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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十三話:大禿(おおかぶろ)
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参・定説


 三姉妹が実家である稲妻神社に戻ったのは、ちょうど夜七時を回った頃だった。

 玄関の引き戸を開けると、ほんのりとした甘い匂いがし、三姉妹は首を傾げる。

 この神社の神主であり、三姉妹の祖父でもある拓蔵が、厨房で料理をしているのだろうと、一瞬思ったが、

「爺様って、確か料理駄目じゃなかった?」

 皐月が生唾を飲み込み、そう言うと、弥生も生唾を飲み込むや、頷いた。

「葉月がヨダレ垂らすくらいだからね。ほら、拭きなさいな」

 葉月がダラダラとヨダレを垂らしている。

 これは美味しい匂いがした時ならば、誰だって起こりうることなのだが、弥生と皐月も、葉月と同様、ヨダレの分泌量が半端ではなかった。


 原因を確認するため、三姉妹は匂いがする居間の方に行くと、長方形の卓袱台の上に、酒の肴が置かれており、拓蔵が酒を飲んでいた。

 その隅には徳利とっくりが二本置かれている。

「瑠璃さんや、もう一本作れんかの?」

 拓蔵がそういうや、「少しはおさえたらどうです? 最近飲み過ぎだって、弥生が云ってましたよ」

 厨房の方から、瑠璃の声が聞こえ、三姉妹は首を傾げると同時に、匂いの原因が何なのかを理解した。


 皐月と葉月は、一度自分の部屋に戻り、残った弥生が厨房を覗くと、

「あら、お帰りなさい」

 瑠璃にそう言われ、弥生は少し躊躇ためらい、会釈する。

「今日は一段と暑かったでしょ? もうちょっとで肉じゃができますから」

 (匂いの原因はそれか)と、弥生は思った。

 小さな鍋の中には、大きく切られたジャガイモやニンジン、タマネギが入れられている。

 甘い匂いは、醤油や酒、味醂、そして砂糖を混ぜているからだった。

 瑠璃の姿を翌々見てみると、普段は髪をお団子に纏めたヘアスタイルなのだが、それをほどき、髪を頭のうしろに掻きあげ、髪留めで止めているため、髪がうしろに跳ねている。

 さらには割烹着を着ているため、傍から見ると、小さな女の子が一生懸命料理をしている姿に他ならない。


「何か手伝いましょうか?」

 弥生はそう言うが、まな板の上や、シンクなどを見ると、タマネギの食べられない皮の部分や、ジャガイモの皮が三角コーナーに捨てられていることに違和感を感じる。

 瑠璃にニンジンの皮は?と尋ねようとすると、二つあるガスコンロのもうひとつには、金平牛蒡が作られていることに気付く。

 なるほど、ニンジンの皮はそっちに使ったのかと、弥生は理解する。

「そうですね。それじゃ、味見してもらいましょうか? 弥生は最近便通がよくないと聞きましたからね」

 そう言うと、瑠璃は小皿に肉じゃがの汁を注ぎ、それを弥生に渡す。

 鼻を近付けなくても、肉じゃがの甘い匂いがしてくる。

 弥生は溜まらず、口の中に溜まった唾を飲み込んだ。


 一口(すす)ると、作りたてだというのに、熱くなく、それでいて暖かく心地のいい味わいだ。

 一瞬にして、その日の疲れが癒されていく。

「瑠璃さん。今度、私にも作り方教えてくださいよ」

 弥生がそう言うと、瑠璃はどこかホッとしたような表情を浮かべた。


「瑠璃さんや、酒の肴はないんかな?」

 居間のほうから拓蔵が催促するように呼びかける。

「それだったら、金平牛蒡ができたので、持ってきますね

 瑠璃はそう拓蔵に云うや、背伸びをして、食器棚から小皿をひとつ取り出し、その皿の中に金平牛蒡を盛り付ける。

 そのやりとりは、我侭な亭主に呆れながらも、いやな顔ひとつ浮かべずに従っている妻のような感じであった。

 それは瑠璃が、弥生に一瞬、困ったような表情を浮かべたと同時に、どこか幸せそうな表情でもあったからだ

 実際、瑠璃と拓蔵は夫婦ではあるのだが、三姉妹はその事を知らない。



「葉月、それは何ですか?」

 夕食を食べ終え、デザートにと作っていたわらびもちを食べている時の事だ。

 葉月が食後に読もうと思い、自分の部屋から持ってきた一冊の本を見るや、瑠璃が首を傾げている。

 その本のタイトルは『あかいくつ』である。


「たしかそれって、歌がなかった?」

 皐月がそう言うと、

「『赤い靴 はいてた 女の子。異人さんにつれられて、行っちゃった』だっけ?」と歌いながら、弥生が聞き返す。

「赤い靴は、童謡と童話があり、童謡は日本が元になっていますね。童話は『人魚姫』や『マッチ売りの少女』で有名なアンデルセンなんですよ」

 瑠璃がそう云うので、皐月は絵本の表示を見た。彼女に原作者の名前に『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』と書かれている。

「それにしても、またどうしてそんなのを?」

 瑠璃が首を傾げ、葉月に尋ねると、

「それが、今日の帰り、駅のベンチに女の子が座ってて――」

 葉月が駅であったことを拓蔵と瑠璃に説明した。


「なるほど、たしかに違和感があるな」

「靴を忘れたことに対して首を横に振った。それは素直に忘れていないと解釈していいでしょうね。ただ、やはり年齢を考えると」

 拓蔵と瑠璃は二人して考え込む。

「その李夢でしたっけ? どんな女の子でしたか?」

「えっと、身形みなりは葉月の年がひとつ下くらいかしらね? ただ、なんか栄養がいきわたっていないのか、思った以上に小さかったけど」

「それになんか、母親の態度も可笑しかったわね」

 皐月の言葉に疑問を持った瑠璃は、それを尋ねる。


「えっと、30代くらいの女性で、李夢ちゃんを見つけたとたん、むりやり手を引っ張って連れ帰ってたんです」

「なんか、怒鳴り声を挙げてたけど、李夢ちゃんはなんともない顔してたわね」

 皐月と弥生の言葉を聞くや、瑠璃は一瞬寂しそうな表情を浮かべた。

「それで、その『あかいくつ』って、どんな話だっけ?」

 弥生がそう言うと、葉月は絵本を手に取り、皆に読み聞かせた。


 ――物語の概要を説明するとこうである。

 少女は病気の母親と二人だけで貧しく暮らしていた。

 ある日、靴を持っていない少女は、足に怪我をしたところを靴屋の女主人に助けられ、赤い靴を作ってもらう。

 その直後、看病も虚しく母親は死んでしまい、少女は母親の葬儀に、赤い靴を履いて出席し、それを見咎みとがめた老婦人が、少女の境遇に同情し、彼女を養女にした。


 裕福な老婦人のもとで育てられた少女は、町一番の美しい娘へと成長したある日、靴屋の店先に綺麗な赤い靴を見つけた少女は、老婦人の目を盗んで買ってしまう。

 戒律上かいりつじょう、無彩色の服装で出席しなければならない教会にも、その赤い靴を履いて行き、老婦人にたしなめられる。

 それでも少女は赤い靴を履いて、協会へといく。老婦人が死の床についているときにさえ、少女はその靴を履いて舞踏会に出かけていた。

 すると、不思議なことに少女の足が勝手に踊り続け、靴を脱ぐことも出来なくなってしまった。

 少女は死ぬまで踊り続ける呪いをかけられたのだった。


 少女は昼夜関係なしに踊り続けなくてはならなくなったため、亡くなった老婦人の葬儀にも出席できず、身も心も疲弊してしまい、とうとう呪いを免れるため、首斬り役人に依頼して両足首を切断してもらう。

 すると切り離された両足と赤い靴は少女を置いて、踊りながら遠くへ去ってしまった。


「心を入れ替えた少女は、両足を失った体で、教会のボランティアに励む毎日を送った。ある日、眼前に天使が顕現けんげんし、罪が赦されたことを知った少女は、法悦ほうえつのうちに、天へ召されていった」

 本を読み終えた葉月が本を閉じ、皆の顔を見ると首を傾げる。

 皆の表情がただ呆然としていたからだ。


「な、なんか改めて聞くと、すごい話よね? エクソシストだっけ? そういうのには頼まなかったのかしら?」

 弥生がそう言うと、拓蔵が一口酒を飲むや、

「この話で重要なのは、欲に塗れて、目の前の小さな幸せをないがしろにしてはいけないという話なんじゃよ」

「絵本には残酷に見えて、実は哲学的なことも含まれていますからね」

 瑠璃は拓蔵の横に坐り、お茶を飲んでいる。

 その仕草が自然であったため、三姉妹は気にもしなかった。


「でもさ、童謡の赤い靴もそんな感じだっけ?」

「これから話すのは、童謡における定説での話に置き換えて、まず、童話と類似しているところがあるとすれば、主人公の少女が、童話と同じく母子家庭であったこと。童謡での少女の母親は再婚していますが、ある理由によって、少女を育てることが出来ず、両親は少女をアメリカ人に預けた。ですが、少女は結核を患ってしまい、渡米することが出来なかった。少女は孤児院に預けられ、九つで亡くなった。そのことを少女の両親は知らず、渡米したものとばかり思っていた」

「つまり、自分の子供が死んだことを知らなかったってことですか?」

 皐月がそう尋ねると、瑠璃は答えるように頷いた。


 瑠璃はふところから煙管キセルを取り出し、口に咥えるや、紫煙を噴出した。

 すると、その煙は見る見るうちに少女の姿へと代わっていく。

「お呼びでしょうか? 閻魔さま」

 少女――煙々羅は畳の上に正座をし、瑠璃の前で頭を下げる。

「先ほど、葉月が話していた家族を少し調べてくれませんか?」

 そう言われ、煙々羅は「了解しました」と言うや、その言葉通り、煙にまかれるように消えた。


「何か気になることでもあるんですか?」

 葉月が心配そうな表情を浮かべる。

「いえ、私の思い過ごしであってくれればいいんですけどね」

 瑠璃の言葉に三姉妹は首を傾げた。


制約によって、歌詞の掲載は禁止されていますが、童謡『赤い靴』は1922年(大正11年)、野口雨情作詞・本居長世作曲で発表された童謡であり、著作権は切れています。

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