004 低俗すぎるその人格
「で、殿下……あの、アマリリスにございます」
「……」
「あの……」
あまりに惨めで、悲しくて。
気づけば私は、婚約者であるヒューズに声をかけていた。
しかし楽しい談笑を邪魔された彼は、先ほどまでの表情を一変させた。
眉間にしわを寄せ、怪訝そうな顔で私を見る。
その顔を見れば、なんでわざわざ邪魔をしにきたのか。
そう書いてあった。
私がご自分の婚約者候補だって知らないはずなんてない。
この方は知っていて、こんな態度をされているんだわ。
でもなぜ?
私は嫌われるようなことなんて、一つもしていないのに。
むしろ今まで、この日のためにただ全てを我慢してきたというのに。
「ああオルド公爵、珍しいですね。貴方が夜会に参加なさるだなんて」
私から視線を逸らした殿下は、私ではなく、その隣にいるエスコートしてくれた黒髪の貴族に声をかけた。
オルド公爵様。
そうか。
この方がこの国の三大公爵様の一人なのね。
それなのに私、全く知らなかったなんて。
とても失礼なことをしてしまったわ。
「今日は国王陛下から大事な発表もあるので必ず参加するように、と言われて仕方なくね」
「ふーん。で、それを連れてきた、と?」
今、この方は私のことを鼻でソレって言ったの?
まさか人前でそんな風に言うだなんて。
仮にも人前で、こんな風に婚約者を扱うだなんて。
「ご自身の婚約者にずいぶんな物言いですね。もう少し大事にされた方がよろしいのでは?」
「ははははは。自分の婚約者すらままならない黒髪になど、言われたくもないなぁ」
「黒髪って」
黒い色の何がいけないのかしら。
そんなのただの色じゃないの。
ああでも、この国って確か黒は不吉な物とされていたっけ。
死の象徴とか、闇を呼ぶとか。
子どもじみた迷信を信じるんだなとは思っていたけど。
それを、この国の王太子である人まで口にするだなんて。
低俗だ。
って言ったら反感を買うわね。
でも、つい口に出してしまいそうな自分がいた。
なんで私はこの国の人間なのに、そういう風に思うのか。
それだけは分からぬままに。
「人の批判よりもご自身の行動を見返したらいかがですか? 上に立つ者がするようなことではないですよ」
「なんだと!? 王太子のオレにそんなことを言っていいと思ってるのか!」
「そうですね。あなたはまだ王ではないですので問題はないかと?」
「なんだとぉぉぉぉぉ‼」
肩を震わせ、顔を真っ赤にしたヒューズが立ち上がった。
会場の視線は一気に私たちに集まっている。
流れる音楽すら耳に入らないほど、皆が息を呑んでいた。
しかし次の瞬間、高らかな音が鳴り、国王陛下が夜会へと入場してきた。