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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十三話:大禿(おおかぶろ)
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捌・類


 阿弥陀警部は稲妻神社に訪れ、先の被害者である鈴崎司郎の遺体が写された写真を葉月に渡した。

 葉月は写真を卓袱台の上におくや、深呼吸し、写真の上に手を翳し、ゆっくりと摩り始めた。


「――こども?」

 葉月がそう言うと、その場にいた皐月と弥生、拓蔵、阿弥陀警部の四人はキョトンとした表情を浮かべる。

「こどものわめごえ? えっと――」

 葉月は困惑した表情を浮かべたまま、瞑っていた両目を、より強く瞑ったが、それ以上聞こえないのか、葉月はゆっくりと写真から手を離した。


「子供の喚き声って、どういう事ですかね?」

 遊火が皐月にそう尋ねるが、皐月も首を傾げている。

「鈴崎司郎が殺されるような感じはあったんですか?」

「地域開発で公園に住んでるホームレスを撤退させる運動をやっていたみたいですから、逆にホームレスから襲われたという可能性も否定できませんね。でも、あの公園に住んでるホームレスは、王様ロワさんが殆ど管理してますからね。王様に反旗をひるがえすのは、容易じゃないと思いますよ」

「私が襲われたことも、王様ロワさんは知らないようだったし」

「にわかに信じられませんが、嘘を吐いていると思いますが―― 鈴崎司郎が殺された時間、あの人コンビニにいたそうですし、その時間の防犯カメラに映ってましたから、アリバイはありますね」

 王様ロワには完璧なアリバイがあると、警察は見ているようだ。


「皐月を襲った犯人の身元はわかったんですか?」

「一応ホームレスには変わりなかったんですけど、あの公園には住んでなくて、繁華街の地下通路に住んでいたんですよ。それに、王様ロワさんの写真を見せたら、皆さん首を傾げてましたよ」

 阿弥陀警部がそう言うと

「それじゃ、依頼主を知らなかったってことですか?」

 皐月がそう尋ねる。

「それに襲った後にお金をもらうことになっていたらしくて。まぁ、彼らにしてみたら、骨折り損の草臥れ儲けですよ」

 阿弥陀警部はそういいながら、葉月を見やった。

「霊視は一日一回までじゃよ。それ以上したら、この子の精神がもたん」

「わかってますよ。でもやっぱり子供の泣き声ですか。いくらなんでも子供と一緒にいた時に殺すとは思えませんし、なにより、そんな時間に起きてるとは思えませんがね」

「正式な死亡推定時刻はどうなっとるんじゃ?」

「死亡推定時刻は夜中の2時から3時の間。近辺で暮らしているホームレスは殆ど寝てたそうですし」

「繁華街の人たちには訊かなかったんですか?」

「あの時間だと、盛り上がってて、誰がどこにいたとか、わかったもんじゃないですよ」

 阿弥陀警部がそう言うと、彼の携帯が鳴った。


「あ、はい。阿弥陀ですけど? どうしたんですか?」

『あ、警部? ちょっと戻ってきてくれませんか? ちょっと変な人が本庁に来てまして』

 電話の相手は岡崎巡査である。

「えっと、落ち着いて、順をおって話してくれませんか?」

『それが、穐原と名乗る人物から、手袋と粉が入った袋を渡されたんです』

「穐原さん?」

 弥生がそう言うと、「お知り合いですか?」と阿弥陀警部に尋ねられ、「え、あ、はい」と弥生は答える。


「その穐原さんがどうして警視庁に?」

『今もってきたものを鑑識課に渡して調べてもらってるんですけどね。その、手袋は何なのかわかりませんが、白い粉はおそらく……』

 電話の先にいる岡崎巡査が誰かと話している。

『ちょっと、電話変わるぞ。阿弥陀警部』

「――湖西主任?」

 電話を変わったのは湖西主任である。

『今鑑識結果が出たんじゃけどな、白い粉は覚せい剤じゃったよ』

「なっ!? 覚せい剤?」

 阿弥陀警部がそう叫ぶと、「どうして、穐原さんがそんなものをもってるんですか?」

 弥生が電話の先にいる、湖西主任に尋ねる。

『いや、一応確認のために、その穐原という青年の血液を検査したがな、まったくの陰性じゃったから安心せい。ただ、その手袋に付着していた血液なんじゃよ』

 湖西主任がそう言うと、「なにかわかったんですか?」と阿弥陀警部が尋ねる。


「手袋にわずかじゃが、血が付着していておってな、それが鈴崎司郎を殺した凶器である鉄パイプについていた血痕と一致したんじゃよ」

「それじゃ、犯人は穐原さん?」

 弥生はそう言うや、崩れるように座り込む。

『阿弥陀警部、ちょっと弥生ちゃんに代わってくれんか?』

 そう言われ、阿弥陀警部は携帯を弥生に渡す。

『弥生ちゃん? なんか勘違いしとるようじゃから云っておくが、彼はある人から受け取ったと云っておるんじゃよ』

 電話越しに湖西主任が弁解する。

「ある人?」

『それに早くしないと取り返しのつかない事になるかもしれないとも云っておったな。一応参考人として、一日、二日はこっちの世話になってもらうがな』

 湖西主任がそう伝えると電話を切った。


「湖西主任はなんと?」

 弥生から携帯を受け取った阿弥陀警部がそう尋ねると、

「穐原さん、早くしないと、取り返しがつかないかもしれないって」

「穐原さん、誰にもらったんだろう」

 皐月がそう言うと、スーと、障子襖が開いた。

 入ってきたのは瑠璃である。


「瑠璃さん、どうかしたんですか?」

 皐月がそう尋ねると、瑠璃は阿弥陀警部を一瞥する。

「阿弥陀警部? 児童虐待の疑いがあった場合においても、現行犯じゃなければ連行する事も出来ないんですよね?」

 瑠璃がそう尋ねると、「ええ。それがどうかし」

「浅葱から報せがあって、李夢の家から、変な気配がすると」

「それだったら、どうして浅葱が調べないの?」

 皐月がそう尋ねると、瑠璃は怪訝な表情を浮かべた。

「李夢さんには虐待された形跡があったんです。それに母親である華蓮は、李夢の存在を疎ましく思っていました。そんな状態で、李夢さんはいったい何をしますか?」

 阿弥陀警部にそう言われ、

「悲鳴を挙げる事すら出来ない?」

 弥生がそう言うと、

「私もそう思ったけど、でも、穐原と接していた李夢は、心から喜んでいた。だからあの子は穐原にすべてを託したのよ」

 何時の間にいたのか、浅葱がそう言うと、

「では、借金とかは」

「多分、薬を買って出来たんでしょうね。それに、自分の体を売っていたこともわかったわ。李夢はその中で生まれた子供だってことも」

 浅葱がそう言うと、阿弥陀警部は少し顔を歪め、

「町長は綺麗な町つくりとして、李夢さんを児童養護施設から母親の元に戻した。その母親は娘を疎んじている」

「なによ、それ? それじゃ、李夢ちゃんがかわいそすぎるじゃない!」

 皐月がそう云うや、

「だから私は、李夢が穐原に助けを求めたのも理解出来――」

 浅葱が言葉を発している時、阿弥陀警部の携帯がもう一度鳴った。


「あ、はい」

『阿弥陀警部? 至急現場まできてください』

「現場? 何か事件でもあったんですか?」

『はい、火事が起きてるんです。場所は浅葱橋の繁華街近くにある――』

 場所を聞くや、阿弥陀警部は目を大きく開いた。

「皐月さん、急いでください! 現場は李夢さんの」

「って云われても、場所知りませんよ」

 皐月がそう云うや、「煙々羅っ! 皐月を案内してあげてください!」

 瑠璃がそう呼びかけると、煙々羅が姿を現し、皐月を案内する。

「皐月、これ」

 弥生が二本の竹刀を投げ渡すと、皐月はそれをもって走り出した。


大禿おおかぶろ、あなたいったい何を考えているの? あなただったらわかるでしょ? 同じことをされたあなたなら――」

 浅葱は苦しむような歪んだ表情を浮かべていた。


 現場に駆けつけた皐月と煙々羅は、その光景に絶句していた。

 赤々と燃え盛るその炎は、今にもアパートを燃やし尽くそうとしている。

 パトカーやら、消防車のサイレンが聞こえ、消火活動が行われようとしていた。

「煙々羅っ! 中に入って、人がいないか確認してきて。遊火もお願い」

 皐月にそう言われ、遊火と煙々羅は炎の中へと消えていく。

「危ない、崩れるぞ!」と誰かが悲鳴に近い大声を挙げると、崩れるような音が聞こえ、さらに炎は勢いを増していく。


「遊火っ! 煙々羅っ!」

 皐月がそう叫ぶと、「皐月さま! こちらに来てください」

 炎の中から遊火の声が聞こえ、皐月はそちらに行こうとするが、

「駄目じゃないか、君! これ以上近付いたら」

 男性が皐月を食い止めようとする。

「今大事な仕事してるんですから、邪魔しないでくれません?」

 煙と化した煙々羅が男に巻き付く。その間、皐月は逃れるように炎に近付いた。


「そういえば、煙の妖怪だったっけ?」

 皐月が感心するように言う。

「皐月さま、中に子供がいました。ただ、気を失っていて」

 遊火がそう言うと、皐月は遊火を下がらせるや、

わが神殿に祭られし大黒のごうよ! 今ばかり我に剛の許しを!」

 皐月がそう天に叫ぶと…… 両手に持っていた二本の竹刀が次第に刀へと変わり、皐月の姿は赤色の袴を着た巫女装束になった。

「二刀・赫破狩もみじがりっ!」

 皐月は二本の刀を水平にし、ドアに切りかかった。


 ドゴンという爆発音とともに、皐月はドアごと吹き飛ばされた。

 その一瞬の光景に遊火は唖然としている。

「皐月さん、何も考えないでドアを壊したら、バックドラフトが起きるくらい、学習してください」

 煙々羅がそう皐月に声をかける。その皐月は咳き込んでいる。

「そ、そういうのを先に言ってくれないかな?」

 皐月は遊火を一瞥すると、遊火は申し訳ないように顔を俯かせている。


「そうだ! 李夢ちゃん」

 皐月がそう言いながら、立ち上がった時だった。

 ガラガラと大きな音を立てながら、アパートは崩れた。


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