拾壱・殺気
阿弥陀警部から占い師が釈放されたという連絡を受けた翌日。三姉妹は大宮巡査のお見舞いにと警察病院にきていた。
弥生と葉月は大宮巡査が意外にも元気だったことに驚きを隠せないでいる。
彼が助かったのが、彼の守護霊である彩奈の想いによるものもあるが、その大半は瑠璃の力によるものであったのだから。
その事を知らない弥生と葉月が驚くのも無理はない。
「阿弥陀警部の話だと、事件は火災に巻き込まれてのことで、殺人との関係性は薄く思っているそうだよ」
そう大宮巡査は話すが、誰一人それに納得していなかった。――もちろん、話した大宮巡査自身もである。
「それで、どうするんだい? またこの事件みたいに奇怪な事件が起きるかもしれない」
「心配しなくても、私たちは閻魔さまから命を助けてもらった恩義がありますし、何よりこの力を必要とされているのなら……、それが利用されていようといまいとね」
大宮巡査は、以前弥生が云っていた事を思い出す。
「今でもそう思ってるのかい?」
大宮巡査は弥生に尋ねる。弥生は何事かと思い首を傾げるが、自分の云った言葉に覚えがあり、頷く。
「まぁ、それもまたいいかなと思ってます。結局私たちのしてることって、妖怪退治というより、助けているって感じもしますしね」
執行人は妖怪を退治することが目的ではなく、妖怪に罪を償わせることが本来の役割である。
警察だって一緒だ。逮捕は人生を終わらせることではない。
犯人に罪を償ってもらうことにある。
それが冤罪ならば、その証拠を見つけ、被害者の無実を晴らしてやるのもまた、警察の仕事であり、執行人の仕事でもある。
「それじゃ、夏休みも入ったことだし、毎日来てもいい?」
葉月が大宮巡査に尋ねる。
「別に構わないけど」
大宮巡査がそう答えると、葉月は笑みを浮かべる。皐月と弥生も同様であった。
「そうだ。三人とも、これ……」
大宮巡査は一枚の写真を皐月に渡した。
「こ、これって――お父さん?」
弥生が驚いたのも無理はない。写真は表彰台の一位に立っていたのは、三姉妹の父親である健介が、まだ幼い皐月を抱きかかえている写真であった。
「昨日、阿弥陀警部にお願いしてね。僕の部屋から、君たちのお父さんが優勝したレースの映像が録画されたビデオテープを持ってきてもらって、鑑識課にお願いして印刷してもらったんだ」
皐月は写真をギュッと胸に抱き、「ありがとうございます」
と涙を流しながら、大宮巡査に礼を言う。その目からは大粒の涙が零れていた。
その帰り、三姉妹は約束していたケーキバイキングを堪能し、家路に着いていた時だった。
「今月の小遣い、すっからかんになった」
と、皐月は財布の中身を確認しながら愚痴を零す。
「援助はしないわよ?」
弥生が冷たい口調で言う。「わかってる。二人に心配させてたからね。それに遊火にも」
皐月は頭上で浮上している遊火を見るや笑みを浮かべる。
それを見ている弥生と葉月も、自然と笑みを浮かべた。
――ふと、誰かの視線を感じ、三姉妹は視線の先を一瞥すると、そこには阿弥陀警部が云っていた、占い師の店があった。
夏休みに入ってることもあって、平日とはいえ行列が出来ている。
「占いは当たるも八景、当たらぬも八景ってね」
皐月がそう云うや、葉月は頷く。
「そうね。それに先の見える人生なんて、初見で攻略本読んでるようなもんじゃない。わかんないところがあったら読むけど、でも基本的にはないほうが……」
弥生が笑いながら云うが、次第に表情は硬くなっていく。
「さっ、早く帰りましょ」
まるで、何かに取り憑かれたかのように弥生がそう云うや、皐月と葉月もそれに同意する。
遊火はそんな三姉妹を見るや首を傾げ、後を追いかけていく。
――三姉妹の足並みは早く、何時しかそれは走りになっていた。
稲妻神社の近くに差し掛かると、三姉妹は荒い息を整える。
「な、なに……なんなの? 今の殺気」
弥生はガタガタと肩を震わせ、嗚咽する。
「あんなの、今まで感じたことない」
葉月に至っては、顔を歪め、大粒の涙を流している。
「はぁ……はぁ……」
皐月も、息を整えるので精一杯だった。
彼女たちの様子は、まる火事が起き、煙の中を彷徨いながらも、ようやく外に出て、新鮮な空気を吸っているといった感じである。
「ど、どうかしたんですか?」
遊火がそう尋ねると、三姉妹は信じられないといった表情で遊火を見やった。
「あんた! あれだけ強い殺気こもった視線を向けられていたのに、何も感じなかったの?」
弥生がそう怒鳴るように訊くや、遊火はビクッとし、肩を窄める。
「やめて、弥生姉さん。あの殺気、ただの人間が持ってる怨念がこもった殺気じゃなかった」
皐月がそう云う。弥生自身もわかっていたこととはいえ、怒鳴らずにはいられなかった。
「わからないけど、人とは違う…… これだけは絶対いえる。あの殺気は殺すって、それだけの感情しか感じられなかった」
葉月は三姉妹の中でも一番霊感がある。
だからこそ、あの殺気が特殊であると感じたのだ。
自分たちですら知らない力を持ったなにかがいることを、三姉妹は心のそこに恐怖する。
ふと皐月は空を眺める。夕日が沈みかかっていた。
その赫々とした風景が、まるで燃え盛る炎のように見えた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。と同時にお疲れ様でした。これにて姦、第一部を終了します。
まだまだ回収し切れていない複線がありますが、それは第二部にて回収できればいいなと思ってます。引き続き、当作品をよろしくお願いします。