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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十四話:川姫(かわひめ)
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伍・嬰音

嬰音えいおん:全音階の幹音の高さを半音上げた音。たとえば嬰ヘ音(F#2)など。


 暗闇の中、女性が息を殺して、気配を探っていた。

「いたか?」

 外で男が仲間と会話する。

「いや、いないな。くそっ! あの女、見つけたら、****してやるっ!」

 もう一人の男が腹癒せに近くにあったドラム缶を蹴る。

 ドラム缶は倒れ、ゴロゴロと音を立てながら転がっていく。


 彼等は『市柿組』の組員で、組長である市柿聡介から、若杉璃音の行方を捜すよう命じられていた。

 警察が指名手配(犯人としてではなく、あくまで最重要参考人として)している以上、先に見つけたいというのが目的である。

「しかし、あの女、ボスに借りを作っておいて逃げるなんてな」

「ああ。そもそも騙された自分が悪いんだろ? それを指摘されて殺人。逃亡までする始末だからな」

 二人組は、廃ビルの中へと入っていく。


 カツン、カツンという靴の音が聞こえ、女性――若杉璃音は生きた心地がしていなかった。

 いや、ただでさえ頭を怪我しているため、意識が朦朧としている。

 気を抜いてしまえば、眠ってしまう。それこそ永遠に――

 そして、緊迫した状況ゆえ、一睡もしていなかった。

 怪我をしていなければどこかで休みたい。しかし、探している人間がいる以上、彼女は自由に行動出来ない。

 廃ビルの中に隠れたのも時間稼ぎでしかない。

 それがよもや、自分で自分の首を絞めてしまったのだから、璃音は心の中で呆れ果てて、笑ってしまった。


 足音が大きくなっていく。二人組が璃音のいる部屋があるフロアまで来たのだ。

 璃音はここまでかと思い、腹を括った。

 幸いここは廃ビルだ。誰も使っていない。――つまり、誰も来ない。

 二人組が璃音のいる部屋のドアを開けようとする。

「くそ、閉まってるな」

 男の一人がガチャガチャとドアノブを回す。

「おいっ! そこにいるんだろ! 出てこいっ!!」

 そう云われて、出てくるほど馬鹿ではないが、見つかるのも時間の問題であるため、璃音はどうしたものかと考える。


「くそっ!」

 ドアノブを回す音が途切れ、二人組はドアを蹴り壊した。

「おいっ! 好い加減にしろっ! こっちはそれどころじゃないんだ!」

 男の一人がライターに火を点ける。ぼんやりとした光の中に、二人組の顔が浮かび上がった。

「そこにいるんだろ? 素直に出てきてくれ! ボスがお呼びなんだ」

 璃音はどうせ連れて行って、慰み者にしようと思ってるんだろうと、考えていた。

「もう逃げるのはやめてくれないか? 篠塚の部屋から睡眠薬が発見されたんだ」

 つまりは、それを使って、篠塚は自分を眠らせようとしたのかと、璃音は推測する。


「出てこないのならいい。俺たちがボスに見つからなかったと言ってやってもいい。だがな、ひとつ教えてくれないか? ボスが篠塚に渡した顧客名簿が見つからないんだ」

 ライターの火で()っせられた本体が熱くなり、男の一人が小さく悲鳴を挙げると、パッとあかりが消えた。

「こっちはお前を探すよりも、そちらを最優先にしている。顧客名簿というものは、どこの会社でも重要なものだからな」

 男はそう話すが、璃音には身に覚えがなかった。


「――っ」

 男が仲間に耳打ちをし、一人が出て行く。そして耳打ちした男はその場に座った。

「璃音。長い逃亡生活の中、碌に物を口にしていないだろう? 今、仲間にコンビニによってもらって、弁当か何かを買ってきてもらっている。私たちはお前を捕まえて、殺そうとは思っていない。篠塚がボスから盗んだ帳簿のありかを知りたいだけだ」

 そんなことを言って油断させ、殺すつもりだろうと璃音は考える。

 ――数分ほどして、仲間の一人がコンビニのレジ袋を持って、部屋へと戻ってきた。

 その手には懐中電灯がある。

「買ってきたのか?」と尋ねると、男はコクリと頷く。

「これで、部屋の中が明るくなる。璃音も時機に見つかるさ」

 そう言いながら、男は懐中電灯のスイッチを押すと、ぼんやりと明かりが点き、部屋の中をぐるりと見渡した。


「おい。好い加減に出てこい! こっちはそれどころじゃないんだ」

 さっきから一体何なのだろうか?

「おちつけ。一体何があった?」

 もう一人の男が宥める。

「外に出たら、警察がいてな。近くでイベントがやってるだろ? その警備と思ったんだがな、私服警官も混じってやがった」

「イベント? そういえば、橋本隆平がそんなことをいっていたな」

 ――橋本? そう璃音が思い出そうとした時だった。


 どこから入ってきたのか、蜂が部屋の中に侵入する。

 ミツバチほどの小ささだったため、扉近くにいる二人組は気付いていない。

 璃音の耳元で蜂の羽音が聞こえる。璃音は息を殺すが、

「おい? 何か変な音がしないか?」

 男の一人がそう言うと、もう一人が首を捻った。

「気のせいじゃないのか?」

「いや、この音は―― 蜂だ! この部屋、蜂の巣があるぞ!」

 そう言うや、懐中電灯でどこにあるのかを探し始める。


 部屋の天井隅に蜂の巣があり、その大きさは直径五十(センチ)は下らない。

 それはミツバチというよりも、スズメバチが作るほどの大きさであった。

 巣の周りにはウジャウジャと蜂が飛び交っている。

 そんな部屋にどうして璃音が無事にいられたのかというと、以前『朧車』のさいにも説明した通り、人間が敵意を見せなければ、蜂は何もしてこない。

 璃音は部屋に蜂の巣があることは知らなかったし、そもそも気配を消すのに精一杯で周りに気が回らなかったのだ。


 そして、暗い場所で灯りを点けたのだから、さて困ったものだ。

 虫は『光に集まりやすい』という習性があり、蜂も例外ではない。

 スズメバチが羽音を立てながら、二人組(というよりかは、光の根源である懐中電灯)に集まり始めた。

「う、うわぁっ!」

 男の一人が悲鳴を挙げ、部屋を出て行く。

「くそっ! おい! 弁当はここに置いておく。蜂に食われないうちに食べておけ!」

 そう言うや、追いかけるように、もう一人も部屋を出て行った。

 懐中電灯を手から離さないでいるため、スズメバチは彼等を追いかけ続けていく。


 璃音は二人が出て行ったのを確認すると、部屋の中を飛び交っている蜂が落ち着くのを待った。

 すると、あわただしいほどに鳴り響いていた羽音が、まるでフェードアウトしていくかのように消えていく。

 そして、蜂の気配どころか、巣の存在すらなくなっていた。

 璃音は狐につままれたような表情を浮かべ、部屋の中を見渡した。


 誰かが部屋の中に入ってくる。先ほどの二人組が戻ってきたのだと思い、璃音は慌てて隠れようとしたが、

「大丈夫よ。隠れたって、私からは鮮明に見えてるから」

 部屋に入ってきたのは、女性である。

「さてと、警察が近くにいるから、さっさと見つかったほうがいいわよ」

 そう言うや、女性は指先で『サイ(ホウ)(ジュ)(サツ)』と書いた。

 さっきまで聞こえていなかったスズメバチの羽音が聞こえ始め、璃音は息を殺した。

 しかし、その羽音は騒々(そうぞう)しい。

 部屋を埋め尽くすかといわんばかりの(おびただ)しいスズメバチの大群が、狂ったように羽音を鳴らしていたからだ。

「あ、ああ――」

 璃音が小さく悲鳴を挙げた。

 それをきっかけとし、無数のスズメバチが彼女目掛けて突っ込んだ。

 璃音は蜂の大群に何も出来ずと同時に、その猛毒にやられ――絶命した。


 二時間後、二人組が部屋に戻ってくる。外はすっかり夕暮れだ。

「おいっ!」と声をかけるが、部屋は異様なほどに静かである。

「もう逃げたんじゃないのか?」

 男の一人がそう言うと、「懐中電灯を貸せ」といわれ、袋から取り出し、渡した。

 懐中電灯のスイッチを押し、部屋の中を見渡すと人影が見えた。

 二人はそれが若杉璃音であると考え、近付く。

 ――そしてその惨状を見るや、口を塞いだ。


 若杉璃音の死体は、まるで虫に刺されたかのように、体全体が膨れ上がっており、蕁麻疹じんましんのように唇は赤く腫れている。

 それは皮膚だけではなく、開けられた眼球にも見られ、ましてや唇の中や、耳の穴、鼻の穴といった、ありとあらゆる穴という穴の中にも、その症状が見られる。

 それは最早、人の死体ではなく、ただの肉塊にっかいに他ならなかった。


「さ、さっきのスズメバチか?」

 男はハッとし、懐中電灯を手に取るや、ゆっくりと部屋の天井にある蜂の巣を照らそうとしたが、巣はどこにもなかった。

「ど、どういうことだ? 蜂の巣が急になくなるなんてこと」

 二人は恐怖におののきながら、若杉璃音の死体を見た。



「異常なしです」

「こちら西側。今のところ異常なしです。観客のバッグや所持品をチェックしたところ、怪しいものはありません」

 警備員や、警官たちが協力し合い、確認を取る。

 イベントも残り六時間となり、出演アーティストも予定の半分を終えようとしている。

 ステージでは興奮冷めやらぬ感じに賑わっていた。


「観客に犯人はいるんですかね? 一応、念のためにペットボトルや、水筒の中身も確認してもらってるんでしょ?」

 阿弥陀警部がそう尋ねると、岡崎巡査が頷いた。

「そうなると、爆破予告はデマだったんでしょうか?」

「それならそれでいいんですけどね」と、阿弥陀警部は言った。

「しかし、これだけ人が集まってると、一人死んだだけで、集団パニックは避けられないですね」

 岡崎巡査がそう言うと、「だからこうやって調べとるんじゃろ? 出演者もそうじゃし、スタッフも念入りにチェックしておる。それこそ機材にいたってもな」

 佐々木刑事が老体に鞭打ちながら、懸命に動いている。

「内部の人間ではないとすれば、一体――」

 阿弥陀警部は爆破予告を送ってきた犯人が内部の人間ではないかと考えていた。

 しかし、爆弾のばの字も見つからない以上、さてどうしたものか?と頭を抱えていた。


「あ、阿弥陀警部!」

 岡崎がそう言うと阿弥陀警部は彼を見る。

「どうかしたんですか?」

「どうかしたじゃなくて、蜂! 警部の近くに蜂が!」

 そう言われ、阿弥陀警部は岡崎巡査が指差したほうを見た。

 そこにはスズメバチが飛んでいるのだ。

「あのですね、蜂はこちらが何もしなければ――」

 阿弥陀警部は言葉を止め、スズメバチを見た。


 そして一瞬険しい表情を浮かべると、「ほら、こちらからは何もしなければ刺してきませんよ」

 そう言うや、岡崎巡査の肩を押しながら、その場を後にした。


『今のは普通の蜂とは違って、すこしだけ神力しんりきがあった。まさか田心姫たごりひめが近くにいるとでも?』

 そう考えながら、阿弥陀警部は振り返るようにスズメバチを一瞥すると、スズメバチはまるで用事が済んだかのようにスーと姿を消えた。


さて、この話、実は今後の物語に大きく関わります。

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