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第93話 悲劇を覆すための嵐

 強い風が吹いた。

 唐突に、本当に何の前触れもなく、その風は嵐を呼ぶように、二体の超越存在の周囲に吹き荒れたのである。


『【……む?】』

「んー?」


 その風のあまりの強さに、思わず二体の超越存在は目をつむった。

 超越存在となった今、その必要はないというのに。

 眼球に砂やゴミどころか、鉄片や聖剣の切っ先が入り込もうともまるで意味を為さない。そんな存在だというのに、何故か二体の超越存在は目をつむった。

 すると、ごうごうと耳元で風が吹き荒れる音が聞こえる。

 その音は段々と強くなっていき――――もうすぐ嵐が来ることを告げていた。



◆◆◆



「おい、莉里。何をぼーっとしてんだよ?」


 草薙莉里は左隣から呼びかけられた声に、びくりと肩を震わせた。

 声の主を確認すると、そこには黒の短髪に平凡な顔立ちの少年――佐藤大翔が、怪訝そうな顔で莉里の顔を覗き込んでいた。


「莉里、ひょっとして体調が悪いのですか? 今日の探索はお休みにしましょうか?」


 次いで、右隣から心配そうに声がかけられる。

 こちらは、見るまでもなくわかった。ホロウだ。深緑の髪を持つ、魔術師の少年。莉里と共にダンジョンを攻略する仲間――――ああ、そういえば、大翔もそうだったと頷く。


「るっさい、大丈夫だっての」


 莉里はぼんやりとした思考を振り払うと、周りの状況を確認した。

 踏み固められた地面の道。

 奇妙に白い岩肌の壁。

 所々に、LEDにも似た照明のアーティファクトが埋め込まれている通路。

 そう、ここはダンジョンである。

 莉里たちは今、最奥に住む魔王が作り上げたダンジョンを探索している真っ最中だった。


「おいおい、本当に頼むぜ? 俺の召喚獣があるとはいえ、メインの前衛は莉里一人だけなんだ。君が抜かれたら、俺たちは瞬く間に全滅だぞ?」

「わかってるって! んもう、本当にうるさいよ、馬鹿!」

「馬鹿とは失礼な。このパーティーの知恵袋に向かって」

「なーにが、知恵袋よ? 毎回、『俺に良い考えがある!』とか言って、失敗する癖に! この前なんか『監視役』の女に金を貢いだ所為で、ろくに装備も買えない状況になったことをもう忘れたの?」

「でもそのおかげで今、俺たちは『呪いの首輪』を外せているじゃん? ほら、あの子はお姫様の親友だからね。俺たちみたいな飼い犬の境遇を改善することぐらいわけないのさ」

「くっそ! 明らかに馬鹿の行動なのに、後々文句を言えないほどの結果を持ってくるから質が悪い!」


 肩を竦める大翔に、憤慨する莉里。

 そんな二人を宥めるように、ホロウは柔らかな笑顔で二人の間に割って入る。


「まぁまぁ、二人とも。今はダンジョン攻略の最中ですから。せめて、終わってから喧嘩しましょう? ね? 仲がいいのはわかりましたから」

「はぁ!? 勘違いしないでよね、ホロウ! だっれが、こんな馬鹿と仲がいいって!?」

「そうだぞ、勘違いするなよ、ホロウ。こいつが異性として意識しているのは、明らかにお前の方で、この前だってな――」

「死ねぇ!!」

「莉里ぃ!? 駄目です! 大鎌を出すのは本当に駄目ですからぁ!」


 三人は騒がしくやり取りをしながらも、油断なく地下へと潜っていく。

 そう、彼らは勇者という役割を任じられた、都合のいい使い走り。

 勇者召喚という名の異世界拉致の被害者二人と、奴隷が一人。

 明らかに悲惨な境遇の三人が、けれどもそんな悲惨さを微塵も感じさず、ダンジョンに挑んでいく。

 ――――ああ、これはそういう物語だった、と莉里はいつの間にか納得していた。



 始まりはありきたりな勇者召喚だった。

 勇者として素質のある莉里が、異世界の王族に呼び出されて…………そして、何故か大翔までついて来た。当初の予定にはない、完全なるミスキャストによる誤召喚だった。

 当初、召喚を担当した王族――第一王女は予定にない大翔を『処理』しようとしたが、大翔はこれを巧妙なる言い訳により回避。

 媚び売りから始まり、もっともらしい正論と欺瞞をこね合わせた言葉の数々は、隣で聞いていた莉里ですら『なるほど、確かに』と頷いてしまうほど。

 勇者に付き従う奴隷として連れて来られていたホロウなどは、それをきっかけにすっかり大翔を尊敬する始末。

 結果として、ありきたりな勇者召喚から始まった莉里の不運には、思わぬ同行者が一人増えることになったのだった。



「なぁ、莉里。気づいたんだけどさ……俺って戦闘の才能が無いよね?」

「四回も死にかけて今更ぁ!?」


 成長系のチートを有する莉里や、魔術師としての才能に溢れたホロウとは異なり、大翔はごく普通の男子高校生である。

 従って、最初は当然のように足を引っ張る要因だった。

 地下一階の雑魚魔物には殺されかけて。

 地下二階の簡易トラップで死にかけて。

 地上の酒場では喧嘩に巻き込まれて、瀕死になって。

 それはもう、ホロウが『大翔を見捨てないでください!』と頼み込まなければ、莉里もパーティーから追放する側の気持ちを理解してしまうところだった。



「やったぜ、二人ともぉ! 『監視役』との交渉の結果、ポーション等の消費物は国庫で賄えることになりましたぁ!」

「はぁ!? マジで!!?」

「大翔はいつの間にそんなことをやっていたんですか!?」


 ただ、大翔は無力だったが、無能からは程遠い人材である。

 莉里がそのことを理解し始めたのは、ダンジョン攻略がある程度進んだ頃。

 一進一退の攻略状況で、ポーション等の消費物の費用に苦労していたところ、大翔が上手いこと担当の王族と交渉したことがきっかけだった。


「ふふふっ、その代わりにまぁちょっと……国家に流すアーティファクトの内、このリストにあるものは直接、『監視役』に手渡し納品することになったけどね」

「談合じゃねーか! おい、大丈夫なのか!?」

「ダン・ゴー? いや、ちょっと知らない単語ですね……必要な物が必要な人に渡る。その結果、俺たちの攻略も進む。ほら、誰も損していないだろ?」

「た、確かに! これは凄いですよ、大翔!」

「おい、大翔ぉ! ホロウに変なことを教えてんじゃねーよ! お前と違って、こいつは純粋なんだぞ!?」


 戦闘力に欠ける分、大翔はこの手の折衝が上手かった。

 悪辣なのではない。

 聡明というわけでもない。

 ただ、自然とあるがままに。いつの間にか相手の懐に潜り込んで、『互いに美味しい思いをしよう』と手を結ぶのだ。

 この手の技術は莉里に――怒りによって成長率が増幅する異能者には存在しない。

 ホロウも奴隷根性が抜けきらず、無垢な善性に溢れているため向いていない。

 従って必然と、大翔はこのパーティーの交渉担当として活躍することになった。



 その他、大翔はダンジョン攻略のメインで活躍することはないにせよ、確かにパーティーの助けとなることが多かった。


「ホロウ、知っているかい? 俺や莉里の故郷では、必要以上にへりくだったり、仲間に過剰な敬称を付けると、相手を小馬鹿にする表現になるんだぜ!?」

「ほ、本当ですか、ヒロト様!?」

「ほら、敬称」

「ひ、ひひひ、ひろ、ヒロト?」

「発音。リピートアフタミー、大翔!」

「ひ、ひろ、大翔!」

「大変よろしい。では次に、莉里の名前も大声で練習を――」

「おいこら、馬鹿大翔」


 ホロウの奴隷根性を治すのに加えて、戦闘中の指示を短縮化するため、パーティーの間では敬称を使わないように徹底させる。

 そのおかげか、出会った当初は従者と主といった様子のホロウと莉里も、今では対等な仲間同士としてやり取りをしていた。


「ジョブチェンジ完了! 佐藤大翔は雑用から召喚術師に転職した!」

「うわぁ、本当だよ、この馬鹿。いつの間にか見ない内に、結構強力な召喚獣と契約しているわ……え、何をどうやって?」

「確か、強力な召喚獣ほど気位が高いのではなかったでしょうか? 控えめに言っても、戦闘能力皆無の大翔がどうやって?」

「ふっふっふ、これぞ金とコネの力だ! 知らないのか!? 強力な召喚術師はなぁ! その気位の高さを抑え付けるような命令も可能なんだよぉ! そう、クソザコな召喚術師に従うようにすることもなぁ!」

「「つまり、その召喚獣は派遣?」」

「その通り!」


 パーティーの前衛を充実させるため、召喚獣を派遣させる。

 これにより、『事故』が起こる確率が下がり、莉里の負担は大分軽くなったのだ。


 佐藤大翔は弱い。

 けれども、間違いなくパーティーの一員だった。

 莉里、ホロウ、大翔。この三人が揃ったからこそ、異常とも呼べる速度で、ダンジョンを攻略できたのだと、パーティー外の者たち――異世界の王族たちですら認めていたのである。



 そして、ついにパーティーは最奥の魔王にまで辿り着いた。

 魔王は強い。

 幾千の魔術を手足のように操り、戦いのフィールドを己が得意とする領域に改竄する術も持つ、限りなく世界最強クラスに近い怪物だ。

 けれども、莉里が率いるパーティーもそれに決して負けていない。

 ホロウは年齢に似合わない卓越した魔術で、魔王の魔術を打ち消して。

 莉里は今までの苛立ちを込めた異能により、最大強化で魔王の守りを切り裂いて。

 大翔は戦いに巻き込まれないよう、結界で安全圏を確保しながらひたすら召喚獣を突貫させて。

 やがて、半日にも及ぶ長い戦いの中、パーティーはついに魔王を討ち滅ぼしたのである。


「や、やった……っ! ホロウ、私、私っ!」

「ああ、やりましたね、莉里。これで、僕たちは――」


 そして、呪いが発動した。

 最奥に潜む魔王が残す、最後の理不尽にして執念。

 己の手法で魔導の深淵に辿り着けると証明するため、記憶を転写する呪い。

 この呪いは、戦いの勝利の際、僅かに気を緩めてしまった二人の内、どちらかを蝕まんと魔力の糸を伸ばして。


「うおおおおっ! 残心を忘れない! さらば強敵よ! 灰になれぃっ!!」


 安全圏に居たからこそ、冷静に状況を把握していた大翔によって阻まれた。

 こんなこともあろうかと用意していた、聖なる薪と聖なる油による炎上コンボ。それは魔王の死体ごと、仕組まれた呪いを焼き滅ぼしていく。


「…………なんだか今、私は凄いものを見ている気がする」

「魔王の死体を焼きながら高笑いですからね。いや、大翔がやってくれないと、僕たちのどちらかが危なかったから超ファインプレーでしたけど」

「いや、そうじゃなくて、なんというか……ああ、そっか」


 魔王の呪いが焼き払われていく中、莉里は小さく微笑んだ。

 それは、ずっと昔にラジオで流れた曲のタイトルを、今になってから知ることができたような微笑みだった。



 こうして、魔王は滅んだ。

 勇者たちは見事、王族からの強制的な使命を果たすことに成功したのである。

 さて、当初の予定では勇者――使い終わった走狗は処理される予定だったのだが、ダンジョン攻略中に行った大翔の交渉により、その予定は既に無くなっていた。

 魔王の財産のほとんどを国に預け、元の世界にホロウを連れて帰還することを条件に、三人のパーティーは特に追手を出されることなく生き延びたのである。

 栄光も無く、褒美もほとんど無い結末。

 これがお伽噺であるのならば、聞かされた子供たちの顔は不平不満に歪むだろうが、当人たちは特に気にしていなかった。


「いよぉーし、帰還記念に焼き肉だぁ! その後はカラオケだぁ!」

「馬鹿、先に家に連絡しないと」

「ええと、僕はどんな立場になるんでしょうか?」

「ん? 莉里のお婿さんじゃないの?」

「…………」

「がぁああああ!!?」

「ああっ! 大翔が莉里の照れ隠しでえらいことに!?」


 物語ではなく、これから歩むことになる三人一緒の日常こそ、魔王を倒した何よりの褒美だったのだから。

 従って、ここから始まるのはファンタジーではなく。

 魔王を倒した三人による、ドタバタ日常コメディーが――――



『【もう大丈夫だ、ありがとう】』

「うん、十分に救われたよ」



 始まることは、ない。

 何故ならば、二体の超越存在は目を開くことを選んだのだから。



◆◆◆



 繭の如く暴風によって包まれた空間。

 その中で、二体の超越存在は目を開いた。


『【なるほど。我々の不可逆すら覆す、それが貴方の理にして権能か……傲慢だ】』


 首狩りは草薙莉里としての記憶を取り戻し、怒りの仮面を外す。


「傲慢だけど、悪くない物語だった。そうでしょう? 莉里」


 首無しの王はホロウとしての記憶を取り戻し、部品の如く生首をあるべき場所へと乗せて見せる。


『【全ではなく一を救う理。けれども、一を全て掬い取る理。まさしく嵐に相応しい】』

「大翔。僕たちを救ってくれた、勇敢なる者よ。君の判断は正しい。正しくて、最善だった。でもね? その対価はあまりにも大きい……もう『保てない』んだろう?」


 二体の超越存在からの言葉に、大翔は弱弱しくも虚勢に満ちた笑みを浮かべた。

 そして、あえてホロウからの問いかけには答えず、逆に問い返す。


「二人は、この先、どうする? 俺が頑張れば、多分――」

『【不要。救いは為された。後は贖罪の時間】』

「うん、流石にね? これ以上は強欲になれないよ。だから、僕たちはここまで」


 二体の超越存在は潔い。

 先ほどまで世界を巻き込んだ戦いがあったと思えないほどに。

 その潔さに、大翔は更に顔を苦渋で歪める。


「ははは、そんな顔をする必要はないですよ、大翔」

『【何を悪いことをしたと思い込んでいるの、馬鹿】』


 苦渋の表情を浮かべる大翔へ、二体の超越存在――否、確かに共に冒険を経た二人の仲間は、優しく告げる。

 大翔が作り上げた救いの物語の中と同じような口調で、はっきりと。



「ありがとう、貴方のお陰でようやく終われます」

『【お前は何も悪くない。だから、この後もきっと大丈夫】』



 感謝と励ましの言葉を最後に。

 首無しの王と首狩りは、共に姿を消した。

 二体の超越存在は、己の理を終わらせることを選んだのだった。



「…………大丈夫、だといいなぁ」



 そして、ここに今、新たなる超越存在が顕現する。

 超越存在ですら抗えぬ、因果超越の救済者が。

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