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第79話 救いは嵐のように

 ゴライ・スーアルドは生まれながらの木こりだ。

 産業革命はとっくの昔に済んでいる文明レベルの世界だというのに、生まれてからほとんどの時間を山奥で過ごしていた豪傑である。

 父親は木こり。

 母親は炭焼き。

 祖父母は猟師。

 山の中だけで生活が完結しており、ゴライは十歳を過ぎるまでは同世代の子供という存在を見たことが無かった。


「俺たち一族はずっと山で暮らして来た。ゴライ、おめえもきっとそうなる。だが、もしも山から離れたい時は言え。そんときはまぁ、多少の伝手ぐらいは用意してやる」


 ゴライの父親は保守的な人間だった。

 昨日と同じことを今日もやって。今日と同じことを明日も繰り返す。

 そんな人生を送って来た、つまらない男だった。無骨で、食事時でも何一つ面白ことを言えないような男だった。

 それでも、父親はゴライを縛ろうとはしなかった。

 木こりとしての生き方を教えながらも、それを嫌うのならばそれでもいい。

 面白味が無いほど普通の父親で、つまりは子供のことを考えている男だった。



「ゴライ君、貴方も帝国の一国民なのです。教育を受ける義務があります」


 ゴライが山を下りることになったのは、十五歳の春。

 とある軍人が、ゴライたち家族が住む山を訪ねて来たことがきっかけだった。


「スーアルドの一族は、代々優秀な戦士を輩出しています。ここ五十年ばかりは大きな戦争はありませんでしたが、国家を担う兵士は常に人員不足。ゴライ君には、我らが軍学校へ入学する義務があるのです」


 随分勝手なことを、上から目線で告げる軍人だった。


「勝手なことばっかり言っているんじゃねぇ!」

「ごぶぇ!?」


 そしてゴライの父親は、この手の上から目線の『国家の犬』が大嫌いだった。

 相手は軍人だというのに、その横っ面に魔力で強化した拳を叩き込む。

 はっきり言えば、それはやってはいけないことだった。ただ、やってはいけないことでも、力を持っている人間なら、自分の主張を通すことができる。

 ゴライの父親もまた、力が有り余るが故に、軍人からの――国家からの要請を断ることができる人間だった。


「クソ親父が馬鹿をやってすみません。それが国民の義務だというのなら、俺も学校とやらに入らせてもらいましょう」


 ただ、ゴライは争いを好まない人間である。

 ゴライの父親が無理を通せば、ゴライは軍学校に入らなくて済む。山の中で生活を続けられる。しかし、その場合は軍人……ひいては軍人が所属する国家機関からの覚えがよくないものになってしまうだろう。

 もしも、母や祖母が怪我や病気になった時、『何かの手違い』によって病院で治療を受けることができなくなるかもしれない。

 だからこそ、ゴライは自分が山を下りることで家族の身の安全を買うことにしたのだ。


「……ふんっ! 顔つきは悪いが、父親に似ずに賢明な子供で結構!」


 軍人からの嫌味を背に、ゴライは山を下りて軍学校に通うことになったのだ。



 軍学校は、ゴライにとって特に苦でもない場所だった。

 ゴライは元々、父親からの教えを良く聞く男なので、教官や先輩を敬うことに抵抗は無かった。その従順さを利用して、時折、良からぬ輩がゴライを使い走りにしようとしたこともあるが、意外とゴライは柔軟性のある男である。

 良からぬ輩が自分を利用しようとしたならば、黙って鉄拳制裁。

 その結果、自分が悪者にされようが、黙って拳を振るう。

 軍学校の教官が良からぬ輩と手を組んでいた時は、『不良学生』として無理やり軟禁させられそうになったこともあるが、それら全てを有り余るパワーで殴り飛ばしていた。

 ゴライという人間は、自分が納得すれば年功序列など関係なく、どんな相手の命令だって聞ける度量がある。しかし、逆に納得できない命令ならば――他者を理不尽に傷つけるなどの命令ならば、誰が相手であろうとも従わない。

 そういう真っ直ぐな性根の男だった。

 従って、自然とゴライの周りに集まる人間も、後ろ暗いところのない、真っ当な人間が多かった。


「ははは、無茶をするなぁ、ゴライは。ま、僕ぁ、君のそういうところが気に入っているんだがね」


 ゴライの親友となった男も、その中の一人である。

 その男はゴライと正反対な体型の持ち主であり、つまりは童顔の優男だ。しかも、生まれは帝都。帝国の中心にして、文明の最先端。実家は、軍事兵器を開発する最先端の軍事企業だったのだから、育ちも正反対だったのである。


「君のように真っ直ぐな人間ばかりだったら、猫の額ほどの大きさの土地を巡って、殺し合いなんてしないだろうに」


 優しい男だった。

 死の商人などと揶揄されるような軍事企業の跡取り息子だとは思えないほどに。

 だからこそ、ゴライもその男に心を開いたのだろう。

 ゴライはその男に、自分に足りない『文明的な振る舞い』や、他者に対する思いやり、優しさなどを見出していた。

 互いに足りないものを補い合えるからこその、親友だったのかもしれない。

 例え、軍学校を卒業して戦場に出るまでの間だったとしても。

 その先に待っているのが、最前線で飽きるほど人殺しを行う未来だったとしても。

 ゴライは確かに、軍学校で良き人々に囲まれて青春の日々を過ごしていた。



 軍学校を卒業後、ゴライは本来、戦場へと向かうはずだった。

 一兵卒として従事し、人殺しに特化した兵器を扱う仕事をするはずだった。

 しかし、とある災厄が世界各地で芽吹いたことにより、事情は急変することになる。


 ――――世界樹。


 そう呼ばれる植物が確認されたのは、ゴライが軍学校を卒業する一か月前のことだ。

 一見すると普通の樹木。

 だが実態は、成長速度が明らかに普通の植物とは異なる、恐るべき外来種である。

 一度地面に根付けば、一時間の内に発芽。更に半日も経たない内に、成人男性の背丈ほどにまで幹を伸ばす。一日も経てば、樹齢十年に達した他の木々と見分けがつかない。

 そして、三日も経てば周囲に種子をばら撒き、風に乗せて侵略範囲を拡大させる。

 まさしく、植物の生存戦略を高速化したような災厄だった。


「まさか、僕らの初仕事が木こりになるとはね……ははっ、経験者としてご指導お願いするよ、ゴライ」


 急速に侵略範囲を拡大した世界樹は、土の栄養だけではなく、大気中から魔力や、水分すらも奪っていく植物だ。

 故に、軍学校を卒業したゴライ達の仕事は、世界樹の伐採となった。

 奇しくも、ゴライが手にした物は兵器ではなく、木こりの斧だったのである。



 ゴライが軍学校を卒業してから十年が経った。

 その頃にはもはや、人類の生存圏はかつての百分の一にまで縮小していた。

 最初の数年はまだ、世界樹の伐採をしながら人類同士で戦争をする余裕があった。

 けれども、五年が過ぎた頃から人類は戦争をする余裕をなくした。そんな暇があるのなら、世界樹を伐採するべきだと、誰もが理解していたのである。

 ただ、その理解は遅かった。

 あるいは、最初に根差した世界樹を見つけ出せなかった時点で、この世界の人類はどん詰まりになってしまったのかもしれないが。


「もう嫌だ。なんで、切っても燃やしても、灰にしても、また生えてくるんだ?」


 世界樹を伐採する兵士たちは、誰もがそう思っている。

 これはさながら、湖をコップで枯らそうとするが如き愚行なのだと。

 世界樹は脆いが、異常なほどの生存能力がある。

 燃やし尽くして灰にしても、その灰を小さじ一杯でも地面に零してしまえば、翌日には地面一杯に木々が生えてくるのだ。

 伐採に従事する者たちの心に、諦めの文字が浮かぶのも無理はないだろう。


「理由など知らん。そんなものは頭の良い奴らが考えるだろう。俺は……儂はただ、木を伐り続けるだけだ」


 そんな中、ゴライだけが唯一、心折れずに世界樹を伐採し続けていた。


「……すまない、ゴライ。僕はもう、疲れてしまった」


 親友の男や、他の兵士たちが心を折られて、世界樹のテリトリーから遠く離れた後方に逃げてしまっても。

 他に誰も、世界樹に抗おうとする人が居なくなったとしても。

 ゴライは諦めることなく、毎日ずっと世界樹を伐採し続けていた。

 ろくな食料も無いままに。

 世界樹の枝を切り、水を啜って。

 ひたすら斧を振り下ろす日々。

 誰かが、その姿を愚かと嗤った。

 誰かが、その姿を無為だと嘆いた。

 それでも、ゴライは止まることなく世界樹を伐採し続けて。



『【「貴方は世界を救えますか?」】』



 ある日、世界がゴライを選んだ。

 勇者の資格が与えられた。

 愚直なまでに伐採し続けていた木こりは、いつの間にか勇者へとジョブチェンジしていたのである。

 そのことに人類が気づけたのは、親友の男がいつも通りにゴライに食料を届けに来た時。

 罪悪感を覚えながらも、微力でもとゴライを支援し続けていた親友の男は、ゴライに与えられた勇者の資格、その意味を正しく理解していたのである。

 即ち、ゴライという勇者を異世界へと送り出さなければならないと。

 それ以外の解決方法など、もうこの世界には残されていないのだと。


「…………頼む。いや、諦めていた僕たちが君に希望を託すなんて、どれだけ醜悪で都合のいいことかは理解している。それでも、君に――」

「うるせぇ。黙って待ってろ……儂が世界を救ってやる」


 かくして、ゴライという勇者は苦難の道を歩むことになったのである。



 ゴライの旅路は苦難に満ちていた。

 故郷を救うため、異世界を渡り歩く日々。

 無骨で、お世辞にもコミュニケーション能力があると言えないゴライは、新しい世界に着いても、まともに食料を得ることすら困難だった。

 それでも、ゴライには鍛え抜かれた肉体と、強靱な精神力がある。

 飯が欲しければ、仕事をする。街道を塞ぐ竜を殺して来いと嘲笑交じりに無茶ぶりされた時だって、その日のうちに、竜の首をそいつらの目の間に転がしてやった。

 街を襲おうとする盗賊団を退治しろ、と偉ぶった領主から言われた時も、文句ひとつ言わずに盗賊どもを全員生け捕りにしてやった。


 どんな困難も、諦めることなく愚直に進めば、やがて道は拓かれる。

 それがゴライという勇者のポリシーだった。

 だから、どんな世界でも飯を食うことができたし。

 だから、どんな世界でも仲間を得ることができた。

 世界を救う最大の希望である、天涯魔塔に辿り着くことができたのも、諦めなかったからだとゴライは考えている。

 しかし、それは真なる理不尽を知らないが故の浅はかな考えだった。


 第90階層を守護するラインキーパー、常闇の魔王。

 英雄クラスの力を持つゴライと、その仲間たちでさえ――当時の迷宮都市最強の冒険者パーティーでさえ敵わない壁にぶち当たった時、間違いなくゴライは絶望していた。

 仲間が必要だ、ともっともらしい言葉を吐いたのも、魔王と戦うのが怖かったからかもしれない。一度の死は、確かにゴライの心に折り目を付けてしまっていたのだ。


 そして、首狩りという理不尽過ぎるエネミーの存在に、ゴライの心は砕けてしまった。

 力が足りないとか、相性が悪いとか、そういう問題ですらない。

 文字通りに次元の違う相手であり、抗うことはおろか、足元に転がる小石程度の障害とさえ認識されていない。

 遭遇した時に生き残れたのも、共に行動していた大翔という権能使いが居たからだ。

 あの時、大翔が庇わなければ間違いなく、ゴライの命は奴に刈り取られていただろう。

 その事実に、ゴライは無力感を覚えた。

 何をやっても無駄ではないか? と、かつて軍学校の仲間たちが心折れていったのと同じように、ゴライもまた、自らの使命を諦めかけていたのである。


「やぁ、ゴライさん! 突然だけど世界を救いに行かない!?」

「――――は???」


 もっとも、その諦観は大翔という名の大馬鹿野郎によって、蹴り飛ばされてしまったのだが。



●●●



『《世界樹の正体は、他世界から送り込まれた世界侵略用の生物兵器ですね。超科学と魔術の混合技術によって生み出された、植物型の侵略兵器。これは、対象の世界のリソースを奪い、人類を滅ぼし終えてからゆっくりと奪ったリソースを再分配します。兵器を送り込んだ世界の住民が、過ごしやすい楽園を作るために》』


 シラノの機械音声と、足音だけが世界に響いていた。


『《この侵略兵器の厄介なところは、生存能力と侵略能力です。土さえある場所ならば、どんなに荒廃した大地だろうとも発芽し、その数を増やし始めます。常緑樹に似た形状をしていますが、葉っぱから根っこまで全ての部位が、種子として個体を増やすための役割を果たします。つまり、あれは微細な生体兵器の集合体であり、あくまでも植物を模した物に過ぎません》』


 足音は二つ。

 大翔とゴライの二人分。

 大翔の足音はゴライを先導するように、迷いなく。

 ゴライの足音は、大翔の後を追いながらも、やや躊躇うように響く。


『《従って、破壊によって排除するのはとても難しいです。焼き払うのは完全に悪手。さほど増殖していない段階ならば、全てを空間ごと削り取ることがベストですが、ゴライさんの世界でその手段を用いるのは難しいでしょう。一応、その世界から全ての人間がいなくなれば、世界樹はリソースを解放する手順に入るでしょうが、全ての人間を一時的にでも避難させるのは現実的な方法ではありませんね。それに、仮に可能だったとしても、その次に起こるのは他世界との正面衝突、生存競争です。いくらゴライさんがいるとはいえ、滅びかけの世界の人口でそれをするのはお勧めしません》』


 そう、足音が――ざくり、ざくりと。

 まるで脆い氷を踏み潰していくような音が、二人の足元から響いているのだ。

 良く見ればそれは、世界樹の根だと理解できるだろう。

 ――――二人の歩みを止めようとして、地中から這い出た根だったのだと。


『《ならば、どうするのか? 破壊が難しく、世界を蝕み続ける世界樹をどうするのか?》』


 周囲を見ると、全ての世界樹は凍り付いていた。

 荒く吹き荒れる冷たい風に、全ての世界樹は凍り付き、段々とひび割れていった。


『《停めましょう、その機能を。増殖し続けるという機能を、冬の権能によって凍り付かせてやりましょう》』


 風が吹くたびに、木々はぴきぴきとひび割れて行く。

 そして、寒風の中心には、嵐の如く吹き荒れる雪の中心には、大翔が居た。

 白い息を吐きながら、ゴライを先導する大翔が居た。


『《そうすればもう、後は簡単です。この世界樹は増殖し続けるという性能の所為か、ほぼ全てが同一の個体です――――故に、概念的に破壊を伝播させることはさほど難しくありません。少なくとも、冬の権能を使いこなすよりは遥かに簡単なことでしょう》』


 そして、シラノの機械音声が止まる。

 大翔の足も止まる。

 雪嵐が吹き荒れる中、大翔が向ける視線の先には、巨大な樹木があった。

 数十人が手を繋いでも、一蹴できないほどの巨大な幹。雲を突き抜けるような、果てしない長さの樹木。

 文字通り、世界樹という名が相応しいほどの大きさのそれは、けれども例外なく、冬の権能によって凍り付いていた。ひび割れていた。

 斧を持つゴライが、『できる』と確信を得るほどに、それは終わりかけていた。


「ゴライさん、準備はいいか? あれが多分、最初の世界樹。あれを思いっきり壊せば、後はシラノが魔術で破壊を伝播させてくれるから」

「……おう」


 だから、ゴライの答えは短いものだった。

 可能だ、と示して斧を構える。

 礼の言葉は、まだ早い。

 ここで暢気に礼の言葉を言えるような性格を、ゴライはしていない。

 故に、ゴライが頭を下げるとしたら、全てを終わらせてだ。

 長い苦難の道のりを。

 勇者としての使命を。

 全てを終わらせてから、ゴライは一人の男として頭を下げなければならない。


「くぉおおおおおおおおおっ!」


 そのために、ゴライは大きく息を吐いて。


「せぇいっ!!」


 気合一閃。

 世界に轟くような掛け声と共に、まずは一つ。

 こぉん、と斧が幹を穿つ快音を鳴らしたのだった。



 かくして世界は救われた。

 苦難の道を歩きぬいた勇者が、嵐の如き救いを引き連れて来たが故に。

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