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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十五話:石妖(せきよう)
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参・按摩師


 着替えが入ったリュックサックを背負せおい、先日香澄からもらった温泉スパのチケットを財布の札入れの中に入れると、弥生は少しばかり腰を伸ばした。若干ではあるが、まだ痛みがある。

 「ふぅ」とため息をつき、ゆっくりと電車に揺られていた。


 三姉妹が暮らしている福祠町から二駅ほど離れた場所に、香澄が云っていた温泉スパがある。

 駐車場は20台ほど停まれるくらいの大きなところだ。

 近くに立てられている看板には『(つるばみ)温泉』と書かれている。

 ロビーに入ると、中はだいぶ賑わっており、周りを見ると、老夫婦や、土木関係と思われる体系のいい男性があたりを歩いている。

 遠くから来るというよりかは、近所の人が好んで来ているといった感じだ

 弥生は受付に行き、受付嬢にチケットを渡すと、受付嬢からロッカーの鍵を渡され、女風呂がある場所を教えてもらった。


 受付近くに二階へと上る階段があり、その近くに男女それぞれの扉がない入り口が見えた。

 弥生は鴨居にかけられた『女』と書かれた暖簾(のれん)を潜り、曇りガラスのドアを開けると、温泉や銭湯特有の、ムアッとした空気が弥生の全身にあたった。

 先ほど受け取った鍵に書かれたロッカーの番号を確認し、そのロッカーの前まで行くと、弥生は衣服と下着を脱ぎ、ロッカーの中に仕舞ってから鍵を閉める。

 そして、タオルを手に持って、浴場の扉を開けた。


 浴場内を見渡すと、おばあさんやおばさんといった、弥生よりも年が離れている客が多いと彼女は思っていたのだが、意外にも年が近く、若い女性が多い。

 少しばかり歩くと、湯船の近くに効能が書かれた立て札が立てられているのが目に入った。

「えっと、腰痛に効く湯船はっと」

 弥生はキョロキョロと、あたりを見渡す。

「あ、あった」

 弥生はその湯船まで歩き、ゆっくりとタイルに膝をついた。

 近くにおいてあった洗面器で湯船からお湯を汲み、最初に爪先(つまさき)から股、次に腹部、指先から腕、そして胸元へとお湯をかけていく。

 そしてゆっくりと足の爪先を湯船に入れると、体の半分を湯船につけ、上半身が温まってくると、ゆっくりと肩までつかるや、「はぁ~っ」と、吐息をたてた。


『しっかし、皐月の云う通りね。少しは運動しないと』

 弥生はそう考えながら、腕を伸ばしたりと、軽くストレッチをする。

 腰を伸ばすと、行く時に感じた腰の痛みが殆ど柔らいていた。

「さてと、体洗ったら、香澄さんが云ってたマッサージ師の所に行ってみよ」

 そう呟くと、弥生は湯船から出た。



 弥生がロビーに戻ると、女性客が頬を紅潮とさせているのが目に入った。

 温泉に入って、体が火照(ほて)っているのだろうかと最初思ったが、そうではなかった。

 奥のほうを見ると、20人ほどの行列が出来ており、先頭の方で賑わっている。


「はい。ゆっくり深呼吸してください」

 病院の診察室にあるようなベッドの上でうつ伏せになっている男性の腰を、サングラスをかけた20代ほどの若い女性がマッサージをしていた。

「はぁ~、やっぱり瞳美ひとみちゃんがマッサージすると、体の疲れが全部取れるわ」

 男性がそう言うと、

「いやですよ。そんなこと云ったら、温泉がおまけに聞こえるじゃないですか?」

「いやいや、謙遜せんでも、瞳美ちゃん目的でくる客のほうが多いじゃろよ」

 そう言われ、瞳美と呼ばれているマッサージ師は5分ほど男性の腰や肩をマッサージしていく。


「はい。終わりました。どうですか?」

「んっ! だいぶ体のコリが取れた気がするわい」

 そう言うや、男性は腕を回す。

「――それじゃ、次の人」

 瞳美がそう言うと、先頭で順番待ちしている客がベッドに腰をかける。

 弥生は行列の長さから、だいぶ時間かかるだろうなと思い、諦めることにした。



 自販機でジュースを買った弥生が、ロビーに備えられているソファに座り、缶を開けようとした時だった。

「すみませんお客様、刺青イレズミをしている方の入浴は禁止になっておりまして」

 受付嬢が男性に謝りを入れている。

「こっちは金出して入ろうとしてるんだ。それって人権差別じゃないのか?」

 身長は百九十はあるだろう、見るからにデカイ男性が、受付嬢を威嚇している。

 男性が着ているスーツの袖から、刺青が少しのぞきこんでいた。

「で、ですから、お客様が浴場などに入られますと、他のお客様が怖がりますし」

「こっちは風呂入りにきただけや、別に危害を加えようとはしねぇよ」

 もう一人の男性がそう言うが、銭湯側は客商売であるため、客足に影響があることはしたくないのが本音である。

 受付嬢が何とか二人に帰ってもらおうと必死になるが、二人組も引かないため、10分ほど堂々巡りが続いた。


「あんたなぁ、少しは空気をよんだほうがいいよ」

 さきほどマッサージをしていた瞳美が、男性にそう告げる。

「あぁ? なんだ、このあま。文句でもあるのか?」

 デカイほうの男がドスのきいた低い声を挙げる。

「話を聴いてると、あんたやーさんでしょ? やーさんならもう少し謙虚でなければね」

 瞳美がクスっと微笑する。

「――っ! こんのっ!」

 男が瞳美に殴りかかろうとすると、瞳美はゆっくりと、男の背後に回り込んだ。

 そして、どうしてか男が前のめりに倒れた。


「お、おい? 大丈夫か?」

 男が声をかけると、でかいほうがピクピクと体を痙攣させている。

「その人をさっさと帰してくれない? こっちは穏便にしたいから」

 瞳美はゆっくりと二人組のほうを見る。

「く、くそっ! お、覚えとけよ!」

 男はそう言うと、デカイ男を引きずるように外に出て行った。


「ひ、瞳美ちゃん? 大丈夫?」

 受付嬢がそう尋ねると、

「大丈夫。こんなの慣れてるから」

 瞳美は笑みを浮かべると、折りたたまれた杖を伸ばし、受付嬢を見る。

「それじゃ、私は部屋で休んでるから」

 そう言うと、杖を頻りに動かし、普通の人と同じか、少し早いスピードで歩き始めた。

 階段の方に行くと、立ち止まり、手すりに手をかけ、ゆっくりと階段を上がっていった。


「今の瞳美ちゃんがしたんか?」

 先ほどマッサージをしてもらっていた男性が受付嬢に尋ねる。

「あ、はい」

「あん子は目が悪いのに、まさに(めくら)蛇に()じずじゃな」

 意味としては【知識がなかったり、状況が判らないと無謀なことをする】というたとえなのだが、ヤクザ相手に物怖じしなかった瞳美はまさにそんな感じであった。

「あ、あの…… さっきの人、剣術か何かやってるんですか?」

 弥生がそう尋ねると、

「いや、あん子は生まれつき目が悪いからな。剣道とかそんなんは習っとらんはずじゃよ?」

 男性がそう言うと、受付嬢も答えるように頷いた。

 弥生がどうしてそんなことを訊いたのかというと、瞳美がデカイ男の背後に回ろうとした一瞬、白杖はくじょうで、男の鳩尾を一突きしたからである。


 弥生は身震いをし、湯冷めしたんだろうかと思うや、再び浴場へと足を運んでいた。

 女風呂に入ろうとした時、男風呂が騒がしかった。

「どうしました? お客様?」

 少し白髪が混じった初老の男性が男風呂に入っていく。

「おいっ! 救急車呼べっ!」

 漏れてくる声からして、ただことではない。

 ――数分ほどして、救命士がストラクチャーを持って、男風呂に入っていく。

 そして、裸の男性を運ばれていった。


「何かあったんですか?」

 弥生が男風呂から出てきた初老の男に尋ねる。

「んっ? あんた、さっきの人の知り合いかい?」

 男は白髪交じりの虎刈りだったが、口調からして優しい雰囲気がある。

 男に聞き返された弥生は首を横に振った。

「いえ、ちょっと気になったので」

 弥生が謝ると、「いやいや、どうもサウナに入っていて、浴場に出てきたら倒れたそうなんだよ」

「長く入りすぎてたんですか?」

「いや、聞いた話だと、そんなに長くは入ってなかったそうだ。一緒に入っていた人の話だと、その人が入ってきてから10分ほど経ってから出たそうだ。それくらいだったら、適度な時間なんだけどね」

 そう話すと、初老の男性は階段を上がっていった。


 弥生は少し考えると、

「遊火、ちょっと来て」

 そう呼びかけると、弥生の目の前に無数の火の玉が集まり、ひとつに集まるや、少女の姿になった。

「お呼びでしょうか? 弥生さま」

「あんた、ちょっと男風呂に入って、中を調べてきてくれない? 特にサウナをね」

 そう言われ、遊火は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。


「ど、どうしたのよ?」

「や、弥生さま? 命令とはいえ、お、男の人の裸を見るのは、少しばかり抵抗が」

 遊火がそう抗議すると、

「あんたねぇ? ちょっと事件があったから調べてもらおうと思って呼んだのよ? それともなに? 私に男風呂に入れって云うの? 痴女じゃないんだから、そんなことできるわけないでしょ!!」

 弥生は遊火を睨みつけると、

「わ、わかりました。行きます」

 少しばかり涙目になりながら、遊火は男風呂の暖簾を潜っていった。


 数分後、遊火が戻ってくると、弥生は女子トイレの個室に入った。

 ここなら誰にも見付からずに、遊火と話せるからである。

「サウナの中の温度は90度ほどで、あまりおかしなところはありませんでした。出入りしていた人が気分を害したり、倒れるようなこともありませんでしたね」

「それじゃ、男性が倒れたのは、他にも理由があったってことか」

「あ、でも少し気になることがあって、脱衣所で少しばかりアルコール臭がしたので、おそらく倒れた人はアルコールを摂取していたんだと思います」

 遊火がそう言うと、弥生は呆れた表情を浮かべる。

「たぶん、倒れた原因はそれでしょうね。アルコールが入った体で、急激に温度を上げたから、気分が悪くなった。そんなところでしょ」

 弥生がそう言うと、遊火もそうだろうと頷いた。


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