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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十三話:大禿(おおかぶろ)
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弐・赤い靴


 イベントが開始されるや、人込みが高波のように押し流されていく。

「危ないですから、走らないでください」という場内アナウンスも、ルールを守っていない人間には効果がない。

 いち早く人気サークルの新刊を手に入れようと必死なのである。


 既に先日出来上がったコスプレ衣装に着替えていた弥生と千夏は、サークルスペースからその様子を横目で見ていた。

「すみません。この本ください」

 女性が、飾り付けられたスペース(ひとつの机半分が1サークルのスペース)の上に積み重なった薄い本をひとつ手に取り、弥生に尋ねる。

「あ、はい。えっと…… 三百円になります」

 弥生がそう云うと、女性はバッグから財布を取り出し、料金分の小銭を渡した。

「あ、それとよければ、スケブもお願いします」

「あっ、と…… 千夏、スケブ」

 そう云われ、千夏は女性に声をかける。

「ありがとうございます。それで何にしましょうか?」

「えっと、****をお願いします」

 女性はそう言いながら、スケッチブックを千夏に渡す。

「わかりました。それじゃ10分くらいあとに、一度スペースまで様子を見に来てください。その時くらいには出来てると思いますので」

 千夏がそう伝えると、女性は頭を下げ、人込みの中に消えていった。


 千夏はパイプ椅子に座り、膝の上に先ほど女性から受け取ったスケッチブックを捲っていく。

 そして何も描かれていないページに、女性から言われたキャラクターの絵を描き始めた。

 弥生は客の対応をしながら、たまに千夏へのスケブ依頼を対応していく。

 千夏はさすがに限られた時間内では多くをこなせないため、リクエストは開始一時間で締め切った。


「そういえば、皐月と葉月は?」

 弥生はそう言いながら、辺りを見渡す。

 弥生と千夏は、皐月と葉月と一緒に女子更衣室に入り、着替えていたが、弥生と千夏はサークルの手伝いがあるため、先に出ていた。

「ほんと、遅いわよね? もう始まって30分経つけど」

 千夏は時計を見ながら云う。イベントが始まったのは午前十一時で、彼女たちは入場後、更衣室に行っている。

 着替えが終わったのが午前十一時十分。特別、皐月と葉月の衣装が複雑というわけではないのだが――


「あ、穐原さん」

 スペースに戻ってきた穐原を見つけた千夏が声をかける。

 穐原の手には紙袋がぶら下がっており、その中には何冊かの薄い本が入れられている。

「皐月と葉月見ませんでした?」と弥生が尋ねると、

「皐月ちゃんと葉月ちゃんだったら、さっき撮影されてたよ」

 そう云われ、弥生は店番を穐原にお願いし、皐月と葉月を探し始めた。


 コスプレ撮影はスペースが指定されているため、すぐに見つけたが、弥生は皐月と葉月の慌てぶりを遠くから見ながら噴出していた。

「すみません。ボーズお願いします」

 カメラを持った女性が皐月にお願いするが、皐月は今自分がしているコスプレのキャラを知らない。

 皐月の衣装はあるゲームの忍者衣装で、青の忍衣装に白のマフラー。それ以外は普段と変わらず、髪をうしろに束ねている。

「皐月、小道具にクナイあったでしょ? それで忍者みたいなボーズすればいいのよ」

 そう云われ、皐月はクナイを右手に持ち、ボーズをとった。

 それを見るや、周りのカメラを持った男女が写真を撮りはじめる。

「すみません、こっちに視線お願いします」

 皐月は声をかけられたが、耳が若干悪い皐月はそれに気付かなかった。

 それが引き金となったのか、男性は大声を出し、皐月は漸くそちらに振り返る。

「なんだよ。聞こえてるんだったら、さっさと反応しろよ」と呟く。

 皐月はそのことを知る由もなかった。


(さてと、皐月はとにかく、葉月は――っと)

 弥生は再び辺りを見渡すと、

「かぁわいい。こっちむいてぇ!」

 女性の黄色い声が聞こえ、弥生はそちらを覗き込む。

 そこには頭に赤の兜巾ときんかぶり、白いもふもふとした首飾りをつけ、白のシャツに、巫女衣装の袖。黒と赤のスカート。そして犬耳を着けている葉月であった。

 葉月は少しばかり照れながら、応対していく。

 それがなんとも愛らしく見えるため、カメラを構えているものたちがしきりに悶絶していた。


 弥生も弥生で、撮影スペースにいたせいか、写真を撮らせてほしいと頼まれる。

 断るのは無粋だと思い、弥生もそれに応対する形となってしまった。


 三人が解放されたのは、丁度十二時になるくらいであった。

「しっかし、何が面白くて、写真とか撮ってるのかしらね」

 皐月は襟元をパタパタとする。

「あのね。コスプレってのは、そのキャラになりきるってのが」

「一応いっておくけど、姉さんの趣味に、私たちまで道連れにしないでよね?」

 皐月はそう言いながら、背伸びをする。

「それで、穐原さんと千夏さんはどうしたの?」

 葉月にそう尋ねられ、弥生は「スペースで客の応対してるから、私たちもそろそろ――」と、立ち上がった時だった。


 人の気配とは全く違う、かといって、妖怪ともいえない不思議な気配を、三姉妹は感じた。

「な、なにこの気配?」

 葉月は皐月にピタッとくっつく。

「あの人込みから感じるけど……」

 弥生の視線の先には人集(ひとだか)りが出来ており、皐月は弥生に葉月をお願いし、その人集りの中に入っていく。


「うぉーっ、テラかわゆす!」

「ちょっと、なに、この子? 似合いすぎ」

 という声が聞こえ、皐月は目の前にいる少女を見た。

 少女は白と黒のゴスロリ衣装を着ており、頭に猫の耳、おしりに尻尾を着けている。

 皐月はその少女に見覚えがあったが、少女が普段している衣装以前に、そもそもこんな場所にいるとは思えず、すぐには理解出来なかった。


「ってか? なんで浅葱がここにいるのよ?」

 皐月が声をかけると、少女――浅葱は皐月に気付く。

「なんじゃ? 皐月も面妖な服を着とるが、ここはそういう類の集まりか?」

 浅葱は首を傾げながら、皐月に尋ねる。

「それは、弥生姉さんから知り合いの手伝いにって、一緒に…… それよりも、どうして浅葱がここにいるの?」

「私はただの暇潰しじゃよ?」

 そう云うや、浅葱は権化をき、皐月以外には姿が見えないようになった。


 突然目の前に人がいなくなったことでパニックが起きるかといえばそうでもなく、消える前に自分の姿を見ていた三姉妹以外の記憶から、浅葱は自分の記憶だけを消した。

 当然、写真を撮っていたものたちは互いに写真を撮っているだけの姿が写った写真だけがデータに残っていた。



「はぁ――っ」と皐月はドッと疲れがでてしまい、溜め息を吐く。

 イベントは無事終了し、その打ち上げにと、三姉妹と千夏、穐原の五人はレストランへと来ていた。

「どうかしたの?」と千夏が尋ねると、

「あ、すみません。ちょっと知り合いに会って」

 皐月はそう言いながら、お水を飲む。

「それじゃ、今日は一日お疲れさま。皐月ちゃんと葉月ちゃんもありがとうね」

 穐原はそう云うと、封筒を皐月と葉月に手渡す。

 それを見て、皐月と葉月は封筒と穐原を交互に見た。

 封筒の中身を見ると、それぞれの封筒に五千円札が一枚入っている。

「ちょ、いいですよ」と皐月と葉月は封筒を穐原に返す。

「いやいや、今日はスペースに皐月ちゃんたちがいたお蔭で、いつもよりも売り上げがあったからね。新刊は完売したし」

 そのお礼だと、穐原は皐月と葉月に言う。

「バイト代と思って受け取りなさい」と弥生に云われ、皐月と葉月は、穐原からの恩義に従う事にした。



「えっ? あの時の人集りにいたのって、橋姫さまだったの?」

 駅までの帰り道、皐月は弥生と葉月に、会場で浅葱に会ったことを話す。

「見間違いじゃないの? 浅葱さんがああいう場所にいるとは思えないし」

 葉月が不思議そうに首を傾げる。そのことは皐月も同感であった。

「まぁ、またいつもの気紛れでしょうけどね」と、皐月は浅葱が会場にいた疑問を気に留めようとはしなかった。


 駅に着くと、改札口の方に、小さな女の子がペンチに座っているのを、葉月が見つけた。

 女の子を見て、葉月は顔を顰める。

「どうかしたの?」と千夏が尋ねると、葉月は女の子を視線で示した。

 千夏もその女の子を見るや、顔を歪めた。


 髪は肩まで伸びており、赤い服を着ている、どこにでもいる女の子に見えるが、靴を履いておらず、足は泥塗れになっており、よくよく見てみれば、足の甲が赤くなっている。

「ねぇ? どこかに靴を忘れたの?」

 葉月がそう尋ねると、女の子はキョトンとした表情で葉月を見つめると、首を横に振った。

 その仕草を葉月は理解出来なかった。


 少女は葉月の問い掛けに答えただけである。

 そう、少女は“靴を忘れたのか”という問い掛けに答えただけだ。

 首を横に振るという仕草は、“否定”を意味しているため、靴を忘れたという事にはならない。

 だからこそ、葉月は少女の仕草に理解出来なかった。


「ちょっと、李夢りむ。こんなところにいたの?」

 三十代くらいの女性が、怒鳴り声を挙げながら、女の子――李夢の手を引っ張る。

「あっ!」と葉月が声を挙げると、

「なに、あなた?」と女性は葉月を睨みつける。

 葉月はそれ以上何も聞けなかった。


「ちょっと、あんた。この女の子の母親なんですか?」

 穐原が女性に尋ねると、

「ええ、そうよ。だからそこを退いてくれないかしら?」

「李夢ちゃんでしたっけ? どうして靴を履いてないんですか?」

「それはこの子が勝手に家から出て行って」

 穐原は女性の言葉に違和感があった。果たしてそうなのだろうかと――

 李夢の容姿は、葉月よりひとつほど下に見える。それくらいだったら、外を出る時は履物を履くというのを知っていなければいけない。

 それが勝手に出て行ったとしてもだ。

「さぁ、もういいでしょ? そこを退いてくれない?」

 女性は半ば強引に、穐原の横を通っていった。

 穐原は李夢に靴を履かしてやらないのかと尋ねようとしたが、近くに車が停められており、母子おやこはそれに乗り込んでいくのが見えた。


「葉月、気にする事じゃないわよ」と皐月が声をかけるが、葉月はどうしても李夢の事が気になっていた。

 そしてそれは穐原も同じである。しかし気に留めるだけで何もしなかった。


 ――そう、事件が起きるまで……


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