002 度重なる偶然
本来だったらこの夜会へは、お相手である王太子殿下と入場をするはずだった。
しかし会場についた私に告げられたのは、すでに王太子殿下は入場をしているとのこと。
今回もまたなぜかすれ違い。
こんなにも偶然が重なることなんて、あるのかしら。
いくらなんでも酷すぎるわ。
今日こそは大丈夫だって思っていたのに。
こんな時にまでと泣き出しそうになる私に、一人の貴族が声をかけてきた。
「美しい翡翠の姫。どうされたのですか? そのような悲しそうな顔をされて。エスコート役も見えないようですが」
「あの……。それが……何かの手違いで先に入られてしまったようで……」
黒く短い髪に紫の瞳のその貴族は、格好からしてもかなり身分は高そうだった。
しかし私はお妃教育という名のこの閉ざされた世界で生活をしているため、あまり他の貴族のことは詳しくはない。
親切に話しかけて下さったのに、お名前も知らないなんて。
私なんて失礼なのかしら。
でも今ここでお聞きするのは、もっと失礼にあたるわ。
貴方のことを知りませんって、自分から言っているようなものだもの。
お妃教育も大事だけど、国内外の貴族の方たちの名前と顔を覚えることもその中に入れてもらわないとダメだわ。
これこそ、最低限のマナーだと思うもの。
「それはまた……。災難というよりも、どうしてそうなったのか追求せねばいけないですね」
「いえ、でも……。きっと何かあったのだと思います」
「だとしても、ですよ。あなたにこんな悲しそうな顔をさせるなど許されることではありません」
「……」
でなければ、自分の婚約者となる者を置いてきぼりになんてしないはず。
違うわね。私がそう思い込みたいのかもしれないけど。
「貴女のような美しい方が一人で入場などするものではない。今宵だけはエスコートさせていただけませんか、翡翠の姫よ」
「あの、でも」
「ああ、あいにく俺には婚約者がいないので。ここは人助けだと思っていただけると幸いです」
そう言って彼は軽くウインクした。
なんだか女性の扱いに慣れていらっしゃる方ね。
婚約者がいないなんて、そんな風に見えないわ。
遊び人さんなのかしら。
でも、私には他の選択肢もない。
「それなら……お願いいたしますわ。あの、私は翡翠の姫ではなくアマリリスと申します」
王太子の婚約者たる者、他の男性の手を取って入場などしてはいけないとは思う。
だけどこんな大きな夜会に一人で入場なんかしたくない。
いくら仕方がないとはいったって、惨めすぎるもの。
かといって引き返せば、せっかく今日のために仕立てたドレスも、朝から頑張ったメイクも全部台無しになってしまうわ。
ダメだと分かってはいても、私は縋るような思いで彼が差し出した手を取った。
そして後ろめたさを隠し、仮面のように作った笑顔で彼と入場した。