二度目の桜〜ルームメイト卒業〜
「写真撮ったりしないの?」
「いいよ。帰ろう」
三月十日。この日は従弟の梅本琉生にとって門出の日だ。
琉生の両親に代わって高校の卒業式に出席した私――高嶺桜は、保護者の間で浮いていた。
二人で同じ部屋に帰るのも、今日で最後だ。
琉生は今日、高校卒業と共に、十か月間の共同生活を送った私の部屋からも巣立つのだ。
†
大学受験のために進学塾に通う彼が、市内で一人暮らしをする私のルームメイトとなったのは昨年の五月だ。梅本家は辺鄙な山奥にあったから、それまで高校に通うのも一苦労だった。
琉生は私にとって可愛い弟のような存在だ。その彼の助けになれるのなら、と私は快く彼を受け入れた。
――お互いよく知った仲だし、何も問題はないはず。
私の甘い見通しは、ある意味で裏切られた。
高校三年生の彼は私より十センチ以上背が高く、想像よりずっと男らしかった。
とはいえ、私は社会人で年長者だ。大人として節度ある態度を貫いてきたのだが――
『合格したら、キスしてあげよっか』
なぜあんな約束をしてしまったのか。
――なあんてね、と軽く流すつもりだったのに、その一言が琉生を大いにやる気にさせた。
後になって水を差すこともできず、先月の私大合格の際、あの事故が起きてしまった。琉生の頬にキスしようとした時――
†
マンションのエレベーターの中、私は無意識に唇を指でなぞっていた。
幸い、昨日の国立合格については約束の範囲外になったようだ。
そんな、心が慌ただしかった日々も今日で終わりだ。
――でも、これで彼と離れ離れかと思うと、胸が締めつけられる。
帰宅後。
私は、平静を装って琉生に問いかける。
「もう実家に帰る? 今夜まで泊まってもいいけど」
「桜」
どきりとした。
この前まで「桜姉」だったのに、いつの間に呼び捨てになったのか。
「俺、桜のこと本気で好きだ。大学もここから通いたい」
「……ちゃんとよく考えたの?」
正直、嬉しい。
この一年足らずで、私は優しく健気で努力家の琉生にすっかり惹かれていた。
でも、琉生のためになる選択だとは思えなかった。
「私はあなたより九つも歳上よ。大学で新しい出逢いもあるだろうし」
「そんなの関係ない。桜が俺の一番だよ」
琉生は私に腕を回して来た。
これまでもハグは何度かあったが、私は過去最高にドキドキしていた。
「――ねえ、まだご褒美もらってなかったよね」
この日、私たちは「ルームメイト」という関係を卒業した。
――そして、同棲する恋人同士になった。