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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十二話:飛縁魔(ひのえんま)
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漆・縊

タイトルの意味を説明したいですが、今後の展開におけるネタバレになりますので、伏せさせていただきます。


 皐月と遊火が神社に戻った頃には、外が暁で輝いていた。

 時間は、気付けば午前四時である。

「爺様怒ってるだろうなぁ。もしかしたら昨夜のビンタじゃすまないかも」

「大丈夫ですよ。弥生さまや葉月さまが何とかしてくださるでしょうし?」

 遊火が励ますように言う。「そうだといいんだけどね」

 と皐月は苦笑いを浮かべた。

「ところで、閻魔さまから何を耳打ちされていたんですか?」

「んっ? ああ……なんか呪文みたいだったけど、私が妖怪と対峙して、かなわないと思ったときに使いなさいって。一種の切り札みたいなものじゃないの?」

 皐月はそう言いながら、遊火を見た。

 皐月は気持ちに余裕が出来た事もあり、遊火の姿がしっかりと見えていた。

 その姿は十二、三の少女で、スラッと腰まで伸びた黒色の長髪。前髪は切り揃えており、頭にはリボンを施している。服装はフリルのついたミニ浴衣といったところである。

「それにしても、こうやって見ると、姉さんが遊火で遊んでたのがわかるわ」

 その言葉に遊火は首を傾げる。

「弥生姉さんがゴスロリ趣味なのは知ってるでしょ? あれ、原因は私と葉月なのよ。父さんと母さんがいなくなって、爺様が男手一つで育ててくれているけど、さすがに服だけはね。それでよく姉さんが服の綻びとかを裁縫で直してくれていたから、趣味はその延長線」

「あぁなるほど」

 と遊火は理解する。それにしても、それがどうしてゴスロリに繋がったんだろうかと、二人にとってはそちらの方が不思議でしかたがなかった。

「そう云えば、皐月さまってスカート履かないんですよね? 学校の制服以外」

「布が引っ掛かって、動き難いのよ。まぁ退治の時は巫女装束着るけど」

 そう話しながら、神社の前に来た時だった。

 携帯が鳴り、皐月はそれに出る。

「もしもし…… あ、弥生姉さん?」

 電話の相手は弥生であった。

「大宮巡査どうだった?」

「うん、何とか一命を取り留めたって」

 皐月がそう言うや、電話越しから葉月の嬉しそうな声を出している気配を皐月は感じた。

 耳が不自由なため、電話をしている相手の声しか聞き取れないが、大宮巡査が無事だという事がわかって嬉しそうな表情をしていたのが見えていなくても感じ取れたのだ。

「皐月、このまま本堂で稽古したら……? 丁度、いい相手もいるし」

「それって、誰?」

 そう尋ねたが、弥生は着いてからのお楽しみと言って電話を切った。

 いったい誰のことだろうと、皐月と遊火は互いの顔を見ながら、首を傾げた。


 皐月と遊火が神社に戻り、拓蔵に見つからないよう本堂に入ると、そこには海雪が正座していた。

 その右側には大鎌が横たわっている。

「――おばあさん?」

 皐月が小さく声をかける。

「皐月、さっさと竹刀を取って。これからあんたに稽古つけてあげるから」

 海雪にそういわれるが、皐月は何のことだかさっぱりである。

「精神の乱れはそのまま力に反映される。精神を安定させる事はもっとも重要な事である」

 突然海雪は鎌の長柄を左手に取り、鎌を振り払った。

 すると、風の刃が皐月に向かっていく。

 間一髪避けた皐月は体勢を整える。

「ちょ、ちょっといきなり!」

凍雨とううっ!」

 皐月の体に当たるか当たらないかといった場所に重たいものが落ちた音が本堂に響き渡った。

 皐月の両足の間に冷たい氷となった鎌の刃が床に沈んでいた。

「ちょっと、私はまだやるなんて!」

 皐月がそう叫ぶや、海雪は凍りついた刃を振り払い、氷を割るが、氷は落ちるどころか、その場に留まっている。

氷雨ひさめっ!」

 海雪が叫ぶと同時に、砕け散った氷が本堂の天井に激しく浮かび上がり、その場をグルグルと回転している。

「皐月さま?」

「遊火、あんたは弥生姉さんと葉月のところに戻って! あの技出すってことは遊びじゃないっていってるようなものだから」

 皐月は竹刀を手に取るや、「吾神殿に祭られし大黒の業よ! 今ばかり我に剛の許しを!」

 そう叫ぶや、手に持った竹刀は真剣へと変貌する。

「我流一刀・雷電」

不遣雨やらずのあめっ!」

 皐月が稲妻を解き放すと同時に、海雪の上空で漂っていた氷の粒が皐月に降り注いだ。

 そのふたつがぶつかり合い、激しい衝撃音と眩しい光が二人を包む。

「我流一刀・松風」

 ひるむことなく皐月は刀を大きく振り翳し、風の刃を海雪に放った。

「えっ?」

「相手をよく見ること。目の前にいるからって、それが真実とは限らない」

 うしろから海雪の声が聞こえ、皐月は振り返り、切りかかった。

 ――が何の反応もなく、暖簾に腕押しと同様の感触しかなかった。

「無闇矢鱈に刀を降り続けても駄目。一点に集中して!」

 海雪は大鎌を皐月に向けて切りかかる。間一髪それを避けた皐月は、チャンスといわんばかりに海雪に切りかかった。

「っ……! やっとあたった」

 海雪の服が切れ、大らかな胸の谷間が露になる。

「これくらいで喜ばないでよ?」

 海雪は大鎌の柄を片手に持ち、自分の上空で激しい音を鳴らしながら振り回しはじめた。

『本当はこっちも時間がないから、粗治療だけど……』

 ――オン ソラソバティエイ ソワカ――

 海雪がそう呟くや、皐月は顔を歪めた。

「な、なに? この感じ……妖怪? 違う……」

 皐月は片手で持っていた刀を両手に持ち直し、構える。

「うわあああああああああああああああああああああっ!!」

 皐月は声を張り上げ、海雪に切りかかったが、「アダージョ・トランクィッロ・ステップ・リズム」

 海雪は緩やかに皐月の切っ先を避ける。

「レジェロ・ピッツィカート」

 そう告げるや、海雪は回し蹴りをし、皐月を蹴り飛ばした。

 皐月は背中から壁にぶつかり、ズルズルと凭れ崩れる。

「はぁ……はぁ……」

「どうしたの? 神様の力を使ってその程度? ほら、今が絶好のチャンスなのよ? 私は足しか使えないんだから……」

 皐月はゆっくりと立ち上がり、体勢を整えながら、海雪をキッと睨みつけた。

「その割には、全然余裕って感じがするんだけど?」

「そういう文句は勝ってから言いなさいよ?」

 海雪はそういうや、周りの大気を自分の中心に集め始めた。

「ちょ、ちょっと! そんなことしたら、本堂どころか、ここら一帯ぶっ壊れるわよ?」

「だったら、それを食い止めなさい! 閻魔さまから新しい力もらったんでしょ?」

 海雪がそういうや、皐月は瑠璃から教えてもらった言葉を思い出していた。

 ――オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ――

 皐月はそう頭の中で呟くが何も起きなかった。

 それどころか、大黒天の力が消え、手に持っていた刀は元の竹刀に戻っていた。

「ど、どういうこと?」

「真言はね? その神の力や、ご利益を得るために使う呪文なの。生半可な願いじゃ、神仏は答えてはくれない」

 海雪は冷たい表情でそう言い放った。

「今、私を倒さなければ、ここら一帯が瓦礫の町になるわよ?」

 海雪がそう叫ぶと、皐月はキッと睨みつけると同時に、「そんなことさせない! それだけは絶対させない!」

 皐月は姿勢を正し、竹刀を左手に持ち構えた。

 ――オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ――

 皐月はそう叫ぶや、急に風が止まり、振り回していた鎌はゆっくりと止まりかけていく。

「くっ! ピウ・モッソ……プレストッ!!」

 海雪は再び鎌を振り回すが、その速さは先ほどのものとは比べ物にならないほどであった。

(しまったっ! 皐月がまだ力のコントロールが未熟だから、何が出てくるのか、本人もわかってない。だけど私からしてみたら余計なご利益が出てきたんだ)

 海雪がそう脳裏で悟り、後悔する。

「もらったぁっ!」

 皐月は竹刀のまま、海雪に切りかかる。

「くっ! 霧雨っ!」

 海雪は姿を霞め、切っ先を避けた。

 しかし、何時の間にか皐月は海雪の頭上から切りかかる体勢をとっていた。

「プレスト、ステップ・リズムッ!!」

 海雪は急速にうしろに退避するが、皐月はそのスピードに追いつき始める。

「はぁああああああああああああああああああっ!!」

 皐月が声を張り上げ、竹刀を突いた。

 轟音が本堂にで響き渡り、海雪は壁に凭れかかる。

 皐月の突いた竹刀の先は、本堂の壁に突き刺さっている。

 それが海雪の顔をギリギリで逸れており、下手をすれば頭を粉々にされていたところである。

 海雪はそれに気付くや、唖然とした表情でその場にへたれこむ。それと同時に隣りで皐月が倒れたのがわかるや、海雪は少し深呼吸をした。

(閻魔さまが自分の真言を教えようとしてたのは知ってたけど、ご利益が多すぎるのよ)

 海雪は溜息を吐いたように愚痴を零した。

 真言とは、神仏の真名まなを意味し、密教成立以前からもちいられており、古代インドから効能がある呪文として重視されてきた。

 真言を唱えることで、発願を仏に直接働きかけることができるとされている。

 先ほど海雪が唱えた真言は弁才天のもので、弁才は芸能の神ともされていることから、海雪の技はその時だけ、音楽用語と同じものとなっている。

 皐月が唱えた真言は地蔵菩薩のもので、そのご利益は二十八種利益と七種利益され、異常なまでにそのご利益は多い。

 圧倒していた海雪を悪感させるほどの動きを見せたのは『増長本力』というご利益で、本来持っている力を増幅させるというものなのだが……。

「力がコントロール出来てないって云った感じね。譬えるなら、自転車にエンジンモーター付けたって感じかしら。本当にここぞという時にしか使えない諸刃の剣じゃない。体力の消耗も激しいみたいだし、ちょっと考え物かもしれないわね」

 海雪は呟きながら、皐月を起こそうとした時だった。


「あぁがぁっ?」

 海雪は突然、首を上から縄で吊るされるような苦しみを感じた。

「だ、誰?」

 海雪が振り向き様そう叫ぶや、「ほうほう、その子かい? どうしてこんなところでくたばってるんかねぇ? もしかして、まだつかまっとらんとか? いやいや、人を殺すほどのことをしたのが、のうのうと逃げれるとは思えんがなぁ」

 老人は顎鬚を摩りながら、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら言った。

「あんた、確かこの前のキャンプ場にいた」

 海雪は唖然とし、思い出したと同時に、大鎌を構えなおした。

「いったい何の用? 返答次第ではたたっ切るわよ」

「ほう、わしに歯向かうか? お前が従っている十王よりも上の存在であるわしに」

「上だろうが下だろうが! 理不尽な理由で人を殺しちゃいけないでしょうが!」

 海雪は大鎌を振り上げ、老人に切りかかったが、「やれやれ、なにも利益がないというに」

 老人は指を弾いた。それと同時に鎌が落ちる音が響き渡った。

「あがぁああああああああっ!!」

 床に倒れこんだ海雪は悲鳴を挙げながらのた打ち回っている。

 大鎌を持っていた左手が存在しておらず、大鎌はその場に転がり落ちている。

「さてと、邪魔者はおらんし、さっさとこれを壊す事にしようかのう?」

 老人が気を失っている皐月に近付こうとした時だった。

「好い加減にしなさいよ。虚空蔵菩薩っ!」

 冷たい空気が本堂に漂い、老人――虚空蔵菩薩は声のした方へと向くや、歪んだ笑みを浮かべた。

「閻魔さま?」

 海雪は声をかけるや、瑠璃の表情にゾッとした。

 瑠璃の容姿は普段、三姉妹たちの前に現れる時と同じ、葉月と同い年ほどの容姿であった。

 しかし、その形相は禍々しく、般若のようであった。

「あなたの目的は、私への戒めではないのですか?」

 瑠璃はゆっくりとした歩みで虚空蔵菩薩に近付く。

「はははっ! どうじゃろうねぇ?」

「私たち神仏は時に畏怖され、崇められる存在でなければいけない。たとえあなたと私が対なるものだったとしても、どちらを信仰するかは人が決めること! 私たちがどうこうと決めることではない!」

 瑠璃がそう言うや虚空蔵菩薩は指を弾いた。

「残念ながら、私は権化状態ではないので、あなたの持っている記憶を殺す力は意味がありませんよ」

 瑠璃がそう告げると、虚空蔵菩薩は焦るどころか、想定済みといわんばかりに溜め息を吐いた。

「そうかい、そうかい。今回は諦めるがなぁ……」

 虚空蔵菩薩はそういうや、海雪を見やった。

「あんた……こっちにいたときも地獄じゃったのに、どうしてあの二人の監視なんてしとるんじゃ?」

 虚空菩薩は海雪にそう訊ねる。その海雪は表情を暗くしていた。

「特に、誰にも必要とされておらず、ただの慰めものでしかなかったお前が、どうして人の心を持ったまま妖怪になってるんじゃ?」

 虚空蔵菩薩は首を傾げながら質問を続けた。

「泣いてくれたからよ……!」

 海雪はそう呟くや、右手で大鎌の柄を掴み、虚空像菩薩に切りかかった。

「くぅっ?」

 突然の事で油断した虚空蔵菩薩は避け切れず、腹部を切った。そこからダラダラと何かが流れている。

「誰も……実の母親ですら、私をただの邪魔者だってしか思っていなかった! 何回も何回も父親をコロコロと変えて! そのせいで私はその下衆共の慰みものにされてきた」

 海雪の周りを漂っている大気が狂ったように荒れ、本堂の中で渦巻いている

「海雪っ!」

 瑠璃は海雪の話を止めようとしたが、あまりにも強い風で、近付く事が出来なかった。

「でも、何もそんなことなんて知らない皐月と信乃は、そんな私を友達として、人として一緒にいてくれた! 私が間違った事をした時、本気になって泣いてくれた! 私を思って! 二人は本気で泣いてくれた!」

 そう叫ぶ海雪の目からは大粒の涙が溢れていた。

「だから私は、その恩返しに二人を見守っているの! 二人が幸せであっても、そうじゃなくても、私みたいに馬鹿としか言いようのない道を選んでほしくなんてないから」

 海雪はそう告げるや、ゆっくりと跪いた。

 彼女の周りで渦巻いていた大気は次第に落ち着きを取り戻していく。

「――海雪?」

 瑠璃が声をかけるが、海雪は反応しなかった。

「心配するでない。真言を使っておったからな。余計に力を使って、こっちで体を維持できる力を使い果たしただけじゃろうよ」

 虚空蔵菩薩がそういうや、瑠璃は睨みつけた。

「わからんなぁ……ちっともわからん。どうして皆こんな塵芥に手を貸そうとするのか」

「人も、神も、仏も、誰かが思うことで繋がりが出来る。人に思われなくなり、衰退していった神と仏は何の力を持たない。それは人とて同じ事」

「それがわからなんだ。自分の力のみで生きていける人間もおろうに……」

 虚空蔵菩薩がそう言うや、瑠璃はその小さな体からは想像できないほどの力で、虚空蔵菩薩を蹴り飛ばした。

 虚空蔵菩薩は壁に背を当て、ズルズルと崩れ落ちていく。

「何を目的にしているのかはわかりませんが、今日のところは引き下がった方がいいんじゃないですかね?」

 瑠璃は地面に掌を乗せ、虚空蔵菩薩を睨みつけた。

「今日は厄日ですねぇ」

 虚空蔵菩薩は笑みを浮かべるや、スーと姿を消した。

 瑠璃は、虚空蔵菩薩が消えていくのを見ながら、ホッと胸を撫で下ろす。

「皐月は直に目を覚ますでしょうけど、問題は海雪のほうね。思い出したくもないことを思い出させて」

 瑠璃は顔を歪めたが、すぐに元の顔に戻し、海雪を抱えるや、姿を消した。


 その日の昼頃、稲妻神社の境内を掃除していた巫女が、本堂の裏側にある庭園の掃除をしようと、そこを見るや、悲鳴をあげた。

 その異常なまでに育った草が、あたり一面に蔓延はびこっていた。


海雪が真言を使った後に放っている技名は全て音楽関係になっています。

速度だけでも結構種類があるのです。

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