十一話 見知った天井
こ、ここは?
見知った天井だ。
そう、ここはローゼの洞窟の家。
アカシアの木で作られているが、封印されていた月日が物語る通り、湿気でボロボロだ。
そうだった。
俺はセシアの声に導かれて洞窟まで辿り着いた。
マーラでの日々は、まだ数か月しか経過していないが濃密な時間である。
思えばローゼには凍傷を理由に足を切断されている。
改めて考えると酷い話である。
しかし、どうやら俺は瞬天して不動明王に化身してアヤカシを一掃した後に力尽きたようだ。
そして足を切断された魔女に今度は命を救われるとは何たる話なのか。
でもローゼの祖先であるセシアはローゼを助けて欲しいと言った。
そして俺も助けなくてはいけないと無意識で思った。
何故だろう。
恨みこそあれ、彼女を助ける道理は無い筈なのに。
「目覚めた?」
ローゼはあの時とは違う心から心配しているかのように朝食を雄一の元に持って来た。
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ゴッサンは見た。永久凍土と呼ばれたこの地の雪の世界が溶けていくのを。
みるみる緑が、あの子供の頃に見た景色が蘇っていくのを目の当たりにした。
東の方向から一条の光が天に向かって勢いよく伸びて行くのも見た。
その時にハサンと呼んだあの男が成し遂げたのだと悟った。
「やったな、ハサン」
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俺はローゼと今後の事を話す。
恐らく俺が元の世界に帰るには、俺をこの世界に送り込んだ魔将軍メロスに会わなくてはならないこと。
大魔司教ガリウスは俺にとっても宿願の敵である事をローゼに告げる。
かつてのハサン達(ハサンを名乗った聖騎士達)が旅したようにマーラを回る過酷な旅になるだろうと。
ところでと前置きした上でローゼに尋ねる。
「いつからアヤカシは、出るのだ?」
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私は言われて初めて気付いた。
封印の洞窟に縛られる前はアヤカシなんていう魔物は現れなかった。
付近の村の子ども達も普通に森を行き来して遊んでいた。
遥か昔に雄一の先祖である何代目かのハサンが邪神を討伐した。
それでアヤカシはいなくなったと聞いている。
それではあの日大魔司教ガリウスが、この洞窟に来た事と関係があるのかもしれない。
正直私は聖騎士には関わり合いたくなかった。聖騎士の従者の末裔というだけで奇異の目で見られる。
だから雄一が「付いてこい」と言われた時に悪寒が走った。
どこまでも私の人生に陰を落とすのかと。
眼の前で勝手に化身して倒れやがった。
コスパ悪いな、こいつ。
しょうが無く家まで運んで食事を与えたが早く出ていって欲しかった。
しかし、この時誰も気づいていなかった。
雄一を召喚したのはローゼ本人であること。
魔将軍メロスの御業で異世界に転移されたのではない。
ローゼが無意識下で雄一を召喚したのだ。
封印の洞窟へ引き寄せたのもローゼである。
そして永年の伝記や伝説にありがちな話だが内容が歪曲して伝わる事がある。
聖騎士の従者の末裔ではなく、召喚士こそ主であり聖騎士が従者なのだ。
だから、ローゼが死なない限り聖騎士は復活する。
切り落とした雄一の足首が復活したのはそのせいなのだ。
この事実を知るのは現世には誰もいない。
そう霊体であるセシアを除いては。
続く




