003 婚約者はハーレムの中
「まぁ」
「あ、あれは……」
「ねぇ、見て」
扉を抜けると、たくさんの着飾った貴族たちがいた。
彼らの視線が私たちに突き刺さる。
扇でその口元を隠していても、直接は見なくても、その場にいたほぼすべての者たちが私と隣に居る漆黒の髪の貴族の話をしているのがわかる。
ああ、やはりこんなことなら一人で我慢して入れば良かったわ。
きっと王太子殿下の顔に泥を塗ってしまったわね。
「さてさて、貴女を置きざりにした張本人はどこですかね」
「え、あ、あの。それはもう……」
「もう? 何にも良くなどないですよ。こんなに美しい貴女の顔を曇らせたのですから」
「それは……」
「さぁ、行きましょう」
彼は貴族たちの視線など、気にもしていなかった。
むしろ顔色一つ変えることなく、私の手を引きながら優雅に人の波をかきわけていく。
力強い歩きや動きに、私は自分がどこにいるのかも一瞬忘れた。
ああ、この人が婚約者だったら良かったのに。
こんな風に誰の顔色を窺うことなく、それでいて私をちゃんとリードしてくれる。
どうして……。
どうして私の婚約者は彼ではないのだろう。
なんて思ったら、不敬罪に当たるわよね。
身分の低い私が、王太子殿下の婚約者に選ばれただけでも名誉なことなのだから。
でも許されるのならば……。
誰かに恋心を抱くことぐらい、許して欲しい。
「ああ、いましたよ? 彼ではないですか、アマリリス嬢」
「え?」
彼の視線の先に、王太子殿下……ヒューズはいた。
私、名前しか言わなかったのに。
もしかして、初めから私が殿下の婚約者だって知っておられたってこと?
しかしそんな疑問も、すぐに頭から消えてしまっていた。
殿下が一番奥のソファーに腰かけ、片手にはワイングラスを持っている。
彼はいつからそうしていたのだろう。
ほんのりと頬は赤い。
真っ赤なマントに金細工の刺繍。
瞳の色に合わせたマントや装飾品が、高貴な身分を示している。
そして金の髪をかき分けた時、彼の青い瞳と視線がぶつかった。
しかし彼は私を見なかったかのように、両脇にいる華やかで豊満な女性たちと談笑を続けてる。
談笑と言えないほど、その女性たちとの距離は近い。
足も肩もぴったりとくっついている。
「……」
言葉など発することも出来なかった。
私は今、何を見せられているのだろう。
あんなに会いたかった婚約者が目の前にいるというのに。
私はただ、この方に会えることをずっとずっと夢見て来た。
だけど目の前のこの現実はなんなのだろう。
あれだけ会いたかった婚約者が、ぴったりと女性に寄り添われて鼻の下を伸ばしているだなんて。
ふと頭に、ハーレムという言葉が浮かんだ。
だけど私はその言葉の意味を知らない。
知らないけれどもなぜか、ふつふつと怒りがこみあげてきた。