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第96話 絆は鎖

一区切りしましたが、最後まで書き上がっているのでこのままのペースで投稿を続けます。

「ばかぁ!」


 罵倒と共に、拳が打ち下ろされる。

 拳が大翔の顔面に当たる度、幻想領域がバキンと音を立てて壊れていく。

 それも当然。

 今、大翔をマウントポジションで打ち据えているシラノの化身は本来、大翔の精神世界には存在できない異物だ。そこに在るだけで幻想領域を破壊する要素だ。大翔が超越存在でなければ、化身が形成された時点で幻想領域は崩壊していただろう。


「ばかぁ! ばかばかぁ! 大翔の馬鹿ぁ!!」

「ぶべっ!? おぶぶっ!? ちょ、ま――ごはぁ!?」


 ましてや、領域の主である大翔をボコボコに殴れば、その分だけ崩壊が早まる危険性のある行為だ。普段のシラノならば絶対にやらない行為だろう。

 だから、今のシラノはあり得ないほどに怒っていたし、感情が爆発していた。


「馬鹿! 馬鹿! 嘘吐き!」


 まるで子供のように感情に振り回されるシラノだが、その実、叫ぶ声も子供のものだ。

 大翔を叩く、華奢な拳も。大翔に乗っかる小柄な肉体も。

 全ては、アレスと大差ない年頃の少女のものに過ぎない。

 そして、化身として顕現させたシラノの肉体は、限りなく本物に近い。技術はあっても、未熟であるが故に、自身の姿しか形成できないのだ。


「…………約束、したのに」


 故に、大翔の胸の上で涙を流す少女は、紛れもなくシラノ本人だ。

 揺れる銀色の髪も。

 涙を落とし続ける碧眼も。

 制服を纏う、透き通るように真っ白な肌も。

 普段は整っているだろう人形染みた容姿が、くしゃくしゃに歪んでいる表情も。

 何もかもが本物のシラノだった。


「ああ、そうか」


 本物のシラノの姿を――白樺志乃とよく似た、けれども志乃よりも幼い姿を見た瞬間、大翔は理解する。

 白樺志乃が大翔に対して、最初から敵意を持っていたこと。

 シラノに対して、志乃がとても執着していたこと。

 志乃に対して、どこかシラノがぞんざいな扱いをしていたこと。

 その全てを理解したが、今の大翔にとっては些事だった。


「一緒に、遊園地、行くって……約束、したのに!」

「…………そうか、そうだよなぁ」


 今、シラノの涙が自分の頬に落ちてくること以外は、何もかもが些事だった。


「嬉しかったのに……私! 楽しみにしてたのに! 約束して! 本当に、凄く! 凄く! 嬉しかったのに!」


 青空のような両目から、雨のように涙が落ちてくる。

 もはや、シラノの両手は殴って来ない。

 ボロボロに零れる涙を堪えようと、必死に拭いきれない雫を抑えている。


「なのに、なのに……っ! 大翔が! そんなこと言わないでよ! 全然! 全然! 似合わない! 覚悟とか! 私のためとか! そういうの全然似合わない!!」


 けれども、言葉は抑えきれない。

 爆発するシラノの感情は、涙と共に、拳よりも強く大翔を打ち据える。



「大翔は私の勇者なんだから! もっと格好良いところを見せてよ!!」



 圧倒的な感情論。

 世界の救済や、合理的な理屈も全て殴り飛ばして。

 シラノは吠えるように大翔へ告げた。

 それは、普段から心掛けている冷静沈着で頼れる相棒からは程遠い、単なる子供の我が侭に過ぎない。


「……格好悪いのは、駄目だよなぁ」


 しかし、だからこそ大翔は笑う。

 いつもよりもぎこちなく、明らかに作ったような不格好な笑みで。

 それでも、不遜で不敵だろうと力強く言葉を紡ぐ。


「少なくとも、相棒を泣かせるような勇者は最低だ」


 シラノを確実に助けるためだったとしても、シラノを泣かせるようなやり方は間違いだったと。己の未熟さと傲慢さを悔いながらも、大翔の言葉には力があった。


「だから、今から君の涙を止めようと思うんだけど……それで許してくれるかな?」

「……ぐすっ。許しません、馬鹿。これは、一生許しませんから」

「うわぁ、それは辛い」

「一生、この時のことをネタにしてからかってあげますので、覚悟してください」


 たった一人の少女を、笑顔にするだけの力が。




「ところで、シラノ。諦めるのを止めたわけだけど、具体的にどうやって超越存在から元に戻るのかとか、そろそろ俺の精神も限界に近いとか色々あるわけだけど、どうしよう?」

「ふふふっ、仕方がありませんね、大翔は!」

「うわぁ、めっちゃ良い笑顔。ラジオの先ではそんな感じだったのね?」

「ええ、そうですとも! こんな感じで――――これから、貴方を助けてあげましょう。貴方の、頼れる仲間たちと一緒にね?」


 そして、逆転が始まる。

 荒れ狂う嵐でも千切れない鎖が、定められた結末を逆転させる。



「ごめん、アンナ。僕はもう行かないと……だから、もう少しだけ待っていてくれ」

「はい、ソル様! いつまでも貴方をお待ちしています」


 鎖は繋がる。

 目指すべき幸福を見定めた、黒剣の勇者と。



「おっらぁ! 滅びの賢者が残した魔導書を参考して、お前専用の対抗術式を作ってやったぞぉ! あんまり、俺を舐めるなよ、ヒロトォ!!」


 鎖は繋がる。

 用意された幸福を蹴り飛ばした、反骨の魔術師と。



「さぁ、始めようか! オレらしく! 『アタシ』らしく! 勇者らしく!!」


 鎖は広がる。

 人を結びつける、絆の勇者によって。



「ふん、儂らはとっくに、お前に救われてんだよ」

「……覚醒」

「あはははは! 素敵な世界だけど、生憎、恩人を忘れ去るのはちょっとねぇ!」


 鎖は縁を辿って、数多の人々へと繋がる。

 それは大翔の因果による自業自得だ。

 多くの人々を助け、多くの人々と繋がったからこそ、鎖は無数に発生する。

 そう、大翔を繋ぎ止める絆の鎖が。



「私は破門したつもりはないぞ、弟子」

「んもう、ロスティアちゃん! 格好つけている暇があったら、早く発動してぇ! いくら耐性のあるお姉ちゃんでも、そろそろ限界!」


 そして、その鎖は神話の姉妹を経て、大翔の下へと届けられる。

 人界の指輪が砕け散ってもなお、滅びることのないアーティファクト。

 『アマテラス』と『銀灰のコート』を介して、絆の鎖は大翔の精神を縛り付けて。



「ほら、我々だって頼りになるでしょう?」



 大翔の存在は逆転した。

 精神が引きずり降ろされると共に、肉体もまた次元の高みから落ちていく。

 無数の燕は、鎖に絡めとられて失速する。

 数多の世界に伸びた鎖は、全ての嵐をあるべき場所へと引き戻す。

 全世界の救済という、ある意味、これ以上ない幸福な結末を覆す。

 たった一人、佐藤大翔という少年を取り戻すために。

 超越も救済も。

 何もかもを台無しにして。

 嵐は今、収束する。




「…………えー、恥ずかしながら戻ってまいりました、はい」


 嵐が収束した後、残ったのは、瓦礫の上で気まずそうに頭を下げる大翔と。


「「「「おかえり、馬鹿野郎!!」」」」


 そんな大翔を一発殴るために集まった、頼もしい仲間たちだった。

 かくして、晴嵐燕は巣へ戻る。

 絆の鎖にがんじがらめにされて。

 恐らく、もう二度と超越の空を羽ばたくことはないだろう。



●●●



 概ね大団円に近い結末であるが、このまま『よかった、よかった』と日常に戻っていくことができないのが現実である。

 具体的に言えば、首無しの王と首狩りの消滅に伴い、崩壊した天涯魔塔及び、迷宮都市の後始末が残っていた。

 天涯魔塔は機能停止。

 ほとんどが瓦礫となって、再現物である魔物を出現させる機能も失っている。

 迷宮都市は八割以上が壊滅。怪我人や重傷者は多くあったが、奇跡的に――あるいは首無しの王の配慮により、死者はゼロ。

 とはいえ、天涯魔塔に縁ある世界にとっては、太古から存在するダンジョンが崩壊した影響は膨大である。失業者は多数生まれ、天涯魔塔に希望を求めてきた冒険者たちは、絶望を味わうことになるだろう。


「はぁーい、注目ぅー! 勇者同盟の盟主である、この俺! 佐藤大翔から『災害復興支援』のお知らせでぇーす! とりあえず、炊き出しをやっているんで、皆さん、飯を食べながら説明を聞いてくださぁーい!」


 大翔は、これらの『天涯魔塔の崩壊によって被害を受けた人々』を可能な限り援助することを選んだ。もちろん、救済の権能なんて使わない。金とコネ、その他様々な交渉術を使った、とても現実的な救助活動である。

 正直、大翔がこれを行う必要性は皆無であるが、見捨てなければならない必要性も皆無であるので、いっそのこと組織的に動くことにしたのだった。



「静かにせんか、貴様らぁ! 喧嘩する元気があるのなら、こっちで働けぇい!」


 『錆びた聖剣』の頭領だったゴライには、その経験を活かして、実質的な避難民たちのまとめ役に。



「ま、今回はほとんど暇だったからね。錆び落としと行こうか」

「活躍できなかった分、私も動くわぁ」


 ソルとリーンの世界最強クラス二人は、主に天涯魔塔で活路を見出そうとしていた『世界崩壊級』の案件への対応を行う。

 無論、無報酬ではなくきちんとした対価を支払って貰うことになるが、勇者同盟としてこの手の取引は何度も行っているので、過不足はほとんど発生しない。

 その結果、どんとんと雪だるま式に勇者同盟に加入する世界が増えて、組織としての規模が拡大していくのだが、シラノの千里眼がある限り、余計な問題が起こることはないだろう。



「さぁ、馬鹿。そこに座れ……魔術的な診察担当のニコラスだ」

「異能的な診察担当のアレスだぜ!」

「アーティファクトへの影響を診察するロスティアだ」

「「「たっぷり、七日間ぐらいは休んでいけ」」」


 そして、天涯魔塔崩壊への対処がひと段落した後、待ち構えていたかのように大翔は仲間たち三人に拘束された。

 ロスティアが用意した、超一流の魔導的医療施設へ強制入院。

 超越存在化に対する後遺症を、ニコラスやアレスも含めた大勢の『大翔を心配する者たち』が診察することになった。

 それはもう、健康診断や人間ドックよりも遥かに長い時間をかけての徹底的な診察、調査であり、七日間を経て『とりあえず、今すぐどうにかなることはない』と判明するまでは、神経質なほど厳重に健康的な生活をすることになったのである。




 やがて、全ての後始末も終わり、仲間たちも段々と休暇を取れるようになった頃。


「んんんー♪ 数か月ぶりのパフェは至福の味です!」

「……言ってくれれば、食事の時は配慮したのに」

「いえいえ、これは仮初の肉体を得たからこその喜びなのですよ?」

「本当? まぁ、辛いのを我慢してなかったのなら、それでいいけど」


 大翔はシラノと共に、封印都市のカフェテラスに居た。

 アレスやリーンからのおすすめの店である。

 もちろん、当然の如くシラノは化身状態。今まで肉体が無かった分の鬱憤を晴らすかのように、スプーンを片手に巨大なパフェへと挑んでいた。


「ふふふっ、むしろ化身状態の今こそできる贅沢ですね、これは」


 躊躇いなく高カロリーのチョコレートや生クリームを口にするシラノの顔に、体重に関する懸念は皆無。

 どうやら、化身状態ならば腹周りの脂肪を心配する必要はないようだ。


「…………」


 機嫌よく甘味を堪能するシラノの顔を、大翔は無言で見つめていた。

 銀色のボブカットに、人形のように整った容姿。

 青空を連想させる碧眼。

 小柄で華奢な肉体。透き通るように白い肌。

 外見年齢は小学校高学年から、中学生程度。何より、シラノが来ている服装こそが、シラノの外見年齢に対する、これ以上ない補正となっていた。


「あのさ、シラノ。志乃もそうだけど、なんで制服なの?」


 学校の制服。

 大翔からすれば見覚えのない制服であるが、シラノの外見で制服を着ていれば、何の疑いも無く中学生であると判断するだろう。


「もぐもぐ……ごくん。この服装ですか? これは役割を持った服装を着ることにより、自我の固定を補強するための物です。志乃が制服姿なのも、別に趣味ではありません。単に、そうした方が超越存在の影響下でも、自我を保てる可能性が多少は上がるという実用的な対策なのです」

「なるほど。割と真面目な意味があったんだね?」

「そうです。自由に服を選んでいいのならば、私は振袖と袴を選びます」

「あー、大正ロマン的な?」

「分かりやすく例えるのならそうですね。ですが、私としては大正ロマン風にこだわることなく、現代の洋装も取り入れたファッションが好みですね。振袖の上から革ジャンとか着てみたいです」

「お、思っていたよりもかなりファッションにこだわりがあるタイプだ……」

「ふむ。そういうタイプの女の子は嫌いですか?」

「明らかに否定されることを前提とした質問をするよね?」

「否定しないのですか?」

「…………嫌いじゃないよ。今さっき、好きになった」

「むふーっ」


 大翔の会話を経て、満足げに微笑むシラノの姿は、紛れもなく女子中学生だ。

 世界の命運を背負う異能者には、とても見えない。


「そっかぁ」


 だからこそ、大翔は今、納得したように小さく呟く。

 普段からこの姿を見ていたのならば、志乃が不機嫌である理由も納得できた。

 こんな少女が世界を救うために、命を――存在を賭けているのだ。超越存在の内部に取り込まれながらも、勇者の道先案内人をやっているのだ。

 むしろ、不機嫌にならない理由を探す方が難しい。

 例え、不機嫌になる大半の原因が、自身の無力感から来ているものだったとしても。


「ごちそうさまでした」


 大翔の思案を打ち切るように、シラノの言葉が紡がれた。

 からん、と手に持ったスプーンを、空になったパフェ容器の中に入れると、シラノは大翔へと視線を合わせる。


「では、楽しい休暇はここまで」


 すっと表情を引き締めて、どこまでも澄んだ瞳で大翔を見つめる。


「全ての問題はクリアされました」


 背筋を伸ばして、姿勢は美しく。


「聖火の継承。『銀灰のコート』の入手。そして、天涯魔塔の踏破による、超越存在に対する言語機能の習得。超越存在化に伴う『後遺症』で新たに権能が増えましたが、今となってはそれすらも切り札となり得ます」


 紡がれる言葉は淡々と。


「準備は全て整いました」


 努めて冷静に。

 けれども、それは大翔と同じく、精一杯の虚勢による格好つけによるもので。


「故に、改めまして自己紹介を。私はシラノ――白樺しらかば 梨乃りの。千里眼により、勇者を導く道先案内人です。貴方を苦難に導いた者です。今まで貴方を騙りながらも、救済を強いらせた者です」


 大翔と対面しているシラノの肩は、緊張で僅かに震えている。


「大翔、それでも貴方は私の勇者で居てくれますか?」


 格好つけて大翔に差し出そうとした手などは、動きがぎこちない所為で、ふらふらと空中で揺れて定まらない。


「あの、今更過ぎてテンションが上がらないんだけど?」


 しかし、その手は直ぐに繋がれた。

 大翔によって繋がれて、優しく握り合った二つの手は、もう揺れない。


「形式的な奴ですので、我慢してください。こういうのがあると、世界を救った後の報告が楽なのですよ?」

「シラノ。その報告って俺もやるのかな?」

「たっぷりと報告書を書くことになるでしょうね!」

「うげぇ」

「おまけに、仏頂面のお偉いさんに呼び出しを何度も食らいますよ?」

「世界を救った後の予定がだるすぎる」

「ふふふっ、ご心配なく。今の我々ならば、『むしろテメェが来いやぁ!』と恫喝することも可能なので、存分に有り余る力とコネを使っていきましょう」

「わぁ、雑にゴリ押しモードのシラノってそんな顔しているんだぁ」

「嫌いですか?」

「…………好きだから困っているんだよ」

「むふーっ」


 繋がれた二つの手は、会話の最中にあっさりと離れる。

 だが、そこに名残惜しむ様子は欠片も無い。

 何故ならば、大翔とシラノの二人には名残惜しむ必要などはなく。


「さぁ、大翔! さくっと私たちの世界を救って、遊園地に行きましょうか!」

「そうだね、シラノ。世界を救って、俺たちの夏休みを再開しようか」


 二人が見据える先は、当然の如く世界を救った後の日常だったのだから。


 そして、ようやく冬を越え、夜を明かすための物語が始まる。

 冬の女王。

 夜鯨。

 二体の超越存在を救済し、その先を目指すための物語が。

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