ばつ印ののっぺらぼう
みんなが、顔にばつ印のついたのっぺらぼうに見える。
人間には感情というものがある。
その感情の本当のところは、自分のものしか分からなくて、それが途方もなく怖くて、毎日を他人の敵意に怯えながら生きている。
だから人に優しくできると、とても安心する。
自分が他人から敵意を向けられる可能性が少し減って、一瞬落ち着く。
しかしすぐにまた、その効力が切れてしまうことを、僕は怯えて、また拗らせてしまう。
他人の気持ちが分かると、楽になれるのだろうかと、考える。
答え合わせができると、よいのだろうか。
他人の本当の気持ちが分かると、周囲の醜い欲望や嫉妬、負の感情も、一心に汲み取ってしまうことになる。
それはどれほど苦痛なのだろうか。
他人の本当の気持ちが分からなくて、怯えながら暮らすよりも、苦痛だろうか。
孤独に苛まれて、僕の闇を他人にみせたことがある。他人はとても優しく寄り添ってくれたけれど、結果、気を使わせてしまって、僕はそれが居た堪れなくなって、結局壁を作ってしまった。
他人に対して壁を作った方が、楽になれる。
だけどもしかしたら僕を本当に愛してくれている可能性があるから、そうだったら申し訳なくて、完全に遮断できなかった。
僕は壁に穴を開けて、おずおずとその穴から、他人の顔色を覗いている、ネズミだった。
僕は、ネズミは嫌いだ。
マンションのゴミ捨て場にゴミを捨てに行く時、そこからネズミが出てきたら、どうしようもなく嫌悪感を抱く。
今の僕は、そんなネズミと同じだ。
握り潰してやりたい。
でも握り潰すと、病原菌塗れの血が掌にべったりとついて、病気になりそうだ。
だから握り潰せずに、今日も僕は汚いまま、日々を怯えながら過ごす。
綺麗な猫に食べられたかった。
綺麗な猫に食べられて、生涯を終えたかった。
だけど綺麗な猫は、僕を食べなかった。
正確には僕が、食べられることすら烏滸がましいと思って、近づかなくなった。
全てがのっぺらぼうにしか見えなくなった僕の視界の中で、あのひと夏のペルシャ猫の輝きが、ずっと僕を魅入らせ続ける。
手招きして、僕を地獄へ誘おうとする。
その目の前で、ぐしゃりと潰れてしまったら、ペルシャ猫はどう思うだろうか。
病原菌塗れの汚い血が床に染み込んで、誰も手をつけないまま、やがて絨毯ごと変えられて、僕は存在した証拠すらも失う。
そしてペルシャ猫は、僕のことなんてすぐに忘れるんだ。
そうしてやがて、
ペルシャ猫の顔ものっぺらぼうになる。




