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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十三話:大禿(おおかぶろ)
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肆・辻


 三姉妹が李夢と出会った翌日の明朝、浅黄橋の河川敷で死体が発見された。

 通報を受け、現場に駆けつけた、警視庁刑事部の阿弥陀警部と西戸崎刑事が遺体の確認をする。

 遺体は顔が青々と膨れ上がり、近くには鉄パイプが放置されていたことから、暴漢に襲われたものと考えられる。


「阿弥陀警部。被害者の身元がわかりました」

 若い警官がそう言うと、「被害者の名前は?」と西戸崎刑事が尋ねた。

「被害者は【鈴崎司郎すずざきしろう】58歳。浮浪者ホームレスのようです」

「ホームレス狩りですかね?」

 阿弥陀警部がそう訊くと、西戸崎刑事は頭を振るう。

「まだそう断言は出来んやろ? 財布の中身はどうなっとうとね?」

「財布が土手の方に捨てられていましたが――」

 報告にきた若い警官の歯切れが悪い台詞に、阿弥陀警部と西戸崎刑事は首を傾げた。

「どうかしたんですかな?」

「それが、物取りでの犯行ではない気がするんです」

「物取りではない? ちょっと見せてくれませんか?」

 そう言われ、若い警官は、阿弥陀警部に財布を渡した。


 ずぶ濡れになった財布は、ふたつ折りに出来るタイプのものである。

 小銭入れには百円玉や十円玉が何枚か入ってはいたが、札入れ方にはレシートが入っているだけである。カード入れのほうには何も入れられていない。

「綺麗過ぎませんかね?」

 若い警官に言われ、阿弥陀警部は少しばかり考える。

「確かに、妙に綺麗ですね。あまり使われていないし、札入れのほうも、水で濡れている以外、あまり汚れてませんし」

「浮浪者狩りをする人間が、物取りをするとは思えんがな?」

 云われてみれば確かにそうだ。そもそも、金を持っていたら浮浪者とは云わない。

「浮浪者も好きで浮浪者になってはいませんよ。まぁ、それから思考の転換で、大企業の社長になった人がいますけどね」

 阿弥陀警部がそう言うと、若い警官が誰の事かと尋ねる。

「ほら、リサイクルショップの……」

 そう説明すると、若い警官と西戸崎刑事は納得した。


 死体を検死にまわし、司法解剖した後の事である。

 死因は鉄パイプで後頭部を数回殴られた脳挫傷によるものだと判明した。

 発見された鉄パイプから発見された血は、鈴崎司郎のものと一致し、凶器は鉄パイプと考えられた。


「それがどうも気に食わんのですよ?」

 阿弥陀警部が、鑑識課にある湖西主任の部屋で茶菓子を飲んでいる。

 その表情はどこか不貞腐ふてくされているともいえ、湖西主任は呆れた表情で、

「何がそんなに気に食わんのじゃいな? 人間いつ転落するかわからんじゃろうよ? 阿弥陀如来」

 深々と机の椅子に座り、お茶を啜りながら、湖西主任は尋ねた。

「いや、だってですよ? 鈴崎司郎という人物を調べたら、とても浮浪者になるとは、思えませんし」

「はたから浮浪者じゃなかったんじゃないのか? 普段は、キチンとした服装を好まなかったのかも知れんぞ?」

 阿弥陀警部が違和感を感じていたのは、鈴崎司郎の詳細であった。


 鈴崎司郎という人物は、お役所勤めで、殺された三日前まで会社に来ていた。

 三姉妹がイベントに参加したのは日曜日である。その翌日、つまり発見されたのは月曜日になる。

 金曜日に仕事場に来ていた人間が、一両日で馘首される事はない。

「特に鈴崎司郎は、浅葱橋の近くにある公園を担当していたそうなんですよ」

「つまり、浮浪者による犯行……とでもいいたいんかな?」

 湖西主任にそう言われ、阿弥陀警部は少しばかり考えると、

「いや、可能性としてはないとはいえませんが、あの人がそんなことを承諾するとは思えないんですよね」

 阿弥陀警部がそう言うと、湖西主任は首を傾げた。

「いや、あの人だったら、公園一帯にいる浮浪者は言うこと聞くでしょうけど、もともとそういうのは嫌いな人ですからね」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 警察病院の一角に、病室がある。

 そこには、阿弥陀警部や、西戸崎刑事と同様、警視庁刑事部に勤めている、大宮巡査が入院している。

 彼は数日前、朽田健祐に襲われ、重傷を負ったが、彼を守護している妹、彩奈と、地蔵菩薩であり、彼を管理していた瑠璃の治癒能力あってのことである。

 しかし、大事をとって、二ヶ月ほどの入院を余儀なくされていた。

 そんな大宮巡査が、ベッドの上で正座になり、病室にいる皐月に謝っていた。


 事の発端ほったんは数分前にさかのぼる。

 見舞いに来た皐月が病室に入ると、大宮巡査はベッドで眠っていた。

 起こさないようにしながら、皐月は大宮巡査に近付いたが、物に足をぶつけてしまい、物音を立ててしまった。――その音で大宮巡査は起き上がったのだが、

「だ、誰だ?」

 ビックリして起き上がった大宮巡査が皐月を見やる。

「え? えっと……」

 慌てて皐月が謝ろうとすると、

「き、君は誰だ?」

 その言葉に皐月はカチンときたのである。


 普段、皐月は長い髪をうしろに束ねているのだが、今日に限っては、髪をほどき、前頭をカチューシャで上げている。

 耳には小さなイヤリングをつけ、唇はうっすらとピンクの口紅をつけている。


「ごめん。まさか皐月ちゃんだとは思わなくって」

 必死に謝っている大宮巡査を、皐月は冷たい目で睨みつける。

「いつも会ってるのに、酷くないですか?」

 それにこの髪型は初めてではない。以前、三姉妹が知り合いの結婚式に出席した時、皐月はこの髪型をしている。

 さらに云えば、そこで事件が起き、大宮巡査は彼女と会っているのだが、それよりも普段の髪型の方が印象が強かったので、大宮巡査は、最初、相手が皐月だと気付かなかったのだった。


「そりゃ、いつも髪は結んでますけど、私だって女の子ですから、お洒落には気を使って」

 そう皐月はぶつくさと言うが、実はお洒落に無頓着のため、あまり身形を気にした事がなかった。

 ただし、会う相手が大宮巡査である。意識してしまうのは当然だ。

 はっきり云って、恋人とまでは云わないが、二人の関係はそんな感じで、平たく言えば、皐月は恋愛に対して初心であるし、大宮巡査に恋心を抱いていることを本人は自覚していない。

 皐月は出かける時、普段以上の時間をかけてしてきたのだが

「前も同じ髪型してるんですけどね?」

 ――結構、根に持つタイプである。


「それで、体の調子はどうですか? どこかわるいところは」

「いや、大丈夫だよ」

 心配そうに見つめる皐月にドキッとした大宮巡査は、視線を逸らし、ギクシャクとした返事を返す。

 普段とは違う髪型であったこともあり、皐月が妙に女性っぽく見えたのだ。

 会話は特になかったが、二人にとってはそれだけでもよかった。

 普段は警官と一般市民の二人あるが、一度ひとたび、人間の犯行とはいえない事件が発生すれば、大宮巡査は阿弥陀警部と一緒に稲妻神社へとやってきて、皐月たち三姉妹に事件の参考を尋ねに来る。

 大宮巡査は刑事部に勤めているため、あまり時間が取れない。

 なので、不謹慎だが、こういう時でしか、人目も気にせずゆっくりと出来ないのだった。


 ――そう、人目も気にせずに……

 皐月はおもむろに、顔を大宮巡査に近付けた。そして、ちょうど膝のところで、顔を埋める。

「どうかしたのかい?」

 大宮巡査がそう尋ねると、

「なんでもないです」

 皐月はそう答えるが、その表情は安心していた。

 本当はキスがしたかったのだが、その勇気がない。

 二人の関係がそれ以上進行する事を、皐月は本心で望んではいるが、逆に壊したくないというのも本心であった。

(ゆっくりでいいんだ。ゆっくりで。焦らなくてもいいって、瑠璃さんが云ってたし)

 皐月は目を瞑り、頭の中でそう自分に言い聞かせた。


 外はすっかり日が落ちている。

 警察病院の入口で、頭を振っていた皐月は、ボーとしていた。

 顔を埋め、目を瞑った後、そのまま眠ってしまったのだ。

「んっ」

 背筋を伸ばしながら、皐月は声を挙げる。そして、徐に携帯を取り出し、時間を確認した。

「うわ、八時……」

 皐月は携帯の液晶に出ている時間表記を見て肩を落とした。

 本当は六時前に警察病院をあとにしようと思っていたのだが、大宮巡査も眠ってしまったため、二人が起きたのは、見回りに来た看護士が部屋に入ってきてからである。


 皐月は髪を掻き揚げた時、親指と人差し指の間が耳たぶに当たる。

「あれ?」

 本来あるべきものがなく、もう片方の耳たぶに触れると、イヤリングが片方ない。

「顔を埋めた時、ベッドの上に落としたのかな?」

 皐月が着けていたイヤリングは、耳たぶなどに挟むタイプのものなので、ふとしたきっかけで落としてしまう場合がある。

 皐月は警察病院を見やる。

(今度行った時にでも尋ねてみよう)

 そう考えながら、皐月は帰路に着いた。


 路地裏を歩くと、皐月はふと足を止め、背後を見やった。

 そして、気のせいかと思い、再び歩き出す。

 ――カランコロンと、地面に木製バットや木片を引きずった音がしていたのだが、耳が悪い皐月はその事に気付かなかった。

 そして、鈍い音が聞こえたと同時に、皐月はその場に跪いた。

 それが合図となり、数人の男が皐月の暴行を加えた。


 皐月はうつ伏せとなり、頭から血を流している。

「はぁ、はぁ、これでどうだ?」

 男の一人がそう言う。

「おい、さっさとずらかろうぜ? ここまでやっとけば生きてねぇだろ?」

 もう一人の男がそう言うと、

「そうだな。さっさと――」

「おい、どうした? 早くずらか――」

 首を傾げ、問おうとした男は、背筋が凍ったのを感じた。

 それは他の人間も同様である。


「つぅ……」

 ふらふらと皐月が起き上がったのだ。

「な、なんで?」

 彼らが愕然とするのも当然である。

 本来の人間であれば、死んでいても可笑しくなかった。

 しかし皐月、もとい三姉妹は“閻魔王である瑠璃の血を四分の一ほど受けついているため、そう簡単には死なない。

 が、皐月は意識が朦朧としていて、状況を理解出来ないでいる。

「こ、この……」

 男が皐月の頭をバットで殴ったが、受け止められ、押し返される。

 その衝撃で、男は倒れそうになるが、皐月はバットを手から離していないため、男の背中が地面につくことはなかった。

 皐月がバットから手を離して、ようやく倒れこんだ。


「こっ、こいつぅっ!」

 もう一人の男が、皐月の背後から襲いかかるが、

「うぐぅっ」

 体をくの字に曲げ、その場に蹲った。気配を感じた皐月が肘打ちをしたのである。

 他の男たちも皐月に襲い掛かるが、不意打ちでないため、普通の人間が、皐月に勝てるわけがなかった。


「それじゃ、その“ロワ”って人から、私を襲うようにって命令されたわけ?」

 頭にタオルを巻きながら、皐月は男たちに尋ねた。

 男たちは正座させられており、皐月からぼこぼこに殴られたため、顔が腫れあがってしまっている。

「あ、はい。暴行を加えて、再起不能にしたら、一人頭五万円渡してくれると」

「ふーん。私の命ってそれくらいの価値なんだ」

 皐月は小さく笑みを浮かべる。男の一人は気がついた時には、額を地面につけていた。

「人の命はそんな安くないでしょ?」

 皐月は左手で拳を作っている。ムカッときて、殴ったのだ。


 街灯に照らされた男たちは、若くなく、四十から五十代に見える。

 服装もどこか乱れており、無精髭ぶしょうひげを生やしている。

「それで、その“ロワ”って人は外人なの?」

 皐月がそう尋ねると、

「いや、“ロワ”っていうのは、俺たち浮浪者を匿ってくれてる人の別称なんだけど、本名は知らないんだ。でも、日本人なのは間違いないよ」

 そう言われ、皐月は首を傾げた。素性を知らない人間から命令されて、命を狙われた。

 それで、「はい、そうですか」と赦せるわけがない。


「まぁ、もう今日は遅いし、明日会いに行ってみようかしら」

 皐月はそう言うや、携帯で男たちを撮影する。

 その行動に男たちは目を疑った。

「一応襲われた証拠にね。婦女暴行で訴えるわよ?」

 もし、彼らが暴行を加えていないと、嘘を吐かないとは考えられないため、念のための保険である。

「いえ、もうやりません」

 ――男たちはそう言う。その言葉は、恐怖で震えていた。


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