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姦~霊能三姉妹の怪奇事件簿~  作者: 乙丑
第十二話:飛縁魔(ひのえんま)
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陸・応


 遊火がぼんやりとした光を放ち、皐月に照らしていた。

 その光は弱々しく、すぐにでも消えてしまいそうである。

「ごめんね、遊火……」

 ソファに座っている皐月が譫言を呟くように、遊火に謝った。

「いえ、私は……」

 遊火はその先を言おうとしたが、今の皐月を見るとその先が云えなかった。

 遊火は、目の前で大宮巡査が目覚めたのを確認している。

 それが急に亡くなったとなると、少しばかり違和感があった。

「皐月さま? 大宮巡査は確かに目を覚ましました」

「あんたが云ってるのは未明……夜中のことでしょ? あの看護士は今朝亡くなったって云ってたじゃない!」

 皐月は遊火に怒鳴りつけると、遊火が申し訳ないといわんばかりに顔を歪めたのを見るや、ハッとし、「ごめん。ちょっと言い過ぎた」

 と頭を下げ、そのまま項垂うなだれる。

「やっぱり……わたしのせいだ」

「皐月さまは悪くないです!」

「慰めなんていいわよ! 結局私が大宮巡査を殺したのと一緒じゃない?」

 皐月が遊火を睨みつけた時だった。

「――あれ、皐月ちゃん?」

 ふと声をかけられ、皐月は声のした方へと目をやった。

 それは見知った声で、この一両日、皐月が最も聞きたかった声である。

 ――が皐月は、それが夢現ゆめうつつのどちらによるものなのかが、頭の中ではっきりと出来ていなかった。

『えっ?』

 皐月と遊火が同時に声をあげた。

「ど、どうしたんだい? こんな時間に、というかどうやって?」

 男性がそう言いながら、皐月に近付く。

「う、嘘だ……だって、さっき亡くなったって――」

 皐月は立ち上がり、男性から離れていく。

 目の前にいる男性が誰なのかわかっている。それでも、さきほど云っていた看護士の言葉が脳裏に焼きついて離れないのだ。

「おいおい、酷いなぁ。そりゃ寝ていた間、お花畑が見えなかったわけじゃないけど」

 男性はケラケラと笑った。

「さっきから皐月ちゃんの中じゃ、僕が死んでる事になってるみたいだけど、もしかして同じ苗字だったからかな? 今朝、大宮っていうおじいちゃんが息を引き取ったって話を聞いたからね」

 男性……大宮巡査は笑いながら説明する。

「お、同じ苗字?」

 皐月は驚いた表情で、大宮巡査に聞き返した。

「あれ? もしかして僕に逢いに来たのはいいけど、下の名前知らなかったとかそういうオチかい?」

 大宮巡査にそう云われ、皐月はゆっくりと遊火を見る。

「大宮巡査の下の名前って何だっけ?」

「皐月さま知らなかったんですか?」

「だって私、携帯に大宮巡査の番号登録してるけど、『大宮巡査』ってしか入れてないもん!」

「わ、私に怒鳴らないでくださいよ!」

 皐月が上空を見ながら、慌てふためいているのを見て、大宮巡査は誰かと話しているのがわかった。

「それじゃ、皐月ちゃんの勘違いだったってことかい?」

 そう訊かれ、皐月は顔を紅潮させた。

「まぁ、いきなり亡くなったって言われたら、僕が幽霊になって出てきても可笑しくないかな?」

 大宮巡査はゆっくりと皐月に近付き、頭を撫でた。

「ごめんね、辛い思いさせてしまって。瑠璃さんやそれを通して遊火って妖怪の女の子から、皐月ちゃんがどんな風になっていたのか聞いていたんだ」

 大宮巡査は皐月に謝ろうとしたが、その言葉を待たず、皐月は大宮巡査を抱きしめる。

「あいたたた。ちょっとは手加減してくれないかな?」

「あ、ごめんなさい」

 抱きしめていた力が強かったこともあり、大宮巡査は疲れた表情を浮かべながら、ソファに座った。

「大宮巡査? ちょっと目を閉じてくれません?」

「えっ? どうして」

 「いいですから」

 と強く言われ、大宮巡査は皐月に従った。

 皐月はゆっくりと自分の顔を大宮巡査に近付けていく。

 もう少しで互いの唇が触れようとした時だった。

「あ、あの…… 皐月さま?」

 突然遊火が皐月に声をかける。

 まったく空気が読めない……というわけではなかった。

「……な、なに? これ結構勇気がいるんだけど?」

 皐月は睨みつけるように遊火を見やった。

「抱きしめるのならばまだしも、接吻くちづけをするのはどうかと思いますけどね?」

 低いトーンの声が聞こえ、皐月と大宮巡査は声がしたほうを振り返り、声の主を見るや、絶句する。

「え、閻魔さま?」「る、瑠璃さん?」

 そこには瑠璃が立っており、目を細めた笑みを浮かべていた。

 その笑みはどことなく怖い。

「あなたが神社から逃げ出した理由がそれでしたら、厳罰を与えないといけませんね? それに忠則くん? 相手はまだ中学生ですよ? たぶらかされたのならまだしも、自分から惚れさせた罪は重いでしょうねぇ?」

 瑠璃が優しい口調で言うが、それはドスの効いた脅しにも聞こえる。

「い、以後気をつけます」

 皐月と大宮巡査は瑠璃に向かって、深々と頭を下げた。

 そんな二人を見ながら、瑠璃は溜め息ひとつ吐くと、「さぁ、病室に戻りましょう。大丈夫、大宮巡査の病室は個室ですから、皐月が来ても誰も気付きませんよ」

 瑠璃はそう云うや、大宮巡査に肩を貸そうとしたが、身長は葉月と然程変わらないため、ほとんど貸せていなかった。

 結局、大宮巡査は皐月の肩を借りながら、ゆっくりと病室へと歩いていった。


「それじゃ、命に別状はないんですね?」

 皐月が確認するように大宮巡査に尋ねる。

「ああ、傷は深かったけど、命に別状はないって、主治医から云われてね。全治二ヶ月だそうだ。――ほんと、九死に一生を得た気分だよ」

 ベッドに横たわっている大宮巡査が笑いながら説明する。「でもどうして……」

 皐月は大宮巡査が瀕死の状態であることは知っていた。

 それなのに、たった二、三日で目を覚ますとは考えていなかったのだ。

 だから、今日の夕方、弥生から大宮巡査が目を覚ましたということが信じられなかったのである。

「彩奈が守ってくれたんですよ。あなたを悲しませたくないと思ったんでしょうね。彼女は忠則くんの守護霊でもありましたから」

 そう話す瑠璃は、遊火の光を借りて、リンゴの皮をナイフで剥いている。

 その切り方は実に美しく、リンゴのヘタからおしりまで、丸々ひとつ分の皮を、切れる事無く剥き終えていく。

「そもそも、あなたと弥生が舞頚を退治しようとしていた時、彼ははどんな行動をとりましたか?」

 瑠璃の問い掛けに、皐月は首を傾げる。

「舞頚が旋風つむじかぜを出した時、皐月は吹き飛ばされましたよね? それなのに、忠則くんは頬を掠めただけだった」

 そう云われ、皐月は思い出すように頭を抑えた。「あ、云われてみれば……」

「ただ、あなたみたいに特異体質ではないですからね。死ぬほどの苦しみがあれば、やはり死にますが、今回はそういう運命ではなかったということです」

 瑠璃は八等分に切り終えたリンゴを皿に乗せるや、皐月に渡した。

「このリンゴ、結構美味しいですよ。皐月は甘いもの好きでしたよね?」

「そりゃ、甘いの好きですけど」

 と愚痴を零しながら、皐月はリンゴをひとつ摘み、口に頬張った。

 シャクッというリンゴを噛んだ音が聞こえるや、「んみゅぅ~~っ」

 と、奇妙な声を出しながら、皐月は顔を綻ばせた。

「うん。やはり機嫌が悪い時の皐月には、甘いものを与えるのが一番ですね」

 瑠璃は笑みをうかべながら、皐月を見やる。

「リンゴ貰った時から閻魔さまの策略はわかってたけど、それに従う私って……」

「そして、甘いものを食べただけで機嫌がよくなる自分って……と思ったでしょ?」

 瑠璃の言葉に、皐月は何も言い返せなかった。

「さて皐月、皆に心配させていた責任は重いですよ。今、阿弥陀警部ら警察が捜査している事件は普通のとは違いますからね」

「どういう事件なんですか?」

 瑠璃の言葉に皐月は聞き返す。

 その表情は、さっきまでのおどおどとした少女ではなく、キッと険しい執行人としての表情であった。

「先日、連続して火災事件があって、そのうちの一件で男性の焼死体が発見されたんだ。しかもその小火騒ぎは誰一人放火犯を目撃していない」

 そういえば、大宮巡査が襲われた翌日から、阿弥陀警部が神社に訪ねに来てたっけ?と、皐月はふと思い出す。

「放火だったら、誰もいない時にやるんじゃ?」

 皐月が首を傾げながら尋ねる。

「それだったら、阿弥陀警部だって苦労はしません。火災が起きたのは、家の中には誰もおらず、逆に外には人がいた状況だということなんです」

「それじゃ放火犯はいない?」

 皐月はふと遊火を見た。遊火が驚いた表情を浮かべている。

「遊火、どうかした?」

 皐月にそう尋ねられ、遊火はハッと気付くや、「いえ、なんでもないです」

 と首を横に振った。

 瑠璃はそんな遊火を見るや、一瞬眉を潜めたが、「拓蔵に黙って来たんでしょ? 今度はちゃんと決められた時間に訪ねなさい」

 瑠璃はそういうや、病室の窓を開けた。

「ここは一階ですから、見つからないように」

 もう少しいたかったが、一目見ただけでも満足しているので、皐月は帰ろうとしたが、少し気になることがあり、瑠璃にあることを訊ねた。


 それはキャンプの時、六年前の転落事故を思い出し、震えて動けなかった自分に声をかけた瑠璃の様子によるものである。

 ――しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。

「それ……、誰から聞きました?」

 瑠璃の問い掛けに皐月は聞き返した。

「わたしはずっとこの六年間、皐月の両親の行方を捜しているんですよ? それはつまり! 転落があった事や、気が動転した皐月が原因だったとしても、それは本人しか知りえない! 皐月がわたしにその事を話していない以上、その事を知る術はないんですよ?」

 その言葉に皐月と大宮巡査は瑠璃を見た。

「それに、わたしはずっとテントの近くで、煙々羅の報告を待っていました。あなたが出ていったのには知っていましたが、話しかけてなんていませんよ?」

「それじゃ、いったい?」

 大宮巡査がそういうや、瑠璃はハッとした表情を浮かべた。

 それと同時に手を上に翳すや、何もない空間から裂け目が現れ、そこから浄玻璃の鏡を取り出した。

 浄玻璃鏡には、死者が生前でどのような生き方をしてきたのかを記した映像を映し出す役割を持っている。

 瑠璃は神経を集中させ、皐月たちとキャンプに行ったさいの映像を映し出そうとしたが、鏡の表面には何も映ろうとしない。

「――してやられた!」

 瑠璃はその場に跪き、悔しそうな表情を浮かべながら蹲った。

「いったいどうしたんですか?」

 皐月が瑠璃に近付こうとした時だった。

 瑠璃は皐月を見やるや、何かを感じ取る。

『毘羯羅……、あなたは皐月の心が乱れた事により、その力を暴走させてしまった』

 瑠璃はキッと表情を変えるや、皐月の額に自分の額をつけた。

「え、閻魔さま?」

「心を落ち着かせなさい。犯人の狙いはあなたたち姉妹でしょうから」

「――私を?」

 戸惑っている皐月を無視するかのように、瑠璃は皐月の脳裏に話しかける。

「皐月……もしも、あなたの力が及ばなくなった時、『オン・カカカビ・サンマエイ・ソワカ』と心の中で呟きなさい」

 瑠璃はゆっくりと顔を離していく。

「この事件が無事に解決したら、美味しい料理をご馳走しますよ」

 瑠璃はそういうや、皐月の背中を押した。

 皐月は一度振り返ったが、大宮巡査が笑顔を見せると、頷き、神社へと戻っていった。

「本来なら皐月の守護神である大黒天の真言しんごんは『オン・マカキャラヤ・ソワカ』なのですが、まだ彼女は未熟ですし、大黒天の力を十二分に発揮出来ないでしょうね」

 瑠璃は大宮巡査にそう話す。

 真言とは仏教の呪文を意味し、仏それぞれに異なったご利益を意味している。

 皐月の守護神である大黒天にも真言はあるが、その力を十二分に発揮できないと判断し、瑠璃はあえて、自分の真言を教えた。

「少なくとも……私の力は濃くけついてますけど」

 瑠璃はそう言うや、もう一度浄玻璃鏡にキャンプをしていた時の映像を映し出そうとしたが、まったくといっていいほど、何も映ることはなかった。


『虚空蔵菩薩が何を考えているのかはわかりませんが。私たち仏や神は、人々に畏怖されると同時に、崇められる存在であり続けなければいけない。なのに虚空蔵菩薩がやっていることはただ恐怖に陥れようとしているだけ』

 瑠璃はそう考えながら、ゆっくりと深呼吸をした。


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