第82話 アレスの異能
その場の勢いから始まった『勇者同盟』だったが、意外なほどに歯車が噛み合い、全てが順当に進んでいた。
大翔とシラノ。
権能使いと千里眼の組み合わせは、多くの世界で絶大なる効力を発揮した。
まず、シラノの千里眼により状況を把握。
シラノよりも格上の相手が原因の場合は、大翔に異能を貸与して、大まかな状況を確認。その後、異能をシラノに戻して、大翔が得た情報を元に正確性を高めていく。
【攻略本】を作っていく。
しかも、今回は最初から権能というチートが使えるのだ。例えるのならば、RPGで最初からラスボスでも一撃で即死させる必殺技を使えるようなものだろう。
これにより、人間の範疇では到底不可能な難行、あるいは数十年がかりでやらなければならない面倒な工程を、一瞬で省略できるのだ。
ゴライの世界を蝕む、世界樹という名前の侵略兵器を根絶した時と同じように。
更には、『勇者同盟』は、世界を救えば救うほどに手札が増えて行く。
千里眼と権能の他にも、頼もしい勇者たちが仲間になっていくのだ。
ならば当然、救える世界が増えていくのも道理だろう。
「命を預けた矢先に言われた仕事が、他の世界を救う手助けをしろとは……儂が言うのもあれだが、ヒロトは本当に馬鹿が付くほどのお人好しだなぁ、おい」
なお、増えた手札第一号であるゴライの感想がこれである。
心底呆れながらも、ゴライの言葉に嫌悪は無かった。むしろ、『錆びた聖剣』の仲間たちを救えるという機会に、元々彼らの頭領だったゴライが奮起しないはずがない。
その上、もはや守るべき世界を気にせずに全力を出せるのだ。
ゴライはシラノの予測以上に、その力を発揮して、『勇者同盟』に尽力し始めた。
そして、二週間も経てば『勇者同盟』は、加入したほとんどの世界の危機を救っていた。
無論、解決できない問題もある。
権能でも千里眼でも、枯渇したリソースや、超越存在によってほとんど壊滅した世界。
その他、様々な理由で『どうしようもない』問題はいくつか対処不能として残っている。
だが、世界を救うのが不可能でも、人類の救済は不可能ではない。
『勇者同盟』が救った世界の中には、大きく人口を減らした世界が幾つもある。救済したとはいえ、人類がかつての文明を取り戻すのは難しくなった世界もある。
そんな世界へ、移民として滅びそうな世界の人類を送り込むこと。人類の数を確保すると共に、世界観が異なる技術体系により、人類の文明を取り戻させること。これが、『勇者同盟』によって導き出された、世界を救うことに対する代替案だった。
もちろん、最善は世界を救うことである。
そこに何ら変わりはない。
故に、その最善を尽くすために、世界を救い終わった勇者たちの中から、一番の精鋭を大翔たちのパーティーメンバーとして加入させる予定である。
天涯魔塔の試練を突破した際、貰える『ご褒美』は達成者の願望に左右されるもの。
従って、シラノから予め『最善の正解』を聞いていれば、一人の達成者の『ご褒美』により、複数の世界が救われる結果を導き出せるのだ。そして、既に世界を救い終わった勇者たちならば、エゴや使命によって間違えることなく『最善の正解』を選び取ることも可能だろう。
その上、精鋭から外れた勇者たちでも、使命を終えたが故に、後顧の憂いなく大翔たちパーティーの補助や教導に回ることもできる。
まさしく、一石二鳥の素敵な作戦――――と言うには、迂遠が過ぎる『勇者同盟』であるが、大翔たちの攻略速度が加速する要因にはなっていた。
ニコラスには、数多の世界の魔術師たちが秘奥とも呼べる技術を教えて。
アレスには、数多の世界の武芸者たちが奥義とも呼べる技を教えて。
大翔には、数多の世界の勇者たちが、とっておきの魔術素材を集めて来て。
間違いなく、勇者たちの貢献により、大翔たちパーティーの戦力は飛躍的に上昇した。
ニコラスは己の才能の無さを嘆いていたのが嘘のように、殲滅級の魔術を習得。
アレスは数多の世界の武術を組み合わせることにより、英雄クラスまで成長。
大翔は守護や妨害といったサポートだけではなく、召喚術師という戦闘方法を確立。
外付けの力だけではなく、三人自身の実力も飛躍的に上昇しているのだ。
もはや、上層の攻略など時間の問題だと断言できるほどに。
そう、それほどまでに大翔たちは好調だった。
物事に好調や不調の波があるとすれば、大翔たちは千載一遇のビックウェーブの上に居るだろう。
どこまでも、どこまでも強さの果てに向かうような、そんな凄まじい『流れ』は、確かに存在していた。
『《なるほど、凄まじいですね。まさか、ここまでだとは》』
従って、その事実に気づけたのはたった一人。
好調の波から外れるように、俯瞰視点からの観察を続けたシラノだけだった。
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『《結論から言いましょう、アレス。貴方の異能は権能クラスの力を有したものです。非常に強力なものですが、その能力を正確に把握しなければ、貴方自身を傷つける刃にもなりかねない》』
シラノは基本的に、仲間以外の人間に対しては割と扱いが雑だ。
けれども、それは即ち、仲間になった相手には多少の情を向けることもある、ということでもある。
例えば、公営のホテルの個室で、アレスと秘密裏に個人面談を設けるぐらいには。
「お、おおぉ……権能! 権能ってあれだよな、シラノさん! ヒロト兄ちゃんが使っている、凄い奴! あんな感じの力をオレも使えるようになるのか!?」
ただし、シラノの気遣いとは裏腹に、アレスのテンションはやたらに高い。
どうやら、大翔が権能を用いて数多の世界を救っている現状から、『憧れの凄い力が実は自分にもあった!』みたいな成り上がりストーリーを思い描いているようだ。
『《あくまで私の推測ですが、力の格としては大翔の使っている権能にも劣らないものになるでしょう。場合によっては、超越存在にも影響を及ぼす可能性があるものです》』
「お、おおおっ! 凄いぞ、オレの秘められた力! えっと、それでどんな感じの力なの!? 成長系の異能とか言われているから、成長速度や成長限界が何か関係したり!?」
意気揚々と訊ねてくるアレスへ、シラノは淡々と観測によって導き出された推論を告げる。
『《――――絆の力。仮称として『共存共栄』と呼びますが、これは文字通りに『絆や関係性を力とする異能』です》』
「……というと?」
『《アレス。休暇の時に貸し出した漫画はもう読み終わりましたか?》』
「あー、オレの世界観と似た『ファンタジーバトル漫画』って奴な! 面白かったぜ! 特に、最底辺の冒険者だった主人公が、仲間たちと一緒に苦難を乗り越えて、冒険者ランクのテッペンを目指すストーリーが、オレたちの境遇と似ていてさぁ!」
『《その漫画の中で、主人公がピンチの時、ヒロインや仲間の応援で新しい力が覚醒したり、絶体絶命の危機を乗り越えたりした場面がありますよね?》』
「ああ、あれな! いやぁ、熱いシーンだったよな! まぁ、現実はあんなに都合よく行かないから、あくまでも吟遊詩人の誇張と同じ、『お約束』って奴で――」
『《その『お約束』ですが、貴方の『共存共栄』ならば実現させることも可能です》』
「ふおっ!?」
シラノの言葉に、がたんと座っている椅子を揺らしてしまうアレス。
その瞳には驚愕と、そして多大な期待が込められている。
『《アレス。貴方は親愛や恩義、友情、その手の『絆』を結んだ相手の声援が力になるでしょう。ひょっとしたら、土壇場で新しい力に覚醒することもあるかもしれません。【誰かの期待に応えること】こそが、異能の本質であると考えています》』
「ほ、ほおぉおお……」
『《貴方の成長速度が速いのも、周囲からの期待に応えるための副次的な作用に過ぎません。『共存共栄』の本質はもっと劇的で、コミックヒーローの如きご都合主義を実現させるようなものなのです》』
淡々としたシラノの説明だからこそ、アレスはそれが真実であると理解できた。
本当に自分がそのような力を持ち、行使できる存在なのだと受け入れられたのである。
『《今までは無意識で発動していたようですが、異能を意識しながら期待に応えようとすれば、その効果は飛躍的に上昇するでしょう。もしかすれば、ソルやリーンさんと同じく世界最強クラスまで届くこともあるかもしれません――――ただし》』
だが、アレスが心の底から喜ぶことができたのは、ここまでだった。
淡々としたシラノの説明に、憐みが混じる。冷たさの中に、人肌の如き生ぬるい情が混じり始める。
絆に関わる異能を持つアレスだからこそ、その予兆を感じ取ってしまった。
『《アレス。貴方の異能の効果は、自分に対してだけ向けられるものではありません。貴方が親愛や恩義、友情によって絆を結んだ相手に期待を向ければ、その相手は【貴方の期待に応えるように】成長するでしょう。さながら、主人公の仲間が物語の中で役割を持つかのように》』
シラノの説明に、まずアレスは安堵した。
なんだ、そんなことなのか、と。心配して損した、と。もっと酷い副作用があるかと思ったけれど、むしろ周りに良い効果が及ぶならばいいことじゃないか、と。
そこまで思って、ふと気づく。
仲間がアレスの期待通りに成長し、強くなってくれる。
それは確かに良いことだろう――――アレスの主観に於いては。
『《事実、ニコラスはこの能力の影響を既に受けています。私の千里眼による予測、それを覆すほどの成長が何度も起きています。そうでなければ、いくら勇者たちの指導があったところで、易々と殲滅魔術を習得できるはずがないでしょう。良くも悪くも、勇者のほとんどが規格外の人材であるため、今は気づかれてはいませんが》』
「……わ、悪いこと、なの?」
シラノの説目に、思わずアレスは虚勢が剥がれた。
先ほどまでの高揚は既に無く、胸の奥に鉛を落とされたような不安がある。
だからつい、『アレスという勇者』の虚勢が剥がれてしまったのだろう。
『《悪いことではありません。特に、この状況では喉から手が出るほど欲しい異能です。むしろ、アレスには感謝したいところですね、私としては》』
故に、シラノは慌てて慣れないフォローを入れる。
けれども慣れていないため、フォローを入れた後に警告を言わなければならないことに気づいた。それを言わなければ、今後に差し障る。絶対に言わなければならない。折角のフォローが台無しだ。そもそも、それならば最後に入れればよかったのに。
シラノは内心焦りながらも務めて平静に告げる。
『《ですが、このままでは歪みます。貴方も、絆を結んだ周りも》』
「歪む…………どういう風に?」
『《貴方の都合のいい人間しか周囲に集まらず、貴方を都合よく扱おうとする人間しか残らない。何故ならば、『期待』と『押し付け』は紙一重だから》』
アレスはぎゅっと目を閉じて項垂れた。
シラノの言葉には覚えがあるからだ。
地元の世界の人々からの期待。今まで目を向けられたことのないような偉い人たちが、全ての希望を自分に託す光景。
それは確かに、感動的なものだったのかもしれない。
だが、視点を変えれば『責任の押し付け』だ。自分には出来ないことを押し付けているに過ぎない。託したのは希望ではなく、『勝手な願望』と置き換えてもいい。
そういうことなのだと、アレスは理解している。
理解しているからこそ、後悔はない。勇者になることを選んだのはアレス自身であり、今も逃げ出していないのはそのためだ。
『《特に、勇者である貴方は元の世界に帰還した時、相応の立場を得るでしょう。救世を成し遂げた偉人として祀り上げられるでしょう。その時、貴方の力を誰かに知られてしまえば、貴方の周囲にはご機嫌取りの輩が寄って来るでしょう。わかりやすい悪党ならともかく、中には演技が達者な悪党、あるいはやむを得ない事情で近づいてくる善人も居るかもしれません。そして、アレス。貴方は馬鹿ではない》』
「…………」
『《少なくとも、私よりも遥かに他者の機微に聡い。だから、騙されない。騙されないからこそ、周囲に疑念を抱き……次第にそれは、本当の心で仲良くなった相手にも向けられてしまう。どうか、この人だけは自分を裏切らないでほしいと『期待』してしまう…………貴方の異能は洗脳ではありません。少なくとも、今はそんな予兆はありません。ですが、貴方が結ぶ絆が歪んでしまえば、その力の質が変わってもおかしくはない》』
シラノがアレスに説明していることは間違いではなく、だからこそ絶望なのだとアレスは理解している。シラノの言葉通り、馬鹿ではないから理解してしまう。
この先、冒険の果てに待つものは虚飾と疑念に満ちた栄光なのだと。
けれども、例えそうだったとしても、勇者なのだから世界は救わなければと、アレスは唇を噛みしめて。
『《だから、その――もしよければ、私たちの世界に来ませんか?》』
「…………へっ?」
その余りにも唐突な提案に、思わず目を見開いた。
いや、いきなり何!? と何度も目を瞬かせ、目の前の携帯端末へ視線を送る。
『《…………あー、すみません。話を飛ばし過ぎました。その、ですね。私たちの世界も大変ピンチなのですが、でも、そうなる前はとても治安の良い世界なのです。魔法や異能は影に潜んでいて、科学がある程度の『限界』を定めている世界観。だから、そもそも貴方にそんな力を期待する者は中々現れませんし、素性を秘匿すれば異能者だとバレることもありません》』
「あの、シラノさん?」
『《それに、私や大翔なら問題ありません。そもそも、貴方の力の影響を受けずとも、私たちは既に十分過ぎるほどの力を持っていますからね! 世界崩壊級の事案が終われば、力を求めることもなくなるでしょう。それに、大翔みたいな権能使いに貴方の異能がどれだけ効果があるのかは……そうです! ああもう、この話をする前に、アレスに力をコントロールするような訓練の手配をすれば――》』
シラノの説明はごちゃごちゃだ。
順番を間違え、感情を優先して、その結果、話の内容がほとんど入ってこない。
だから、アレスがシラノの説明から感じ取れたのは一つだけ。
「ふふふっ。ありがとう、シラノさん」
『《ほあっ!? いえ、これはあくまでも貴方のモチベーションを維持するための作戦ですからね! 勘違いしないように!》』
携帯端末を挟んだ向こう側に居る相手は、どうやら自分を助けたくて仕方がないらしい。
その事実に気づいた時、アレスの絶望はいつの間にか消え去っていた。




