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森のヒウノと空のリト (全70話)  作者: このはりと
第2章 ふたりが見る世界
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第33話 すぎた力

「ところでお前さんたち、この湖をどうやってゆくつもりじゃった? 見たところ、ずいぶんと軽装じゃのぅ」

「それは――歩いていくつもりでした」

「歩いてじゃと? それは勇ましい。ほほっ、若さかのぅ」


 ヒウノはうつむきながら答えた。それを聞いた老人はからからと笑う。「じゃが」と感心した様子で目を細める。


「たやすくないのは、よぉくわかっておるようじゃな」


 少年は無言で頷いた。

 そこは、辺り一面、地平の彼方まで澄んだ青色に染まった世界だった。他には何もない。振り返れば大樹が見える。しかし、進むべき前方に道標になるものはひとつとして存在しなかった。道に迷おうものなら、行きも戻りもできず、水に囲まれた世界で朽ちることになるだろう。


「さあて、これは困ったのぅ。困り果ててしもうたわい」


 老人は天を仰いだかと思えばがっくりとうなだれ、大袈裟に困ったふりをしてみせた。そのあとで、いたずらっぽく笑みを浮かべた。少年は老人が言わんとしていることがよくわかった。なにもできない、自分の無力さを感じながら、言葉を絞り出した。


「翁、僕たちを助けてください。お願いします」

「よぉ言えたのぅ。うむ、それでよい。お前さんの父親も、かつてそうしたのじゃよ。理由は少し違ったがね」


 満足そうに頷くと、老人は飛行機械に歩み寄り、ぽんと船体を叩く。ひげをさすりながら諭すように言った。


「あやつときたら、空を飛ぶ禁忌を前に目を輝かせる変わり者でのぅ。孫娘をやるにはだいぶ不安じゃった。が、悪いようにはしていなかったようじゃな」

「孫娘を――。翁、あなたは僕の」

「ほほっ。そういうことになるかの」


 ヒウノは驚きに目を見開いた。思いがけず、家族のつながりを得たのだから。

 空を飛ぶ禁忌の技術。ヒウノの父親は、戒砂《かいさ》を訪れる観光客に『翼はただ風を切るだけ』と話し、船は飛べないように見せていた。疑り深い者はもちろんいた。ときには巧妙に細工をして、客に操縦桿を握らせる場面もあった。船は飛べないのだと知らしめるためである。

 父は船をどこでどう手に入れたのか多くは語らなかったし、母に尋ねても『ごめんなさい、知らないの』とほほ笑みを返されるだけだった。幼い頃のヒウノには、それが面白くなかった。子供心に、ごまかされていると感じていた。けれど、秘匿すべきなのだと、うっすらわかってもいた。


「これはな、わしらにしか作れぬ代物でな。ああ、西の民の力を借りてはいるがね。大きな力は、人の世を豊かにしてくれよう。が、同時にいさかいの種にもなり得るのじゃ」


 生命が根付かない砂の大地を生み出した飛行技術は、いつしか世界中の人々から禁忌とされるようになった。技術を持つことは、当然許されない。


「まだ早かったのかもしれんのぅ。じゃからわしらは、すぎた力の末路を世界に示そうと決めた。そうして生まれたのが戒砂というわけじゃ。檻からみなを救ってやれないのは、申し訳なく思うておるよ」


 老人はすまなそうな表情を浮かべ、少女のほうを見た。少女は何かを伝えようと口を開いたがすぐに閉じて、その目をまっすぐに見つめ返した。老人は「いかんいかん」と言って、ふぅと長いため息をついた。


「ほほっ。おかげでこんなところに隠れ住むはめになってのぅ。まぁ、わしらは大地に残れただけ、幸せかもしれぬ。こうして家族に会う幸運が転がり込んできたのじゃから」


 暗い話はここまで、と老人は晴れやかに笑って見せた。


「罪滅ぼしにもならんじゃろうが、こいつで湖の端まで連れて行ってあげようかね」


 老人は飛行機械の搭乗席のほうへ歩き出した。

思いがけない出会いにより、自然の障壁を越えられる。喜ばしい状況にあるはずが、少女の表情には重い陰が落ちていた。

 少年に向けられた彼女の瞳が強く訴えかけている。「あなたはまだ、わたしのことを訊かずにいられるの?」と。


「行こう、リト」


 少年は短く言うと、少女の横を通りすぎた。その背を追いかけ彼を引き止めようと伸ばしかけた手を、リトは静かにおろした。



 第33話 終

本話をお読みくださり、ありがとうございました。

もしよろしければ、つづきをお楽しみくださいませ。

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