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猫屋敷律子の共感覚事件簿 6

作者: はとり

 放課後。僕と猫屋敷は部活に行こうとしていた上野を呼び止めた。


「上野さん、話があるからちょっと時間もらえるかな?」

「あんたは確か、犬井だっけ。それに猫屋敷さんも。それであたしに何の用?」

「盗まれたブレスレットの件だよ」


 僕は少し目力を入れて上野を睨んだ。刑事ものでよくやってそうなイメージだ。だけどすぐに蛇のような目で睨まれた。


 やっぱり怖ええええ。


「はぁー、分かったわよ。部活行くから、あんま時間取らせないでよね」

「よ、良かった。それなら少し場所を移そうか」


 上野のクラスである二組の教室には、まだ数名の生徒が残っていた。なので僕たちは人気のない教室に入った。ここは普段誰も使っていないので安心して話せる。


「それで盗まれたブレスレットがどうかしたって?」


 上野は腕を組んでこっちを睨みつけていた。本当なら猫屋敷にすべて会話を任せたいのだが、彼女は感情が無くなったような顔で棒立ちしている。

 やっぱり僕が話を進めないとダメみたいだ。怖いけど頑張るしかない。


「えっと上野さん、実はあの、なんて言うかさ、その……」

「まどろっこしいわね。さっさと本題に入りなさいよ!」

「本題に入って」


 こいつ。猫屋敷までそんなこと言ってくる。


「分かったよ。単刀直入に聞くけど、君がブレスレットを盗んだんじゃないのか?」

「はあ? その証拠はあんの?」


 まあ当然、そう聞いて来るよな。というか怖ええええ。


「二人のブレスレットのことを事前に知っていたのは、上野さんか新井くんしかいなかった。その日、新井くんは体育を見学していた。保健室の先生にも聞いたけど、本当に足が痛かったらしいよ」

「つまり何が言いたいわけ?」

「これを客観的に見てどう思うかだよ。普通、そんな病人がブレスレットを盗むかな?」


 上野犯人説は全部、猫屋敷が言い出したことだ。 僕はこれを信じたわけだから、今は上野をどう追い込むかが重要だ。


「あのさ。前にも言ったけど、盗むとしたら男子の方じゃん。着替える時に男子なら盗める時間もあるわけだしさ」

「いや、それは女子も同じだよ。岡崎くんはいつも着がえずに購買に行くんだ。彼がいない間に、上野さんが盗むことも可能だよ」


 岡崎たちが購買から戻ってきたのは、昼休みの半分を過ぎていた。それだけ教室にいなかったら、十分に盗めるはずだ。


「上野さんは岡崎くんの友達なんだよね。それくらいは知ってると思うけど?」

「……そうね。確かにあたしでも盗めるかもね」

「なら」

「でもさ、そんなのあたしが盗んだ証拠にならないよね? ブレスレットだって女子は目ざといんだから。ペアルックなんて付けてたら、普通に女子は察するのよ!」

「うん、そうかもね。誰がどこでどんな思いを抱いているのか、僕には分からないよ。他の女子が盗む可能性だってある。だからこれだけで君が犯人とは言えない」

「はあ? なら何が言いたいの? 勝手な憶測だけであたしが犯人だって言うわけ? ほんとにバカにするのもいい加減にしてよ!」


 馬鹿にしたように鼻で笑われた。


「僕たちが持ってる証拠は少ない。だから君が犯人だと断定するのは難しいよ」

「それならどうして?」

「それは横にいる猫屋敷が言い出したんだ。上野さんが犯人だって」


 僕は横でボーっと立っている猫屋敷に話を振った。このままだと僕だけが喋ることになる。探偵部なら少しは会話に参加してくれよ。


 僕は彼女の背中を押した。トテトッテ、とふらつくような足取りで前に出る。


「猫屋敷さんまで……」


 上野の態度が僕の時と違う。さすが全校生徒に変人だと思われているだけはある。

 僕の時なんて、完全にモブキャラ扱いで舐められていた。


「わたし、上野さんが犯人だと思うの」

「だからその証拠を出せって言ってのよ!」

「感情の色が見えるの。それで見たわ。見えたの」

「はあ?」


 そりゃそうだよな。僕だって最初に言われた時は、上野と同じ反応をした。こんなことを言われても信じる奴はいない。


 たとえ共感覚を本当に持っていたとしても、はいそうですか、とはいかない。ミステリーを超能力で解決しても誰も納得しないだろう。


「ブレスレットの話をした時、上野さんから赤い色と青い色が見えたわ。真逆の色よ」

「……」


 上野なんて呆れて言葉も出ないらしい。


「考えてみたの。どうして反対の色が見えたのか。今ようやく分かったわ。この赤色と青色が、どんな感情を表してるのか」

「フンっ! ほんとくっだらない。だったら言ってみなよ!」

「嫉妬と罪悪感よ」


 そう言った瞬間、バンと上野が机を叩いた。その音は静かな教室にいやに反響する。


 猫屋敷に話をふった理由は、上野の心理を詳しく見たかったからだ。だけど予想以上に感情をあらわにしてくれた。誰がどう見ても、これは自分がやったと言っているようなものだ。


「やっぱり話になんないわ! そんなくだらない話に付き合ってるほど暇じゃないの!」


 上野は鬱陶しそうにこっちを睨みつけてから、そう吐き捨てるように言った。そして部活カバンをつかむと、そのまま教室の外に出ようとする。


 やはりこれだけではまだ足りない。

 いくら彼女が動揺したからって、それだけでは彼女が盗んだと断定はできない。


「あともう一つだけ聞いても良いかな?」


 それを無視して扉に手を掛けようとする。


「上野さんが盗んだのは、山本さんのブレスレットなんだよね!」


 彼女は振り返りざまに睨んできた。ほんとによく睨む人だな。蛇に見つかった蛙の気分だけど、ここで言わなければいけない。


「さっき山本さんのロッカーに盗まれたブレスレットが入ってたんだ。このタイミングに返ってきたのも変だけど、それよりも山本さんが付けていたブレスレットに違和感があったんだ。以前、彼女が付けていたブレスレットは緩んでいたのに、今さっき彼女が付けていたのは腕にぴったりなサイズだったんだよ」

「そんなの遥香が直しただけでしょ?」

「僕も最初はそう思ったけど、山本さんは直してないって言い張るんだよ。だから二つのブレスレットを見比べたんだ。当然、ペアルックだから形の違いなんて無いけどさ、一つだけ違うところがあることに気づいたんだ」


 僕はポケットの中から二つのブレスレットを取り出した。さっき山本さんに借してもらったのだ。

 二つのブレスレットを左右の手でつまむ。その方が分かりやすい。


「ペアルックなのよ。違いなんてあるわけ……」


 だけど上野の声は尻すぼんでいった。どうやら二つの違いに気づいたらしい。

 僕はまだ分かっていない猫屋敷に説明してあげる。


「猫屋敷、長さだよ。長さ」


 得意げに言うと、彼女はむーっと口をへの字に曲げていた。


「分かってたわ」

「いや、絶対気づいてなかったろ。それに今もちょっと不機嫌になってるじゃん!」

「なってない。知ってたわ。気づいてたもの」


 こんな風に猫屋敷もいじけることはあるんだな。


「そういうわけで、ペアルックにも男性用と女性用でそれぞれ長さが違うんだよ。男性の腕は太いから、それなりに長くしてるんだろうね」

「だ、だから何だっての? それくらい知ってたし」


 いや、さっき驚いてたよね。


「山本さんはずっと岡崎くんのブレスレットを付けていたんだよ、さっきまで。犯人が山本さんのブレスレットを返したから、二つも入ってれば自分にピッタリのサイズを腕に付けるよね」


 僕たちは最初から間違っていた。盗まれたのは岡崎のブレスレットではなくて、山本のブレスレットだったのだ。


「そうなって来ると話の前提が変わるんだよ。だって山本さんのブレスレットを盗むとすれば、上野さんが一番盗みやすいわけだからね」

「それは……」


 その時、初めて上野は言葉に詰まった。

 あと一押しもすれば、さすがに自白してくれると思うんだけど。


「それに犯人はバカだよね。こんなタイミングでブレスレットを返すなんてさ。焦ったのか知らないけど、山本さんのロッカーに入れるんだから。こうなると新井くんが犯人じゃないのは確定したようなものだよ。今日はずっと岡崎くんと一緒に行動していたからね」


 上野は唇を噛み、握りこぶしを作っていた。これだけ証拠を提示したんだ。他に言い逃れるする方が無理がある。僕は黙り込んだ彼女を見た。


「やっぱり上野さんが盗んだよね?」

「あ、あたしは……」


 その続きを言いたくないのか、彼女は扉を開いた。自白するよりも逃げることを優先したようだ。

だけど扉の先には山本が立っていた。逃げようとする上野を抱きしめる。


「遥香……」

「美咲ちゃん、私は怒らないから。本当のことを言ってよ。私たちは親友なんだよね?」


 扉越しでもさっきまでの会話は聞こえていたのだろう。もしも上野が逃げた時のために、ストッパー役として外で待機してもらっていた。


「あたしは……あたしが……したのよ」


 抱きしめられた上野は、小さい声でそう自白した。


「どうして? もしかして私のこと嫌い? ずっと親友だと思ってたのは私だけ?」

「違うよ! 遥香のことはもちろん大好きだよ! 

小学生の時から一緒なんだよ。あたしも親友だと思ってるよ。でも……辛いんだよ。遥香と剣也が付き合ってるのを見てるとやっぱり嫌だった。ほんと、性格悪いよね。あたし、剣也のことが好きだったんだ。だから二人のことを素直に喜べなかった」

「美咲ちゃん……」


 上野が岡崎のことを好きだとは知らなかった。だけどそれが動機だったのか。確かに人前で頭を撫でたりするような仲だし、そんなの普段から見せられたら辛いだろうね。


「ダメだと分かってても、遥香のブレスレットを盗んだの。本当にごめんなさい」


 嫉妬と罪悪感、そんな気持ちが同時にあったからこそ、上野は盗むという手段に出たのだろう。だけどそれは高校の中であっても許されることではない。盗みは完全に犯罪だ。


 この後は二人の問題な気がする。

 これ以上、僕たちが関わることはない。この後に二人の仲が良くなろうが、悪くなろうが、そこまでは僕らには関係ない。ぶっちゃけ、僕は早く帰りたいんだ。


「ほら、猫屋敷」


 猫屋敷を連れて出ようとする。だけどこいつは空気を読まないやつだった。


「どうして山本さんは、岡崎くんのブレスレットをつけてたの?」


 まためんどくさいことを。もう解決したんだから、なんだって良いじゃないか。


「信じてもらえないと思うけど、体育の授業が終わったらブレスレットは返すつもりだったの。でも、ポケットに入れて走ってたらグランドに落としちゃって。ロッカーの中にブレスレットが無かったら、遥香が悲しむだろうと思って、岡崎のブレスレットを入れたの。これも全部、あたしの自己満足だよ。遥香に嫌われることをしたのに、最後まで嫌われたくなかったの。あたしは最低な人間なんだよ」


 上野はそう言った。だけどブレスレットをグランドに落としたって、どうやって見つけたんだ? 


 ただでさえ小さいから見つけにくのに、金色のブレスレットだよ。そんなの簡単に見つけられるはずがない。


 その時、上野が一人で走っている姿を思い出した。

 もしかして遅くまで走っていた理由って……。


「でも美咲ちゃんは、私を悲しませないためにそうしてくれたんだよね?」

「それは……」

「剣君よりも私の方を大事だと思ってくれたんでしょ?」


 良く分からないが、この二人はすぐに仲直りしそうな気がする。今度こそ僕たちの出る幕は無いので、猫屋敷の首根っこを掴む。


「犬井くん、離して」

「ダメだ。こうしないとまた面倒なこと言い出すだろ」

 僕たちは教室を出た。


 廊下にはオレンジ色の西日が差し込んでいる。

 何となく放課後の気怠い空気を感じた。


 もう夕方か。自分たちの教室に戻りながら、僕と猫屋敷は無言で歩いていた。もともと僕たちはそんなに会話をする間柄でもない。

 そう思っていたら、猫屋敷が話しかけてきた。


「犬井くん、やっぱり探偵部に入部するべき」

「嫌だよ、最初にも言っただろ。僕は無駄なことが嫌いなんだ。ブレスレットの件は仕方なくやっただけだからね。探偵部には入らない」

「そんなの嫌よ」

「嫌って言われてもな、僕だって嫌なんだよ。それに今回はたまたま運が良くて解決できたけど、こういうのは苦手なんだ」

「でも笑ってたわ。謎が解けた時、笑ってた」


 そんなに僕って笑ってたのかな。案外、自分のことには気づかないものだ。


「夢中になってたのは認めるよ。だけど部活なんて何の意味があるのか分からない。やっぱりどうしても無駄に感じるんだ」


 気付いたら教室の前まで来ていた。すると猫屋敷が袖の端をつまんだ。


「犬井くん、一つだけ違うわ」


 振り返ると彼女は僕を見上げていた。そのまま胸元を掴まれて彼女の顔と急接近する。


 教室から差し込んだ夕日が、彼女の目を赤く染めていた。僕の顔もきっと赤いはずだ。

 これほど夕陽に感謝したのは初めてだ。


「無駄なものは、確かに無駄よ。でも人生に彩りをくれるのは、その無駄なの」


 猫屋敷はそう言うと、猫のように目をぐにゃりと細めて笑った。

 言うだけ言って彼女は二組の教室に入っていく。気づいたら僕は彼女の腕を掴んでいた。


「最初の時に聞きそびれたんだけどさ、僕を探偵部に誘った三つ目の理由は何なの?」

「寂しい色をしてたの。それだけよ」


 手を離すと彼女は教室に入っていった。寂しい色ね。その言葉は、やけに僕の心に良く響いた。


「そうかもね……」


 僕は一人でも全然平気だ。むしろ快適とすら思っている。無駄な人間関係に悩まなくてもいい。

 今回のブレスレットの件も、人間関係がこじれてそうなったのだ。

 そんな面倒なことに巻き込まれるなら、一人で過ごした方が良いと思っていた。


 だけど。もしも、そんな無駄なことにも価値があるのなら、本当にあるのか確かめたい。

 その一歩は、きっとこの言葉で踏み出せる。


「猫屋敷、やっぱり探偵部に入れてくれ」


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