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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十三話:大禿(おおかぶろ)
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壱・集


 「あつい、アツい。暑い!」と、皐月はTシャツ一枚に短パンというラフな格好で、扇風機の前に鎮座しながら、文句を述べている。

「るっさいわねぇ。そんなに暑いんなら、水風呂にでも入ればいいでしょうが」

 壁に凭れながら、裁縫をしている弥生がそう云うや、「蒸し暑い。乾涸(ひから)びる」と、皐月は聞く耳を持たない。それを聞いて、弥生は呆れた表情で溜め息を吐いた。

「はづきぃ~、氷ない? かき氷」

 皐月が厨房にいる葉月に声をかける。

「あるわけないでしょ? この前買ってきたの、ほとんどあんたが食べてたじゃない」

 弥生が呆れた表情でそう聞き返した。


 だらしなく猫背になっている皐月に呆れながら、ふと弥生が縁側の方に目を遣ると、白い子猫が迷い込んでいた。

「あ、猫……」と弥生が口走るや、皐月はビクッと体を動かし、居間の隅っこへと避難した。

 その表情は恐怖に震えているといってもいい。

「あ、ほんとだ。どっから入ってきたんだろ?」

 厨房から麦茶を飲みながら出てきた葉月がそう言う。

 彼女の目線の先には開けられた雨戸があり、そこから本堂と庭園が見える。

 縁側に白猫が上がりこんでおり、ニャァ~ッと鳴いた。

 葉月が近付くと、猫は逃げる素振りを見せるどころか、ゆっくりと葉月に近付いていく。

「飼い猫かしらね。だいぶ人に懐いてる」

 葉月は床にコップを置くと、中腰になり、猫を抱きあげながら、「猫さん、どこから来たの?」と尋ねたが、猫が答えるはずもない。

「な、何でもいいから、早くどこかにやって」と、皐月はへっぴり腰になりながら言う。

「別に恐くないでしょ?」

 弥生がそう云うや、葉月も同意するように頷いた。

「だいたい、あんた自身は猫嫌いじゃなかったでしょ? 大黒の神使(しんし)がネズミだからって、毛嫌いしすぎ」

 弥生の言う通り、皐月自身が猫を嫌っているわけではない。

 ネズミの天敵は猫である。ただそれだけの理由もあるが……

「それはそうなんだけど。猫アレルギーなの知ってるでしょ?」

 皐月が涙目になりながら訴えると、玄関の方からチャイムの音が聞こえ、話は中断された。


「葉月ぃ、今、手が放せないから、かわりに出て」

 弥生に言われ、葉月は猫を抱いていた手を放すや、縁側からスリッパを履き、玄関の方へと駆けていった。

「ちょ、ちょっと! 葉月ぃ! ねこっ!」

 皐月が叫ぶや、猫は居間へと入ってきた。

「ちょ、ちょっと待って。こないで……」

 皐月の懇願(こんがん)(むな)しく、猫は皐月の足元まで歩み寄る。

「っ――――!」

 皐月の意識はそこで途絶えた。


「お邪魔しまぁす。――って、あら? 皐月ちゃんどうかしたの?」

 弥生の友人である片桐千夏が居間に入るや、気絶している皐月を見つけ、何事かと首を傾げる。

「気にしないで、そこにいる猫に気を失ってるだけだから」

 弥生は裁縫の手を休めず、皐月を横目で見ながら、千夏に説明する。

 皐月の近くには先ほどの白猫がおり、皐月の頬を舐めていた。

「――っと、葉月ぃ! 治ったわよ。ぬいぐるみ」

 そう云うや、弥生は葉月に向かって、ウサギのぬいぐるみを放り投げた。

 耳の付け根部部分に縫い合わせた跡がある。

「ありがとう。弥生お姉ちゃん」と葉月は笑みを浮かべながらお礼を言う。

「もう少し大事にしなさいよね」

 弥生にそう云われ、葉月は「うんっ!」と答えながら、ぬいぐるみをなおしに、自分の部屋へと戻っていった。


「かんわいいわねぇ、葉月ちゃんって」

「で、千夏。頼んどいたやつ、出来上がった?」

 弥生がそう尋ねると、千夏は自分のキャリーバッグから、服を取り出し、広げて見せた。

 それはちょうど弥生が着れるサイズの、袖にフリルのついたドレスで、胸元には紐が交差され、色は黒が強調されている。

「しっかし、あの人のロリコン趣味も困ったものね?」と弥生は呆れながら言う。

「でも、こういう手芸趣味もあるから(あなど)れないわよ。あの人、そういうの有名だから、頼みに来るコスプレイヤーも多いんだって」

 ドレスのベースは弥生が作ったものなのだが、テスト勉強で忙しかったせいもあり、フリルをつけるところまでは手が回らなかった。

 千夏にお願いして、その人物――穐原あきはら(しょう)のもとへと送ってもらっていた。

「うし、これで今度のイベントでコスプレ出来る」

 弥生はドレスをひろげるや、早速その場で着替えた。


 ――そして五分後……

「ふふふ、怒っちゃ駄目、血圧上がっちゃうわよ。乳酸菌取ってるぅ?」

 と、妖艶な笑みを浮かべながら、弥生は言葉を発した。

「あー、似てる似てる。腹黒いところとかあんたそっくりだわ」

 千夏は両手をペチペチと叩きあわせながら、賛美するが、その声は棒読みであった。

「それ、貶してない?」

 弥生がキッと睨みつけると「別に……」と千夏は視線を逸らした。


「それじゃ、衣装合わせもしたし、今日は帰るわ」

「ありがとう。後は自分で調整するわ」

 弥生と千夏が玄関で一、二度ほど会話をしていた時だった。

 千夏の携帯が鳴り出す。

「はい。千夏ですけど…… あ、穐原さん。お疲れ様です」

 電話の相手は穐原翔である。

「え? あ、はい。一応訊いてみます」

 千夏は弥生を見やる。

「あのさ? 手伝いに来る人が急に来れなくなったみたいなのよ。皐月ちゃんか葉月ちゃんのどっちかでいいから、今度の日曜日、暇じゃないか尋ねてくれない?」

 そう云われ、弥生は家の中に入り、皐月と葉月を玄関へと連れてくる。

 ――そのくだりは単調なので省略。


「千夏さん。何? 用事って」

 皐月がそう尋ねると、千夏は皐月の体を嘗め回すように見つめ、次に葉月の体全体を同様に見つめる。

「今度の日曜日、暇?」

 そう訊かれ、皐月と葉月は互いの顔を見やる。

「別に特に用があるわけじゃないですけど」

 皐月は、本当なら入院している大宮巡査のお見舞いに行きたいのだが、瑠璃から、後々の事があるのでと、学業に支障をもたしてはいけないと、週に四回という決まりにしていた。

 元々警察病院の面会時間は夕方になっているため、殆ど忘れている事が多いが。

 それ以外は特に用事という用事もないため、皐月は暇だと答えた。

「葉月ちゃんは?」と千夏に尋ねられ、葉月も暇だと答える。

「二人大丈夫です。一人は中学二年生、もう一人は小学四年生です」

 千夏が電話の相手、穐原に伝える。


「な、なんかあるの?」

 皐月は少しばかり引き攣った表情を浮かべながら弥生に尋ねるが、

弥生は「まぁ、大丈夫でしょ」と自己解決し、皐月の質問には答えなかった。


 その当日、日曜日。

 早朝から皐月と葉月は弥生と千夏に連れて行かれるように、とある会場へと来ていた。

「えっと…… 皐月お姉ちゃん、今何時だっけ?」

 葉月がその光景に後退りながら、皐月に時間を尋ねる。

「あっ…… っと、九時だけど」

 皐月も皐月で、この状況が理解出来ていなかった。


 二人はイベントが始まるのは午前十一時からと聞かされていたため、早く来たから、周りは伽藍堂になっていると思っていたのだが、会場前は長蛇の列で人が溢れている。

「甘いわね二人とも。私たちは手伝いで来てるのよ。サークル参加者はこの大イベントに参加する半年以上前から戦争なんだから」

 弥生の力説に若干引きながらも、葉月はその事について尋ねる。

「まずはサークル参加における申し込み。この抽選に受かったサークルは、当日新刊を出す準備をする。いや、抽選する前から準備するサークルもいるわ。後はサークルでの売り子集め、大体知り合いが多いけどね。時間に余裕が出来たら、突発でコピー本を出すサークルもいるし、行列が出来る壁サークルは必然的に人の流れが激しく……」

「まぁ、要するに私たちは知り合いのサークルの手伝いをするって事」

「それと、私たちが呼ばれたのは関係あるの?」

 皐月がそう尋ねると、

「あぁ、弥生さんに千夏さん。今日はよろしくお願いします」

 皐月と葉月の背後から、男性が声をかける。

「ああ、穐原さん。今日はよろしくお願いします」

 千夏と弥生が挨拶するので、皐月と葉月も挨拶しようと振り向くや――絶句した。


 穐原翔の身形はぽっちゃりとしており、顔は脂汗をかいている。

 チェックのカッターシャツを着てはいるが、ボタンが開いているため、その下に着ているTシャツは、アニメキャラのデザイン柄であった。

 ――お世辞にもカッコいいとはいえない身形である。


「あ、紹介します。こっちが妹の皐月で、この子が一番下の葉月です」

 弥生は穐原に皐月と葉月を紹介する。

「お、おはようございます」と皐月と葉月は躊躇いながら挨拶する。

「ああ。おはよう」と穐原は返事を返したので、見た目と違って、いい人なのかもしれないと皐月が思った時だった。

「ところで、葉月ちゃんっていくつ?」

 穐原が葉月に尋ねる。

「へっ? ここのつですけど?」

 それを聞くや、穐原は興奮するように「幼女萌え~っ!」と叫ぶ。

「葉月ちゃんがいれば百人力。いや、あのコスプレをすればもっと!」

「コスプレさせるたって、サイズ合うやつなんてないじゃないですか?」

 千夏がそう云うと、弥生が不敵な笑みを浮かべた。

「こんな事もあろうかと、夜中こっそり部屋に忍び込んで、箪笥からこれをもってきました!」

 弥生がキャリーバッグから衣服を取り出し、広げて見せると、千夏と穐原は絶叫した。

「ちょっ? へっと? はぁ? まっ!」

 葉月は悲鳴を挙げるように混乱する。というよりもこの状況が理解できないでいた。


 弥生が見せたのは、葉月の体操服である。

「葉月の学校はデザイン服だからね。しかもパンツは短パンじゃなく、絶滅危惧されているブルマ!」

「おおっ! なんという、なんという嗜好。弥生どの、おぬしも悪よのう」

「いえいえ、お代官様。これだけではありません」

 弥生はキャリーバックからもう一枚取り出す。

「****のコスプレ衣装なんてどうでしょうかねぇ?」

「おお。これはまた見事に…… 確かにこのキャラはぴったりですなぁ」

 弥生と穐原の会話を見ながら、皐月は葉月に尋ねる。


 私たち、生きて帰れるのかしらね?……と。


第十三話です。そういえば弥生の趣味はゴスロリだったなぁと思い出して書きました。

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