009 取引という名のお茶会
「本日は、お招きに与りましてありがとうございます」
あいつのようになりたくない私は、オルド公爵との面会を内密にお願いをした。
私の立場に理解ある公爵は、それを快く受け入れてくれたのだ。
表向きは実家に一時帰宅するということにして、私は公爵家を訪れた。
客間に通された私は、急なお願いだったにも関わらず温かい歓迎を受けた。
中庭に設けられたテーブルには湯気を立てた紅茶が用意されており、たくさんの焼き菓子なども並べられていた。
そのどれもが、王宮では食べれなかったものたちばかり。
「急なお願いでしたのに、このようなお気遣いまでしていただき本当に申し訳ございません」
私が公爵へ頭をさげれば、なぜか給仕をしていた侍女や案内してくれた執事などの驚くほど嬉しそうな視線が刺さる。
私、何かしたかしら。
ああ、もしかして勘違いされてるとかかもしれないわ。
公爵は婚約者がいないって聞いたし。
もしかして私、婚約者候補と勘違いされているのかも。
だとしたら申し訳ないわ。
ただこっちが、巻き込んでしまっているだけなのに。
って、先ほどから公爵の反応が全くないのだけど、私なにかしでかしたかしら。
向かい側に座ったまま、じっと私の顔を見られているし。
「あ、あの?」
私がその顔を下から覗き込むと、静かだった公爵がぽつりと口を開いた。
「……今日も翡翠の姫は一段と美しいなぁ」
「! な、なん、なな、あの! なにを急に言い出すのですか」
私にとっては爆弾のようなその発言に、思わず舌を噛んでしまう。
社交辞令とはいえ、急にそんなことを言われると心臓に悪すぎるんだけど。
しかも周りのキャッキャした雰囲気がさらに加速してしまっているし。
もーおー。勘違いさせちゃってるじゃないの。
「いや、俺は思ったことしか口に出さないからな。だいたい、言われたことはないのか?」
「ああ、殿下にですか? お会いしたのも、あの会場がほぼ初めてですけど」
「王宮に入って何年だ?」
「たぶん10年ほどかと」
そう。よく考えればわかることだわ。
いくら偶然がイロイロ重なったとはいえ、同じ王宮に住む人間に10年も会えないなんてことは異常なのよ。
忙しくたって、会おうと思えば会うことなど簡単なはずだろうし。
だけどそれをあいつはしてこなかった。
だって会うことになんて意味がないから。
もっとも今となっては、こっちから面会拒絶だけどね。
冗談じゃない。
あんなヤツの顔なんて、二度と見たくもないわ。