第37話 主従
セラフェイオンは西大陸の最西端にあった。一年を通して雨量の多い地域で、晴れ間は滅多にない。はるか昔にできた巨大な窪みに長い歳月をかけて雨水が流れ込み、湖となった。湖面に頼りなく浮かぶ小さな集落がセラフェイオンである。
ヒウノとリトが集落にたどり着くころ、弱く雨が降り始めた。
*
草葺き屋根の小さな家がまばらに建っている。頼りなく揺れる家の灯が、開け放された戸口に立つ人影を浮かび上がらせた。皆が押し黙ったまま見ている。集落を訪れたふたり――正確には少女のみを。
「言っておくが、客人として迎える気はないからね」
先頭を歩く老婆が顔も向けずつっけんどんに言う。
「わかっています」
「部族の主従はとうの昔になくなったんだ。忘れるんじゃないよ」
「――はい」
なおもぶつぶつと文句を言う老婆。少年は、そのあまりに礼儀を欠いた態度に納得がいかない。けれど、わずかばかりも不満の表情を浮かべていない少女の横顔を見て、口を差し挟むべきでないと感じた。
「ところで、そっちの坊やはなんだい? まさかと思うが、めおとにでもなって、この地に居座るつもりかい? うまくたらしこんだのかもしれないがね、冗談じゃ――」
「わたしの恩人です」
それまで従順にしていた少女が、毅然と老婆の言葉を遮った。
「みなもよく聞きなさい。なんぴとたりとも、このかたへの無礼な振る舞いは許しません」
少女の凛とした声があたりに響き渡った。そうするのが当然かのように、長たる威厳を放っている。先導する老婆は気圧され言葉を返せずにいた。周囲を見ると、少女に平伏する者までいる。
「そなたたちに無礼を働くつもりはない。礼を失したのであれば、私が詫びよう」
抑揚のない、けれど耳に心地のよい透き通る声がした。行き道の奥から長身の女性が姿をあらわす。どこか憂いを帯びた表情を浮かべる彼女の眼差しがリトを見たのち、すっと少年を捉えた。輝きのない闇色の瞳に吸い込まれそうになる。
「あなたがユユエですね」
「そなたたちを待っていた。こちらへ来なさい」
「あの子に、レレンに会わせなさい」
「じきにわかる。みながそなたを恐れている。さあ、こちらへ」
女性に諌められ、少女はハッと我に返り周囲を見やった。目にうつるのは年老いたものばかりだ。
自身に向けられた畏怖の念をはっきりと感じる。
うかつだった。部族の主従は、口で言うほど簡単に失われたりはしない。主である者は主であり続け、従である者もまた従であり続けるのだ。
礼を欠いたのは、それを許さないと言い放った自分自身だった。どう振る舞ったものか、少女の視線がさまよう。
「行こう、リト」
少年はそんな彼女の手を取り、歩き出した。踏みとどまろうと少女から抵抗があったが、少年の足の運びと手を引く力のほうがまさっていた。
後ろ髪を引かれる思いで、リトは村人たちのあいだを通り抜けた。
第37話 終
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