芽吹き (後編)
春日野さんが俺に声をかけてきた。
俺は人差し指を栞代わりにして読み進めていたラノベを閉じ、春日野さんと顔を合わせた。ちゃんと顔を見るのは今日の自己紹介時以来だが、何日見ても飽きる気がしない美貌だ、黒髪ロングってのも良いね、俺のストライクゾーンだ。
「ごめんね集中して読んでたのに、邪魔しちゃって!」
春日野さんが図書室用ボリュームの囁き声で喋りかけて来る、さて、どんな返答をするべきか......。
「大丈夫ですよ、何か俺に御用ですか?」
こんな答え方で良かったのだろうか、久しく同級生の女子と会話何かしていないから距離感が分からん。
「見かけたから話してみたくなったの!、せっかく席も前後なんだし、今の内に仲良くなれたら明日からの学校生活も楽しくなるでしょ?」
そんな理由?美女の考える事は分からんな
「そうですか、百千 葉です、これからよろしくお願いします」 と簡単な返事をしておいた。
「うん!よろしく!」
そう言うと春日野さんは本棚から取って来ただろう少し分厚い本を手に取り、表紙を開こうとしていた、そしてその時彼女の口も開いた。
「ねえ百千君、私が自己紹介してる最中、ずっと私の顔見つめてたでしょ?」
バレてたか....きっと今日俺に接触してきた本当の理由は、この事を問い詰めて、気持ち悪い!もう二度と近づかないで!って言う為だったんだ。さて、どうやって弁解するか....。
「ええと、それは余りにも春日野さんが綺麗すぎるあまり見惚れていたからと言うか、何と言うか.....」
何を言ってるんだ俺は、全然弁解になっていないじゃないか。クソ、こんな事になるならもっと推理系の小説でも読んで犯人の言い訳の仕方を学んでおくべきだった。さらば俺の高校生活、明日からはきっと周りのギャル共にもキモがられ、罵られる生活の始まりだ、豊島なら喜ぶだろうが今の俺はそんな生活に耐えられるほどメンタルは強くない。
「なんだ、そうだったんだ!てっきり私の顔に何か付いてたのかもって焦っちゃったよ!」
彼女の返答は俺の懸念を全て吹き事を飛ばす物だった。天然気味なだけなのか...?いや、この発言にも何か裏の意図が.........、そんな事を考え出すと埒が明かない、一先ず今は言葉通りに受け取っておこう。
「そうだったんですね、不安にさせてごめんなさい、次からは気を付けます」
「大丈夫!私の顔とっても良いから、仕方がないよ!」
そんな事を言うタイプの人だったのか、いや、でも実際に良いのだから責める気にはなれないな。
少しだけこの人がどんな人間なのか分かってきた気がする、きっと天然自信家人間なんだろう、そんな事を考え始めると、もう少しだけ彼女の事を知ってみたくなった。
向こうから仲良くなろうと声をかけてきてくれたんだ、少しくらいこっちから質問をしても罰は当たらないはず。こんな時はどんな質問をすればいいのだろう、一先ず安牌そうな質問をしてみるか。
「春日野さんは何処の高校から転校してきたんですか?」
「えーと...」 春日野さんが目線を下の方にずらした。
「南東の方の高校からかな...」
南東の方?随分と曖昧な答えだ、その答え方だとパプアニューギニアから来た可能性だって浮上してしまうぞ。余りにも情報不足だな、もう少し問い詰めてみるか......
「南東の方?もう少し具体的に教えてくれても良いじゃ無いですか~」少し軽めの口調で話しかけてしまった。
そして少しの沈黙の後、春日野さんが声を出した。
「ごめんね!、前の学校の事は余り話したくないんだ!せっかく質問してくれたのに....ごめん!」
どうやら俺はファーストクエスチョンで彼女の地雷を踏んでしまったらしい。
「それは、すみませんでした.....、えっとそれじゃあ....自己紹介の時ウクレレが趣味って言ってましたよね、それは何でですか?」
気まずい空気から逃げたく、別の質問でお茶を濁した。
「それはね!お父さんの趣味の一つが音楽で、家に色んな種類の楽器があったんだけど!」
さっきと違い随分と流暢に喋り出した、楽しそうに好きな物を語っている彼女を見ると、やはり美女は笑顔が一番と言う気持ちにさせてくれる。話を聞く限り、彼女の家は結構裕福そうだ。
その後は特に会話もなく、ただお互いが向かい同士の席に座りながら、それぞれの本を読む時間が続いた。読書をしている時の春日野さんは、喋っている時とは似ても似つかないほど大人っぽく感じられ、
本への丁重な扱い方を見るに、読書が好きな人なんだなと言う事が透けて見えた。
30分ほどして春日野さんが席から立ち上がり
「それじゃ、今日はこのくらいで!また明日ね、百千君!」
「はい、また明日」 そんな会話をして、春日野さんは読んでいた本を司書さんに貸出登録して貰い、図書室を出て行った。
実を言うとこの数十分間、俺は手に持っているラノベに全く集中できていなかった。目の前に人が居るくらいなら何てことは無いだろうが、目の前にいるのが春日野さんだったからだ、彼女の読書姿を数分おきに目に入れたくなってしまい、気が散ってしまっていた。
彼女が図書室を出て行った後も数分はラノベを読み進めていたが、いつもと違って物語の世界に入り込めるほどの集中を維持できない、今日はもう帰るか。
読んでいたラノベの貸出登録を司書さんにしてもらい、俺は図書室を出た。
「彼女がラノベヒロインなら、まだまだ設定が有りそうだな....」
そんなつぶやきを溢しながら校門をくぐった俺は、最寄り駅までの道路をいつもよりゆっくりと歩いた。




