁ、連絡があったら直接事務所に来て」

 そう言うと、摩虎羅は、今度こそスーと消えた。


 因達羅は少しばかり考えたが、その名前に意味することには気付いていなかった。


 大威徳明王は、梵名ぼんめいで【ヤマーンタカ】とされている。

 『ヤマ』は閻魔のことを指しており、梵名を訳すと『閻魔王を殺すもの』という意味がある。

 そのことから、閻魔王である瑠璃は、大威徳明王に会いたくなかったのである。


 『高山』は『ヤマ』と『タカ』を掛け合わせ逆にしたもので、特に意味はない。

 名前に関しても、適当につけただけのことであった。



 ところ変わって、『(つるばみ)温泉』の施設二階。

 ここには大広間があり、多くの客で賑わっている。

 そこの料理が美味しいからと、出かける前、神社に来ていた香澄に言われ、弥生は昼食をとっていた。


『夕方には戻るから、あんたも大宮巡査にのぼせて、遅くならないようにね』と、皐月にメールする。

 すぐさま携帯が鳴り、弥生はメールを確認するや、噴出した。

 携帯の液晶には『るっさい!!』というたった一言のメールである。

 弥生は皐月が大宮巡査のことを意識しているのは知っているし、瑠璃から注意を受けていることも知っている。

 皐月はきちんと学業や執行人の仕事をしているので、女性陣はとやかく言わなかったが、大宮巡査が入院してからの一ヶ月、ほぼ毎日顔をあわせているわりには、ちっとも進展しない二人に呆れていたのも事実だった。


『そういえば、そろそろしたら、葉月の誕生日だっけ、ケーキとか作ってあげようかな』

 そう考えると、弥生は再び携帯を弄り始めた。

 葉月の誕生日である8月24日に印が付けられている。

 ケーキを作る以前に、プレゼントをどうしようかと悩む。

 弥生は皐月にメールで連絡を入れた。内容は葉月に渡すプレゼントについてだ。

 すぐさま返事が返ってきた。

『ぬいぐるみとかは?』

 この返事にすぐさま返答。

『ぬいぐるみだと新鮮味がないんじゃない? 一番は当の本人に訊いたほうがいいんだろうけど、あの子、変に遠慮しちゃうからね』

 送信すると、数秒で返事が戻ってきた。

『それとなくさぐっておこうか?』

 弥生は結構長いメールをするが、皐月のメールはあまりに短く、用件だけの返答である。

『ごめん、お願いするわ』

 そうメールを打ち、弥生はため息を吐いた。


 メールを打ちながらも、昼食をとっていた弥生は、食べ終わった後、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 確かに香澄に云われた通り、料理は美味しく、申し分ない。

 しかし、それでも瑠璃が作った料理のほうが美味しいと感じたのも確かである。

 小さい頃、母親である遼子が作ってくれたご飯のような、懐かしい感じがしていた。

 どうしてそんな感じがするのか、弥生本人はわからないでいる。


「あら、杉山さん。どうしたんですか?」

 厨房の方で女性従業員が男性に声をかけた。

 杉山と呼ばれた初老の男性は砕けた氷が入った袋を持っている。

「いや、ちょっと、お客さんが大浴場で足を滑らせて捻挫したそうなんじゃよ。ちょっと氷を持っていこうと思ってな」

「そうですか? お大事にといっておいてください」

 女性従業員はそう言うと、自分の持ち場に戻った。

 杉山はほっと胸を撫で下ろし、二階を下りていった。



 男風呂の大浴場の奥に、外に出られる扉がある。

 そこは露天風呂となっており、予約制の貸切となっている。

 浴槽には一人の男性が入っていた。――さきほど、瞳美にやられた、大きな体をしたヤクザである。

「すみませんね。えらい対応をしてしまったようで」

 そう言うや、浴槽側から男性が入ってきた。

「ああ、いいって、いいって、おれはマッサージしにきただけだからさ。声さえ出さなければ、あの子にはばれないんだろ?」

 そう訊かれ、男性は頷いた。

「しかし、よかったのか? 従業員用の入り口からおれを入れさせて」

「大浴場以外から入れる道がありますからね。そちらからいけば大丈夫でしょう」

 ヤクザの男が、湯船から上半身を出した。背中には刺青が入っている。


「そうそう、緒形さん。実はいい酒が手に入ったんですよ。どうですかな? 一杯ほど」

「いいね。それじゃ少しもらおうか」

 そう言われ、男性は露天風呂から離れた。

「ふぅ……」と、緒形が息を吐き、顔を洗おうとした時だった。


 ゴッという、鈍い音がしたと同時に、緒形は湯船に沈んだ。

 後頭部はかち割られ、そこから、どくどくと血が流れ出していた。


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