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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十三話:大禿(おおかぶろ)
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陸・ネグレクト


 王様ロワはダンボールハウスの屋根から深さの浅い籠を取り出した。

 その籠の中には、植物の根っこが敷かれ、乾燥されている。

 その根っこを包丁で細かく切り、さらに発電機に繋げたミキサーで細かく砕くと、それをフライパンで炒める。

 ご飯のおこげみたいな匂いがしてきた。

 炒った粉をコーヒーフィルターに入れ、コーヒーメーカーにセットすると、漢方薬のような、独特の匂いが漂ってくる。

 そして、それをコーヒーカップに注ぎ込んだ。


「ほい、食後のコーヒーじゃ。口に合うかわからんがな」

 王様ロワからコーヒーを渡された皐月は、息を吹きかけて少し冷ますと、それを口にした。

「――あれ?」

 皐月はコーヒーを口にしたが、作っている工程に違和感があった。

 確かに味はコーヒーである。苦味の中にも、ほんのりと甘みがあり、甘党の皐月はあまり言わなかったが、砂糖が少しばかり欲しいと思っていた。

 しかし、普通コーヒーは豆から作るものであるにも拘らず、王様ロワは植物の根っこから作っている。

 味以前に、それが不思議だった。


「皐月ちゃんが飲んでいるのは、“ダンデライオン”というコーヒーなんじゃよ」

 王様ロワがそう言うと、

「職業柄気取りたいのはわかるがな、平たく言えばタンポポの根っこで作ったコーヒーじゃよ。タンポポは多年草じゃからな、浅葱橋の河川敷にも咲いておるじゃろ?」

 拓蔵にそう言われ、皐月は驚いた。

「こういう生活をしとると、昔の人が野草を食べていたのかが重々わかってくるよ。春の七草や、秋の七草、よもぎぜんまい。生きていくにはそういう知識も必要になるからのう」

 王様ロワはなんとも楽しそうに説明する。それは自分が料理人であった事もあるが、なによりものを大切にするという気持ちを、ホームレスになって初めて知ったのだ。

 忙しかった現役時代とは違い、のんびりとした時間の流れで得た知恵であった。


「そういえば、皐月、お前確か苦いものはだめじゃなかったか?」

 拓蔵がそう言うと、「砂糖がたしかあったはずじゃがな」と王様ロワが冷蔵庫の中を探すが、皐月になかったと答えた。

「あ、大丈夫です。これくらいだったら飲めますから」

 本当は飲めないのだが、コーヒーの正体を知った以上に、味が美味しいので、出来ればこのまま飲んでみたくなっていた。


「それで、さっきの話じゃが、皐月ちゃんを襲った犯人は、本当にわしが仕向けたと云っておったんじゃな?」

 王様ロワにそう言われ、皐月は頷き、証拠として撮った画像を見せた。

「おやおや、えらくやり返されておるな。まぁ、自業自得じゃろうて」

 王様ロワは哀れむわけでもなく、ケラケラと笑う。

「しかし、わしは皐月ちゃんを襲うようになんて命令はしとらんよ。しかも、昨日河川敷で死体が発見されたそうじゃしな」

 王様ロワはそう言うと、拓蔵と皐月のうしろに立っている人物を見やった。


「あら、お気付きでしたか?」

 阿弥陀警部が笑みを浮かべながら、会釈する。

「それで、先ほど皐月さんが襲われたと話してましたけど、詳しく聞かせてくれませんかね?」

「別に構いませんけど――」

 そう言うと、皐月は昨夜の出来事を阿弥陀警部と王様ロワに説明した。


「それでよくまぁケロッとしておるな?」

 王様ロワが驚いたような呆れたような表情を浮かべる。

「しかし、一人頭五万円ですか、なんとも安い依頼金ですな。私でしたら、五千万くらいは出しますよ」

 阿弥陀警部がそう言うと、

「ちょっと、物騒なこと言わないでくださいよ」

 皐月がそう怒鳴りつける。

「いや、だって皐月さんを殺すくらいでしたら、それくらい出して、それこそ、その道のプロにお願いしないと殺せないでしょ?」

 確かにそうだと拓蔵は笑った。それを見て、皐月は頬を膨らます。


「まぁ、昨日起きた浮浪者狩りも依頼があってやったのか」

「ああ、そう言えば、昨日の夜、ニュースで言ってましたね。被害者の鈴崎司郎は浮浪者だから、襲われたとか何とか」

 阿弥陀警部と皐月の話を聞きながら、王様ロワは少しばかり顔を歪めた。そのことを拓蔵が尋ねる。

「いや、わしはこの公園で暮らしてるホームレスの顔と名前は知っておるつもりなんじゃがなぁ?」

「知らない人なんですか?」

 皐月がそう王様ロワに尋ねると、拓蔵が「写真は持ってきとらんのか?」と、阿弥陀警部に尋ねた。

「ええ。王様ロワさんの話を聞いた後、神社に伺おうと思ってましたから」

 そう言いながら、阿弥陀警部はカッターシャツの胸ポケットから、写真を取り出した。


「どうですかな? 王様ロワさん」

 阿弥陀警部から写真を受け取り、王様ロワは被害者を翌々見たが、

「いや、まったく知らんよ。そもそも、どうしてこの人がホームレスなんていう考えがでたんだい?」

 そういいながら、王様ロワは写真を阿弥陀警部に返した。

「まぁ、こちらは詳しく調べないとわからないんですけど、所有していたものが質素だったんですよ。というより、無一文だったんですよね」

「無一文だから、ホームレスとな? そりゃまた結滞な偏見じゃな? よく空き缶を集めてるホームレスとかおるじゃろ? あれをリサイクルしてくれる工場に売って、生計を立ててる人もおるんじゃよ」

 それは人から見れば、スズメの涙ほどだとしても、その日しのぎで生きているだけでもいいのだと王様ロワは説明する。

 また、ホームレスが空き缶などの資源を集めていることで、自治体が黙って見過ごしてはいない。実際に京都市の条約で、回収業者以外のゴミの収集は禁止されている。


「まぁ、一応知らないということですな?」

「なんなら、この公園で住んでるほかのホームレスにも聞くか?」

 そう王様ロワが尋ねると、「いや、結構です」と阿弥陀警部は首を横に振った。

「ただ、鉄パイプが発見されたので、それから指紋検出しようと思ったんですけど」

「手袋をはめていて、指紋が検出されなかったってことじゃないんですか?」

 皐月がそう尋ねると、

「それよりも、この鈴崎司郎の素性ですよ」

 阿弥陀警部が珍しく怒っているので、皐月と拓蔵は首を傾げる。

「いやですね。鈴崎司郎は浮浪者でもなんでもないんですよ。ただの役所勤めだったんです」

「それじゃ、どうしてさっきは王様ロワさんに、知らないかなんて訊ねたんですか?」

「その鈴崎司郎は、地域課の人間で、ここらを調べていたそうなんですよ。それで調べたんですけど、ちょっと裏があるみたいなんです」

「――裏?」と王様ロワが険しい表情で尋ねた。

「町長がマニフェストで、よりいい地域生活をするために、とか何とか言って、ここ最近、児童養護施設で暮らしてる子供たちを、親の元に返したりとか、ネカフェ難民でしたっけね? そういう人たちを施設に送ったりとか」

「それって、横暴過ぎませんか?」

 皐月がパンッとテーブルを叩く。

「だって、児童養護施設って、親がいなかったり、理由があって、親と暮らせない子供たちを、一時的に預かってる施設でしたよね?」

「皐月、少し落ち着きなさい」

 拓蔵は皐月の肩をやさしく叩き、気持ちを宥める。


「ただ、奇麗事で済ませないのも、ひとつの理由ですね。犯罪者を匿っているという矯正施設もありますから」

「二度とそうさせないように更生させるのがその施設の役目でしょ? それに住民を説得してじゃないと作れないんじゃないんですか?」

「たしかに、ただ“綺麗な町つくり”には、そういう場所は必要ないってことでしょうね」

 阿弥陀警部がそう言うと、皐月は歯軋りを鳴らした。

「それじゃ、生きてる犯罪者は、法できちんと裁かれた犯人は、更生の余地なんてないって云ってるようなもんじゃないですか? 殺人を犯した犯人は死ぬまで更生しない? 盗みをした犯人は? 大切な人を奪われて、人を殺さなければいけなかった人は? あんたたち、警察だって! 市民を守るためとか何とかぬかして! 傍から見れば、犯罪に手を染めてるじゃない?」

「皐月、少し落ち着きなさい」

 拓蔵はゆっくりと皐月に深呼吸をしなさいと促す。

「すまんな阿弥陀警部。今日はここでお暇するわ」

 拓蔵は皐月に帰るぞと耳打ちする。

 皐月は素直に立ち上がり、トボトボと拓蔵の後を追った。


「阿弥陀警部、どうしてそんなことを? あの子がどんな思いで、人ならぬものを罰しておるか知っておるじゃろ?」

 王様ロワがそう言うと、阿弥陀警部は少しばかり頭をかくや、

「人の世は、私たちが思ってる以上に奇麗事で済まされないんですよ。それに、鈴崎司郎がこの公園を調べていたのは本当のことですし、だからこそあなたを尋ねに来たんですよ」

「何度も言うが、わしは知らんよ」

 王様ロワはそういいながら、タンポポコーヒーを飲み干した。



「ほれ、アイス」

 浅葱橋から少し離れた繁華街にあるコンビニの前で、皐月と拓蔵はペンチに座って、アイスを食べていた。

「どうじゃ? 機嫌は直ったか?」

「機嫌も何も、私は――」

「わかっておる。いろいろな犯罪者を見てきたお前じゃ。そう怒りたくもなるじゃろ?」

 拓蔵がそう尋ねると、

「そうじゃないの。私たち姉妹も、爺様がいなかったら、養護施設に預けられてたんだろうなって――」

 皐月や弥生、葉月の三姉妹は、六年前に起きた不慮の事故で、両親が行方不明になっている。

 そして三姉妹を、母方の祖父であった拓蔵が引き取ってくれている。

「それに親がいても、虐待とかの理由で、施設に預けられてる子もいる。親が更生して、自分から引き取りにきたのなら、まだいいよ。でも、あの話を聞いてると、何か全部、町長の私利私欲のためだけに、ムリヤリ親元にかえしてるって気がして」

 皐月がそう言った時だった。


「皐月さん、拓蔵さま」

 そう声をかけられ、二人は声がしたほうを見やると、

「煙々羅? どうかしたの?」

 皐月が声をかけると、煙々羅は険しい表情を浮かべ、「浅葱橋の下に来てください」と伝え、皐月と拓蔵をその場まで案内した。


 そこには瑠璃と浅葱の姿があった。

「閻魔さま? それに浅葱も」

「皐月、怪我は大丈夫ですか?」

 瑠璃がそう尋ねると、「え? あ、大丈夫です」と皐月は答える。

 それを聞いて、瑠璃はホッと胸を撫で下ろした。

「それで、神様二人がどうしたんじゃ?」

「この前、李夢のことを調べてもらったんですが、やな予感ほど、的中してしまいますね」

「い、嫌な予感って?」

 皐月は瑠璃が見せた物悲しい表情に、言葉を発せなかったが、訊かないわけにもいかなかった。


「李夢は、イベントがあった二日前に、児童擁護施設から親元にかえされてるのよ」

 浅葱がそう説明すると、

「それって、もしかして――」

「ええ。今阿弥陀警部が調べている一連の事件と何か関係があると考えていいでしょうね。ただそれだけだったら、何とかなるんですけど」

 瑠璃がそう言うと、

「調べたところ、その母親は全くといっていいほど、李夢を育てていないんです」

 それを聞くや、皐月と拓蔵はゴクリと、喉を鳴らした。

「それってつまり、育児放棄(ネグレクト)ってこと?」

「子を持った母親は、自分の子供を無償の愛で育てなければいけません。それは、人間だけではなく、他の動物でも一緒です」

 瑠璃は閻魔王ではあるが、地蔵菩薩ともいい、親より先に死んだ子供の霊を救う神と言われている。


「それじゃ、李夢ちゃんが怒られている時に何も反応しなかったのは」

「恐らく、感情が麻痺してしまったんでしょうね。子供は大人のちょっとした反応でも敏感ですから、泣いたら親を困らせてしまうと思ったんでしょう」

 瑠璃がそう説明すると「でも、それじゃどうしてあの時、李夢ちゃんは家から裸足で飛び出してるんですか?」と皐月が尋ねる。

「それはまだわかりませんが……」

 煙々羅は申し訳なさそうに、顔を俯かせる。


「皐月、あなた、大禿(おおかぶろ)って知ってる?」

 痺れを切らした浅葱がそう言うと、皐月は少しばかり考えるが、首を横に振った。

「大禿。その姿は小さな女の子のようであるが、齢幾百年も生きているといわれてる妖怪。その姿はよく禿かむろのように描かれている」

「あれ? 禿かむろって……」

「ええ。今は橋姫として、この浅葱橋に祭られているけど…… 生きてる時は、私も遊郭で暮らしていた禿かむろだったからね」

 昔、民宿街と繁華街を繋ぎ合わせるために、浅葱はとある罪によって人柱となり、現在の浅葱橋が建設された。

「まぁ、それは別に自分が撒いた種だし、仕方ないって割り切ってるけど。今回の件はどうもね」

 そういうや、浅葱はゆっくりと姿を変えた。


 その姿は、遊郭の禿姿を思わせる和装というよりかは、最近の女子中学生が着るようなカジュアルな服装である。

「弥生の知り合いに、穐原という青年がいたでしょ?」

 そう訊かれ、皐月は少し思い出し、頷いた。

「彼が昨日、デパートで李夢と接してるの」

 偶然じゃないのかと、皐月は聞き返したが、

「その時の李夢、穐原に絵を描いてもらってたんだけどね。顔には出してなかったけど、楽しそうだった」

「先ほども云ったように、子供は大人が思っている以上に敏感ですが、また素直でもあるんですよ」

「それに、母親に描いてもらった絵を捨てられた時、李夢はわずかにですが、感情を表に出していました」

 それを聞くと、皐月は浅葱に何をするのかと尋ねる。


「瑠璃さんの話を聞いている以上、無視は出来ないでしょ?」

「それはそうだろうけど。でも、どうしたのよ? やけに協力的じゃない?」

「私も孤児だったからね。姉女郎から色んな事を教えてもらってはいたけど、母親がいなかったから。何か母親から虐待を受けてるかもしれない李夢が他人みたいに思えなくなって」

 皐月はそれ以上、何も聞けなかった。


皆さんも試してみよう。タンポポコーヒー。私は飲んだことないですけどw

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