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第81話 上層突入

 天涯魔塔、第60階層。

 そこは明らかに、塔の構造を空間的に無視した広さのエリアだった。

 廃墟の街。

 元々はレンガや石造りの街並みだったはずのそれは、何者かによる圧倒的な破壊によって廃墟となっていた。

 ――――そういう『コンセプト』のエリアである。

 この破壊された街は、元々こういう構造のエリアであり、かつて存在していた世界の再現物に過ぎない。故に、例え塔の復元機能が働いたとしても、破壊された状態で復元される。

 そして、この廃墟をエリアとするボスエネミーは、一人の槍使いだった。

 屍を動かす魔物でも、ゴーストを受肉させたものでもない。

 他の魔物と同じように、疑似的に肉体と精神を再現された『人間』だ。

 外見は髭面の中年であり、普通に表情を変えたりもするが、言葉は発さない。戦闘に都合のいい機能のみを再現されているのである。

 そう、英雄クラスとしての戦闘力を十分に発揮させるために。


「ぐっ! なんて槍さばき!」


 そして現在、アレスはその戦闘力に翻弄され、苦戦を余儀なくされていた。

 障害物として、幾つもの廃墟と瓦礫が置かれているエリア。

 それは非常に視界が悪く、また、短剣以外の刀剣類は扱いづらく、槍などといった長物は当然の如く無用の長物となるエリアだ。

 しかし、そのエリアこそが槍使いであるボスエネミーにとっては、格好の狩場だ。


「ちぃっ!」


 舌打ち交じりに、死角から襲い掛かる突きを弾き飛ばすアレス。

 辛うじて剣で槍使いの攻撃を弾いているが、防戦一方だった。

 それも無理はないだろう。何故ならば、槍使いが放つ高速の突きは、まるで瓦礫を避けるように『曲がる』のだ。

 それでいて、剣で弾いた時に感じる槍の重さは本物。重心は堅牢。槍が変形しているようには見えない。

 即ち、この『曲がる』槍と言う妙技は、武器に絡繰りがあるわけではなく、槍使いの技術によるものだった。


 ――――きゅおっ!


 甲高い風切り音と共に到来する、『曲がる』槍の一撃。

 それだけならば、アレスも防ぐことに苦労はしない。だが、そこに無音の一撃を織り交ぜているので、アレスも集中力を浪費せざるを得ないのだ。

 その他、槍使いは英雄クラスに相応しい、虚実を含んだ攻撃をアレスに仕掛けている。些細な違和感を見逃したり、僅かでも気を抜けば、その瞬間にはアレスは『一回目の猶予』を失くしてしまうだろう。


「……ええい、まだぁ!?」


 だが、逆に言えばそれは『英雄クラスの攻撃を凌げている』ということでもある。

 槍使いが得意とする狩場であっても、後先考えずに集中力を浪費すれば、辛うじてその猛攻を留められる。それは即ち、アレスもまた英雄クラスに指先が届いているという証明であり、また、『時間稼ぎ』が可能だということ。


『炎を食らう牙。理を崩す舌。精霊喰らいの大蜥蜴、身を焦がす大罪の一端を、我が指先から放て』


 詠唱は不可視によって隠された場所から紡がれた。

 透明化、認識阻害、熱量偽装。

 あらゆる偽装効果を持つ魔法装備により、アレスの後方からその詠唱は無事に紡がれた。

 魔術師見習い――否、魔術師として、ニコラスが殲滅級の魔術を放ったのだ。


「よし、来たぁ!」


 アレスに歓迎されたそれは、紅蓮の炎である。

 ただし、単なる炎ではない。味方として識別した対象以外を焼き払う、破壊の塊だ。

 これにより、広大なエリアに配置されていた廃墟、瓦礫は全て消し飛ぶ。アレスの不利を覆し、槍使いへとダメージを与える。


「そこかぁ!」


 殲滅級の魔術を、魔力を込めた槍さばきで防いだ槍使い。

 その姿を確認したアレスは、まだ炎が燃え盛る石畳を躊躇うことなく進み、勇猛果敢に斬りかかった。

 面倒な障害物が無ければ、思う存分に切り結べる、言わんばかりに。

 その迫力に圧されたのか、あるいは仕切り直しを狙ったのか。槍使いはアレスと近距離でやり合うことを避け、巧みな歩法で距離を取ろうとする。


「ボスエネミーが逃げるなよ」


 その足を絡めとったのは、大翔が扱う不可視のワイヤー。

 英雄クラスだろうとも、切り払うのにはひと手間かかってしまう行動阻害。


「さぁ、邪魔をしてやれ、陽炎の猟犬」


 更に、今の大翔は行動阻害だけでは終わらない。

 攻撃が苦手な自分の代わりに、召喚した『制作物』によって、槍使いへとダメージを与えんとする。


『バウワウ!』


 大翔に召喚され、威勢よく吠える『制作物』は、不可視の怪物だ。

 陽炎の如く光を屈折させ、己の本体をあやふやに誤魔化し続けるので、その形状は不明。威勢よく吠える声も、実は音を反響させて居場所を誤認させるフェイク。英雄クラスの槍使いの観察眼をもってしても、予測しきれず、爪や牙による攻撃を受けてしまう。

 だが、隠密性ばかり向上させた所為か、攻撃力は脆弱だ。

 まともに牙や爪が刺さっても、精々数センチ程度。それ以上は、魔力で強化された槍使いの肉体を貫けない――――精々、そこに仕込んでおいた痺れ毒で、肉体の動きを鈍らせるのが限界だ。

 そして、ここまで行動阻害とデバフを重ねれば、アレスにとっては十分である。


「づぅえい!!」


 奇声と共に振り下ろされた刃は、とっさに槍を盾にした槍使いを、その槍ごと両断した。

 刃筋を整え、視線を正し、剣を振るうアレスの姿は、まさしく一角の英雄。

 強大な敵を倒し、味方に勝利をもたらす超人だ。


「残心…………ヨシ! ふぃー」


 油断なく槍使いの肉体が消滅し、周囲から敵意が完全に消え去るのを確認した後、アレスはようやく一息吐く。

 それは、大翔たちのパーティーが第60階層のボスエネミーを――上層と中層の境界を守護するラインキーパーを突破したこと示す、何よりの証明だった。


 大翔が『勇者同盟』を設立してから二週間後。

 紆余曲折ありながらも、大翔たちパーティーは誰もが一度目の死を迎えることなく、上層へと突入することになった。



●●●



 迷宮都市の冒険者はダンジョンに居ない時、大抵は訓練しているか、寝ているか、あるいは打ち上げをしているかのどれかである。

 特に、成人している冒険者は事あるごとに酒を飲む機会を探しているので、何かにつけて宴会を開こうとする。

 即ち、『大翔たちが上層に突入した』という絶好のイベントを、『錆びた聖剣』の大人たちが見逃すはずがなかったのだ。


「では、我らが勇者! 大翔とその愉快な仲間たちの栄光を祈って!」

「「「かんぱぁーい!」」」


 掛け声と共に、グラス同士がぶつかる音が酒場に響く。

 『錆びた聖剣』の拠点である、『飛び跳ねる獅子の尻尾亭』はいまや、大翔たちを祝うための宴会会場と成り果てていた。

 それぞれのテーブルには、たっぷりの香辛料を使って作られた肉料理。転移魔術と時間凍結の魔術を使って作られた、新鮮な野菜によるサラダの数々。

 そして、祝われる側にはまったく必要ないはずの酒樽がたくさん。それでも、その大半が既に開いているので、酒場には料理の匂いと混ざって酒精が漂っていた。



「んで、どうだったよ、ニコラス。俺が開発した殲滅魔術の威力は? あれなら、仲間がどこに居ても遠慮なくぶっ放せるだろ?」

「魔力制御で頭が煮えるかと思ったんだが???」

「ばっか、お前! そこはその上等な魔法装備の処理能力を使ってだなぁ!」

「おいおい、だから言っただろ? そいつの魔術はコストと制御難度がバカ高いって! やっぱり、今時の魔術師はインスタントに手軽。それでいて効果的な奴が一番よ!」

「はぁー!? 魔導書を使い捨てるのはコスパ悪いだろうがよぉ!」

「常人が発動させたら、頭がぱぁーんてなるリスクがある奴よりはマシですぅ!」

「俺を挟んで、オッサン同士で喧嘩すんなよ……」


 ニコラスの席では、周囲に魔術を得意とする勇者たちが集まって来ている。

 その誰しも、ニコラスに対して世話を焼きたいようで、酒と肴を口に入れながら、ためになることから何の役にも立たない無駄知識、あるいは口伝でしか継承されていない秘術を語ったりするのだから、まさしくカオスな状況だった。

 ニコラスは年上のお人好しばかりの状況に呆れつつも、その意識はきちんと会話の内容に向けられている。


 ニコラスがソルという保護者を納得させた条件はいくつかあった。

 魔よけの他にも、首狩りと不意の遭遇をしてしまった際、空間転移で逃亡できるようにロスティア特製の魔法道具を持たされて。身に纏う装備も、ボディーアーマーの如き無骨な物から、ロスティアが過去に作り上げた一品――SF漫画に出てきそうなサイバーニンジャの如き、多機能なボディースーツに変わっている。

 それはもう、ソルが持てるコネと借りを全て使った最上級の装備状態だった。

 ごちゃごちゃ文句を言わず、この装備状態でダンジョンを攻略すること。これが、ソルが出した条件の一つだ。


 そして、もう一つ。

 ソルから見て、ニコラスが足手纏いだと判断した瞬間、文句を言わずに離脱すること。

 成長著しいアレスと、権能使いの大翔に後れを取るな、という無茶ぶりに近い要求をニコラスは飲み込み、冒険を続けられるになった。


「……ったく、こんなんでも俺よりも遥かに強いんだから、やってらんねぇぜ」


 従って、ニコラスはぼやきつつも、強くなる機会は逃さない。

 自分が子供で、保護すべき対象として見られているという屈辱を承知の上で、ニコラスは勇者たちと交流を図る。

 全ては、大翔に負けたくないという、たった一つの意地を貫き通すために。



「アレスちゃん、剣技を極めたいならうちの流派がお勧めだよ!」

「いやいや、アレスちゃん。第60階層を攻略したなら槍の厄介さを理解できたはず。僕らの道場で、槍の練習を始めてみるというのは?」

「弓……は、既に凄い師匠がいるので、何も言えないよ、アレスちゃん」

「アレスちゃんって呼ぶなぁ!! オレの地元では偉大な戦士の名前が由来なんだぞ!?」


 アレスの席では、主に武術を収めている勇者たちが集まっていた。

 その誰もが、皆一様にアレス対して自分の技術を教えようと夢中になっている。

 だが、それもある意味では当然かもしれない。

 アレスの異能、その詳細は不明であるが、それはアレスの成長率を大きく引き上げるものだ。教える者の技量が上限になるとはいえ、上達速度は天才という言葉が陳腐に思えてしまうほどに凄まじい。

 一を聞いて十を知るどころではなく、一を知って百を理解する勢いだ。

 そして、誰しも技術を修めている人間という者は、敵対する予定の無い者に対しては、ついつい『教えたがりになる』傾向が多い。

 特に、それがアレスのように上達速度が凄まじい者相手ならば、それがより顕著になってもおかしくはないだろう。


「つーか、何の対価も差し出していないのに、技術だけ掠め取る真似できるか!」

「あははは、アレスちゃんは真面目で良い子だね!」

「いやいや、アレスちゃん。対価は既に貰っているんだよ」

「正確には取引の結果で、私たち自身が対価みたいな感じだけど」

「実際、今の私たちは肩の荷が下りて超暇だからね!」


 その上、アレスに群がる勇者たちは、かつてないほどに暇を持て増していた。

 だからこそ、アレスは更に強くなっていくだろう。

 英雄クラスを飛び越えて、その先へと踏み入れるだろう。

 強くなることが、更に自身の異能を強化することになるとも知らずに。



「いよっし! やっぱり、召喚術だよ、召喚術!」

「世界距離と世界環境差の問題を考えると、やはり非生物か、付喪神系統が向いているだろうね。自分の収納空間にしまっておいたり、あるいは媒体を身に付けたり」

「幸いなことに、魔導技師としては破格な才能があるようだからね」

「教えを仰いでいる師匠も、あのロスティアならば、この方向で伸ばしていくのが最適だ」

「素材は我々が用意しよう。なぁに、命ある限りはどんな神秘だって集めて見せるさ」

「ヒロトは元になる基礎があった方が成長しやすい。そちらも考慮しようかねぇ」

「科学世界の出身なら、機械系と組み合わせてもいいかも?」

「基礎理論をある程度理解しているのなら、魔術との融合も可能だろうし」

「うっし! そうと決まれば、工場の手配だ!」

「ひゃっはぁ! 部品を作るための機械からハンドメイドしちゃうぜぇ!?」


 そして、一番人が集まっているのが大翔の席だった。

 誰しも酒や料理を片手に――けれども、その表情は真剣そのものといった様子で、大翔の戦闘スタイルについて語り合っている。

 その様子に、大翔はどこか見覚えがあった。

 勇者として使命を受けるよりも前。そう、ただの一般人だった時。友達と一緒にクソ難易度の理不尽ゲームを攻略してやろうと、貴重な夏休みを浪費していた時と、似たような気配を目の前の勇者たちから感じ取っていた。


「ねぇ、シラノ? いつの間にか、俺の新たな戦闘スタイルが模索されているんだけどどう思う?」

『《勇者ですからね。無理だと言われたら、どうにかしてみたくなる性なのでは?》』

「…………俺、戦えるようになると思う?」

『《召喚術師として方向性をかじ取りしたのは、とても上手だと思います。もしかしたら、召喚した対象を支援する魔術ぐらいは覚えられるのでは?》』

「多数世界の勇者たちが集まっても、直接戦うのは無理なんだね……」

『《無理とは言いませんが、その方向性にかじ取りすると年単位の修行が必要になるので、そういう案は却下されているのでしょう。こちらの事情も考慮された、実に合理的な判断だと思いますが?》』

「うん、そうだね。俺の男の子としての浪漫がズタズタになった以外は、実に有意義な判断だと思うよ」


 勇者たちに囲まれながら、大翔は相棒と他愛ない会話を交わす。

 そう、他愛ない会話だ。

 何故ならば、勇者たちが相談の結果、大翔の戦闘スタイルがどのようなものになろうとも、最終的には何も変わらないのだから。

 権能使いの大翔と、千里眼のシラノが揃っている限り、天涯魔塔の攻略に関しては、最初から結末が決まっているようなものだ。


 故に、最速を求めるのならば最初から、仲間など作る必要はなかった。

 ニコラスも、アレスも不要。

 一階層に一回、冬の権能を使って全てを凍えさせればいいだけの話だった。

 それでも、大翔が仲間と冒険を望んだのは、最善を求めたからだろう。最速では取りこぼすものを、できるだけかき集めて、必死に未来へ持って行こうとしたからこその行動――あるいは、暴挙だったのかもしれない。

 そう、自身の世界を救うという点から見れば、現在の冒険も、『勇者同盟』も、無駄に時間とリソースを消費するだけの暴挙だったのかもしれない。


「うし、ヒロト! 次に試す戦闘スタイルは決まったぞ!」

「名付けて、『増殖ダミーコンボ』だっ!!」

「妨害とデコイに特化した召喚獣と、ヒロトの逃げ足!」

「この二つならきっと、英雄クラス相手だって一時間は粘れるぜ!?」


 ただ、とても合理的ではなく、あやふやな感性での根拠にはなるが、大翔はこれが必要なのだと直感していた。

 仲間たちと、勇者たちと絆を育む日々が自分たちには必要なのだと。


「やれやれ、ゆっくりと飯も食べていられないぜ…………つーわけで! いくぞ、暇人勇者ども! 俺の最強戦闘スタイルを見つけ出すんだ!!」

「「「おうっ!!」」」


 そして、仮に必要じゃなかったとしても――――大翔は、今の時間を割と気に入っているのだった。

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