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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十四話:川姫(かわひめ)
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弐・籤運


「当たった」と、葉月が言った。

「食あたり?」と弥生が尋ねると、

「そりゃ、大好きなシチューだからって、おかわり三杯もしてりゃ、腹壊すでしょ?」

 皐月がそう言うと、葉月は「違うよ」と頬を膨らませる。

「それじゃ、宝くじ」

「私、ここのつだから、買えないじゃなかった?」

 実際には買えるのだが、未成年であるため、受け取りには保護者同伴が必要となる。


「そうじゃなくて、当たったの。鮎川燈愛のライブチケットが!」

「当たったって、応募してたの?」

 興奮しながら話す葉月とは裏腹に、弥生は冷静に聞き返す。

「うん、雑誌に載ってたから、試しにね。わたしと美耶ちゃんと――」

 葉月は指折り数えながら、友達の名前を言っていく。

「要するに、友達と葉書を出し合って、当選するか試してたってわけ?」

 それで当たったのが、葉月だけだというのを知ったのは、葉月が電話で友人たちに連絡を取り出しての事だった。


「それで一枚に付き、何人まで入れるの?」

 弥生がそう尋ねると、「確か、三人までだったはずだよ」

 葉月は何かを思い出すと、自分の部屋に戻るや、葉書を一枚持ってきた。

「ほら、これに書いてある」

 皐月と弥生は葉月から葉書を受け取り、内容を確認する。

「確かに応募者のほかに同伴者二名までいいって書いてある」

「その同伴者は応募者が決めていいって」

「それじゃ友達と行くの?」

 皐月がそう尋ねると、葉月は首を横に振った。

「ううん。未成年の応募には、必ず保護者の同伴が必要だから、大人一人必要になるって」

 弥生は、おそらく友人の母親と行こうと思っていたのだろう。と考えていたのだが、

「それでお願いがあるんだけど、お姉ちゃんたち、一緒に来てくれない?」

 葉月がそうお願いすると、

「どうする?」

「まぁ、葉月のお願いだからね、行かないわけにもいかないでしょ? それにまぁ、暇だし」

 皐月は呆れた表情で言う。


「そうだ、今やってる歌番組に出てたんだ」

 そう言うや否や、卓袱台の上に置かれたTVのリモコンを手に取り、TVを点けた。

『それじゃ、今日のゲスト、鮎川燈愛さんです』

 映し出された司会者がそう言うや、燈愛が画面に映された。ステージ衣装は赤色のドレスである。

 そして、観客の黄色い声がスピーカー越しに聞こえてきた。

「えっと…… 『あゆかわ……』 なんて読むの?」

 皐月がそう葉月と弥生に尋ねるが、二人は「えっ?」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 画面下にテロップで大きく『鮎川燈愛』と出ている。


「あ、あんた知らないの? 鮎川あいかわ燈愛(ひめ)。今売れに売れてるアイドル歌手でしょ?」

 そう言われても、皐月はほとんどテレビを見ない。

 見るとすれば、時代劇とF1レースの中継番組くらいである。

「そ、そんなに人気あるの?」

「あるのってもんじゃないわよ。デビュー当時から、出すCDはほとんどトップテン入り。ルックスもいいし、うちのクラスの男子どころか、女子にもファンがいるくらいよ」

 弥生はそう言いながら「それに、ステージ衣装も可愛いのもあれば、シックなものも」

 そういえば、弥生姉さんって、ゴスロリ(コスプレ)趣味があったんだっけ?と、皐月は頭の中で呟いた。


 歌が始まると、葉月がTVの前に座り、ジッと画面を見つめる。

 弥生は卓袱台の上にある食器を片付け、厨房へと入っていく。

 皐月はその場に座り、卓袱台に肘をつけるや、頬杖をする。

 歌が終わり、葉月が「ねぇ、歌もいいし、可愛いでしょ?」と皐月のほうを見るが、

「どうかしたの? そんなに面白くなかった?」と不安そうに訊いてしまった。

 皐月の表情が険しく強張っていたからだ。


「ちょっと、さすがに面白くないわけないでしょ? 歌もうまいし、なにより可愛いじゃない」

 弥生がそういうと、

「二人とも…… 気付かなかったの?」

 皐月がそう言うと、弥生と葉月は首を傾げる。

「テレビだから、作り笑いだってのはわかるよ。でも、あの子…… 目が可笑しかった」

 どういうこと?と弥生と葉月はテレビに映る燈愛を見る。

 他にも出演者がいるため、あまり映されることはなかったが、それでも何度か、燈愛が画面に映ることはあった。

「別に可笑しなところはないわよ」

 弥生がそう言うと、一緒に見ていた皐月も、勘違いかなといった感じに首を傾げた。


 皐月は燈愛の曲が特別いい曲だとは思わなかったのだ。

 芸能界に疎いとはいえ、いい曲だという判断は出来る。

 しかしながら、燈愛の歌に売れるほどの要素が見つからなかった。

 売れる曲は、それだけ人を引きつけているのだから売れる。

 だからこそ、皐月はそれが不思議だった。

 燈愛の可愛らしさは認めるとして、そこがどうしてもわからなかった。

 まるで『彼女自身は人を魅入みいらせていない』かのように――


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それじゃお疲れ様でした」

 番組スタッフがそう言うと、「おつかれさま」と出演者や、スタッフが互いに言い合う。

「あ、燈愛ちゃん。今日のステージ最高だったよ」

 番組プロデューサーにそう言われ、燈愛は笑顔でかえす。

「それにしても、今度ある夏フェス、初めての出演だから大変でしょ?」

「はい。アイドルなのに、出させていただいて、すごくありがたいと思ってます」

「それで、どうするの? 燈愛ちゃんはソロだから、バックバンド必要じゃない?」

 そう訊かれ、燈愛は少しばかり考え、

「それだったら、大丈夫だと思います。秀隆さんがいい人を紹介してくれるって」

「そうかい。それじゃ頑張るんだよ」

 燈愛は別れ際、挨拶をし、楽屋へと戻った。


 燈愛は「ふぅ」と溜息を付き、楽屋のドアを開ける。

 汗で崩れたメイクを整えようと、部屋隅においていた鞄から、化粧ポーチを取り出し、そこから化粧類を探り出した。

「今日の仕事はこれでおしまい。帰ったら、新曲の練習しないと」

 確認するように、燈愛は独り言を言う。

 そして、鏡台の前に座ると、スーと、誰かがうしろに立つ気配を感じた。


「今日のステージはどうだった?」

 燈愛は誰かに尋ねるように呟く。

「どうもなにも、全然つまらなかったわよ? 音程は外れてるし、踊りもミスが目立っていた」

 燈愛しかいない楽屋の中に、まるで誰かがもう一人いるかのように、燈愛は会話している。

辛辣しんらつだね」と燈愛は苦笑いを浮かべた。

「当たり前よ。芸能は今昔こんじゃくかわりなく、厳しいものなんだから」

 そう言いながら、鏡に映る人影は笑った。


「あの男が言ってたことって、今度のイベントのことでしょ?」

「多分、そうだと思う」

 燈愛は化粧を直しながらも、表情は徐々に曇っていく。

「自分のを犠牲にしてまでやるなんて、そこまで執着する理由がわからないわ。『佳人薄命かじんはくめい』って言葉知ってる? 人気なんて、それと一緒よ」

 影は嘲笑するように、燈愛を貶す。

「わかってる。この世界が厳しいってことくらい。でも、自分で決めたことだから」

「たまたまルックスがよくて、たまたま応募したのがきっかけで芸能界入り。だけど、売れるどころかゴミ同然の扱いだったじゃない?」

「それを今の社長が拾ってくれた」

 燈愛がそう言うと、影はケラケラと高笑いする。

「拾うも何も、あんたを金があるだけで買ったんでしょ?」

「でも、売れないと、約束を守ったことにはならない」

 影はゆっくりと燈愛の体に触れる。


「だったら、あんたのその可愛らしい団栗眼どんぐりまなこを潰して、瞽女ごぜにでもしてやろうか? あんたはわたしの力を借りて売れてるだけの小童こわっぱでしかないのよ。人を引き付ける実力もない人間なんだから」

 燈愛は影を睨むわけでもなく、黙々と鏡を見つめる。


『わかってる。私の力なんて、高が知れてる。結局は一般人と一緒なんだ』

 燈愛はそう頭の中で呟いた。


瞽女ごぜ:「盲御前めくらごぜん」という敬称に由来する女性の盲人芸能者。近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら三味線、ときには胡弓を弾き唄い、門付巡業を主として生業とした旅芸人である。

団栗眼どんぐりまなこ:どんぐりのように丸くてくりくりした目。また、まん丸く大きく開いた目。

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