表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/123

第87話 天に駆け上がる者たち

 天涯魔塔、第91階層。

 ボスエリアは滅んだ科学世界。

 ボスエネミーは科学世界に誕生した、異能者たちの始祖。万能と適合のダブルスキルを持つ、極めて全能に近い『人間の少年』である。

 あらゆる敵対者の弱点を、万能の異能で突く。

 あらゆる敵対者の攻撃を、適合の異能で受けきる。

 たった一人で一つの世界と戦うような、そんな理不尽な異能を持つボスエネミーだ。

 万能の異能を防ぐ方法を生み出さなければ、最初の一撃で脱落する。

 適合の異能を凌ぐ方法を生み出さなければ、次の一撃は通じない。



「行こうぜ、シラノさん! 万能だかなんだか知らないが――オレたちの絆の力に不可能なことは無い! 大体のことは!!」

『《締まらない啖呵ですね、まったく》』



 攻略方法は、アレスとシラノによるコンビネーション攻撃。

 万能の異能に対しては、同じく万能の防御を。

 アレスの異能によって繋がった者たちの力を引き出し、仮初めなれどもアレスは一時的に弱点がほぼ皆無の存在として覚醒した。

 適合の異能に対しては、適合する間も与えず、一撃による終幕を。

 万能の異能さえも凌ぐ千里眼により、異能者の弱点を看破。逃げられないように戦いを誘導しつつ、最後は殲滅級を上回る『滅亡級』の一撃により葬り去る。

 誰よりも隔絶し、誰よりも孤独だった異能者の再現物は、最後に己を凌駕する者へ笑みを送って消滅した。

 ――――第91階層の攻略完了。




 天涯魔塔、第92階層。

 ボスエリアは深緑で覆われた密林世界。

 ボスエネミーは大陸一つと同化した地竜。翼無き竜種なれども、大地と合一することにより支配領域を拡大。ついに、人類全てを駆逐し、『対処不能』の厄災として祀られた怪物である。

 攻撃が通じないわけでもない。特別な魔術や異能を使ってくるわけでもない。

 ただ、地竜はひたすらに巨大だった。

 人間の剣など爪楊枝以下。産毛程度にすら感じない。魔術兵器や殲滅級の魔術も、多少皮膚がこそばゆい程度。

 圧倒的に巨大であり、命の核である心臓を地中深くに隠した地竜は、怪物というよりは怪獣と呼んでも差し支えがないほどの理不尽さを誇っていた。



「ふん、デカいだけならやりようがあるわい」

「後輩たちに負けてられなよね! うひひひっ、怪物殺しは私たち勇者の本領なのさ!」

「……照準完了」



 攻略方法は、勇者三人による合わせ技。

 ゴライの一撃により大地を割って。

 ヅァルンの連撃で心臓までの『道』を作って。

 バロックが放った最大威力の魔弾により、地竜の心臓を撃ち抜いたのだ。

 難しいことなんて何もない。

 理不尽な質量を理不尽な力任せでぶち抜いたのみ。

 一つの文明が及ばなかった巨大な地竜も、勇者の全力が三つ重なってしまえば、防ぐことはできなかった。

 特殊な概念防御でもない限り、歴戦の勇者三人の物理的破壊力は、一つの大陸を滅ぼすことすら可能なのだから。

 ――――第92階層の攻略完了。



●●●



 大翔たちは駆け上がるように、最後の十階層の攻略を行っていた。

 今までとは異なり、一階層ごとのエリアは『滅んだ世界』全て。

 ボスエネミーは、一つの文明を滅ぼしうるほどの力を持った魔王クラス。

 それでも、大翔たちの実力は各階層のボスエネミーにも負けていない。

 成長性が高いニコラスとアレス。

 堅実な実力を持つ英雄クラスの勇者三人。

 意外性ナンバーワンにして、権能使いの大翔。

 何より、即座にボスエネミーの情報を取得する、千里眼のシラノが居るのだ。

 更に、隠し玉として亡霊騎士のイフも温存している。

 まさしく、天涯魔塔最後の十階層を攻略するに相応しい面子だった。

 当然、大翔たちにもその自負はあり、第93階層への挑戦は、さほど日をまたぐことなく行われたのである。



「えー、第一回『どうやったら、あの鬱陶しいカトンボを地面に叩き落とせるか?』の議論を始めます。司会進行は、なんかいつの間にか合同パーティーのリーダーになっていたこの俺、佐藤大翔が務めますので、よろしく」


 そして現在。

 大翔たちは第93階層へ挑戦してから、一時間も経たない間に撤退し、『飛び跳ねる獅子の尻尾亭』で作戦会議を行っていた。

 飲み物や料理が並べられたテーブルを囲む六人は、皆一様に苛立ちを押し殺している。

 どうやら、よほど第93階層で気に入らないことがあったらしい。


「まず、今回の撤退の原因について、シラノ。説明をお願いします」

『《わかりました。原因に関しては、皆さん誰もが同じ気持ちでしょうが、ここはあえて冷静に事実を客観視するため、最初から第93階層について説明させていただきます》』


 撤退を余儀なくされた敗北者たちは、黙ってシラノの言葉に耳を傾ける。


『《第93階層はこれまでと同様に、滅んだ世界がボスエリアです。世界の規模は、前回の階層とさほど変わりはありません。ただ、滅ぶ前の世界は、かなり文明レベルはかなり高かったようです。科学と魔術、二つの技術を合わせることによって爆発的な技術革新が起こったのでしょう。第93階層のボスエネミーも、明らかにこの文明の産物に見えました》』


 彼らが思い出すのは、第93階層の光景。

 高度に発展した文明が、その技術力故に滅んだ世界。

 そして、その滅びを招いた恐るべき破壊兵器の姿だ。


『《機械天使。少女の肉体と機械の羽が融合した戦略兵器。本来、国家同士の戦争に用いられていた秘密兵器こそが、ボスエネミーでした。再現物でも人格が崩壊しているため、言葉による交流は無意味。生存している生命体を発見すると、問答無用で魔導ミサイルを撃ち込んでくる暴走個体です》』


 人型ではあるが、人間らしい情緒は皆無。

 科学と魔術の粋によって作り上げられた戦略兵器は、数百キロ離れた場所からであろうとも、大翔たちへと容赦なく攻撃を放つ。

 それはもう、最後の十階層のボスエネミーは戦闘前会話を挟むのかな? と思っていたところで、一切の意志疎通の猶予が感じられない攻撃だった。

 けれども、そこまでなら大翔たちが苛立ちを覚えることも無かっただろう。

 今回はそういう趣向の敵なのかと、むしろ奮起したかもしれない。


『《機械天使の攻撃は遠距離から、一つの街を滅ぼせる程度には強力ですが、我々の防衛力なら問題ありません。いくら撃ち込まれても対応は可能でしょう。故に、我々が撤退することになった問題は一つ――――機械天使がまともに戦わずに逃げ回ること》』


 苛立つほどに許せなかったのは、機械天使の遅延行為だ。


『《音速を越えた速度。魔術による特殊な飛行方法の所為で、ソニックブームによる負荷も起こらない。瞬間的には雷速にも及ぶ性能を誇る戦略兵器……そんな相手が逃げ続けるとなれば、私の千里眼でも『詰ませる』のは時間がかかります。具体的に言えば二週間ぐらい、第93階層で地味な作戦を繰り返さないといけない程度には》』


 そう、機械天使はボスエネミーの癖に逃げる。

 まともに戦おうとせず、ちまちまと遠距離攻撃を続けながら、安全圏で逃げ続ける。

 肉体のほとんどが機械で構成されており、魔術との組み合わせにより自己修復機能も備えているのか、機械天使は疲れ知らず。その気になれば何ヵ月でも逃げ続けるだけの性能を有している。

 無論、今の大翔たちならば勝てない相手ではない。

 シラノが作戦指揮を取り、きちんとした手順を踏めば勝てるだろう。

 とても面倒で地味な作戦の繰り返しで精神をすり減らし、多大な時間を費やせば。


『《立案した私が言うのも難ですが、私は二週間も持久戦を行うのは嫌です。もちろん、いざとなればそれを遂行するだけの覚悟はありますが、それはそれとして、できるだけ楽をしたいのが本音です。従って、我々は一旦撤退し、何か別の妙案はないかと作戦会議を開いているのが現在の状況です……さて》』


 統率された軍隊ならともかく、大翔たちは冒険者だ。

 そんな気長で地味な作戦なんてやっていられない。

 だからこそ、何か別の案をひねり出すため、こうしてパーティーでテーブルを囲んでいるというわけである。


『《皆さん、何かいいアイディアは思いつきましたか?》』

「「「…………」」」


 しかし、シラノからの呼びかけに対する仲間たちの回答は沈黙だった。

 そもそもの話、大翔たちの中で一番頭が良く、立案能力に優れているのがシラノである。そのシラノが『倒すのに二週間かかる』と言ったらそれが真実なのだ。

 ただ、その真実があまりにも面倒なので、シラノ本人すらも真実から目を逸らし続けているのが現状なのだ。


「……あー、ガキ――ヒロトの権能で動きを止められねぇのか?」


 とはいえ、何も話さないのも作戦会議としては成り立たない。

 例え、答えがわかり切っていたとしても言葉を発する必要があり、その損な役割を率先して引き受けるのが、ゴライという男だった。


『《大翔、回答を》』

「んー、やろうと思えば不可能じゃないけど、その場合は手加減ができないというか、天涯魔塔の構造にも影響を及ぼす可能性もあるからお勧めしないね」

「ふん、だろうな。冬の権能とやらは見る限り、聖火に比べて手加減が効かなそうだ」

「聖火の場合は、習熟するまで手ほどきしてくれた奴が居たけど、冬の権能は試行錯誤中って感じだよ」


 そしてやはり、『銀の弾丸』の如き解決案にはならなかった。

 仲間たちが思いつくことならば、当然、シラノも思いついている。検討も終えて、その上でなお、とても面倒な作戦しか導き出されなかったのだ。


「ええと、ちょっとした疑問とか、思い付きでも良いんだけど、他に何か意見とかあったりしないかな?」


 その後も、大翔が頑張って司会進行を務めても良い案が出ることは無かった。

 誰もがひしひしと嫌な予感を募らせ、少しずつ『とても面倒な作戦』を受け入れる心の準備をし始める。


「あーあ、機械天使と同じぐらい凄い兵器とか埋まってねぇかな、あの世界」


 そんな時である、ニコラスが何でもない呟きを漏らしたのは。

 それ自体はなんて事の無い無い物ねだり。

 誰もが気にせず、呟いた本人ですら無意味だと感じていた言葉だった。


「…………あぁ、その方法があったか」


 とても苦々しい顔つきで、その呟きを拾った大翔以外にとっては。



◆◆◆



 彼女としては、別に自分の好みが我が侭だとは思わなかった。


「え? 元々強い奴だと駄目なの?」

「守ってあげたい相手がタイプなの?」

「それでいて、自分を引っ張ってくれるみたいな?」

「いや、今までの条件はまだ許せるとして、その上顔が好みの相手じゃないと駄目なの? は? お前はそれでも兵器のつもり? 戦神様が聞いたら笑われるわよ、絶対に」


 姉妹たちからは散々言われたが、条件を譲るつもりはなかった。

 元々強い奴なら、自分は不要。

 自分は強いのだから、守ってあげられる主が良い。

 でも、主なのだからきちんと自分に命令できる器量の持ち主であるべきだ。

 何より、顔が好みの相手でなければやる気が出ない。やる気はとても大切なので、顔が好みの相手であることはとても大切だ。

 故に、彼女は自分の好みが我が侭だとは思っていなかった。


 しかし、彼女自身がどう思おうとも、主を選り好みする『兵器』は売れ残ってしまう宿命にあった。

 そもそも、彼女は『兵器』である癖に、その役割が気に入ってなかった。

 虐殺も。

 破壊も。

 言い訳だらけの戦争も。

 何もかもが気に食わない。

 だから、どうせならば誰かを守るような戦いがしたくて。


「――――顔が好みじゃないから、パス」

「んんん???」


 それはそれとして、一緒に戦うのなら顔が好みの相手が良い。

 だから、自らの条件の大半を満たす者でも、あっさりと断る。それを我が侭だと思わずに、当たり前に断って、石像の姿に戻るのだ。

 彼女は気づかない。

 彼女が望んでいる相手は『奇跡』だということに。

 思春期の少年が、空から美少女が降ってくることを望むぐらいに身勝手な妄想であることに。

 気づかないまま、彼女は今日もまた眠り続ける。

 いつまでも、いつかでも。

 あり得ない『奇跡』を望み、眠り続ける――――そのはずだった。



「おい」

「んむ?」


 彼女は再び、目を覚ます。

 目の前に居るのは、つい最近、自分を起こしたことがある『冴えない一般人』の少年だ。

 顔が好みじゃない相手だ。

 だから、どんな理由があって再び呼び覚ましたのかは不明であるが、彼女の機嫌はあまりよろしくない。

 しつこい男は嫌いなのだ。


「あなた、前にも言ったけど――」


 故に、その少年が何かを言う前に断ろうとして。


「君の力が必要だ、一緒に来てくれ」


 力強い言葉と共に差し出された手に、戸惑った。

 彼女らしくない反応だった。

 今まで、いくらでもカリスマ性のある英雄の誘いを断って来たというのに、その少年からの誘いには動じてしまっている。

 何故ならば、あまりにも違っていたから。

 つい最近……そう、本当につい最近、彼女に期待と怯えが混ざった視線を向けていた少年が、いつ間にか『勇者の顔』になっている。


「対価として、君が求める条件の主を俺たちの力で探そう。だから少しの間でいい、俺が仮初の主になることを認めてくれないか?」


 単なる懇願ではなくて、きちんと損得勘定も前提の上で、少年は彼女に手を差し伸べていた。

 あんなにも弱そうだった少年が、明らかに勇者の振る舞いをしている。


 彼女は知らない。

 少年に変化が起きた理由を。

 彼女は知らない。

 少年がどれだけの苦難を乗り越えてきたかを。

 だから、彼女は生まれて初めて、他者に興味を持った。妄想の中に居る『理想の誰か』ではなく、実在する相手に興味を持ったのである。


「…………あなた、良い顔になったね?」


 こうして、彼女は少年の手を取った。

 自分が一度振った少年――佐藤大翔が、どのようにして『勇者の顔』をするようになったのか? その理由を知るために。


 辺獄市場の中でも、もっとも強力にして価値のある兵器。

 戦乙女シリーズの最高傑作、ノワール。

 非常に我が侭な兵器である彼女は、ようやく自らの主を選んだのだった。




「うわぁあああんっ! 初戦闘の相手が同格以上の兵器だなんてあんまりだよ! もっと私が活躍する相手がいい!!」

『《文句を言ってないで、機械天使を地面に叩き落としてください、面食い兵器》』


 そして、その性能は天涯魔塔でも遺憾なく発揮され、大翔たちは一時間も経たない間に、第93階層の攻略に成功したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ