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第98話 ロールプレイングゲーム

 黒幕。

 世界を滅ぼす者。

 朝比奈久遠という、本来の勇者に勝利してしまった邪悪。


「元々、超越存在のお二方は、そういう契約でこの世界に来ましたよねぇ?」


 大翔にとって不倶戴天の敵対者が、白銀の月へと姿を現した。

 相変わらず、頭からすっぽりと闇を纏うような黒いローブで。陰鬱と軽薄、そして大翔に対する蔑みが混ざった声を響かせながら。

 何もかもを台無しにするため、この場に姿を現したのである。


『ちょっと今、彼と話しているから。静かにしていてよ』

「――――うぎっ!!?」


 そして、姿を現した瞬間、夜鯨の化身――黒猫によって、その力を奪われていた。

 それはもう、あっさりと。帽子でも取るかのように簡単に。黒幕はその身に纏う闇と、夜の眷属としての力をはく奪されたのである。


「ふ、くくく、随分と手荒い歓迎ですね、夜鯨」


 だが、それでも黒幕は黙らない。

 魂の一部を千切られるような苦痛を受けても、自らの正体を隠す闇を失っても。

 黒幕は口元に不敵な笑みを浮かべて、黒猫と向かい合っていた。


『じゃあ、ヒロト。早速だけど、女王とボクを権能で戻してくれるかな?』

「あー、その前にですね。この世界の環境と、吸収した人間を元に欲しいのですが」


 しかし、黒猫はこれを完全にスルー。

 相手にする価値はないとばかりに、大翔と交渉を進めている。


『ん、それに関しては大丈夫だよ。ボクと女王はそれなりに古株の超越存在だからね。君の救済を受け入れると同時に、ボクたちが起こした被害を復元するように『設定』することぐらいは朝飯前という奴さ。ねぇ、女王?』

『えっ? クジラ君ってそんなことできたの???』

『…………』

『軽蔑! 軽蔑の眼差しを受けているよぉ! でもでも! 仕方ないじゃん! 私ってば、肉体の一部を損傷しているから! それを埋めるような何かが無いと、上手く力が扱えないというか……』

「あ、天涯魔塔で『花飾りの王冠』っていう、冬の女王――貴方に関係しているであろう、特別なアーティファクトを見つけたんですが?」

『それぇ! 失くしていたと思ったそれぇ! 大丈夫! それさえあればもう、ドジっ子系超越存在なんて言わせない!』

「誰が言ったんだ、そんな不遜なこと…………えーっと、俺の仲間に、ソルっていう勇者が居まして。その故郷の世界がですね――」

『あ、みなまで言わなくても大丈夫! 思い出した! 凄く馬鹿なことをしたのを思い出した! 思い出したので! ついさっき、ぱぱっと凍結を解除したし、世界環境も修復したし! なんかクソむかつく尻軽女の所為で死んじゃった魂も、私が吸収してたっぽいから、それも合わせてサービスとして復活させておいたよ!!』

「凄い、行動が早い」

『後、愛し合う男女は再会すべきだと思うから、ソルっていう勇者の下へ、あの可愛らしいメイドさんを転移させてあげたけど、これでよかったかな?』

「パーフェクトです、女王」


 黒幕をよそに、大翔と超越存在二体は和気あいあいとやり取りをしていた。

 会話の内容自体は、神々のやり取りにも等しい領域であるが、会話の雰囲気はまるで仲のいいクラスメイト同士の様。

 傍から見れば、このまま何事もなくハッピーエンドに向かうことを確信するような、そんな和やかな雰囲気だった。


「――――ひどいなぁ。私を裏切るのですか? 冬の女王」

『うにゅっ!?』


 そして、黒幕はそんな雰囲気を台無しにすることを得意としていた。

 特に、誰かの弱みを握り、場の空気を壊すことなどは朝飯前である。


「貴方たちを招き入れるために、私はあらゆる障害を排除しました。貴方たちの安住の地を提供する代わりに、この世界を――人類を根絶やしにして欲しいと。そして、確かに貴方たちは了承したはずです」

『む、むむむ、そっかぁ。んー、確かに、ううーん。約束は、あるかぁ』


 加えて、大翔の権能で『ある程度』の理性を取り戻しても、超越存在の感性は人と異なるものだ。


『だったら、約束は、んんー、守った方がいいのかなぁ?』


 従って、時に、罪なき人々の命よりも、たった一人の人間との約束ごとへと天秤が傾いてしまうこともあるだろう。


『あ、ボクはそんな契約を了承した覚えはないし。そもそも、裏切る以前に、お前を仲間として認めたことは一度も無いよ』


 もちろん、そうではないパターンも普通に存在するのだが。


「くふふ。いやぁ、それは残念ですねぇ」

「…………」

「おっと、佐藤大翔。何やら私を睨んでいますが、何か文句でもありますかぁ?」

「…………そのローブの下、もしかして裸?」

「見ないでください、殺しますよ、カス野郎」


 ともあれ、黒幕の参入によって、大翔が望んでいた『何事もなく平和な交渉』は終わりを迎えた。

 冬の女王は黒幕へ。

 夜鯨は大翔へ。

 それぞれが対立するように、異なる人間の肩を持っている。

 ただ、対等に見えるこの状況は、実は大翔にとっては不利である。

 何故ならば、仮に、二体の超越存在が意見の違いで争いを始めた時、その被害を受けるのはこの世界だ。そして、滅びかけた世界は超越存在同士の余波には耐え切れない。

 黒幕が世界の滅びを目的としているのなら、その時点で目的が達成できてしまう。


『大体、女王。そこの人間を憐れに思う思考でさえ、ヒロトの権能によるものだろう? 加えて、お前の欠けていた部分を持ってきたのもヒロトだ。ただ願うだけの人間よりも、役に立った人間の願いを優先させるのが道理じゃないのか?』

『ん、んんんー、でもぉ。この子は多分、誰も味方がいないから……私だけでも味方になってあげないと駄目だと思う……』

『女王、その憐憫は誰も幸せにしない』

『わ、わかっているってば!』


 二体の超越存在の間には、既に亀裂が生まれ始めている。

 今から大翔が言葉巧みに説得しようにも、その間に『喧嘩』が始まってしまう可能性は見逃せない。何より、黒幕がその間、何も仕掛けてこないわけがない。

 故に大翔は、予め考えておいた策の一つを発動させようとして。



『――――そうだ! ゲームで決めよう!!』



 それよりも早く、冬の女王が状況を変える一言を放った。


「「『ゲーム???』」」


 その一言は大翔や夜鯨はもちろん、黒幕でさえも首を傾げてしまうものだったが、場の空気を掴んだのは紛れもなく事実。

 従って、三人は必然と冬の女王の言葉を待つことになる。


『うん、ロールプレイングゲームって知っているかな? 簡単に言ってしまえば、何かを演じて遊ぶための『ルール』があるごっこ遊びみたいなものだけど。あ、ヒロトや『ユイ』にとっては、レベルを上げたりしてキャラクターを強くしていくゲームの通称として有名だっけ?』

「実名ぇ……」

『ご、ごめんごめん! ともかく! ともかくね? ユイとの約束は守りたいけど、そうなるとヒロトに対する不義理になっちゃうからね? いっそのこと、クジラ君も含めてロールプレイングゲームで勝負すればいいんじゃないかなって!』

『……女王、説明が下手だ。わかりやすく言って』

『ええぇ!? ちょっと待って、今、纏めるから!』


 以下、冬の女王が夜鯨に駄目だしを食らいながら説明した内容となる。


 ロールプレイングゲームの舞台は、冬の女王が作り上げた仮想世界である。

 大翔はその仮想世界で、冬の女王から割り当てられた役柄を演じつつ、勝利条件を満たさなければならない。

 そして、冬の女王と黒幕は、大翔が勝利条件を満たす前に大翔を殺害することが、勝利条件となっている。

 無論、この条件では冬の女王と黒幕が圧倒的に有利なので、夜鯨は仮想世界内部に入り込み、大翔の手助けをしていい。

 加えて、大翔は仮想世界に仲間となる者を連れ込んでもいい。

 ただし、仲間の性能は冬の女王によって『制限』を受けて、本来よりも弱体化する可能性もある。夜鯨がその『制限』に対抗することで、逆に本来よりも強化されることもある。

 なお、仮想世界での配役が用意されるのは大翔だけであり、仲間たちは『経歴の無い人物』として、仮想世界の住人に認識されるので注意。

 仮想世界で死亡した場合、その者は退場することになる。現実世界でも死亡することはない。

 大翔が仮想世界内で死亡した場合、いかなる理由であろうとも冬の女王による殺害とみなし、敗北とする。


 大翔が勝利した場合、冬の女王は救済を受け入れること。

 黒幕と冬の女王が勝利した場合、大翔は冬の女王の救済を諦めること。




「はい、質問! 俺が割り当てられる役柄だけど、『今すぐ死ぬ誰か』みたいな、初見殺しのクソゲーみたいなことにはならない?」

『そんなつまらないことはしないし、できないよ。説明した通り、クジラ君も仮想世界に入るようになっているからね。互いにリソースを削り合いながら、自分たちの陣営が有利になるように世界を改変、調整し続けているから、そんなズルがまかり通ることは無いよ』

『ヒロト。女王はこんなことを言っているが、絶対にお前のアーティファクトと権能ははく奪するようにリソースを割くから、ゲーム開始直後は油断しない方がいい』

『クジラ君!? ゲーム開始前のアドバイスは駄目だよ、クジラ君!!』

『この条件でもボクらの方が不利なんだから、これぐらいサービスしろよ』

『で、でも、こっちにも予定が――』


 超越存在二体が、それぞれ文句を言い合うのを尻目に、大翔は冬の女王が何をしたいのか理解し始めていた。

 つまり、冬の女王は納得したいのだろう。

 勝負の形にすることで、大翔と黒幕、どちらにも義理を通して。

 なおかつ、夜鯨の不満も解消できるように、ゲームに干渉するだけの余地を与える。

 その上で、冬の女王は納得したいのだろう。

 超越存在と成り果てた自分が、救済を受け入れるということに対して。


「はい、質問! 俺の勝利条件は?」

『おっと、失礼。そうだね、私としたことがすっかり忘れていたよ。うんうん、そうだね。ヒロト、君の勝利条件は――――『冬の魔王』を滅ぼすこと』


 その証拠に、冬の女王の化身――人型の吹雪から発せられる声は、どこか悔恨を含んでいる。少なくとも、大翔にはそう聞こえた。

 本当に自分は救われても良いのか? と。


『ちなみに、『冬の魔王』が一体何者なのか? という情報を調べることも含めて、君の勝利条件だよ。アンフェアで悪いけれども、これぐらいじゃないとユイは納得しないと思うし』

「くひひ、いやいや。この私が盟友である女王の意見に反するなんてねぇ?」


 この勝利条件に対して、黒幕は異論も文句も口にしなかった。

 つまりは、邪悪で狡猾な黒幕が認めるほど、この勝利条件は難題なのだろう。


「いいぜ、わかった」


 それを承知の上で、大翔は応じる。

 不敵な笑みを作って、冬の女王からの難題を受け入れる。


「その勝利条件でいい」

『…………ヒロト』

「ああ、心配しないでくれ、夜鯨」


 そして、夜鯨から向けられる抗議の視線に、虚勢たっぷりの言葉を返した。


「これでも俺は勇者でね? こんな難題ぐらい、俺にとっては朝飯前なのさ!」

『……へぇ』


 明らかに、見え見えの虚勢。

 けれども、冷や汗一つも流さずに告げる大翔の姿に、夜鯨は何かしらの希望を見出したのだろう。


『わかったよ。それじゃあ、勇者ヒロト。ボクも精一杯、お前の補助に回ってあげよう。お前と、お前の仲間たちが少しでも動きやすいように』

「ふふふっ、期待しているぜ、夜鯨…………いや、割とマジで頼みます」

『最後の奴が無ければ、格好良かったんだけどね?』


 大翔と交わす言葉は気安く、また、期待に満ちたものだった。


『んー、良い啖呵だね。だからこそ、私は――冬の女王は容赦しない。全力で君を試すし、ユイとの約束を果たすために尽くそう。さぁ、ゲームスタートの時間…………の前に。ヒロト、色々と仲間に連絡を取ったりする時間は必要だよね?』

「必要ないと言った瞬間、俺は貴方の意志を無視して救済の権能をぶち込むところでした」

『ひぃっ! 笑顔が怖い、笑顔が怖いよぉ! 違うよ! ドジじゃない! きちんとスタートさせる前に、思い出したから!』

「くふふふっ、どうせ私に負けるのですから、仲間への連絡なんて必要ないのでは?」

「悪いな、黒幕。俺ってほら、お前と違って仲間が多いから」

「――――あー、この場で殺したい」

「――――こっちの台詞だ、クソ外道」


 こうして、世界を賭けた戦いが始まる。

 超越存在二体と喧々囂々に言葉を交わして。

 忌まわしい黒幕と罵り合って。

 厳かさが欠片も無い始まりではあるが、これは間違いなく世界を救うための戦いである。

 そう、つまりは大翔にとってはいつも通りの――――既に何十回以上も繰り返した救済の始まりだった。

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