2.育てがいがありそうだ
林太郎の姿を初めて見たのはお見合いの席である。
それまでは写真すら見せてもらえなかった。
もっとも祖父の秘書は有能で、すぐにお見合いの席がセッティングされたため、写真を見て悩む時間もあまりなかったのだが。
東京のホテルの一室で行われたお見合いの席は、私と祖父、大曲木議員、それから林太郎だけが出席するこじんまりしたものだった。
「大曲木林太郎・・・です。」
林太郎は緊張で手を震わせており、自己紹介でもそう言ったきり、うつむいて黙ってしまった。
まだ18歳だもんね。
こんな場に連れて来られて戸惑う気持ちはよくわかるよ・・・。
ここは大人の余裕で挨拶のお手本を見せてやろう。
「城内美野里です。大曲木先生はご無沙汰をしております。林太郎さんは初めまして。」
「いや美野里さん!ご無沙汰だね。いつぞやの会食は楽しかったよ。相変わらずかわいらしいね。」
「ええ、私も先生の謦咳に触れられて大変勉強になりました。」
大曲木議員に対してニッコリ微笑みながら横目で林太郎を見ると、林太郎はまだ下を向いてもじもじしている。なんかリスみたい。
「この度は嫁き遅れの孫娘に声を掛けていただきありがとうございます。とっくにとうが立ってしまった孫娘なので、もう誰にも貰ってもらえないとずっと心配しておりまして・・・。」
ムカッ!!なんだそれ?いくらおじい様だからって人聞きの悪いこと言うな!!
「いやいや、実は儂が長年連れ添ってきた妻も7歳年上の見合い結婚でね。それこそ周りから何でそんな婆様と結婚させられるんだ、かわいそうだなって言われたもんだが・・・。でもいざ結婚するとしっかり者で儂をよく支えてくれて・・・。あいつがいなければ政治家として到底生き残れなかったと思う。儂は孫の中でも特に林太郎に目をかけてるんだが、線が細いのが心配でね。それで美野里さんに会った時に、もし林太郎にこんなしっかりした年上の女房がいれば安心して任せられると確信して、旧知の継之助さんに声を掛けさせていただいたんだ。」
なんだそれ?昭和の価値観?いや、昭和の頃だってこんな奴いなかったと思うぞ。ここだけまだ文明開化の夜が明けてないのか?
ちなみに継之助とは私の祖父の名前である。
時代遅れの会話で盛り上がる老人二人にうんざりしながら、林太郎を観察してみた。
実際に18歳とかなり若いがその実年齢よりもさらに幼く見える童顔、色白でか細い体・・・。
確かにまだ線が細くて、体はポチャッとしてて物足りないけど、しっかり磨けば私好みの中世的な美少年になりそうだ。
それに何よりも遠慮がちで控えめで、なんでも言うことを聞いてくれそうな雰囲気がいい。
これなら育てがいがある。
彼を私の好きなように育てたらどうなるだろう・・・?
「大曲木先生さえよろしければ、明日にでも嫁にもらって欲しいくらいです。なあ美野里・・・。」
「あっ・・・ええ。はい。」
まずい!話を聞いてなくて適当に相槌を打ってしまった。
まあでもこの人だったら別にいいかもな。掘り出し物かもしれない。
「おおっ、そう言ってくれるか。林太郎もそれなら異存ないよな。」
「・・・・・。」
私が少し乗り気になってしまったことが悪いのか、それとも林太郎が抵抗しなかったことが悪いのか・・・。
この後、祖父や大曲木議員の強い押しによって縁談はとんとん拍子に進んでしまい、春からは林太郎と一緒に暮らし、その後林太郎が大学を卒業したら正式に入籍して結婚式を挙げるということまで決まってしまった。
私は構わないが、林太郎は大丈夫なんだろうか・・・?
まだ18歳なのに、こんなわけのわからない10歳も年上の女と結婚させられることになって。
ーー
「美野里さん、飲み過ぎじゃないですか?」
「ん~?まだまだ大丈夫だって。うるさいな~。」
昔の林太郎を思い出しながら、今の私好みに仕上がった林太郎を肴に飲むワインはうまい。いくらでも飲めそうだ。
とはいえ、あんまり飲み過ぎるとこの後のお楽しみに差し障るかもだし・・・。
「んっ・・・・!」
私は両手を広げて林太郎に甘えた視線を送った。いつものようにお姫様抱っこでベッドまで運んで欲しいと言うポーズだ。
「ああ、はい。よいっしょ。」
「なによ~、失礼でしょ。重そうな声出さないでよ・・・。」
私は林太郎に抱っこされながら林太郎の首に手を回した。
「ムフフ~、林太郎はいい匂いがするね~。」
「や、やめてください。シャワー浴びてきますから。」
「逃がさん!!」
私は林太郎の頭を強く抱きしめて、ベッドに引き込んだ。
「林太郎、好きだよ。愛してる。林太郎は?私のこと好き?」
「もちろんです。」
「ちゃんと言ってよ!」
「美野里さんのことを好きです。愛してます。」
「よくできました。明日は休みだから・・・ゆっくり朝寝坊して・・・それで起きたら表参道まで散歩してカフェでブランチしよっか~。」
「あっ、明日は課題が・・・。」
反論を許さないため、ムチュっと林太郎の口を塞いだところ、林太郎は戸惑っているようだった。
んふふ~、1年経っても初々しい反応がいいよね~。そう思いながら林太郎の服のボタンを外し始めた時だった。
「あっ、あのスマホに着信がありますけど・・・。」
「ええっ?」
スマホを見ると、確かに通話着信中である。
しかも秘書の美香からだ。
この時間に美香がわざわざ電話をしてくるということは大事な案件に違いない。これは出ないと。
「はい・・・。」
「ああ、美野里さん。金曜日の夜にすみません。」
「何かしら?」
思わず不機嫌な声が出てしまったため美香も恐縮している。
でも、林太郎とのお楽しみを邪魔されて少し不機嫌になってしまうのは女心としてやむを得ないだろう・・・。
「実はAOR社から至急見積を出して欲しいと言われまして、先ほどメールで資料をお送りしました。どうやら同社のECサイトに搭載するAIを使用したマッチングシステムみたいですけど・・・。」
「ビッグディールじゃないの!すぐに開発チームに連絡を取って!30分後にウェブ会議をセッティングして!今晩中に見積を作るわよ。それから、明日か明後日には、私が直接先方にプレゼンするからAOR社に申し入れてしておいて。たぶん当て馬のつもりだろうけど、圧倒的な価格競争力と性能を見せつけて獲りにいくわよ!」
そう言って電話を切ると、私はすぐにPCを立ち上げて美香から送られている資料をチェックした。
目の端の方では、所在なげな様子の林太郎が肩を落としながら部屋から出ていく姿が見えた・・・。
ーー
翌朝早く、私は出社のため素早く身支度をしていた。頭の中は昨日連絡があったビッグディールのことでいっぱいで、アドレナリンが大量に分泌されているのか、ほとんど眠れていないのに元気いっぱいだ。
ふとダイニングのテーブルを見ると、ラップが掛けられたサンドイッチと手書きのメモが置かれていた。
『よければ朝ごはんかお弁当に食べてください。お仕事頑張ってください。』
フフッ・・・林太郎のやつ、朝ごはん作っておいてくれたんだ。かわいいとこあるじゃん。
私は急いでサンドイッチを半分だけ食べると、
『ありがとう。パンが野菜で水っぽくなってたから、次からはパンにバターを塗ってね。』
と書いたメモを残して家を飛び出した。
しかし、林太郎も、まだまだ至らない点もあるけど、だいぶ先を読んで家事ができるようになったな。これも私の根気強い指導のおかげだよね~。
そう思いながら、林太郎が私の家に来たばかりの頃を思い出していた。
ーー
林太郎が私の家に引っ越してきてから3日目、彼はまだ新しい生活に慣れないようだった。
特に家での勝手がわからないらしく、いちいち私に聞いてくる。
「あの・・・飲み終わったペットボトルとかはどうしたらいいでしょうか?」
と言われたので、「ああ、後で洗って資源ゴミに出していくからその辺に置いておいて。」と言ったら、床の上に空のペットボトルが並べて置いてあったので、イラっとして思いっきり蹴っ飛ばしてやったこともある。
ただ、やる気はあるようだ。
「何かできることはありませんか?」「どうやったらいいですか?」と食いついてくるので、お風呂の沸かし方を教え、食洗器や洗濯乾燥機の使い方を教え、ごみの分別や出し方を教え、掃除機のかけ方を教えて・・・としていくうちに、気づけばほとんどの家事を林太郎が担当してくれるようになっていた。
「忙しい美野里さんと違って気楽な大学生ですし、当たり前ですよ。」と、はにかみながらかわいいことも言ってくれる。
もっとも、この間までは高校生だったので仕方ないのかもしれないが、家事の粗が目立つ。
洗濯物のたたみ方がおかしかったり、薄いグラスを食洗器に入れて罅を入れてしまったり、私がまだ寝ているのに洗濯機を回したり・・・。
シーツをなかなか交換してくれなかったので、シーツを投げて渡したらやっと気づいてくれたこともある。面倒だったが、気づくたびに根気よく注意してあげていると、直そうとしてくれているようで、最近になってようやくマシになって来た。
成長を感じられると育てがいがある、そう実感できた。