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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十五話:石妖(せきよう)
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壱・要石

要石かなめいし:茨城県鹿嶋市の鹿島神宮と千葉県香取市の香取神宮にあり、地震を鎮めているとされる、大部分が地中に埋まった霊石。


「ふぅ……」

 瑠璃は書類の束を机の上でトントンと(ととの)えながら、溜息を吐いていた。

 彼女は死んだ人間や生き物が現世で犯した罪を裁き、落とされる地獄の行き先を決める十王の一人とされている閻魔王ごと地蔵菩薩であるのは、この作品を読んでいる人は存知の上であろう。

 十王を簡単に説明すると現世で言う裁判長である。

 先ほどまでおこなっていた裁判が終了し、次の裁判が行われるまでの休憩に入ったところであった。


 休憩なのだから休めばいいのだが、彼女の生真面目(きまじめ)すぎる性格が災いしてか、休むという考えが彼女の頭の中にはあまりなかった。

 机の上には先ほど束ねた書類以外にも、机を埋め尽くすほどにあふれんばかりの書類が山のように積まれている。

 それを獄卒たちが持ってきては運び、持ってきては運びと、同じ動作を延々繰り返していた。


「お勤めご苦労様です」

 そう言うや、女性が瑠璃の隣に立つや、机のいたスペースにお茶を差し出した。

 身形みなりは弥生と同じくらいの高校生に見える。

 サラッとした艶のある長髪にレディーズスーツを羽織っている。

「大変ですね。昨今における殺人や、その障害事件。事故に自殺…… 人が死ぬ理由を数えたらきりがない」

「まだ後何千人もの裁判が待っていますからね。その人に対する資料を調べないと、しっかりとした罰を与えられませんから、大変ですよ」

 瑠璃はそう言いながら、女性を見た。

「しかし、こうやって浄玻璃鏡で生前犯した罪を見せているというのに、それでも認めませんからね。あちらでいう何でしたっけね? ゆとりとか、DQNドキュンとか――ですかね?」

 女性は呆れた表情で云うと、

「自分がやった罪を認めないのは、今も昔も変わらないことでしょ?」

 女性の言葉に瑠璃は背伸びをしながら答える。


「生きている人たちが死んだ人を悲しみ、供養してくれるからこそ、私たちは早々に判決出来るんです。あなたが私を悲しんでくれたのと同じように」

「もう何千、何万年も前の話じゃない。それに、家族だから泣くに決まってるでしょ?」

 女性はまるで少女のように頬を膨らませた。

「あなたが私のことで悲しみ、何もしないから、他の神が夜を作り出した。それから幾日経って、あなたは漸く私のことで悲しまなくなった。人の悲しみも時間が癒してくれますからね」

「だからこそ、昼と夜が出来た。ずっと昼だったから、私はお姉ちゃんが死んだことを忘れられなかった」

 女性――ヤミーは静かにそう云った。


 地蔵菩薩、強いては閻魔王の別名である『ヤマ』の妹といわれているのが、『ヤミー』である。

 仏教の逸話によれば、二人は双子でありながら、夫婦とされており、その二人の間に生まれた子供が始めての人間とされている。

 これに関しては、ギリシャ神話におけるアダムとイブ。日本神話におけるイザナギとイザナミも同じものと考えられている。

 とはいえ、この作品上での瑠璃(閻魔王)とヤミーは、双子の姉妹というだけであるので悪しからず。


「閻魔どの! 閻魔どのはられるか!」

 部屋の扉をけたたましく開けながら、身丈二(メートル)はある大きな男性がズカズカと中に入ってきた。

「これはこれは、秦広王しんこうおう。普段は山のごとく微動だにしないあなたが、血相変えてどうしたんです?」

 瑠璃がそう尋ねると

「鴉天狗が脱走したというしらせは聞いているか?」

 そう言われ、瑠璃とヤミーは互いを見合った。

「いいえ、聞いていませんが?」

 瑠璃がそう答えると、秦広王はうしろを見る。

「よし、連れてこい」

 そう命ずるや、うしろで待機していた獄卒がそそくさとどこかへ消えた。


 一、二分ほどして、獄卒が一人の男を連れてきた。

 先の事件で殺された市柿組組長の市柿聡介である。

「確か、彼はまだ初七日を迎えていないはずで、海雪みゆき懸衣翁けんえおうが罪の選別をしているはずですが?」

 瑠璃が市柿を見ながら首を傾げる。

「懸衣翁からの伝達でな。この男と同時刻に亡くなった三人を含め、全員が衣類を着てはいなかったそうだ」

「どういうことですか?」

「亡者が服を着ていないということは、裸の状態で亡くなったと考えられるが、調べたところ奇妙なことがわかった」

 そう言うや、秦広王は浄玻璃鏡を持ち出し、市柿の前に鏡を向けた。


「浄玻璃鏡よ。このものが見たすべてを映したまえ!」


 秦広王がそう言うや、浄玻璃鏡の表面は、まるで水面に石を投げたかのように、いくつもの波紋が広がっていく

 そしてゆっくりと何かが映り始めた。


「こ、これは――」

「な、なんてむごいことを」

 瑠璃とヤミーが鏡に映し出された惨状を見るや顔を歪めた。

 ヤミーに至っては、口を押さえながら映像を見つめている。


 鏡に映し出されたのは、先日『市柿組』の事務所で起きた惨殺の瞬間である。

 その状況はあまりに惨く、まるで彼女たちがいる地獄そのものであった。

 しかし、それは人が人を殺してのことではない。

 カラスが、まるで餌に群がるかのように、体のありとあらゆるところをついばんでいた。


「もういいです。このものが何者かに殺されたのはわかりましたから」

 瑠璃がそう言うと、浄玻璃鏡は何も映さなくなった。

「まさか、鴉天狗がやったとでも?」

 ヤミーがそう尋ねると、「可能性はあるが、そもそも奴は過去に大罪を犯し、我々が無間地獄に禁固していたはずだ」

 秦広王は二人に説明する。

「それを何者かが開放した――ということですか?」

「それはまだわからないが、薬師如来が他の十王に話をつけ、自分の眷属けんぞくである十二神将たちに調べさせている」

 それを聞くや、瑠璃は目を大きくした。


「ど、どうしてそんな大事なことを、私にはなんの通達も!」

 瑠璃は机から乗り出すように、体を前に出す。

宋帝王そうていおうの使いである波夷羅はいらから連絡が来てな、初江王しょこうおうの使いである毘羯羅びからの行方がわからん以上、お前にはまだ報せないほうがいいと思ったんだがな」

 それを聞くや、ヤミーはハッとした表情で、

「ちょ、ちょっと待って…… 確か毘羯羅って」

 ヤミーはふと瑠璃を見やった。

 瑠璃の表情は焦りを見せ、次第に禍々しいほどの憤怒に満ちた色へと変わっていく。

 その表情を見るや、その場にいた全員が背筋を凍らせた。


「確かに、毘羯羅は皐月が大黒天(マハーカーラ)の力を十分に使えるよう、神使(しんし)として、一緒にいさせていました。皐月が呪詛を唱えたとて、それは毘羯羅を通してのことでしかないし、まだ本来の力を使えるほど心技体がしっかりと出来上がっていない」

「毘羯羅が行方不明になったことと、鴉天狗が皐月を襲ったこと。何か繋がりがあると思うが」

 秦広王がそう言うと、「因達羅いんだら――」と、瑠璃は静かに呟いた。


「はっ」

 部屋の片隅に、忍装束の少女が姿を現す。

「海雪に事のくだりを伝え、脱衣婆の仕事を一時休止、現世へと行き、拓蔵や三姉妹の護衛に当たるよう報せてください。因達羅、あなたもお願いします」

「承知しました」

 少女――因達羅は主の命令に了解する。

「それと―― もし、鴉天狗に遭遇したら」

 因達羅は顔を上げ、瑠璃を見遣った。


「その雁首がんくびだけでも、持って帰ってきなさい! 私の大切な家族を傷つけた代償は、無間地獄よりも重たいってことを、地獄裁判において、思い知らせてやるわぁっ!!」

 瑠璃は声を荒々しくし、因達羅に命じた。

 それは最早、慈愛と平等のある地蔵菩薩としてではなく、孫を傷つけられた祖母としての怒りであった。



 皐月が通っている福祠ふくし中学から数百(メートル)ほど離れた場所に福祠北中学がある。

 そこに信乃は通っており、制服姿で校門の前に佇んでいた。

 皐月と信乃は同じ小学校だったのだが、学区が違ったため、中学は別々となっている。


「せやからなぁ? あんさんも少しは警戒して」

 信乃の横で、虎のような小さな耳を生やした生き物(?)が浮かんでは、ことの件を説明していた。

「それで? あんたの主である五官王ごかんおうはなんていってるの?」

 信乃は目を細め、不機嫌そうに尋ねる。

「五官王さまからの説明ではな、なんや無間地獄から、妖怪が脱走して、こっちにきとるらしいんや、かなりけったいな力をもっとるさかいに、執行人は警戒するようにとの通達やな」

 小さな生き物――真達羅しんだらが説明すると、

「そんなの、あんたたちが勝手にやればいいでしょ? 私が執行人になったのは、ユズを殺した妖怪を滅ぼすための力がほしかっただけ。あんたたちに協力してるなんて一度も思ったことないわ」

 信乃は聞く耳を持たず、その場を立ち去った。


 去っていく信乃の後姿うしろすがたを見ながら、真達羅は

「なんで変成王へんじょうおうはんは、信乃に力を与えたんやろか? なんか考えてのこと何やろうけど。それに、今の信乃に真言を教えるのは危険やで? 心と神力が反発して、駄目になってまう」

 そう考えながら、真達羅はスーと姿を消した。


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