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第92話 塔が崩れる

 草薙莉里という少女の物語は終わった。

 殺戮を経て、『不可逆な変化』を得てしまった。

 もはや、ただの人間に戻ることは不可能である。

 生命を超越し、『首狩り』という超越存在として殺戮の限りを尽くすしかない。

 もはや、見境などは無く。目的すらも見失って。

 単なる殺戮者として君臨し、三日三晩の間に六十六の世界を滅ぼすだろう。

 滅ぼした後、自身も消滅するだろう。

 エネルギーの問題ではなく、『首狩り』とはそういう超越存在なのだ。

 短期的な怒りを振りまき、台風の如く周囲を滅ぼしたかと思えば、いつの間にか消えていく。

 かつて、自分が帰りたかった世界すらも滅ぼして。

 何もかもを台無しにした末に、消滅する。

 それが、草薙莉里という少女が超越した先に成る、『首狩り』という存在だった。


「ごめんね、莉里。願われていないけれど、僕はそんな未来は認めたくない」


 その結末を嫌ったのが、首無しの王である。

 首無しの王は『自分自身に願う』という反則技を使い、完全に超越存在化する前の莉里を抑え込んだ。

 それはかなりの無茶であり、首無しの王はその反動で自らの理が変質してしまったが、その超越をギリギリのところで抑え込むことには成功した。


 草薙莉里という名前を略奪して。

 記憶を曖昧化して。

 商人のリリーという役割を与えて。

 天涯に至る塔の中で、封印したのである。

 全ては、草薙莉里という少女の結末が、少しでもマシなものであるように。


 かくして、天涯魔塔という試練の塔は発生した。

 数多の冒険者を招くのは、封印した莉里を退屈させないため。

 最上階に到達した冒険者へ褒美を与えるのは、莉里を慰撫するため。

 到達者たちの幸せな物語で、少しでも怒りを鎮めるため。

 だが、その封印も永遠には続かない。

 長い時間をかけて少しずつ、『首狩り』は封印を蝕み始める。

 そもそも、他者の物語で救われるのならば、超越存在化などしない。首無しの王は致命的に間違えたのだ。ホロウではないが故に、超越存在であるが故に、莉里の救い方がわからなかったのである。

 だから、これはいつか来るはずだった終焉だ。

 『首狩り』が封印を誤魔化すため、自らの頭髪を仕込んだ『魔よけ』を冒険者に持たせたことなど、単なる要因の一つに過ぎない。



「久しぶり、ホロウ」



 首無しの王が間違えた瞬間から、この結末は決まっていたのだから。



●●●



「僕はホロウじゃないよ。リリー、君が草薙莉里ではないようにね」

「ふ、ふふふっ。そうだった。うん、そうだったねぇ……私は、ウチはもう、商人のリリーだった。でも、草薙莉里の怒りを継いでいることは間違いじゃない」


 首無しの王は、どこか寂しそうに。

 リリーは、どこか嬉しそうに。

 黒竜すら霞むほどの存在感を持つ二人は、久しぶりに再会した旧友同士のように向かい合っている。

 だが、そんな再会の光景ですら、周囲の冒険者たちには毒にしかならない。


『《転移を――ええい! また転移阻害ですか!》』


 珍しく苛立ちのこもったシラノの声は、この状況の絶望を示していた。

 アレスとニコラスはリリーが出現した瞬間、体に力が入らずに倒れ込んだ。辛うじて意識は残っているが、それもいつまで続くかわからない。バロック、ヅァルン、ゴライの三名はなんとか倒れずに済んでいるが、足が震えてまともに動けない。恐怖ではなく、存在の重圧に心身が耐えきれていないのだ。

 イフとノワールは、悪影響を受ける前に大翔が素早く送還したため、不在。

 よって必然と、この場で動ける冒険者は、超越存在に一番近い大翔だけとなっていた。


「無駄だと思うけれど、一応訊ねよう、リリー。今、一番殺したいのは僕だろう? ホロウの形を持った偽物を許せないんだろう? だったら、僕だけ殺して終わりにするといい。この世界に居る者たちには手を出さないでよ」

「いやぁ、それが無理そうなんですよぉ、我らが王よ。リリーとしては『魔よけ』を売っちゃいましたし、それぐらいはしてもいいと思っているのですがねぇ……仮面が、首狩りとしての『私』が、見逃せそうにないんですって」

「何がそんなに腹立たしいんだい?」

「彼の残骸に集る、何もかもが」

「皆、誰もが尊い願いのために試練に挑んでいるだろう?」

「反吐が出るような悪党も居た」

「でも、それは君が殺した。それに、ここまで至る願いは善であろうとも悪であろうとも、僕は尊重すべきだと思う」

「見解の相違ですねぇ、こればかりは仕方がない」

「…………せめて、彼らだけは逃がすべきだ。君が認めた冒険者たちなのだから」

「それは、ええ、本当に――――リリーとしての、心の残りですねぇ」


 首無しの王が時間を稼いでいる間に、大翔は精一杯に思考を回転させていた。

 転移は封じられている。恐らく、石碑による転移も不可能。シラノの協力の下、時間さえかければ転移は可能だろうが、その時間がない。

 権能を使ってどうにかしようとも、明らかに出力が違う。

 リリーから感じるのは、『首狩り』と遭遇した時よりも更にどうしようもない絶望。単なる権能程度では、決して及ばない正真正銘の怪物としての存在感。

 戦わずとも、何もかもが無駄だと理解してしまう相手に、それでも大翔は何とか仲間たちと共に逃げ出そうと機会を探っていた。


「でもまぁ、所詮はウチも残骸に過ぎませんので」


 けれども、リリーが『怒る道化』の仮面を被った瞬間、大翔の試行錯誤は全て吹き飛んだ。

 びきり、と空間が軋む。

 リリーの髪が腰まで伸びて、鮮血のように真っ赤に染まる。

 纏う衣類が、全て血流のように蠢いたかと思うと、真っ赤な貫頭衣へと変わる。

 ずるりと虚空から引きずり出すように、命を刈り取る大鎌を出現させる。

 そして、怒りの化身が姿を現した。


『【――――傲慢】』


 罪を指摘し、有象無象の命を刈り取る超越存在――首狩りが今、理不尽な怒りによってその暴威を振るう。



●●●



 首狩りの一撃によって、世界が崩壊しなかったのには理由がある。


 一つ、大翔がとっさに冬の権能を全開で使ったこと。

 焼け石に水にもならない行動であるが、これで僅かに――首狩りが成りたてであるが故に、少しの猶予が得られた。


 二つ、ソルが全力の一閃を塔外から首狩りへ放ったこと。

 世界最強クラスであるソルは、塔外であろうとも首狩りの脅威を察知していた。だからこそ、躊躇うことなく全力の一撃を首狩りに向けたのである。

 無論、この程度は超越存在にとって産毛を引っ張られた程度の痛痒だが、大翔の権能と共に首狩りの注意を引いたのは事実だった。


 三つ、これが最後にして最大の理由――同じ超越存在である首無しの王が守護したこと。

 超越存在には超越存在でしか対抗できない。

 そして元々、首無しの王は首狩りを封印するために天涯魔塔を建てたのだ。

 用意していた封印の要と、超越存在としての権能を振るえば、いかに殺戮特化の首無しの一撃だろうとも、世界が崩壊しない程度まで減衰させるのは不可能ではない。


 ――――問題は、たった一撃でその備えが全て吹き飛んだこと。


『【首無しの王よ、怠惰は罪悪だ】』

「あはは、確かにぃー。もっと備えておけばよかったねー」


 二人――二体の超越存在の会話を、大翔だけが正確に聞き取っていた。

 完全に崩壊した、天涯魔塔の残骸の上で。


『【傲慢、強欲、愚鈍…………何故、守った?】』

「そりゃあ、守るよ。君がたくさん殺せばきっと、草薙莉里は傷つく。だから、草薙莉里を守るために世界も守る。それが、ホロウの願いだったからね」

『【…………手遅れだ】』

「知っているよ。でもまぁ、それでもね?」


 仲間たちは首無しの王の守護により、辛うじて生存している。

 塔内を探索していた冒険者たちも同じだ。恐らく、迷宮都市に住まう人々も、同じ理由で死んでいる人間は居ないだろう。

 だが同時に、まともに動ける人間も、大翔以外には存在していなかった。

 誰もが満身創痍。

 指一つ動かすことさえも困難。

 歯を食いしばって、魂が潰れないように意識を保つしかない。

 それは例え、勇者であろうとも――世界最強クラスのソルであろうとも変わらない。

 超越存在の前では、世界最強クラスという理不尽であっても、簡単に吹き飛ぶ塵芥でしかない。言葉を告げれば心身が切り刻まれ、意識を向ければ魂が砕ける。

 生命を超越していない者と、超越存在ではそこまでの差があるのだ。


「それでも、僕は王様だからさ。試練を乗り越えた者には、祝福を与えないと」

『【――――無謀】』


 二体の超越存在が激突する。

 本来、その衝撃で数多の世界が吹き飛ぶというのに、奇跡的にこの世界は形を保ちながら続いている。首無しの王がその力のほとんど守護に回しているが故に。

 だが、それも長くはない。

 首無しの王が倒れるよりも早く、この世界は崩壊する。

 首狩りが存在を焼き尽くすよりも早く、数多の世界が余波で崩壊する。

 これこそが、超越存在に対して力で挑んではならない理由。

 同格の力を持ってしまえば、戦いになった瞬間、何もかもが台無しになる。


「…………シラノ」


 軋む空間。

 地鳴りと共に割ける大地。

 塔は瓦礫をまき散らしながら、『最低限の余波』で迷宮都市を破壊している。

 そんな中、意識を保っている人間は大翔しか存在しなかった。


「応答してくれ、シラノ」


 超越存在の権能が渦巻く世界では、相棒からの通信も届かない。

 同期は完全に途切れてしまっている。

 背後には、首無しの王の加護によって守護されている仲間たちが。

 けれども、その仲間たちは超越存在の戦いの余波により、まともに動くことはできない。魔術師であるニコラスならば、何かしらの小細工は可能だろうが、それも所詮は小細工に過ぎない。この状況を打開できるだけのきっかけにはなり得ない。


「…………助けは、期待できなさそうだ」


 仮に、この場にリーンやロスティアが駆け付けたとしても、できることは皆無。

 単に犠牲者が増えるだけだろう。

 それを思えば、多少強引でもロスティアがリーンを封印都市で拘束しているのは、悪い選択肢ではなかったかもしれない。

 もっとも、この世界が滅んだ後に、封印都市も戦いの余波に巻き込まれないとは限らないのだが。

 それどころか、大翔の故郷。仲間たちの故郷。あるいは、もっと多くの世界が首狩りによって滅ぶ可能性はある。首狩りがどのような基準で世界を渡るのかは不明であるが、もしも『縁が深い世界』を選んで転移するのであれば、関係ある世界が滅ぶ可能性は十分ある。

 あるいは、最悪の最悪が重なった結果、冬の女王や夜鯨とも争うことになり、更に被害は拡大するという未来もあり得てしまうだろう。


「仕方がない、か」


 そして、大翔は勇者だ。

 佐藤大翔は勇者なのである。

 それがどれだけ危うく、恐ろしく、途方もない絶望が待っているものだろうとも。


「ごめん、皆」


 最悪の中の最善を選べるだけの勇気が、確かに存在するのだ。

 だからこそ、風は吹く。

 再び、嵐が吹き荒れる。

 悲劇を覆し、因果律すら超越する御業が発動する。


 ――――ぱきん、と何かが完全に割れてしまった音と引き換えに。

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