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第74話 悪では理不尽に勝てない

 闇クラン『墓標の剣』の拠点は、迷宮都市東部の奥地にある。

 一階の地上部分は、どこにでもあるようなカジノとして、そこまであくどくない経営でカモフラージュ。拠点の本部は地下部分であり、地上よりも遥かに広い構造となっている。加えて、クランメンバーそれぞれに異なる符牒を与え、本部に告げて許可を得なければ、内部には侵入できない決まりになっていた。

 無理に侵入しようとすれば、待っているのは地獄だ。


 強力なアーティファクトで武装したクランメンバーが撃退に出てくるのは当然として。

 機械仕掛けの戦闘人形。

 死体を接ぎ合わせて作った、趣味の悪い呪術兵器。

 外法と呪法を混ざり合わせて生み出した、見る者の正気を奪う生物兵器。

 これらが番人として、侵入者を地獄へと叩き込む。

 即座に死ねたのならば運が良い方だろう。大抵の場合、瀕死の状態でクランオーナーに引き渡されて、実験の材料にされてしまうのだから。

 そう、正義感に溢れた『錆びた聖剣』でさえ二の足を踏む程度には、この拠点は堅牢なものだったのである。


「リーン、殺した方が良いと思う?」

「やー、余裕があれば生け捕りぐらいはした方がいいと思うわぁ。私もぶっちゃけ、獣に食わせて処理したい気持ちはあるけれど、ソルと私は『錆びた聖剣』に貸しがあるでしょう?」

「そうだね。それじゃあ、基本的には『錆びた聖剣』に任せつつ、逃げていく奴を優先で倒していく感じで」

「了解。さぁ、汚名返上といきましょう」


 世界最強クラスの二人と、『錆びた聖剣』の勇者たちによる、合同討伐隊が派遣される、今日この時までは。



『《前方に隠密型三体。空間の裏側に隠れ潜んでいる生物兵器が一体。それぞれ、空間切断で対処が可能です。マーキングしたポイントに攻撃を》』


 大前提として、闇クラン『墓標の剣』は弱くない。

 構成メンバーのほとんどが堕落した悪党ではあるものの、力に溺れるという傾向を付与された悪党であるため、最低限の戦力は有している。

 強力なアーティファクトが戦力の大部分だったとしても、それを過不足なく扱える程度には練度があるのだ。

 加えて、防衛に使われるクランオーナー謹製の兵器群。

 これらと連携をとって戦えば、突然の奇襲にも十分対応できる。少なくとも、襲撃者である『錆びた聖剣』のメンバーを何人か道連れにできる――そのはずだったのである。


『《この先の部屋には鍵がかかっていますが、内部には雑魚が六人ほど固まっているだけです。毒ガスで処理しましょう。こいつらには毒耐性はないので、安心して使ってください》』


 千里眼という、理不尽が君臨しなければ。


「……ヤバいな、この異能者」

「オペレーターとして優秀過ぎる」

「これだから予測系の能力者は恐ろしいんだ」

「抹殺命令も躊躇わないから、兵士としては頼もしいことこの上ない指揮官だがね」


 『錆びた聖剣』の勇者たちは、シラノの指揮の下、闇クランの拠点を制圧していた。

 損害は極めて軽微。

 あるのは物資と魔力の損耗だけであり、負傷者や死人は皆無。

 千里眼を駆使した指揮は、闇クランの情報を瞬く間に抜き取り、最善最高の未来を決定づけるものだ。

 従って、シラノが指揮を取っている限り、『錆びた聖剣』の人員が失われることはあり得ない。そんな未来を大翔が望んでいないからこそ、シラノはそれに応え続ける。

 万が一、不測の事態が起ころうとしても、後詰めには世界最強クラスの二人が居るのだ。

 もはや、失敗する理由が存在していなかった。


『《ふむ? 総員警戒、闇クランメンバーの思考にノイズ発生。外部からの干渉です》』


 そう、失敗などあり得ない。

 闇クランの襲撃は成功し、無事に壊滅まで追い込めるだろう。


『《この思念による干渉は……ソル、リーンさん! 全力掃討――『死体も残さずに』排除してください!》』


 最初からこの場に存在せず、千里眼の対象になっていないクランオーナーを除いて。


「「了解」」


 世界最強クラスの二人はシラノの指示に従い、容赦なく闇クランのメンバーを消し飛ばしていく。

 だが、守るべき味方が存在しているが故に、二人は周囲を気にせずに破壊を振りまくことはできない。『錆びた聖剣』の勇者たちを負傷させないように行動を制限しているため、瞬時に殲滅は行えなかった。

 故に、この悍ましき変貌を完全には止めきれなかった。


「お、オーナー!? 嫌だ! それは、それだけは止め―――が、ぎががががあ」

「嫌っ! いやぁ! こんな死に方だけは――ごぽっ」

「うでぇ!? なんで、なんで僕の腕がこんなにぃいいいいひひひひっ!」


 生者、死者を問わずに、闇クランのメンバーが変貌していく。

 所持していたアーティファクトを起点として、最後の呪いが発動する。

 それは急遽施された呪法ではない。ずっと前、闇クランのメンバーが初めてアーティファクトを支給された時からずっと仕込まれていた呪いだ。

 クランオーナーの指示一つで、意思も生命も奪われた『屍兵』となる呪いだった。


「がぎゃっ、ぐぎあがが」

「ぽぽぽぽぽ、ごぽぽぽ」

「ひひひひぃっ! きひひひぃ!」


 人の形を逸脱した、偉業の兵士。

 体の一部を肥大化させたり、無理やり別の生物を融合させたような変貌。

 それらは外見と寿命を犠牲にすることにより、一時的に戦力を増大させる合理性の極みだった。ついでに、視覚的効果で敵対者が委縮すればいい、そんな嫌がらせの産物である。

 だからこそ、シラノは即座にこの意図を見抜いた。

 圧倒的な戦力差があり、もはや勝敗が決まった状況で戦力を増強する理由。


『《ええい、これだから見えない相手は面倒なのです! 最初から、こいつらは全部時間稼ぎのための捨て駒でしたか!》』


 時間稼ぎ。

 シラノの千里眼では見えない力――あるいは、加護を持つクランオーナーの目的は、最初から時間稼ぎだったのである。

 では、何のための時間稼ぎか?

 一つは逃亡のため。

 これは間違いないだろう。最初から世界最強クラスの二人と『錆びた聖剣』の勇者を倒せる自信があるのならば、捨て駒による時間稼ぎなどは行わない。

 そしてもう一つ。

 シラノも予感していることであるが、最初から時間稼ぎを目的としているのであれば、もう少し冴えたやり方はあった。だが、それを選ばず、あえて自前の手駒を蹂躙されるがままにしていたのは、『攻めているのは自分たちだ』という認識を持たせるため。


『《……ああ、やはり。ソル、リーンさん、悪い報告があります――『飛び跳ねる獅子の尻尾亭』が奇襲を受けました》』


 自らが攻撃を受ける側という意識を薄れさせ、奇襲の成功率を上げるためだ。



●●●



 それは例えるのであれば、人型の昆虫だった。

 四肢と頭はついている。人型としての不足はない。けれども、その屍を人間の物だと呼ぶには、あまりにも余分な物が多すぎた。

 外に纏うのではなく、血肉と同化した『蠢く黒色金属』の流動鎧。

 手足には、赤黒い棘のような物が突き出て。

 頭部は流動金属で兜の如く覆われ、目の部分には人間のそれではなく、猛獣の眼球が移植されている。

 人型には纏めているものの、それは間違いなく死体の継ぎ接ぎであり、悍ましきキメラだ。

 だが、肉体の悍ましさなど、それに使われている無数の魂の悲惨さに比べれば、なんてことはない。


『痛い、痛い、痛い』

『ころじてぇ、ころじてぇ』

『ぎゃはははっ! あははぁあはははは』


 魂の悲鳴を聞ける者が居たとしたら、顔を顰めていただろう。

 それのエネルギー源として使われているのは、死霊術の中でも外法中の外法。

 死後の魂を輪廻に還さず、人工的に作り上げた極小の地獄に閉じ込め、延々と苦しめ続けることにより、ほぼ無尽蔵に魔力を生み出すものだったのだから。

 その悍ましき外法が作り出した、『屍兵』。

 呪法によって縛り上げるために与えた名前は、黒鬼獣。

 黒であり、鬼であり、人ではなしと呪った名前だった。


 他の『屍兵』とは異なり、明らかにクランオーナーによって丹念に作り上げられた呪法兵器。

 この兵器の役割は時間稼ぎではない。

 忌まわしき相手を滅ぼすため、襲撃用に調整された一品だ。

 従って現在、黒鬼獣は『飛び跳ねる獅子の尻尾亭』を襲撃し――――クランオーナーであるゴライとしのぎを削っていた。


「ぬぅうううんっ!!」


 剛腕烈風。

 ゴライが振るった斧は、烈風を伴って酒場に吹き荒れる。

 当然、酒場のテーブルや椅子は破壊されるが、その余波に巻き込まれる者は居ない。何故ならば、守るべき対象は全て、ゴライの背後に控えているのだから。

 従って、烈風が巻き起こす破壊の対象になったのは黒鬼獣だけなのだが、通じない。まるで、揺れる水面の如く、流動金属が破壊の衝撃を受け流していた。


「小癪なぁ!」


 憤怒を込めたゴライの一撃はしかし、黒鬼獣を破壊するには及ばない。

 物理的な攻撃に極端な耐性を持っているのか、黒鬼獣は平然とした様子でゴライの攻撃を全て受け切り、殲滅級の閃光魔術を放った。

 ――――ゴライの背後に控えた、守るべき対象に向けて。


「させんわっ!」


 だが、放たれた閃光は捻じ曲がる。

 ゴライの一喝により対象が変更されたかのように、ゴライの肉体へと殲滅級の威力が直撃。革鎧では防ぎきれぬ一撃が、ゴライの肉体を焼き貫かんとする。


「効かんわぁ!」


 その殲滅級の魔術を、ゴライは魔力を込めた一喝だけで吹き飛ばした。

 因果すら捻じ曲げて、攻撃を自分へ集中させるカバーリング。

 殲滅級の魔術すら、気合を込めた音声魔術で吹き飛ばすブロッキング。

 ゴライという戦士は、その外見通りの頼もしき盾であり、膨大な体力を持つタンクなのだ。


「ちぃっ!」


 しかし、だからこそゴライの攻撃は黒鬼獣に傷を付けることはできない。

 タンクとして仲間を守る能力に特化しているが故に、ゴライの攻撃手段は単純だ。決して弱いわけではない。むしろ物理的な破壊力では勇者の中でも群を抜く性能だが、それでも、予め物理無効などの対策をされてしまえば、それを突破するのは難しい。


「……『相変わらず』、姑息な手段を使いおって」


 忌々しくも懐旧を含んだ言葉を吐き捨てるゴライ。

 その目は黒鬼獣を睨みつけてはいるが、額から流れる汗は焦燥を感じている証拠だ。

 仲間を守り抜くのは問題ない。

 世界最強クラスの二人が戻ってくるまで、時間を稼ぐのも問題ない。

 だが、それでは確実に闇クランのオーナーを取り逃がしてしまう、と焦っているのだ。

 もちろん、だからと言ってがむしゃらに攻撃に転じるのは悪手である。

 ゴライの背後に居るのは、先ほどの戦いでまだダメージが回復しきっていない仲間たち。まだまだ未熟な子供が二人――アレスとニコラスが居るのだ。

 下手に攻勢に転じるのは、彼らの命を損なう可能性がある。

 それは勇者として、ゴライは認められない。

 ――――自身の性格を知りつつ、闇クランのオーナーが仕掛けた罠だと知りつつも。


「おのれぇ……」


 自然と斧を握る手に力がこもるゴライだが、打開策は考え付かない。

 悪辣で外道なる罠は今、仲間を想う勇者の動きを、確かに絡めとっていた。



「えいっ」



 ただ、それはそれとして。

 この場には死霊系の相手には、世界最強クラスよりも理不尽な力の持ち主が居る。

 今までは他に伏兵が居ないか探っていたが、ここまで待っても増援や奇襲が無いことから、さっさと敵を処理することを選んだ者が。

 そう、間抜けな掛け声と共に、容赦なく聖火を黒鬼獣へ放った勇者――佐藤大翔が。


『あ、あぁ……』

『温かい』

『ありがとう、ありがとう……』


 暖色系の炎が、黒鬼獣を包んだ瞬間、その機能を停止させた。

 黒鬼獣の内部に込められた魂が地獄から解放され、即座に浄化されたため、動くためのエネルギーが枯渇したのである。


「……は?」


 あまりにもあっけない終わりに、ゴライは肩透かしを通り越して驚愕する。

 だが、それも無理はない。

 大翔が扱う力は、権能。

 超越存在が持つ力の一端。

 場合によっては世界最強クラスすら凌駕する、反則中の反則。

 まさしくチートと呼ぶに相応しい理不尽だ。


「シラノ、異能貸与を頼むよ。流石に、ここで逃すには面倒な相手だからね」

『《……了解しました。大翔、ご武運――いえ、どうか無事に》』


 そして今、大翔は相棒の異能を借り受けて、理不尽の権化となる。

 仲間たちに危害を及ぼす可能性のある敵を、排除するために。

 ――――敵を倒すのではなく、殺すために。

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