光合成 (前編)
帰宅した後はさっさと風呂と夕飯を済ませ、2階にある自分の部屋でベッドに座りながら、図書室で借りてきたラノベを読んでいた。頭の冴えるダウナー系主人公がヒロイン達の抱える悩みを解決していく、王道的だが、それぞれのヒロインとの関係性の描き方が丁寧で俺の好きな作風だ。
特に俺は今読んでいる、家族と喧嘩をしたまま数年間仲直り出来ていないヒロインが、主人公の助言を受けて自分の意思で家族と向き合おうと奮起するエピソードが気に入った。
この作品の主人公のような、優れた知性と洞察力を持てたらどれだけ人生が豊かになるのだろうか、そんな事を静かな部屋で妄想している最中、部屋のドアが勢いよく開いた。
「葉~ ママが部屋に接着剤あったら貸して欲しいだって~」
妹の稲葉が部屋に入って来た、思春期男子の部屋に入る時はノックくらいして欲しいが、そんな事を言ってしまうと、まるで疚しい事が有るのかのように捉えられてしまう気がするから言うに言えない。
「プラスチック用ので良いのか?金属用のも有るぞ」
そう言って俺はプラモデルを作るための工具箱に手を伸ばした。
「う~ん、分からないから両方貸して!」
「はいよ。」
「そう言えば学校はどうだ?友達出来たか?」
「まだ~、もう既に中等部の頃からのコミュニティが出来てる所が多いから、話の輪に入り辛くて大変だよ~」
稲葉は今年から有名私立大附属の学校に通い出した高校一年生、今は私立高校ならではの問題に悩み中のようだ。
「まあまだ高校生活始まって2日目だもんな、その内馴染めるようになるさ」
「だと良いんだけどな~、そういう葉はどうなの?新学期になって新しい友達でも出来た?」
「何と驚け、美女と話した、しかも図書室で一緒に本を読んだぞ」
「え、嘘、最近読んだライトノベルと記憶を混同してない?」
どうやら妹にとって俺の信頼度はかなり低いらしい。
「本当だよ、後ろの席なんだ」
「へ~意外、葉から聞く高校の話は校内の治安の悪さと男友達の話ばっかだったから...、ちゃんと葉も男子高校生なんだね」
「ちゃんととは何だ、ちゃんととは、」
「まあ楽しそうで良かったよ、じゃあ私はこの接着剤ママに渡してくるね!」
そう言って稲葉は部屋を出て行った。
再び静かになった部屋で、俺がまたラノベを読み進めていた時、机上のスマホが通知音を鳴らし、俺は確認のためスマホを手に取った。
「豊島?どうしたんだこんな時間に」
通知音の正体は豊島からのメッセージだった、『明日の朝 7時20分に体育館の前に来てくれ』
随分と急な話だな、『何故?』と返信をしたが、『来れば分かる』と具体的な事は教えてくれなかった。
まったく、巷で噂の闇バイトって奴では無いだろうな...。
俺は『行けたら行く』とだけ書いて会話を終わらせた。
それからは手元のラノベを最後まで読んだり、溜めていたアニメを消化するなどして時間を潰し、気が付いたら時計は23時を回っていた。そろそろ寝ることにしよう。
ベットの中で今日の出来事を顧みていると、俺はやけに悶々としてしまった。
春日野さんとの図書室での会話、最初はもう少し別の質問からしとくべきだったのかも、いや、一度答えて貰った後に俺が問い詰めなければ....、そうすれば彼女をあんなに困らせずに済んだのかもしれない。
【前の学校の事は話したくない】
この言い方からすると彼女の転校理由は余り表立って知られたくない事なのだろう、引っ越したからだとか、前の学校は校風が合わなかったから とかなら、学校名くらいは素直に教えてくれる気がする。
いじめられた?素行不良?病気とか経済的問題かも.....
いや、憶測だけで考えるのは良くないな、他人の胸中なんて考えるだけ無駄だ。
今は明日の事でも考えよう、明日は体育があったか、後は3限目の化学基礎は少し楽しみだ。
5・6限目は確か、新入生向けの部活動紹介が有るから、参加しない上級生は早引きしても良いんだったな、早めに図書室に行けば今日は2巻分くらい読み進められるかもしれない、ラッキーだ。
豊島からの誘いは....まあ早起き出来たら行こう、アラームは7時15分にかけており、家から学校まで40分程度は掛かるが早起き出来たら行くからな。
人間の身体と言うのは不思議なもんで、こんな日に限って6時には目が覚めてしまった。
二度寝するか迷ったが、一応誘いを受けている身である以上 堂々と無視するのも気が引けたので、俺はハンガーラックから制服を取って1階へと降り、洗面器で顔を洗ってからリビングへと出向いた。
「葉どうしたの?今日は早起きだね」
「本当ね、何か用事でもあるの?」
稲葉と母が既に起きていた、二人とも朝が早いな。
「友人から早めに学校に来いと誘いを受けたからな、てか稲葉は毎日こんな時間から起きてるのか?」
「学校まで1時間以上はかかるし、毎朝登校時間が早いから大変なんだよ~」
「それは随分と大変だな、俺だったら遅刻を繰り返す自信しかない」
稲葉と一緒に朝食を食べ、途中まで同じ電車に乗って登校をした、たまにはこう言うのも悪くないな。
指示された時間までに体育館の前に着くことが出来た、俺以外に何人も生徒がいて、しかもドラムやら金属バットやらを体育館内に運んでいる。なるほど、何故俺が呼び出されたかが分かった気がするぞ、だが何故俺を呼ぶ必要があったかは分からないな。
「よっ百千、来てくれたか」
「おはよう百千」
俺をここに呼んだ張本人 豊島とそしてもう一人、石神が姿を現した。
二人とも何やら布状の荷物を手に持っている。
「来てくれて助かるぜ百千、他の奴らも勧誘したが、『行けたら行く』以上の返信をしてくれたのはお前と石神の二人だけだ」
「少し早く到着したら早々に豊島に見つかってこき使われているんだ、百千 助けてくれ」
どうやら考えていた通り、これから俺は豊島のパシリにされるらしい。
「何で俺が今日、お前を招集したのかもう分かったか?」
「午後にやる新入生向け部活動紹介の事前準備の為だろ?でも豊島って何か部活に所属してたっけか?」
「実は1年の十二月頃から天文部に籍を置いている」
本当に知らない情報が出てきて驚いた、俺にはコイツが天体を観測して何かを思うタイプには見えなかったから尚更だ。
聞く話によるとどうやら、去年の冬休み前に同じ中学で馴染のある三年の先輩から天文部に誘われたらしい、そして三年生が卒業した後、天文部に豊島以外の現上級生は所属しておらず、現在天文部の部員は豊島ただ一人とのことだ。
おそらく軽い気持ちで入部届を出したは良いが、その後に天文部の申告な部員不足事情を知り、先輩たちからの【後は頼んだぞ】と言う熱烈な期待を裏切る気にもなれず、今に至るという所だろう。
「そこで俺がこの部活動紹介で新入部員を3人以上確保しなければ天文部は今年度限りで廃部、息吹高校60年以上の伝統が1つ消失してしまうという訳さ」
「それで豊島が随分と張り切って、部活動紹介で星座を題材にした寸劇をやりたいんだって」
「寸劇?それはまた何故と聞きたいな」
「人の情を動かすためには劇が効果的だと思ったからだ、この劇で新入生の心を天文部に釘付けにしてやるって作戦よ」
「なるほど、さっぱり分からん」
自己紹介の時と言い、豊島は思い切りの良さだけならスクールカースト上位を狙える器だと思うんだが、如何せんそれ以外のステータスも極端すぎてな、万人受けしないのだろう。と言うか、果たしてそんな上手く作戦が成功するものなのだろうか、一人程度なら何かの間違いで入ってきてくれるかもだが、三人は厳しい気がするぞ。
はぁ...想像していたよりもハードな案件で頭が痛くなってきてしまうな、こんな重い仕事を前日の夜中に、しかも内容を伝えずに連絡してくるか 普通?
「何も伝えず連絡を送ったのは悪く思ってる、でも要件を詳しく説明したら2人とも絶対に即断ったろ?」
“「当然だ」” 俺と石神の声が見事に重なった。
「寸劇と言っても俺が舞台袖でマイクを持って台本を読みあげる朗読劇だ、二人が衣装を着て内容に大体合うような動きをしてくれればいい、頼む百千、手を貸してくれ」
俺は多人数の目線に晒されるという時点で断りたいのだが....。
「何か俺にメリットが有れば考えてやってもいいぞ」
リスクを背負ってやるんだ、少しくらい揺さぶりをかけても許されるだろ。
「後で飲み物は奢るし、今度お前に俺の手が必要なときは無条件でこき使われても構わない」
意外と魅力的な提案を出してくるんだな、色々言いたいこともあるが、こんなに他人に頼りにされるのも久々な気もするし、仕方がない。
「分かった、やるよ」
「本当に助かる、このままだったら石神が早着替えで一人二役になる所だったからな!」
「ハハ....」
石神は一人二役を避け、安堵したのか苦笑をしていた。
「それで星座モチーフの劇って、俺と石神は何の衣装を着るんだ?、ヘラクレスと蟹か?」
「惜しいな、お前たちにはオリオンと蠍になってもらう」
そう言った豊島は持っていた布を開き俺に見せつけてきた。
顔出しパネルの様に腹の部分が丸く切り抜かれている蠍のコスプレ衣装....こんなニッチな物、業者は何処に需要を見出して売り出したんだろうか..... と言うか、何処に売ってるんだこんなもの。
「春休みに通販で見つけて買ってしまった、今石神が持っているオリオンの衣装は安い白Tシャツを加工して自作した物だ」
手が込んでいるのか無いのか分からんな。
その後 俺達は体育館内で衣装のサイズと台本を確認し、軽いリハーサルを行った。
既に体育館内の人達から冷たい視線を頂いたが、やると言ってしまった以上そう易々と引き返せん、腹をくくれ俺。
リハーサル後は校内に戻り自販機で豊島にジュースを一本奢ってもらった。
「石神は豊島に奢ってもらわなくて良いのか?」
「僕は前に財布を忘れた時に借りた1000円をチャラにしてくれるって言う条件で豊島の誘いに乗ったからね」
なるほど、じゃあ豊島は少なくとも俺にこのジュース代120円を引いた880円分の働きはしてくれるわけだな、どう使ってやるか今の内に考えておくか。
数分が経ち、そろそろ教室に赴く気になったが、豊島は石神とオリオンが持つ棍棒とライオンの毛皮はどうするかとか話し込んでいたので、俺は一足先に2年6組の教室へ向かう事にした。
3階の端にある教室まで歩き、自分の席に近い後ろ側の引き戸を開くとそこには.....
とても静かな空間が広がっていた。
現在時刻8時15分、まだ朝のHRが始まるまで十五分はあるが、それにしても静かだな。
今教室内に居る人物は俺を含めて6人、皆自分の席に座ってスマホを触ってたり机にうつ伏せになってたりで会話は一言も発されていない。新クラスになってまだ三日しか経っていないんだ、そりゃあ交流関係がほぼ無い奴らが集まればこうなるか。
俺も例に漏れず自席に座り、寝不足がたたって疲れ果てた体を少しでも癒そうと机にうつ伏せになった後目をつぶった。冷たい机が心地よいな。
目の前に暗闇が広がり、だんだん夢と現実の境界が曖昧になってくる.....。
引き戸が開け閉めされる音も、椅子が引かれる音も全てが睡眠導入剤だ。
ああ、天使が見える、女神が俺を呼んでいる気がしてくる....。
「百千君 おはよ!」
ほら、女神が俺に声をかけてき.....
いや、この声は夢じゃない。
俺は咄嗟に顔を上げてから、体を回転させ、寝起き独特の声帯が目覚め切っていない声を振り絞って挨拶をした。
「おはようございます、春日野さん」




